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第40話 魔女ユリアーナ

「何だ? 何が起こってるんだ?」


 ユートが剣を杖代わりにボロボロの身体を引きずって近づいてきた。


 ハーゲンにやられてわたしにやられて結構なダメージが蓄積しているはずなんだけど、思ってた以上にタフねぇ。まぁでもちょうどいいわ。


 左手に持つ悪魔の書はイルマに向けたままで、身体をひねって右手の白杖をユートに向けた。


「連結!」

 ヒュン、ストンっ! 


 杖から飛び出た光の糸がユートの胸に突き立った。

 

「がぁぁぁぁああっ!!」


 突如襲った激しい胸の痛みに、ユートは胸を掻きむしりながら膝をついた。

 ユートに光の糸は見えていない。

 認識できないから触れることもできない。

 完全無防備で胸を刺された衝撃は、相当なものだろう。


 でも同情には値しないわね。なにせわたしを殺そうとしたんだから。


 続いてわたしは、白杖をイルマに向けて振った。

 糸の反対端が伸びて、今度はイルマに突き立つ。

 繋がると同時に、光の糸がドクンドクンと脈動する。

 ユートから吸い取られた生命力がダイレクトにイルマの中に流れ込んでいるのだ。 


「言ったでしょう? レオンハルトの護符は悪意ある魔法は弾くけど、善意から発した魔法はすり抜ける。イルマの人体再生に足りない部分をあんたの生命力で補うわ。あんたの寿命を何年ぶんか、イルマに分け与えなさい!」

「誰だ? レオン……ハルト……だと?」


 光の糸を通じて生命力を急激に吸われたユートが、つぶやきながら気を失った。


 ――やがて光が収まると、そこに黒髪の少女が全裸で横たわっていた。

 身体の再生が無事終わったのだ。


 疲労でぐったりしながらもミーティアに視線をやると、意を悟ってくれたようで勢いよく駆け寄ってきた。


「いい子ね、ミーティア」


 背中にくくり付けた荷物から予備のマントを取り出したわたしは、それをそっとイルマにかけてやった。

 そこへ、立って歩けるほど復活したハーゲンが軽く手を振りながら近寄ってくる。


「人体再生の魔法かよ。さすがに門外漢(もんがいかん)の俺でさえとんでもない魔法だってことは分かるぜ。……ずいぶんと消耗しているようだが大丈夫かい? お姫さん」

「余計なお世話よ。それよりお金払ったんだから、仕事はちゃんと果たしてよね」

「ユート、イルマの兄妹をサムラの街の病院まで送り届けることだろ? 大丈夫、仕事はちゃんとこなすって」


 ピィィィィ!  


 ハーゲンが指笛を吹くと、どこからともなくコボルトたちが集まってきた。

 しかも、担架を二つ抱えている。


 コボルトたちは、気を失っているユート・イルマの兄妹をいそいそと担架に乗せると、あっという間にどこかへ走り去っていった。


「……人力なのね」

「……コボルトだけどな」

「とにかく二人を任せたわよ。さぁて、もうひと踏ん張り……」


 わたしの手から悪魔の書と力の杖が薄れて消える。

 悪魔の書を使うだけの魔力が尽きたのだ。


『ボクはいったん休むよ、エリン。最終決戦用の準備はしておくから、危なくなったらいつでも呼び出せよ』

『はぁい。頼んだわね、アル』


 姿を消したアルとのテレパシー会話を打ち切ったわたしは、疲れた身体に鞭打ち、入り口に向かって歩いた。

 ミーティアはここで待機だ。


 足が重い。疲れた。でもまだ終わらない。だって、中庭で魔女ユリアーナがわたしを待っているもの。

 そこへ、ハーゲンが後ろから声をかけてきた。


「なぁ、お姫さま。俺は、(さら)ってきた奴らがどうなったかは知らないんだ。ある日忽然(こつぜん)と消え失せていた。でもマリウスさまでないことは確かだ。マリウスさまは吸血鬼ではあったが一滴たりとも人の血を吸うことはなかった。形から入るタイプだったからポーズだけは一丁前に吸血鬼だったけどな。……そういうとこ、本当に好きだったんだぜ」

「そう……。ありがと」


 わたしは振り返ることなく入り口まで辿り着くと、力いっぱいドアを開けた。


 ◇◆◇◆◇


 ブルーメンタール城の玄関ドアを開けると、案の定、外は相変わらずの猛吹雪だった。


 言うまでもなく魔法による天候操作だが、魔女ユリアーナは吹雪を止める気はさらさらないらしい。

 わたしたちのような高レベルの術者ともなると、自身に張り巡らせたフィールドが雨風ごとき自動で(ふせ)いでくれる。

 ただただ視界不良がウザったいだけだ。

 ユリアーナもそんなこと分かっているだろうし、その程度で自分が有利になるとは毛ほども思っていないだろうから、多分単純に雪が好きなのだ。はた迷惑な。


「あらあら、ずいぶんとお疲れのご様子。城内ではご活躍だったのかしら? エリン姫」


 雪で真っ白な中庭で、漆黒のロングドレスを着て待ち受けていた魔女ユリアーナが、余裕たっぷりに挑発してきた。

 ……この女、いつからここにいたんだろう。

 結構待ったと思うんだけど、ご苦労なことだ。


 ただ、視線はずっと感じていたから、こちらの状況は先刻ご承知のようだ。

 見るからに消耗しているわたしを見て、勝利を確信しちゃってるんでしょうね。ホント嫌な女。


「ご活躍ってほどでもないわ、ユリアーナ。あの程度の魔法、わたしにとっては初歩の初歩だもの。……ひょっとしてそんなに難しいことやっているように見えたの?」


 ユリアーナが一瞬、眉をピクっと動かす。

 大いにプライドを刺激されたらしい。

 平静を装おうとしているが、心の動揺が丸わかりだ。


「確かに初見の魔法ではあったけれど、ほら、私くらいのレベルになると専門分野に特化しちゃうから使用頻度の低い低級魔法はスルーしちゃうのよ。良かったわね、自慢できるものがあって」


 精一杯虚勢(きょせい)を張っているが、あれだけ熱心に観察していたところを見ると、自分の知らない超超高度な魔法を使われたことが相当悔しかったに違いないわ。もうちょっとつついてみましょうか。


「そりゃそっか。十六歳のわたしが使いこなしている魔法を、何百年も修行したベテランが理解できないなんてことあるはずないものね。数百年必死に学んでも才能の差をまるで埋められないだなんてなったら、かわいそう過ぎるもの」

「くっ!」


 ユリアーナが歯噛みする。

 城に入る直前に設置されていたループ魔法、覚えてる? 偏執的なほど空間が細かく編まれていてホント閉口したわよ。多分、一度何かをやり出すととことん凝るタイプなんでしょ。


 そんな、自分の才能に絶対の自信を持っている女が、年下の少女に才能の無さを憐れまれる。

 そりゃプライドもズタズタになるってものよね。あらあら、頬がピクピク痙攣しちゃっているわ。あぁ面白い。 


「……おしゃべりはこれくらいにしておきましょう。苦しみを長引かせるのもかわいそうだから、サクっと殺してあげるわね、お姫さま」

「あんた程度の木っ端魔女がわたしを殺せるだなんて本気で思っているの? 魔力を使い切ったくらいでこの圧倒的な才能の差を引っくり返せると思っちゃう単細胞さんには難しいんじゃないかなぁ」


 魔女と恐れられる実力者でありながら意外と(あお)耐性(たいせい)がないようで、ユリアーナは顔を真っ赤にして、わなわなと口を震わせた。

 何百年生きようと、その人の本質は変わらないらしい。


「その増上慢(ぞうじょうまん)を後悔させてやるわ! エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」


 ユリアーナを中心にして、氷雪の竜巻が巻き起こる。

 風にあおられたか、左手に持った水色の悪魔の書が勝手にめくれ出すと、ちょうど半分くらいのページで止まった。

 そこから押し出されるように出現する、本と同色の水色の杖。

 ユリアーナは悪魔の書から優雅に力の杖を抜き出すと、わたしに向かって構えた。


「さぁ、お仕置きの時間よ。あなたの人生、ここで終わらせてあげるわ、お姫さま」


 そう言って、魔女ユリアーナは憎々(にくにく)()にわたしを見つめた。

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