【改稿版】人の優しさに触れて…
大学時代に書いた小説の改稿版です
仲間とお題や書き出しを決め楽しく書いた小説なので、拙いながらもお気に入りの作品です。
お題▶︎おっさんと犬
書き出し▶︎吾輩は犬である
吾輩は犬である。正確には黒銀の毛並みを持つ狼だ。昔私は弓月という名前で人間に犬として飼われていたことがある。私も皆のように人間を憎んでいた。しかし、人間は皆が思っているように怖くて醜いだけではないのだ。今から、私と彼との暖かい物語を話そう。
ある日、私は密猟者に追われ重傷を負った。絶望しかけたその時、一人の医者によって助けられた。高月馨と名乗るその男は、私を自宅で療養させて、私に家族という存在の大切さを教えてくれた。
私は銃に打たれて走ることも出来なくなっていた。彼はどこを歩いているかもわかってないような朦朧とした表情でさまよっていたのに、私の怪我を見ると目を見開いて驚いたのち、優しい目で私を見つめ声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、君はもう安全だ。」
「安心して、僕が必ず君を治すよ。」
そんな温かい言葉に涙が出た。その温かさに惹かれつつも、出会ったときの暗い表情が、頭から離れず彼に寄り添った。
普段は気にしないで逃げるだろうが、どうしても放っておけなかったのだ。あの人の温かい声と瞳に惹かれたんだろう。
はじめは”人間だから“と警戒していた。一緒にいるときにご飯に手を付けない私に対しても「ご飯おいておくから食べてね」と声をかけひとりにさせてくれた。
毎日おはようやおやすみと優しく声掛けてくれてた。
そんな彼にだんだん心をほぐされていったのだ。
しばらくすると彼の手当てと手厚い看護のおかげで私の怪我はだいぶ回復した。しかし、彼があのときしていた表情が気になってどうしても彼から離れられないでいた。
「もう、森にあるおうちへお帰り」
”嫌だ!“
“馨と一緒にいたい。”と逆らった。
それは彼が私を救ってくれたように、彼を救いたかった。だから“一緒にいて”と“私が守るから”という思いを込めて彼にキスをした。そうして私は彼の家でペット【弓月】として飼われることになったのである。
彼との合同生活は思った以上に快適だった。彼の温かい手に撫でられると不思議な力があるのかと思うくらい気持ちよく、すぐに眠ってしまう。まるで赤子のように。優しく、前向きな彼がなぜ彷徨っていたのだろうと考えながらも、彼からは何も出ずあの瞬間まで分かることはなかった。
彼は進行性骨化異形症という難病を患っていた。筋肉が徐々に骨化していくという、現代医学では治療不可能な病気だった。いまであれば、そばにいることで加護が受けられ、病気の進行を抑えられるけど、まだその力はなかった。
もちろん彼が私に心配をかけたくないからというのもわかってる。けれどもっと早く言ってくれれば…私も何か出来たかも知れないのにといまだに後悔をしている。
筋肉を衰えさせる病期は、一向に回復する傾向になくて、できることがどんどん減っていった。それでも少しでも病気に抗いたくて、少しでもながく弓月とともに過ごしたくて、筋肉を増やすためにランニングをはじめた。
早朝と夕方のランニングは辛いけど、弓月といっしょに話しながら走るのは楽しい。
いつか治るはずだと信じていた。弓月を悲しませないようにさとられないように今日も痛みを隠す。まあ、聡い弓月は気づいているんだろうけど。
“なぜ、そんなに無理して走るのだ?”と問いかけられても
「健康にいいから。継続しないとね」と悲しませないように、笑顔を見せて答える。弓月に出会う前は、いっそ楽になれたらと迫りくる死を受け入れようとしてたけど、いまは弓月のために少しでも長生きしたい。
朝昼晩きちんと食事をとっている彼がダイエットをしているとは考えにくいが、そこまで彼を駆り立てるものがどこにあるのだろうか。
彼と生活を始めて約1年。
彼の生活が崩れてきた。体を動かすたび痛そうに顔を顰める。
心配になって何度も彼に話しかけるが、
「弓月、大丈夫だよ。どこも悪くないよ」と話を逸らされる。
毎日の行動を共にすればいやでも大量の薬を飲むのを目にするし、何か大きな病気にかかっているのではないかと心配だ。でもなにもできない。私はしょせん狼で人の病気に詳しくないのだから。
体を動かすのがつらいのにも関わらず日課であるランニングを欠かさず行っている。彼の体はどうなってしまうのだろうか。
そこで私は彼が務めている病院に忍び込むことを決めた。勤務後にその病院で診察を受けているらしく、最近は病院から帰ってくるのが遅い。だから病院に忍び込めば何かわかるかも知れないと私は考えた。
あいまる総合病院では毎週月曜日に入院患者のためのアニマルセラピーを行っている。そこに紛れ込めば目立たないはずだ。
たまに意地悪をしてくる彼を驚かすことを楽しみながら、そして彼の体調が良くなることを祈りながら日曜の夜こっそり彼のベッドに潜り込んでだ。
彼がいつものように仕事に向かうと、私専用の小さな出入り口から出て、アニマルセラピーの集合場所である夢の森センターに忍び込んだ。夢の森センターでは沢山の犬や猫と飼い主さんが集まっていた。点呼も終わったみたいなので、今紛れ込めば大丈夫、問題ないだろう。
「あら、弓月君じゃない。どうしたの?」
とアニマルセラピーによく参加しているというお向かいの山崎さんが話しかけてくる。
“馨に逢いに…”
「ホントは検査とかいろいろあるからダメなんだけど、一緒に行きましょうか」
山崎さんの許可も貰えたことだし、山崎さんの飼い犬のふりをして病院まで歩いていく。こんなに簡単に紛れ込めるとは思わなかったのだが、大丈夫なのだろうか。
夢の森から歩いて20分ぐらいであいまる総合病院がある。20分の間山崎さんと、山崎さんの飼い犬ワルツと世間話を交えながら楽しく向かう。その間も馨の体調が気になっていつもより早足になってしまったのは仕方が無いことだと思う。
アニマルセラピーを行っている間はおとなしく子供たちの相手をする。力加減がわからないこともあり、耳を引っ張られて痛いが、可愛いので許してやる。整えた毛がぐちゃぐちゃになりながらも、馨が診ているこの子達が良くなるようにと思いを籠め、一人ずつ抱きしめてやる。
「高月さん、チョットいいですか?」
「山崎さんじゃないですか、どうしました?」
「弓月君が悩んでるみたいなので、この後弓月君と話してあげてください」
「うーん、仮眠しようと思っていたのですが。この後休憩なのでいいですよ。」
“山崎さん、有難う。”
山崎さんが仲介してくれて助かった。素直に話してくれるか判らないが、思いっきり彼にぶつかってみる。出来る限り彼の助けになりたいから。
彼と休憩室に入る。この部屋は院長が彼の体調を気遣って休めるように用意した個室らしい。部屋は6畳くらいで簡易ベッドと事務用デスクがある。デスクの上に書類が散らばっているところを見ると休憩中にも書類と格闘していることが伺えて、思わず苦笑してしまった。糊付けされているアイロンがかかったシーツとデスクの上の散乱具合から考えるに彼はほとんど休んでないのだろう。院長からこの部屋を貰うくらいだから相当具合が悪いだろうに大丈夫か。
「弓月、俺の勤め先に来るなんて、どうしたんだい?」
“どうしたんだいじゃない!ここのところ薬の量も増えたし、大丈夫なのか?私じゃ頼りにならない?もう、辛そうにしている馨を見たくないんだ!!何も出来なくても、何かしたいんだ!”
「何もしなくていいんだ!弓月が居てくれるだけで支えになっているから。弓月に出会って俺は救われた。弓月が居るから安心して寝れる。だから心配しないで」
“私はもっと馨の力になりたい。支えっていうのなら頼ってくれよ!馨はギリギリのところで生きていて、もっと頼っていいのに落ちるんじゃないかと不安になるだろ!何も言ってくれないほうが不安になるって分かれ、この馬鹿!”
「そんな優しいこと言わないでくれよ…!そんなこと言われたら君を置いて逝けなくなる。もう、長くないってわかっているのに…」
“長くないって…どういうことだよ!?”
「俺さ…、進行性骨化異形症っていう病気に罹っているんだ。筋肉がだんだん骨になっていって最終的には呼吸も出来なくなるんだ。現代の医学では治せない。食事することも辛くなってきたからもうもって2ヶ月じゃないかな。」
進行性骨化異形症!?
だから必要以上にトレーニングしてたんだ。少しでも筋肉を増やそうと、骨になろうと固く固まっていく筋肉を動かすのは痛かっただろうに。車椅子でもおかしくないからだなのに、必死で病気に馨は抗ってるんだ。もっと早く言ってほしかった。狼の私は何もできないかもしれないけど、少しでも馨の支えになりたかった。そんな思いが体いっぱいに広がる。
“なっ…何で…もっと、もっもっと早く…言ってくれなかったんだよ!?”
「…言えるわけないじゃないか!でも、君と暮らすようになって進行も落ち着いたし、何よりもっと生きようと思えるようになったんだ!もう、長くないけど傍にいてくれる?」
“当たり前だろ…”
その3ヶ月後、彼の息が止まり、心臓の鼓動が聞こえなくなった。私は彼の冷たくなった手を握りしめ、声にならない声で彼の名前を呼んだ。彼は私の額にキスをし、静かに目を閉じた。
彼の温もりは、今も私の心に刻まれている。死ぬ1ヶ月前まで病院で働き奔走した彼は私にとって太陽だった。彼のように誰かのために生きたいと、誰かの役に立ちたいといろいろ奔走した結果、この力を得、主としてこの森に住まうことになった。
私はもう長くは無い。
だから、君たちに人間全てを憎んでほしくなくて、この話をした。この森に来る人間は私たちを狩る恐い存在だが、それ以外にも平穏を求めて同じように生きている人間がいるということを知っていてほしかった。全てを憎まないで…