第五話 こうした家康
「富士山…」
作太郎一行は現在で言う富士宮市に到着していた。能は間近で見る富士山に見惚れている。彼女の出身地である武州見沼からも富士山は見えるが、近くで見る富士山の美しさたるや…。紗代の出身地小田原からも見られる富士山であるが、やはり近くで見る富士山の絶景たるや。
作太郎も見惚れている。
(何という美しさだろうか…)
「旦那様…」
「ん、なんだ能」
「本当に私の命を助けてくれてありがとう、そして…富士山まで見せてくれて」
「なんの、俺の方こそ一緒にいてくれてありがとうと言いたいよ」
『名勝カード【富士山】を獲得しました』
『異日本戦国転生記』のゲーム画面が作太郎の脳内に表示、前世の同ゲームのプレイにて『名勝カード』はコンプリートしていたが、こちらリセットされているらしく富士山がめでたき一枚目の獲得だ。
「では姫様、我ら風魔はここまで。だいぶ武田の領内に入ってしまいました。我らはこれ以上参れません」
「ありがとう小太郎」
名前を言ってはダメではないか、と作太郎はさりげなく紗代に突っ込みを入れた。
この段階になると作太郎はここが『戦国武将、夢の共演』シナリオの世界であれ、版図は史実とあまり変わらないことに気づいた。ゲームでは加賀を伊達氏、薩摩を織田氏が統治している場合もあったが、どうやらそうではなく、ちゃんと史実に沿った場所に戦国大名は根を張っていた。違うのは、やはり太田道灌や北条早雲が普通に生きていること、戦国武将オールスターがいるということだ。ただ時系列は今川氏滅亡後、今川義元は登場しないようだが、今川氏真と旧今川家臣は存在する。ちなみに現在作太郎がいる国は駿河、武田家が領有している。
「我らも安心しました。作太郎殿の武勇は我ら風魔でも通用するほどのもの。姫様と能殿を十分にお守りできるでしょう」
風魔の忍びたちは早雲の指示で作太郎一行を護衛していた。隠れながら。
一行は小田原を出てから一度、盗賊に襲われたが忍びの頭目が攻撃しようとした部下たちに
「姫の夫となった男の武勇が見たい」
と止めた。紗代が危険な状態になったら出ていくつもりだったが作太郎が盗賊全員をアッと云う間になぎ倒した。女を守りながら戦うと言うのは至難の技だ。優勢でも女を人質に取られたら、そこまでなのだ。
しかし風魔も作太郎の妻たちも知らない作太郎の秘密『サポートカード』異日本とはいえ戦国時代なのだから、当然投擲に特化したカードもある。【SR◆3ダビデ】SSRは存在せず、SRも◆4にまで至らせていないが十分だった。投石術により最強の戦士ゴリアテを討ったと言われるダビデの技、能たちを人質に取ろうとした者たちは作太郎の投石の前に倒れていった。あとは普通に槍で討った。風魔が出るまでもない、頭目小太郎が戦慄したほどの強さを見せた作太郎だった。見沼竜神を倒すほどの力はやはり本物だった。
しかし、彼らの立場からすれば、これほど安心して後を任せられる男もいないだろう。事実、彼は江戸川から、ここ富士山に至るまで愛妻能にかすり傷一つ負わせていない。
「本当に…盗賊たちをなぎ倒す旦那様のお姿ときたら…ああ、今宵もたくさん可愛がってもらわないと」
「ははは…」
さしもの風魔小太郎も苦笑いだ。小太郎は富士山に見惚れている作太郎に歩み
「もう姫様が名を言ってしまったので分かっているだろうが、俺は風魔忍軍頭領の風魔小太郎だ」
「今までの護衛、ありがたく思う」
「我らの出る幕などなかったがな。おぬしの強さは先日の盗賊たちを皆殺しにしたことで他の盗賊たちにも伝わろう。今後はめったに襲われまい」
「そうか…。そうしてくれると助かるよ。俺も好き好んで彼らを討つわけじゃない。愛する者を守るためにはな」
武士になる気はない。作太郎はそう思い武士を志してはいないが、人を斬ることに全く躊躇いがなかったことには自分でも驚いた。
彼は能を連れて小田原に到着するまでの道中、いわゆる童貞を捨てていた。同じく盗賊に襲われたが『能を守るのだ』の思いか、盗賊を返り討ち、皆殺しにした。
能はそんな作太郎を見て怖がるどころか、その武勇を見て増々惚れてしまった。さすが戦国に生きる女というところか。
「では姫様、作太郎殿、能殿、我らはここで」
風魔忍軍は小田原へと帰っていった。まだ富士山に見惚れている能に作太郎は
「能、白糸の滝に向かおう。道中でも富士山は観ながら行けるから」
「はい、旦那様」
現代人からすればバスに乗って行くほどの距離だが、この時代の人間は男女問わず健脚だ。歩いて行ける。能と紗代は作太郎の両腕に抱き着いている。盗賊が襲いたくなる気持ちも理解できるというものだ。
現在では近隣にドライブインもある白糸の滝だが、道中に粗末な木板の看板に『←白糸の滝』とある程度だ。だが、それが風情あっていい。作太郎は愛妻二人の抱擁に満足しつつ歩いていく。
白糸の滝に到着した。時期が良ければ富士山、白糸の滝、桜という三強コラボが見られるがあいにく桜の時期ではない。紅葉の時期とも外れていて少し残念。
『名勝カード【白糸の滝】を獲得しました』
「「わああああ…」」
能と紗代は食い入るように白糸の滝に見入り、やがて浅瀬で水遊びを始めた。作太郎はそれを見つめ
「癒されるな…。おぬしもそう思わんか?」
風魔が去るや、すぐに入れ替わるように新たな一団が作太郎一行を張った。しかし敵意は無いため放置していた。作太郎に感づかれていることは察していたろうが。
観念したかのように、一人の忍びが作太郎に歩んでいく。
「まこと、癒されますな。美しき少女二人の水遊びは。どうせなら脱いでしてくれたらよかったのに」
「正直な御仁だ。見せるわけがない」
笑いあう二人、当の能と紗代は水遊びに夢中で来訪者に気づかない。のんきなものだった。
「手前は徳川家に仕える服部半蔵」
風魔と違い、徳川の忍びは名乗っても大丈夫らしい。
「大丈夫なのでござるか、いくら武田家と同盟関係であっても」
「それゆえ、少数でお迎えに参った次第」
こちらの世界では徳川は織田ではなく武田と同盟を結んでいる。
「ご用件でござるが、当主家康様のご正室、瀬名様の病を貴公に治してもらいたい」
「通りかかるし、かまわないと旦那さんの家康様にお伝えあれ」
「かたじけない、浜松のお城まで我らが護衛いたす」
「妻たちとの睦みあいを邪魔しないでもらえれば」
「そのつもりにござる。しかし太田の姫と北条の姫があれほど仲睦まじいとは…」
「家と家の間もああなれば戦などありはしないのに」
「同感にござる」
『試練【徳川家康の妻、瀬名姫の病を快癒させよ】が入りました』
数日後、作太郎一行は浜松に到着した。
「そうか、名医殿が到着したか!」
急ぎ城から到着した作太郎一行を見た徳川家康だが
「なんじゃ、あの男は!若い娘を両腕にはべらせて!あれが本当に名医殿なのか!?」
「あのお二人は太田の姫の能殿と北条の姫の紗代殿です」
「ん?半蔵…。儂の記憶違いなのか?太田と北条は敵対関係にあるのでは?」
「城を出て惚れた男についていったご当人たちには、実家が敵対関係なんて事情、どうでもいいのでしょう」
「なるほどのう…。それにしても姫二人の顔よ。心底名医殿に惚れているのが分かる。男なら女とああいう仲になりたいと思うほどじゃな。さあ、出迎えるとするかの」
「えっ、殿、御自らですか?」
「当たり前じゃ、妻を治してもらう医者に礼を尽くすのは当然じゃ」
「名残惜しいが二人とも離れて。家康様の性格では嫁二人を両腕に抱いているのを不快に思うかもしれない」
「「はぁい…」」
渋々応じた能と紗代。能が
「家康様の性格では…と言うことは旦那様、徳川様にお会いしたことが?」
「いや初対面だが、伝え聞いた限りでは己を厳しく律している方らしい。若い娘を両腕に抱いている呆けた男として第一印象を与えるのもな」
「そんな程度で呆けた男とは思わぬよ。むしろ、一城の姫にそこまで惚れこまれた男として一目置くかもしれぬ」
作太郎は一目で家康と分かった。史実の天下人、徳川家康。すごい貫禄である。作太郎は慌てて膝を屈して頭を垂れた。
「武州牢人、作太郎と申します」
「武州寿能城主、潮田出羽守資忠の娘、能と申します」
「相州小田原城主、北条早雲がひ孫、紗代と申します」
「おお、何とも礼節をしっかりと弁えた、よき女房殿をお持ちですな」
「恐縮にございます」
「さあさあ、作太郎殿は大事な客人、こちらへ。奥方たちもどうぞ」
家康自ら愛妻瀬名の臥所に案内するも、途中で振り向き
「申し訳ない。奥方二人は、この別室でお待ちあれ。後ほど侍女に城の庭に案内させますゆえ。瀬名の容貌は病で崩れておる。見目麗しい美少女二人は妬ましかろう」
作太郎が頷くと、能と紗代は応じ、別室で待つことにした。
再び、家康は作太郎を先導して歩いた。作太郎は家康に瀬名の症状を聞いた。
喉が異常に腫れて、爪はボロボロとなり、眼球が飛び出ていると。作太郎はそれを聞き
「『バセドウ病』」
即座に病名を言った作太郎に驚き、家康は振り向いた。
「長谷川病?」
「バセドウ病、まあ西洋にもある病気らしくて、この病名です。ほとんどの患者が女性なのですよ」
「そうなのか…。治せるのか?」
「それは奥方を直接診ないことには何とも。とにかく全力を尽くしますよ」
臥所に着いた家康と作太郎、家康が
「瀬名、入るぞ。優れた医者を連れてきたのじゃ」
「殿…」
弱々しい返答が返ってきた。通説では武田に通じた罪で息子信康と共に処罰を信長に命じられた瀬名姫。ゲームでは、これが回避可能だった。現在作太郎がいる世界ではどうなるのか現状では不明だ。室内に入ると一人の若武者がいた。信康だろう。起き上がろうとした瀬名を
「ああ、起きずともよい。作太郎殿、お願いできるか」
「はい」
瀬名の横に行き
「掛け布団を取ってよろしいか」
「…そちが医者?その若さで…牢人に見えるが?」
「私は武州牢人、作太郎と申します。旅の途中に浜松城に立ち寄り、徳川様に礼遇されております」
「殿、まこと彼が…。信康とそう歳も変わらぬ少年が…」
「ふむ、彼は太田と北条の姫も死病から助けているのじゃ。任せてみぃ」
掛け布団を取った。しかし爪と眼球を見れば『バセドウ病』と一目で分かった。
「具体的に何をするのじゃ、母上には今までどんな薬も効かなかったのだぞ」
「ご子息ですか?」
「さよう、徳川家嫡男の信康である」
「失礼ながら、かなりの闘気をお持ちにございます」
「それは…幼少の頃より武芸の鍛錬を積んだ賜物じゃ。初陣はまだじゃが、この力、戦場で役に立とう」
「私は闘気を治癒の源にいたします」
「闘気を…治癒に…?そんなことができるのか。儂は今まで槍や刀に帯びて使っていたが」
「はい、私も鍛錬を重ねた結果得られた力にございます」
「ふむ…。闘気にも色々な応用があるのだな…」
「奥方、貴女の病は分かりました。治療に入ります。申し訳ございませんが顔面と喉に触れますぞ」
「…あい分かった」
作太郎が闘気を高めた。信康の知る闘気はおおよそ戦闘時に使うもの。だから闘気には殺気が含まれているものだが
「闘気に殺気が一切ない…。それどころか温かみすら感じるぞ」
家康は瀬名と手を繋ぐ。
「お頼みいたす」
「気術『万病治癒』」
作太郎の闘気が瀬名の上半身を包んでいく。
「温かい…」
異様に腫れた喉は見る見るうちに小さくなっていき、例によって体内に栄養素として取り込まれていく。飛び出た眼球も元に戻り、ボロボロの爪も光沢を放つ綺麗なものへと。
全身の倦怠感、熱感も綺麗に消え去った。嘘のように体が軽くなった瀬名は
「奇跡じゃ…。信康、鏡を!」
その信康も元に戻った母の体を見て涙を流し、鏡を差し出した。
「あああ…!目が、目が元に…!喉も…!」
瀬名は元気になった体で作太郎に平伏した。
「ありがとうございまする…!このご恩は一生忘れませぬ!」
「どういたしまして。治ってよかったです」
この夜、作太郎一行は浜松城で大歓迎を受けた。その翌朝
「名残惜しいの」
「はい、こんなにいただいて、ありがとうございます」
「なに、瀬名の命が助かったと思えば安いもの。路銀の足しにしてくれ」
家康も作太郎に百貫もの大金を謝礼として渡したのだった。
「念のため訊くが城を与えると言っても無駄か?」
「申し訳ございません」
「そうか…」
「作太郎殿、道中でお食べ下さい」
瀬名が弁当を作太郎に渡した。
「これは嬉しい、ありがたくご馳走になります」
「困ったことがあったら、いつでも徳川を頼れよ、作太郎」
「はい、必ずや。信康殿もお体に気を付けて下さい」
「半蔵、尾張までの国境まで、しっかり護衛いたせ」
「承知しました」
こうして瀬名を治療した翌朝、作太郎一行は家康、瀬名、信康に見送られて浜松城をあとにした。
「殿、私…もう一人くらい子供が生めると思うのです。何かこう、作太郎殿の闘気によって本当に体調も良くなって。見て下さい、この美肌と美髪、元々顔にあった染みや吹き出物まで消えているのですよ」
「うむ、今宵励むとするかの」
「女子を生んで、作太郎殿の嫁にいたします。ええもう、能殿、紗代殿以上の美貌の姫に育てて!」
「ははは、それは名案だ。あの若者、武士になぞならなくとも必ず大事を成す」
『試練【徳川家康の妻、瀬名姫の病を快癒させよ】を達成しました』
『【SSR天魁星呼保義宋江】を獲得しました』
こちらの世界では幸せになって欲しいですね。瀬名様…