第37話 ブルーメンタール城
ゲートを潜り抜けたわたしを猛吹雪が襲った。
すかさず懐からピンク色の短杖を取り出し、宙にササっと魔法陣を描く。
「ウィンデシールデムールム(風防壁)!」
ミーティアごと風の壁で覆ったので、途端に吹雪が全く届かなくなる。
わたしはミーティアの横腹を足で軽く叩いて、気にせず進むよう指示をした。
走りやすくなったミーティアが大喜びで、雪を蹴立てて疾走する。
とそこで、ミーティアの背に乗っていた白猫アルが身を乗り出して前方を睨みつけた。
「エリン、敵の反応だ。この感じ、雪狼だな。結構な数だぞ。すでにこっちの位置は捕捉されてる。どうする?」
「そのくらいは予測済みよ」
わたしはアルに返事を返すと、走るパルフェの上で新たに魔法陣を描いた。
「ヴォカテ トニトゥリーブス スピリートゥム(雷精召喚)!」
魔法陣から直径二十センチはありそうな雷球が十個ほど飛び出すと、わたしを囲むようにぐるりと配置された。
雷球の表面を雷が走る。
この雷球には自動防御を設定してあるので、指定範囲内に入った敵に対して勝手に迎撃を始めるのだ。
わずか数秒後。
雷球の表面を走る雷がひときわ激しい光を発すると、一斉に雷の矢を射出し始めた。
何十本、何百本のいう雷の矢が、雪を蹴立てて迫って来る雪狼たちを次々と襲う。
十個もある雷球がひっきりなしに雷の矢を放つ。
ドドォォン!! ドドドォォォン!! ドドドドドォォォォン!!
ギャウン! キャウゥゥゥゥン!!
雷の矢は雪狼に当たると同時に高電圧を掛け、派手に爆発した。
雪狼の身体が真っ二つに裂け、空高く吹っ飛ぶ。
この雷精召喚の魔法は、わたしが使うにしてはかなり威力の高い魔法だ。
たった一本の矢で、巨大岩を木っ端みじんにするほどの力がある。
そんな凶悪な雷の矢が雪狼一匹に対し何本も突き立つのだから、生きていられるわけがない。
戦闘不能な個体を何十と出した挙句に、犠牲が大きすぎると踏んだ雪狼たちは慌てて敗走していった。
「エリン……、ひょっとして怒っているのか?」
アルがパルフェの背にまたがりながらそっと問いかけてきたが、わたしはその問いには沈黙を返した。
猛吹雪で視界がかなり遮られてはいたが、アジトは思ったよりゲートから近い位置にあったようで、ほんの十分程度で城の全景が見えてきた。
雪に覆われてはいるが、尖塔や城壁の形に見覚えがある。
そう。わたしはここに来たことがある。
ほんの五年ほど前の話だ。
そのときは、こんな雪まみれではなかったけれど。
城内からわたしを視認したようで、木製の巨大な城門が開いて中から一斉に兵士が飛び出してきた。
兵士たちは鎧兜を身にまとい、槍を構えてはいるものの、その頭部は犬――コボルト兵だ。
迎撃用の兵士はコボルト十匹で打ち止めなのか、城門がゆっくりと閉まる。
「ボスのハーゲンが留守で自信なさげだけど、犬型獣人だけあってちゃんと命令を果たそうとしてるな。感心感心」
なに目線なのか、アルが偉そうにうなずく。
わたしはそんなアルに、無表情で問いかけた。
「アル、門の開錠式はどうなってる?」
「接触式だね。承認を得た者だと触れるだけで開く。その分、部外者がこじ開けようとすると時間がかかるぞ」
「だったら、あちらさんに開けてもらいましょ」
コボルトたちは閉じた門の前で円錐の陣形を取ると、持っていたラウンドシールドを前に突き出した。
すかさず盾の隙間から矢を飛ばしてくるが、わたしに届く前に、雷球から自動発射される雷の矢によってことごとく叩き落とされる。
それを見た計十匹のコボルトたちが、素早く盾の後ろに隠れた。
攻撃が通じないと悟り、防御に徹することにしたらしい。
城門を死守するには有効な手段だ。
だが――。
「けなげよね。でも、盾程度じゃ防げないんだなぁ、これが……」
持っていた短杖を軽く振ると、わたしの周囲に散っていた雷球が合体し、一つになった。
人の頭ほどもある雷球が激しく放電しながら、わたしの頭上で発射のタイミングを今か今かと待っている。
コボルトに照準をつけながら、わたしは昔、国で流行った球技を思い出した。
円錐の陣形で置かれた兵士人形を丸い球を当てて倒す遊びだ。
確か『ボゥ・ウィング』とかいう名前だったはず……。
「いっけぇぇぇ!」
掛け声とともに短杖を思いっきり前に振り下ろすと、雷球が衝撃波を起こしながら城門に向かって飛んだ。
慌てて盾の後方にしっかりと隠れたコボルトだったが、雷球直撃の凄まじい衝撃に、努力もむなしく全員吹っ飛んだ。
「ストライィィィック!!」
コボルトの何匹かが激しい音を立てて、城門に叩き付けられた。
これで開錠の条件を満たしたのか、城門が音を立てて開いていく。
吹っ飛ばされたコボルトたちは高電圧で感電したようで、ピクリとも動かない。
ミーティアの上で身を屈めたわたしは、一気に門をすり抜けた。
途端に、今度は上空からわらわらと敵が襲ってくる。
ガーゴイルだ。
尖塔を飾る石像が命を得て動き出したのだ。
当然のことながら、元が石なだけあってめちゃくちゃ硬い。
わたしは目の前に素早く魔法陣を描いた。
先ほどコボルトたちを吹っ飛ばした雷球が戻ってきて、魔法陣の向こう側にピタリと着く。
「雷精解放! 吹き荒べ、チェレリフルグル(疾風迅雷)!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
雷球から雷をともなった竜巻が発生すると、空を舞うガーゴイルたちを根こそぎ巻き込み、バラバラの粉々に分解して雪上に破片を振りまいた。
その横を悠々と走りすぎたわたしは、やがて宮殿の玄関に辿り着いた。
入り口は装飾の施された、大きくて立派なガラス扉だ。
当然のことながら、ここも封が張られている。
わたしは短杖の先で玄関の鍵部分をそっと触った。
「レセーランス(開錠)」
ギギギギギ……。
あら、普通の開錠呪文で開いたわ。さすがにここまで入り込まれることは想定していなかったってことかしら。
ミーティアから降りて先に進む。
開いたガラス扉を潜ると前方に赤い絨毯の敷かれた大階段が。そしてその中間踊り場には人の背丈ほどもある絵画が飾ってあった。
家族の肖像画なのか、そこには父、母、息子、三人の人物が描かれていた。
遅くなってできた子なのか、髪がすっかりグレーに染まった父親は、金糸や銀糸を編み込んだモスグリーンのコートとウェスコートを着込んでいる。
下は濃茶のブリーチズだ。
優しそうなまなざしを向ける母親が着ているのは、淡いパステルカラーの生地にレースとリボンをふんだんにあしらったローブ・ア・ラングレーズだ。
そして、両親の間に立つ息子は、今のエリンと同じくらいの年齢の少年で、父親と似たような構成をした服を着ているが、こちらは青を基調としたコーディネートをしている。
「マリウス……」
踊り場で感慨深く絵を眺めていたわたしの隣に、わたしの物とよく似た黒色のドレスを着た少女が音も立てずに降り立った。
「ずいぶんと馴れ馴れしいな。誰だ君は」
「そんなことも忘れてしまったのね、マリウス」
わたしは軽くため息をつきつつ少女の方に振り返ると、少女の目を真っ直ぐに見つめたのであった。




