第三話 宣戦布告
「結婚、かぁ……」
ベッドに寝転びながら、私はぽつりとため息を漏らす。
「あんなイケメンにプロポーズされるなんて……そりゃ嬉しいよ? 私、面食いだし」
でも。
「さすがに初対面で“結婚”って……早すぎない?」
この世界ではそれが普通なのかな? それとも私が軽く見られてるだけ……?
「うーん……どうすればいいのよ……」
――カチャ。
静かにドアが開く音がして、私は顔を上げた。そこにいたのは、見慣れた執事の姿。
「ヘンリル!」
彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと部屋に入ってくる。
「まったく……面食いな女王様には困ったものです」
「えっ……」
冗談めかした口調で言いながら、彼は私のそばに腰を下ろした。
「レイス様のことで、お悩みですね?」
「う、うん。そうなの……」
私は思い切って、心の中の不安をすべて彼にぶつけた。
「会ったばっかりなのに結婚って言われて、正直ちょっと戸惑っちゃって……」
「なるほど……」
ヘンリルは少しだけ顎に手を添え、思案するような仕草を見せる。
「お付き合いする気は、あるんですか?」
「そ、それは……イケメンと付き合ってみたい気持ちはあるけど……こんな私じゃ……」
すると彼は、ふっと目を細めて、いたずらっぽく笑った。
「今は焦る必要なんてありませんよ、アイリス様」
「で、でも私、どうしたら……」
「大丈夫です。アイリス様の望むまま生きればいいですよ」
「……ありがとう、ヘンリル」
「どういたしまして」
彼は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「あ、そうだヘンリル。どこ行くの?」
振り返った彼は、にこりと笑ってこう答えた。
「ちょっと……イタズラの下準備を」
そう言って、静かに部屋を後にした。
——*——
「……うん、上手いな」
漆黒の部屋。銀の燭台が揺れる中、王子レイスは優雅に食事を楽しんでいた。
その顔には、王族らしい余裕と、男としての自信が滲む。
「レイス様〜、王女の件は順調なんですか〜?」
甘ったるい声で問いかけるのは、彼の執事・レアン。美しい美貌と毒を宿す微笑み。
「順調さ。この俺の顔で落ちない女なんて、いるわけないだろ」
レイスはフォークを軽く回し、テーブルに音を立てて置いた。
「――問題は、あの執事だ」
そう言って手に取ったナイフを、スッと構える。
「奴は結構厄介な存在だからな、」
「あの厄介執事の考えていることはこの僕にもわかりません。一体どうするんですか〜」
レイスはニヤつき言った。
「そんな時はオレたちの悪を執行するまでさ」
スッ――。
ナイフが風を切り、ドアの中央に突き刺さった。完璧な軌道。
「レアン、頼むぞ」
「はいは〜い。おうせのままに」
「レイス様、私は…」
後ろにいたもう一人の執事ルイスが言った。
「お前は待てルイス」
「ですが…」
「時が来れば、お前にも役を与える。舞台の幕が上がるそのときまで、な」
「はっ、おうせのままに」
その時――。
コン、コン。
「レイス様、お客様です」
「通せ」
扉が開き、黒髪の男が静かに現れる。
「失礼します」
深く礼をした男は、静かに名乗った。
「アイリス女王付き執事、ヘンリルです」
「……何の用だ、出来損ない」
レイスの声は冷え切っていた。
「寂しいですね、その呼び方」
「当然だ。俺の父の恩を踏みにじったお前に、情けはない」
「恩は、今も覚えていますよ」
「茶番はやめろ。要件を言え」
「では」
ヘンリルはスーツの襟を整え、微笑む。
「単刀直入に言います。アイリス様から、手を引いてください」
ヘンリルの声は静かで、だが強く響いた。
「嫌だと言ったら?」
「その時はその時でやるまでです。」
レイスは立ち上がる。その口元に、皮肉な笑み。
「ほぅ、あのお前がそこまで入れ込むとはな。まさか……執事以上の関係を、望んでるわけじゃないだろうな?」
「ご冗談を。私はあくまで、女王の忠臣です」
「本当か、顔に出てるぞヘンリル」
「なんのことかさっぱり」
「ふん、つまらん男だ」
レイスはため息をつき、ヘンリルの肩に手を置いた。
「まぁいい。お前が何を言おうと、俺はアイリス女王を手に入れる」
「では、返事はNOと捉えていいんですね。」
「当然だ。このオレが引くとでも」
レイスの瞳に宿るのは、燃えるような野心。
「お前の忠誠心が勝つか、俺の悪が貫くか――見せてもらうぜ、ヘンリル」
「手は抜きませんよ、レイス様」
「言ってろ」
レイスはふたたび椅子に腰を下ろし、ワインを手に取った。
「……じゃあな、忠犬」
ヘンリルは何も言わず、静かに部屋を去った。
――ガチャ。
「レイス様、ホントに大丈夫なんですかぁ? ヘンリルのやつ、目がマジでしたよ〜」
「問題ないさ。ああいう奴ほど、崩すときが面白いんだ」
レイスはワインを口に含み、笑う。
「久々にワクワクしてきたな……。ヘンリル。お前とのゲーム、楽しませてもらうよ」
※※※
――ガチャ。
扉が開く音とともに、ヘンリルが部屋に戻ってきた。
「おかえり、ヘンリル。遅かったじゃない。イタズラの下準備とやらは、うまくいったの?」
ソファに座っていたアイリスが、少しふくれっ面で問いかける。
「はい。ばっちりです」
ヘンリルは微笑みながら、落ち着いた声で答える。
「そう。でもね、あんまりひどいイタズラはやめておいてよ?」
「……それは、どうでしょうか」
意味深な笑みを浮かべながら、ヘンリルはアイリスに近づいた。
「アイリス様」
「なに?」
「明日、来月の祝賀パーティに向けて街に買い物へ出かけてみませんか?」
「えっ、街!?」
ぱっと表情が輝き、アイリスは勢いよく立ち上がった。
「行く行く! 街、ずっと行ってみたかったのよ!」
(てたしか、祝賀パーティにはレイス様も来るって言ってたはず……)
そんな期待を胸に、アイリスはうきうきと笑顔を浮かべる。
「そうと決まればヘンリル、私もう寝るわ! 明日に備えなきゃ!」
「では、おやすみなさい、アイリス様」
「えぇ、おやすみヘンリル」
満足そうに部屋を出ていくアイリスの背を、ヘンリルは優しく見送った。
面白かったらブックマークよろしくお願いします!