夢
「う・・・」
私は、太陽の柔らかい日差しで目を覚ます。
少し前に、お母様がこっそり部屋に侵入し、カーテンを開けたのだろう。
「・・・」
朝は強い方だが、今朝は何故か体がだるい・・・。見た夢が原因だろう。
「はぁ・・・」
あの夢は何なのだろう?二人の魔族が会話している夢、二人の魔族が背中合せに戦っている夢、嫌にリアルな夢に私は困惑する。
二人の名前は“クロウ”と“エナン”。
エナンと言う名の魔族は、レノリア王国の“レノリア史”に出てくるのだが・・・。
「あっ!!マズい!」
急に思い出した。今日は、レノリア王国の首都である、ガレノ・イーリスで“高等魔導兵育成所”へ、編入試験を受けに行く日だった。
もともと、実家のあるウィッツロックの街で、魔導兵育成アカデミーに入学したのだが、大人の事情で、高等魔導兵育成所に編入することとなった。
「もぉ・・・!!」
部屋に入ったんなら起こしてくれても・・・と思いながら、鏡の前に立ち、ブロンドの長い髪を後ろで結い、急いで着替えて一階の巨大なダイニングに入る。
「おはようジーナ、あら?」
私に気付いたお母様は、じっと私を見つめる。
あ、あれが来る・・・。
「その服で首都へ行くつもり?」
「お母様・・・」
やはり出た!お母様の服装チェック。
お母様の気持ちはわかる。私が着ている服は、ダボッとしたズボンに、特注(対衝撃吸収素材使用)のスポーツブラ姿である。
伯爵家の人間が、好んで着るような服ではない。
「貴女は伯爵家の人間ですよ?はしたないと思いませんか?」
「それは十分に承知しておりますが・・・」
「が?」
「用意して頂いた服では動き辛く・・・」
「百歩譲ってそうだとして・・・その服装はどうかと・・・」
「・・・」
どうしたものかと頭を悩ませていると、お父様の気配が近付いて来た。
「やぁジーナ!準備は出来たのかい?」
「お父様・・・それが・・・」
私の困り果てた顔と、服装を見や否や、悟ったような顔をして口を開く。
「ははぁ・・・またジーナの服の事で揉めてるのかい?ミリーナ?」
「あなた・・・」
今度は、お母様が困った顔をする番だ。お母様は、お父様には頭が上がらない。
「編入試験は、座学試験はもちろんだが、戦闘試験も行われる・・・ミリーナも知っているだろう?」
「はい・・・」
「ジーナの服が見に耐えないのは分かるが、その上からローブを着れば良いんじゃないかい?」
そう言ってお父様が、着ていた黒いローブを脱ぎ、私に羽織らせた。
「ほらジーナ、袖を通して?」
「はい・・・」
言われるがまま、ローブを着た。
「此で良いかい?ミリーナ?」
「はい・・・」
お母様は、諦めの顔で返事した。
「さて・・・編入試験の前に、食事をしよう!」
お父様の号令に似た台詞と共に、三人は椅子に座った。
そして、お父様が指を「パチン」と鳴らすと、メイド達が食事を運んできた。
運び終わるのを見届け、胸の前で十字を切って、祈ってから食事を始める。
基本、私は朝食を摂らない。しかし、お父様には逆らえないので、最小限に留めておく事にした。
「ご馳走様でした・・・」
祈ってから言う。すると、食後のコーヒーが運ばれてきた。
それを啜りながら、玄関側の窓に眼をやる。
「おっと、もう時間だね」
お父様も、窓の外を見たようで、外には迎えの馬車が来ていた。
「急がなきゃ・・・」
慌ただしく立ち上がり、玄関へ足を向けた。
「ジーナ!待ちなさい」
外に出ようとした私を、お父様が呼び止めた。
「は、はい!」
「此を・・・」
お父様は、懐からお金の詰まった小さな袋を、私に差し出して微笑む。
「お父様・・・お金はこんなに」
「要らない?念のために持っておきなさい」
「はい」
「うん、それともう一つ・・・」
お父様は、黒い横長の封筒を取り出して差し出す。封筒は、赤いロウで封がされている。
「その封筒を、マリアに会ったら渡してくれるかい?」
「はい」
マリアとは、私よりも先に編入した、姉の名である。
「わかりました・・・会えなければ?」
「戻った時に、私に返してくれるかい?」
「はい」
受け取った封筒を、懐に仕舞って微笑んだ。
「よし!じゃあ、行っておいで?」
「はい!行って参ります!」
お父様に頭を下げ、玄関から外に出てから、迎えの馬車の前に立つ。
そこに、見知った男が立っていた。
「ジーナ様、準備のほどよろしいでしょうか?」
「うん!バッチリ!」
「畏まりました」
じいと呼んだ、六十代後半の男が、馬車の扉を開ける。
私がちゃんと乗り込んだのを確認して、後から彼も乗り込み、扉を閉めてから私の向かいに座る。
そして、後ろの窓をココンと叩く。
すると馬車がゆっくり動き始めた・・・多分、“出ろ”という合図だろう。
「ふぅ・・・」
息を吐いて靴を脱ぎ、横を向いて座席に両足を置いて、膝を抱えるように座る。
「ふふっ」
「じい、何よ?」
「失礼しました・・・昔からその座り方がお好きなようでつい・・・」
「この座り方が、落ち着くのよ」
「そうでしょうな・・・横に誰が座ろうとも、頑として辞めようとなさいませんでしたね?」
「えぇ、お母様にはこっぴどく叱られたわ」
昔の事を思い出しながら、微笑みを浮かべた。
伯爵家の人間なのに、その座り方は何ですか!!と、よく怒られたものだ。
「じい、首都にはどれくらいで着きそう?」
「一時間・・・程でしょうか?」
「一時間かぁ・・・“空駆け―ソラガケ―”した方が速いわね・・・」
「ふふっ、知られたら、ライザス様に叱られますよ?」
「わかってるわよ・・・」
ライザスとは、私の父の名であり、“空駆け”とは、“空を飛ぶ”のではなく、空中に漂う“魔素―マナ―”を足の裏に込めた魔素で蹴り、空を駆けるように移動する技だ。
空を飛ぶより、駆けた方が速いのである。
「私は構わないと思いますよ?知られなければですが・・・」
「そうね、“知られなければ”、ね!」
屋敷の周りには、魔素を感知する結界が張られている。少しでも空駆けしようものなら、父に感知されてしまい、こっぴどく叱られる。
私の年齢(十五歳)で、空駆け出来るのは、多分私だけだろう。
それほど、高度な技術だと言える。
「じいは、家にきてどれくらい経つの?」
「おや?ご存知無い?」
「ぼんやりとしか分からないわ・・・十年?」
「もっとです」
「もっと?」
「はい、ライザス様のお父様が亡くなられた頃からでしょうか?」
そんなに長いのか・・・お祖父様が亡くなったのが、私が生まれる少し前だから・・・
「二十年弱でしょうか?」
「そんなに?」
「はい」
じいは、ウィルハート家のお抱え執事であり、元々グランラムド男爵家の人間である。(元々って言うのもなんか違う気もする。)
因みに、グランラムド男爵家は、ウィルハート家の分家らしいのだが・・・。
「じい、少し休むわ!着く前に起こして頂戴?」
「えぇ」
「ありがとう」
朝食のせいで、睡魔が襲いかかって来ている。私はそのまま眼を閉じた。
「さま・・・」
「う・・・」
「ナさま・・・」
「う・・・ん?」
「ジーナ様!」
「はっ!!」
じいの声に、私は飛び上がるように眼を覚ました。
「もう着くの?」
「はい・・・間もなく」
「そう・・・」
靴を履いて座り直し、窓の外を眺めると、人が整備した道が続いている。
所々に魔除けが施してあるので、間もなく到着だろうと予想できる。
「それより・・・魘されておりましたが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ・・・たまに魘されてるみたいだけど」
「そうですか」
心配そうな顔で、此方を見ていたじいだったが、安心した様子で微笑んだ。
少しして、馬車のスピードが落ちた。
「もうすぐね」
「はい。間もなく検問ですね」
「うん。二年ぶりね」
「おや?そんなに空きましたか?」
「そうよ?去年は急に行けなくなったでしょ?」
「あ、そうでした!私としたことが・・・忘れておりました!」
「ふふ・・・じいは若くないんだし、物忘れの一つや二つ良いんじゃない?」
「そうでしょうか?執事としては、良くないと思いますが・・・?」
「良いのよ!」
「はぁ・・・」
じいに、これ以上言わせないよう、強めの口調で微笑みを浮かべる。