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春は好きだ。母が生まれた季節だから。

 

 さて、記憶が戻ってから、二週間が経った。

 ようやくこの家に慣れてきた俺はーーーすっかり本の虫になっていた。


 元貴族の母と商人だった父から、文字や軽い計算などは早いうちから教わっていたので、もともと本はよく読んでいた。実家よりも本の数が圧倒的に多いアレクシディア家のホームライブラリーは、俺にとっては第二の自室のようなものになり、時間が取れる分だけずっと引きこもっているのである。


 まあ実際には、二週間前、環境が急激に変化したことによるストレスや緊張などによって倒れたと周囲に思われている俺は、しばらく外出を控え療養するように言われていたせいというのも大きい。

 読書は好きなので全く苦ではないが、記憶を整理する中で少し外で調べたいことができていたため、実質の外出禁止は少しもどかしかった。


 今日はようやく外出が許された日だ。


 軽い身支度を整えてから、少し街を見に行くことを伝えるためセヴィルスのもとへ行くと、了承の声とともに、今後外に行くときには必ずキャサリンとテッドの姿を確認してからにするようにと伝えられる。


「キャサリンとテッド?」

「あら、二人はご挨拶がまだでしたか。失礼いたしました。既に任務には就いていてもらっていたのですが…二人とも。」


 セヴィルスが呼びかけると、突然どこからともなく二人の男女が姿を現した。

 驚きに目を丸めていると、片膝を折り右腕を前に出し敬礼をとっているふたりの男女と目が合った。


「初めまして、ギルバート坊ちゃま。二週間前から坊ちゃまの護衛を務めさせていただいているキャサリンと申します。御挨拶が遅れまして、申し訳ございません。」

「自分はテッドといいます。坊ちゃま、どうぞよろしくお願いします。」

「この二人は坊ちゃまの護衛専門として、ご当主のガフィオ様とフィガロ様が自らご選定なさいました。少し強面ですが、腕は立ちますのでご安心ください。今後外出の際には必ずこの二人をお供におつけくださいませ」


 セヴィルスが柔らかな声で二人の紹介をしてくれた。ちなみにガフィオは現アレクシディア家の当主で、俺の祖父にあたる人の名だ。

 暗めのブロンドに濃紺の瞳をした、身長の高い女性はキャサリン、グレージュの髪に深い緑の瞳を持つ、いかにもガタイのいい男はテッドと名乗った。どちらもあまり喋るタイプではなさそうだ。表情の動きが少なく、感情が読み取りづらい上にデカいので、二人とも立つと威圧感がすごそうだ。

 二週間前からということは、俺が邸に来たあの日からすでに俺を蔭から護衛してくれていたのだろうか。屋敷の中でも?

 全く気が付かなかった。


「初めまして、ギルバートです。」

「坊ちゃま、わたくしどもに敬語は不要でございますよ。」


 セヴィルスに柔らかく諫言を入れられてしまった。


「そうだった。ごめんまだ初対面の大人の人だと慣れなくて。」


 改めて二人の目をじっと見つめる。やはり何を考えているのか全く読み取れない。

 俺に目線を合わせるためにか、膝を折ってくれている二人のまねっ子をして、下からしゃがみこんで二人の顔をのぞき込む。


「「「なっ・・・」」」

「今更だけど、よろしく。」


 今日も一日中、というか今後もずっとお世話になる二人だ。よっぽどの問題児とすでに聞かされているのかもしれないが、俺としては仲よくとはいかずとも程よい関係を築いていきたい。初対面ではないがで悪い印象を与えてはいけない。

 少しの間の後に、なぜか胸を押さえたセヴィルスの諫言がまた飛んでくるが、気にせず二人に声をかける。


「今日は街を回りたいんだ。ついてきてくれるか?」


 あっけにとられているふたりに声をかけると、少し動揺しながらも了承の声がかえってくる。

 その言葉に満足し、さっと立ち上がると、玄関に向かう。


「じゃあ、夜には帰ってくる」

「日が沈み切る前におかえりくださいませ!!!お二人とも、しっかりよろしくお願いいたしますね!!

 では坊ちゃま、お気をつけていってらっしゃいませ!」


 扉が閉まる。


「楽しんでらっしゃいませ、坊ちゃま」と温かい目でつぶやいたセヴィルスの小さな声がぽつりと響く。

 すると、話を聞いていたのかひょこっと現れたビートとルクリアが、にやにやとした笑みを浮かべてセヴィルスに話しかけた。


「セヴィルス様、寂しそうですねぇ。はあ、それにしても本日の坊ちゃまもお可愛らしかった・・・しかも激レア微笑み、頂きました・・・」

「そりゃあ、あ~んなにいつも気にかけていた坊ちゃまがとうとう初外出!心配でドキがムネムネ~ですよねぇ、およよ・・・あの笑顔、天使かと思いましたねえ。うっ、思い出して胸がッ!」

「・・・全く。あなたたち、あれ以来仲良くなったようでなによりですよ。」


 体をうねうねとさせてふざけている二人を横目に、セヴィルスは眉間を抑える。


「それにしても、ぼっちゃまの護衛というのはひょっとして腕ではなく顔採用だったりします・・・?ようやく初めてお姿をみれましたけれどもなんですかあの美男美女は」

「いやいや、全くですよう。どこぞの劇団の看板さんたちかと思っちゃいました!そりゃ選考に時間がかかるわけです!」


 冗談半分のビートの発言に、ルクリアがこくこくと頷き賛同する。


「なにふざけたこと言ってるんです。正真正銘腕オンリーに決まっているでしょう。まあ、騒がしいのが得意ではない坊ちゃまのため、多少性格も考慮されているでしょうが。」

「なんとっ!あの美貌に加え、あのセヴィルス様がここまでいう強さ!そしてあのタッパに筋肉!とんでもねえでごわす!」

「わたしもあの顔と細さと強さと乳が欲しいでげやす!」


「・・・あなたたち、そろそろ仕事に戻らないと減給しますからね」


「「すみませんただちに!!!!!!!!」」


 セヴィルスの冷ややかな声に、二人は一目散にその場を後にした。









 ・








 久しぶりに街に出た。

 天気は晴れ。春風が優しく頬を撫でる。


 近々何か催し物でもあるのか、以前屋敷に向かう途中に見かけたときよりもやたらと賑わっている。

 人々の笑い声や、何かを指示する声があちらこちらから聞こえてくる。なにかそわそわとした空気が、町全体を包んでいた。


「すごいな」


 見慣れない街並みに目を楽しませていると、こちらに向かって駆け寄ってきていた小さな女の子が、


 べしゃっ


 と音を立てて、目の前で派手にずっこけた。

 三歳くらいで、俺よりもちっこいその子は、両手に抱えていたジェラートを地面に落としてしまったようで。

 当然、その場には幼子の泣き声が響いた。


「キャサリン」

「はい」


 仕方がないのでその子に駆け寄る。


「・・・大丈夫か?」


 こんなに目の前でずっこけられては無視もできない。

 しかし、転んでしまった少女はこちらの声など聞こえもしないようで、


「いだあああああい!!!!うわぁぁぁああん!!」


 と泣き叫び続けている。

 仕方がないのでしゃがみこんで、頭に軽く手を乗せる。

 子どもというのは、そりゃ痛いのもあるが、そもそも転んでしまったことや転んでしまったことで物を壊してしまったことにびっくりしてしまって泣いてしまうことがほとんどだ。だからこちらに関心を向けて、どこが痛いの?と尋ねると、ここが痛いの、と涙目で教えてくれる。

 俺も子供だが、三歳と六歳は大きく違うし、これは経験則だ。


「よしよし、痛いなぁ。お兄ちゃんにみせてみてっ」


 その子はようやく俺に気が付いたのか、こちらを見てくれる。


「あのね、ここね、血でちゃってね、いたいのっ」


 すんすん言いながら必死に伝えてくれるその子に、俺は努めて優しく微笑みかける。


「そうかぁ、ほんとだ。痛かったね。じゃあ、今からお兄ちゃんが痛くなくなる魔法かけてあげよっか」

「おにいちゃん、まほうつかえるの!?」

「いい?よーくみてて、」


 戻ってきたキャサリンと目が合ったのを確認すると、俺は少女の傷跡を右手で隠し、背中に隠した左手でキャサリンからそれを受け取る。


「いないいなーい、ばあっ!」


 屑を隠していた右手を外す。

 自分の傷から一瞬で現れた先ほど落としてしまったはずのものと同じジェラートに、その子はパッと笑顔を咲かせる。


「わあぁぁ!!!おにいちゃんすごい!!!!なんで!?」

「おまけの呪文も唱えましょう。それそれそーれ、いたいのいたいの~とんでいけっ」


 女の子の傷跡から、俺の膝に。

 ううっと痛がるふりをすると、女の子はキャッキャと笑った。

 すると


「ああっキーナッ!少し目を逸らした隙に…!っも、申し訳ございません!」


 この子の母親であろう女性が、とんでもない形相で駆け寄ってきたかと思うと、すごい速さで頭を下げてくる。


「アレクシディア家のご子息様に、とんだご迷惑を…!」


 あれ、なぜかいろいろバレてる。

 不思議に思って周囲をちらりと見ると、そりゃ見てわかるだろうよ、とでもいうような視線に刺されてとんでもなくいたたまれない。

 髪色か?服装か?護衛の二人か?

 ・・・全部かもしれない。


「あの、好きでやったことですし、どうかお気にせず。僕はこれで失礼します」


 くそ、目立ち過ぎた。目立たないようにするって決めてたのに。本当に嫌だ。

 さっさと退散したい俺はそそくさと背を向ける。


「あのっ、すみません。ありがとうございます、なにかお礼をっ」

「いえ、本当にお気になさらないでください。お大事に」


 今後はほかの誰かに任せることに決めた。






 その後ぶらぶらと雑貨屋や本屋、お菓子屋などを見て回っていると、気が付けばかなり時間が経ってしまっていた。

 そろそろ目的地に行かなければ、と町の端を目指す。


 この貿易都市ミリディムの町は巨大な時計塔を中心に、東の港側を除いた周辺を大きな壁に囲まれている。

 中心部にはアレクシディア家の本邸や公的施設が並んでいるが、アレクシディア家の別邸は少し中心部からは離れた丘の上にある。街からは少し距離があるため、日が沈みだしたころには帰路につかなければセヴィルスにまた心配をかけてしまう。


 壁のそばに近づいていく。

 少し背の高い、変な形をした木と、碧い水の透き通った小さな池、そして色とりどりの花が咲いている。


「・・・あった。」


 ここだ。

 無意識に声がこぼれる。

 本当にあった。本当に。


 木に駆け寄り、根元を見る。この特徴的な謎の模様。間違いない。


 南端の壁門から少しそれたこの場所は、関門に止められ入ることを許されなかった『ゴルメインの英雄』の主人公が、侵入してくる場所だ。

 壁の反対側には蔦がかかっており、その蔦を足掛かりに壁を上った主人公は、運よく見つけたこの木に飛び乗り、無事侵入に成功する。この街はゲームのいわゆる「はじまりの町」で、ちなみに時計塔は最初のワープポイントだ。

 セーブポイントであるこの美しい花畑に囲まれた池は、やけに綺麗だったためよく覚えていた。


 この場所がここにあるということは、このずっと南に・・・『主人公』が、いる。

 この世界の主人公が。いつか俺を殺すかもしれない、今はまだ同じ六歳の少年が。

 胸元をきゅっと抑える。

 わかっていたのに、少し緊張している自分がいる。


 一度深呼吸をして自分を落ち着かせると、少し方角を変えた方を見つめる。


 それで、あっちに・・・()()が。


「ギルバート坊ちゃま、そろそろ」


 テッドから声が掛けられる。

 日が沈んできてしまったようだ。


 続きは『あとで』だな。



【登場人物紹介】


ギルバート・ディア・アレクシディア

この物語の主人公。

落ち着いた色合いの赤髪と、赤みがかった金色の瞳を持つ、少し賢すぎる6歳児。

人の注目を集めることに苦手意識がある。積極的に関わりたくはないが、冷淡な人間でもない。

外出禁止が解かれてルンルン。ちゃっかりあの後三人でジェラート屋さんに行って食べた。

おいしかったらしい。


セヴィルス

執事長。実はちょっと強い。

最近ルクリアがお皿を割らず、ビートが邸の中で迷子にならなくなってきたのでうれしい。

坊ちゃまの笑顔が見れてうれしい。

ジェラートはストロベリー味が好き。


キャサリン

暗いブロンドに深い青色の瞳を持つ、タッパもおっぱいもある強い女性。耳がいい。

テッドとは腐れ縁。ジェラートはバニラ味を頼んだ。

坊ちゃまが優しい。テッドとお揃いのタイピンをプレゼントされた。


テッド

グレージュの髪に深い緑の瞳を持つ、タッパも筋肉もある男性。目がいい。

キャサリンとは腐れ縁。ジェラートはチョコレート味を頼んだ。

坊ちゃまがかわいい。キャサリンとお揃いのタイピンをプレゼントされた。


ルクリア

アホ1

最近仕事のミスが減ってきてルンルン

坊ちゃまが可愛い。とても。

ジェラートは断然キウイ派。


ビート

アホ2

やっと屋敷の中で迷わなくなってきた。

極度の方向音痴。

坊ちゃまに名前を覚えられているか不安。

ジェラートはオレンジ一択。

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