第42話 白のペルソナ
雪煙がもうもうと立ち上がる。
「くっ、何も見えない! もう、何なのこの雪煙は! 何が起こったの? お姫さまはどうなった!?」
「ぷはっ、ぷはっ。ニャぁもう!」
自分でやっといてなんだが、思っていた以上に舞い上がった雪煙に閉口したアタシは、仕方なく前方に向かって思いっきり息を吐いた。
次の瞬間、悪天候が全て吹っ飛んだ。
地面こそまだ雪が積もっているものの、さっきまでの猛吹雪がどこへやら、空が青々と晴れている。
魔女ユリアーナが目を丸くする。
「は!? どういうこと? 天候の解除なんてしてないわよ!? 吹雪はどこ行った? なんで晴れるわけ?」
動揺しているのか、バレリーナ人形・ドロシーがユリアーナのすぐ隣で手足をバタバタ動かしている。
慌てなくても今からしっかり滅ぼしてやるから心配するニャ。
「うにゃぁぁぁぁあ」
地面に寝そべりながら伸びをするアタシを見て、魔女ユリアーナが口をあんぐり開けた。
「猫……ですって? お姫さま、あなた……獣人だったの!?」
首をコキコキと鳴らしながら、アタシはユリアーナを横目で睨んだ。
馬っ鹿馬鹿しい。天空の王国のお姫さまであるアタシが獣人なわけないニャン。
とはいえそう思われるのも無理もないことではある。
だって、今のアタシの恰好は素肌を申しわけ程度に覆った真っ白な毛皮姿なのだから。
どうよ、この見事なプロボーション!
普段、黒いゴスロリ服で身体をすっぽり覆っているけど、こうして露わになってみると、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでて、結構いい身体してるでしょ?
見よ! この見事なまでのわがままボディを!
そして、顔の上半分を覆う、狐面ならぬ白猫の面。
穴から覗く切れ長の目が、うーん、セクシー!
最後にほれ、このぷりっぷりのお尻。
見える? 見える? ちゃーんとしっぽも付いているニャよ?
ふむ。
仮面部分を形成するアルの影響で意識に変化が生じてはいるかもしれないニャア。
……ま、でもアタシはアタシだから問題ないニャ! ニャハハハハ!
「えぇい、雪豹よ! ダンテ ゲール(疾風の牙)!」
魔女ユリアーナが再び四匹の雪豹を出現させると、アタシを襲うよう指示した。
「芸がないニャア」
パチン!
地面でゴロゴロしながら右手の指をはじくと、雪豹四匹が一瞬で雪だるまに変わった。
ポカポカと暖かな陽気の中、真っ白な雪の上に雪だるまが四体仲よく並んでいる。
うーん、実にのどか。
それを見たユリアーナの顎がストンと落ちた。
「は!? なんで? いつ魔法解除した? 素振りも魔素の動きもまったくなかったのに! どうなっているの!?」
軽くパニックを起こしながらも再び悪魔の書を構えたユリアーナが呪文を唱えだした。
「いいわ。わたしの最大呪文であの世へ行かせてあげる! 覚悟なさい!」
「好きにするニャ。ふわぁぁぁ」
いっけニャイ、退屈すぎてついついあくびが出ちゃったニャ。
「氷精よ、我が声に応え、ここに集え。踊り踊りて一つになりて、我が敵を圧し潰せ! イーチェ レジーネラクリマイ(氷姫の涙)! 直径三百メートルの氷塊でぶっ潰れなさぁぁぁぁぁぁあああい!!」
最大呪文だからか、ユリアーナの呪文に合わせ、バレリーナ人形がその足元でシャカシャカシャカシャカと激しく踊っている。
「ニャ?」
何となく日が翳ったので上に視線をやると、はるか上空に何かが浮かんでいる。
太陽の反射でキラキラ光っているところをみると、どうやら巨大な氷の塊らしい。
はー、あれを落とそうとしているのかニャ? ニャるほど、ニャるほど。
「んー、こんなもんでいいかニャ」
爪の先ほどの小さな石を拾ったアタシは、直上に向けて親指で弾いた。
指弾だニャ。
ドン!!
衝撃波を起こしながら真上に飛んだ小石は、氷塊に当たった瞬間、氷ごと爆散した。
砕け散った細かな水の粒子が太陽に照らされてキラキラと光る。
スターダストだ。
「ニャハハハハハハハ! 綺麗だニャ!」
あぐらをかきながら空に向かって拍手をするアタシと対象的に、ユリアーナは愕然とした表情をしている。
人形の動きも固まっている。
「……は? え? なんで? 直径三百メートルの氷塊よ? それが一瞬で散らされるって意味分かんない! この私の最大呪文なのよ? そんなことってある!?」
魔女ユリアーナが泣きそうな表情で、氷塊の消えた空とアタシとを何度も見ている。
見ると、バレリーナ人形もユリアーナとそっくり同じ動きをしている。
ニャハハ。結果は変わらないニャよ。現実見るニャん。
混乱の極みにいるユリアーナに向かって、アタシは地面に寝そべったまま右手で銃を撃つポーズを取った。
もちろん、あくまでポーズ。手の中には何もない。
だが――。
「バンっ!」
「熱っ!」
手の中にいきなり発生した高温に、ユリアーナは持っていた悪魔の書を落とした。
次の瞬間、地面に落ちた悪魔の書がボっと火を吹いた。
アタシの人差し指から放たれた光線によって一瞬で焼かれたのだ。
ユリアーナが顔面蒼白になる。
「あぁっ! 駄目駄目駄目駄目! いやぁぁぁぁぁ!!!!」
焦ったユリアーナが慌てて火を消そうとするも、まるで消えない。
バレリーナ人形も書と共に消滅しようとしているのか、苦しそうに身をよじっている。
「サ・ヨ・ニャ・ラ!」
右手の爪を十センチほど伸ばしたアタシは、その場で無造作に右手を振った。
シャカーーーン!
……ストン。
距離を越えてバレリーナ人形の首が切断され、地面に落ちる。
次の瞬間、ユリアーナの悪魔の書が激しく燃え上がり、あっという間に消し炭と化した。
書の消滅と共にバレリーナ人形の姿がゆっくりと薄れ……やがて霞のように消え去った。
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
ユリアーナはその場にうずくまると、絶叫しつつ拳を何度も何度も地面を叩きつけた。
髪をかきむしって号泣している。
「ニャハハハハハハハ!」
その様が面白くて、思わず、地面を転げ回って笑う。
ひとしきりそうやって笑わせてもらって満足したアタシは、立ち上がって両手に意識を集中した。
「んじゃ、そろそろ終わりにするかニャ。にゅにゅにゅにゅ……ニャ!」
胸の前で両手を擦り合わせたアタシの手の中に、蒼白く輝く光が生まれた。
どことなく禍々しい気がしないでもないが、まぁ気のせいニャ。
「綺麗だニャン」
『ブッ!!』
アタシの頭の中で、アルが盛大に吹いた。
『おまっ、馬鹿! 核の光じゃねぇか! 何やってんだ、エリン! 消せ消せ、早く消せ!』
「えー? そんなもったいニャい」
『だいたいそんなもの、どうするつもりだ! 危険すぎるぞ!』
「んー、アイツにぶつける?」
それを聞いたユリアーナが、ギョっとした表情をする。
『馬鹿! 人間なんか一発で蒸発しちまうよ! それどころか、この封鎖空間自体、消し飛んじまうったら!』
「ほっほー、それは面白そうだニャ。それにほら、こーんなに綺麗だニャ」
『……駄目だ。悪魔の力に完全に飲まれてやがる。これ以上この状態が続くと戻れなくなりそうだ。仕方ない、強制解除するぞ!』
蒼白い光をうっとりと見つめるアタシと対象的に、頭の中でアルの冷静な声が響いた。
次の瞬間、光に包まれたアタシは……わたしに戻った。
急激に襲ってきた虚脱感に耐え切れず、雪のまだ残る地面に膝をつく。
元の姿に戻る直前、視界の隅に魔女ユリアーナの姿が見えた。
ユリアーナは髪もグシャグシャ、顔も涙でボロボロの状態でわたしを睨みつけると、口を少しだけ動かしフっと消えた。
殺してやる……か。
疲れた身体に鞭打って立ち上がったわたしは、愛鳥ミーティアと合流すべく、再びブルーメンタール城に向かって歩いて行ったのであった。




