表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

第三話 伝説のお姫様、能姫

「嘘をつくなら、もっとましな嘘をつけ。どうして城主の出羽守殿に仕える武士が昼間の酒場で博打に負けて袋叩きにされているんだ」

「いや、主君にも程々にしておけと言われているのだがな。博打は大好きで…まあ、今日は運が無かった。いや、おぬしと会えたのだから運がいいな」

どうやら本当らしい。北沢小兵衛、史実なら潮田家滅亡後に鷹飼になり、徳川幕府ご用達の鷹狩場を預かるほどに出世し、そして亡き主君資忠を語り続けた忠臣である。だから北沢家は長く続き、彼の十三代目子孫に北沢楽天が誕生する。


「ほ、本当に潮田家に仕えているのか?」

普通、城主に仕える武士が城下の酒場で博打など打つか?

しかも負けた金を払えずに博徒たちに袋叩きに遭うなんて、そんな武士いるわけが…と作太郎は思うも現実に目の前にいる。

「本当だ。まあ、さっきの醜態を見られれば疑われても仕方ないが」

作太郎の前世が小田原市出身のせいか、豊臣秀吉の小田原攻めはやたら詳しい。北沢小兵衛は主君資忠と共に北条方として参戦している。

目の前にいるのが北沢小兵衛なら年齢が合わない。元々北沢小兵衛は潮田資忠の父である太田三楽斎に仕えており、元服後、潮田家に養子に行った資忠が寿能拝領の時、父の三楽斎から付け家老として与えられた家臣。資忠より、かなり年上のはずなのだ。

「もしや、おぬしの父上が潮田家の家老なのか?」

「いや、潮田家に北沢は俺しかいないが」

どうやら当人のようだ。どうなっているのかと戸惑う作太郎、今の作太郎は十五歳の少年だが小兵衛もそのくらいだ。


(あ…)

失念していた作太郎、ここは『戦国武将、夢の共演』シナリオの世界。史実の君主と家臣の年齢が逆転していてもおかしくはない。

(これが夢の共演シナリオってことか…。史実の情報はあてにならんと改めて肝に銘じた方がいいな)

「どうした?」

「何でもない。とりあえず話を聞こうか。俺に何の用だ」

「うむ、我が主、出羽守様のご息女、能姫様がご病気になって床を出られなくなって久しい。おぬしに治してもらいたい」

「診てみないことには何とも言えんが、城主ほどの立場なら、ちゃんと治療費はもらうぞ」

「ど、どのくらいだ?」

「三貫、一銭も負けない」

この世界、治癒の法力と闘気を扱える医者が請求する一般的な額だ。

「ほっ、そのくらいなら城の資金とは別に、主人出羽守の懐から出せるだろう」


「出羽守殿は太田家に仕えていると聞くが君主は誰なんだ?」

「武州牢人のくせに知らないのか?太田道灌様に決まっているだろう」

作太郎は驚きを堪えるので大変だった。太田三楽斎でもなければ太田氏資でもなかった。

『戦国武将、夢の共演』というシナリオ。史実では潮田資忠は太田道灌のひ孫だ。彼の父の三楽斎道誉は孫、太田道灌が生きているはずがないのに、この世界では普通に生きている。

「そ、そうか、さすがにお名前は聴いたことがある」

「そうだろう、そうだろう、おお、そこの角を左だ。いや一緒に来てくれてよかったよ」

「俺は過分にも、治癒の法力と闘気を身に付けられた。故郷の古老から、それは天賦の才と言われた。天から授かった力は世のため人のために使わなければならぬと教えられた。私利私欲で使えば自滅すると」

「へえ」

感心する小兵衛を見て、我ながらよくこんな嘘がつけるものだと思う作太郎。

「この歳になって、ようやく、その言葉を理解できた。だから患者がいるのなら俺は赴くさ」




城主の潮田出羽守資忠は妻と共に娘の臥所にいた。そこへ

「殿、小兵衛にございます。今日はよき腕前の医者を連れて参りましたぞ」

「まことか?」

臥所の襖が開けられた。強烈な悪臭が作太郎と小兵衛を包む。患者である能姫の体の一部が、もう腐っていることが察せられた。排泄も自力で出来ないから、その処理が追い付かないのか人体腐臭と糞便のにおいが混じっている。

「旅の者で武州牢人、作太郎と申します」

「ほう、いい面構えの若者じゃな。儂は寿能城主の潮田出羽守じゃ」

「さっそく姫様の診断をさせていただきたく思います」

「ふむ、ぜひ診てくれ」


『試練【寿能城主、潮田出羽守資忠の娘、能姫の病を快癒させよ】が入りました』


作太郎は能姫の横に行き、母親に許可をもらって布団をめくろうとしたが

「大便を失禁しております…。臭うのでめくらないで…」

弱々しい声で能姫は拒絶した。しかし作太郎は

「恥をかかせてしまい申し訳ない。私は医者です。治療をさせていただきます」

「いやっ」

そう言われたが、作太郎は布団をめくり、能姫の体全体を見た。頭髪はすべて抜け落ち、全身が風船のように浮腫み、夥しい皮膚の爛れ。


「『全身性エリテマトーデス』」

通称SLE、膠原病の疾患だ。前世秀雄の妹である真理子はこれで命を失ったのだ。だから知っていた。鑑定の法術を使ったところ病名は一致。発熱や全身倦怠感などの症状に加えて関節や皮膚、内臓にも症状が現れる。令和日本でも指定難病、根治する術はなく患者のほとんどが女性だ。


作太郎は生活法術にある『洗浄』を能姫に施した。おむつのなかの大便も含めて、布団や着物の染みも消えていく。体についた垢も綺麗に取れた。

それに驚く能姫、その能姫に

「真理子…」

「……?の、能…ですけど」

「つらかったろうなぁ、真理子…。あんなに可愛かったお前が…」

知らないうちに作太郎は能と前世の妹真理子を重ねてしまった。

ヤンキーでどうしようもない兄貴がいたせいで妹真理子には友達が出来なかった。

みんなが兄の秀雄を恐れて真理子を避けていたためだ。

消防士になって、ようやく真人間になった秀雄。これからは妹を泣かせない、いい兄貴になるんだと決めた矢先に発症した。悔しかった。何もできずに弱っていく妹を見ていることしかできなかった。彼が救急救命士になったのも、この妹を助けることが出来なかった無念さからだ。


「ごめんな、兄ちゃんのせいで…」

病には闘気、外傷には法力で対応する。能姫の体が一部腐っていたのは床ずれにより生じた褥瘡だ。同じ体位による圧迫や布団の中の蒸れ、栄養不足で生じてしまう。この時代、体位変換や座位にさせなくてはならないなどの介護知識は無かったのかもしれない。作太郎は能姫の体を横向きにして

「もう少しの我慢だ。いま褥瘡を治してやるからな」

収納法術からハサミを取り出して寝間着を切った。背中と臀部が露わになり、能姫は羞恥で顔を両手で覆った。その褥瘡の有様を見て父の資忠と母の小春は絶句していた。知らなかったのだろう。褥瘡は外傷扱い、法力で治せる。

「法術『治癒』」

能姫の背中と臀部から褥瘡が綺麗に消滅した。

「おおお…」

「能の背中が綺麗に…」

感嘆の声をあげる能の両親、小兵衛は早くも涙ぐんでいる。

さて次は肝心の『全身性エリテマトーデス』だが

「さあ、病から助けてやるぞ」

作太郎は優しく能姫の上着をめくった。乳房が露わになるわけではないが、能姫は恥じらい、作太郎に顔を背けた。

(サポートカードセット【SSR◆4華陀】【SSR◆4ヒポクラテス】)

作太郎は全身の闘気を高めた。三国志に登場する名医華陀、医学の父と呼ばれるヒポクラテス、作太郎が持つ治癒能力にリンクして、爆発的に治癒効果を高めていく。

そして能姫の胸部に触れて


「気術『万病治癒』」

能姫の全身が作太郎の闘気、金色の光に包まれた。

「……」

光が薄れていくと、資忠と小春は号泣して泣き崩れた。小兵衛は飛び上がって喜んでいる。

「え?」

全身が軽くなったか、思わず起き上がった能姫。頭部から闘気の光が伸び、垂れていく。光が消えると能姫の肩と背に長くて美しい黒髪がフワリと落ちた。風船のように膨らんだ浮腫みは縮小の際に栄養素として内臓を始め、血液、皮膚、筋肉、骨、髪に吸収させた。年頃の娘らしい体躯に変わっていく。いや、戻るのだ。


「『鏡』」

能姫の前に法術で鏡を出すと彼女は呆然とそれを見た。浮腫みが転じて栄養素、ゲーム内の気術にあった技で、その他大きな出来物や腫物なども患者体内に栄養素として取り込むことが出来る。これは華陀とヒポクラテスのサポートカードがあって実現できる技だ。

瑞々しい肌、あちこちにあった爛れと出来物、染みも消滅している。

「治りました。もう苦痛はない人生にございます」

「ああ、ああああっ!うわあああああん!」

能姫は母の小春に抱き着いた。資忠はそれを見て涙を流すのみ。


小兵衛が治療を終えた作太郎に歩み

「大事な人だったのか…。その真理子という人は」

「…妹だ。同じ病で亡くなった。当時の俺には治すことが出来なかった」

「そうか…」

「若者よ、ありがとう!これは少ないが礼だ。受け取ってくれ」

資忠は十貫もの大金を入れた袋を作太郎の手に乗せた。

「いや、これはもらいすぎ…」

「何を言う!この城さえくれてやってもいいと思うほどだ。本当にありがとう!」


そして資忠の妻小春が

「そうだ…!作太郎殿、能をもらってくれないかしら!?」

「そりゃあ、いい!どう……」

「えっ、作太郎殿!?」

さっきまで小兵衛の横にいた作太郎は、いつの間にか消えていた。

サポートカード【SSR◆4神行太保戴宗】を用いた。戴宗は水滸伝に登場する好漢で、呪力が込められている護符を用いることで人並み外れた速度で走る『神行法』という道術を使うことが出来る。作太郎は戴宗のサポートカードを使い『神行法』で寿能城から瞬時に立ち去ったのだ。


寿能城の城下町まで戻っていた作太郎、彼の脳内ゲーム画面に

『試練【寿能城主、潮田出羽守資忠の娘、能姫の病を快癒させよ】を達成しました』

『【SSR諸葛亮孔明】【SR聖獣玄武】を獲得しました』

(やった。孔明は◆1の状態だったから、これは嬉しい。玄武はこれで◆4だ)


脳内ゲーム画面の操作を終えたあと、寿能城に振り向いた作太郎

「悪いけれど、あのままでは潮田家に仕えてくれ、という展開が見えていた。すまないな、武士にはならないと決めているんだ」

もっとも、自分が治した能姫、それは美しく思わず見惚れたものだが旅の牢人と一城の姫が吊り合うわけもないと、その思いを断ち切った。

ただ、史実通りに豊臣秀吉、もしくは他勢力がこの城を落としに来た時には…能姫だけでも助けてあげたいと思った作太郎だった。

「いや、これは思い上がりだな。そのころには姫様も誰かの妻になっているだろう。史実通り、落城時に見沼に入水するとしても、それもまた戦の世に生きる女の矜持、余計なお世話でしかないな」

作太郎は寿能城に背を向けて歩き出した。

「しかし、あの少女が見沼ほたる伝説の能姫か…」



見沼ほたる伝説、それは戦国時代も終えた江戸時代の話。

見沼にとても笛が上手な娘がいた。夏の時期に吹いていると、その音色に魅入られたたくさんのほたるが娘の元へと飛んでいった。

しかし娘は知らぬうちに、ほたるの光に導かれるように歩き出し、しばらくすると見たこともない御殿に着いた。見沼にこんな御殿があったことを知らなかった娘が驚いていると御殿から

『ようこそお越し下さいました。こちらへ、姫がお待ちです』

と侍女が出てきて娘を御殿の中に案内した。姫に会う娘、それは見たこともないほどに美しいお姫様であったと。お姫様は娘に言った。


『私はこの見沼の寿能城城主、潮田出羽守資忠の娘、能です』

見沼にかつてお城があったことさえ知らなかった娘。

『私たちのお城は豊臣秀吉に滅ぼされてしまい、私は見沼に身を投げました。しかしいまだ成仏できずにほたるとなって彷徨っております。どうかお願いします。見沼の人々に戦で死んだ者たちの霊を弔ってはいただけませんか?』

こんな綺麗なお姫様が成仏できず、天に召されないなんて…。娘は能姫の願いを受け入れた。するとさっきまであった御殿は消えていた。娘は両親や村人にそれを伝え戦で亡くなった人々を丁重に弔った。その時、多くのほたるが見沼から飛び、天へと還っていった。

それを見送る娘は歌った。


ほ、ほ、ほたる 星のようなほたる 

見沼にきらめく光をすって 大きくなったほたる

明るく光れ そろって光れ 天まで上がって 

一番星になあれ 二番星にもなあれ 三番星にもなあれ

ほ、ほ、ほたる 見沼のほたる



「…見たこともないほどに美しいお姫様、か。確かにその通りだった。さすがは歴史、いや伝説に残るお姫様ということか」

このまま、城下町に留まっていると城から追手が来るかもしれないと考えた作太郎は、さっさと寿能城をあとにすることにした。

「今日のうちに江戸川を越えたいな。まずは前世の俺の故郷である小田原を目指そう」

寿能を出て南へと進み、やがて江戸川が見えた。戦国時代の人間は作太郎に限らず健脚だ。現在のさいたま市から江戸川まで一日もかかるまい。当時は江戸川という名前であったかは不明だが。


「しかし、橋がないな…。渡し舟は…あった」

もう先客が何人かいる。作太郎は走って船頭に

「おーい、俺も乗せてくれ」

と、駆け寄った。

「ほい、お前さんで最後だよ」

無事に江戸川を渡る舟に乗られた作太郎。その時だった。


「作太郎様~ッ!」

能姫だった。小兵衛と一緒だ。おそらく大急ぎで馬に乗って追いかけてきたのだろう。

「姫様…」

その時に船頭が

「あんな可愛い女子を置いてきちゃいかん。降りな」

「…………」

作太郎は観念したように舟から降りた。その作太郎の胸に飛び込んでいく能姫。

「作太郎様…!」

「なんて無茶を…。姫様はつい先ほどまで重病人だったのですよ」

「でも今は作太郎様のおかげで元気です!」

「姫を褒めてやってくれ作太郎殿、姫はおぬしが寿能から去った時、殿と御台様に作太郎様と一緒になりたいといい、こうして馬で追いかけてきたのだから」

「小兵衛殿…」

小兵衛が能姫を後ろに乗せて駆ってきたようだ。


「あの状況でおぬしが消えたのは武士になりたくないからであろう」

「…………」

「事実、殿と御台様はおぬしに姫を娶ってもらいたいと言っていた。とうに消えていたが」

「武士になる気はない。それに俺は風来坊だ。一城のお姫様を妻になんて…」

「能は寿能を出てきました。作太郎様と一緒に行きたくて。もちろん、父上と母上も認めてくれました」

「……姫、それほどまでに俺のことを」

「はい、私を治してくれている時の優しい笑顔と言葉に…心を奪われました」


武士になりたくないという作太郎の気持ちを察したとはいえ一城の姫が身分をかなぐり捨てて牢人の妻になることを選ぶだろうか。作太郎の胸は熱くなった。

前世を考えれば孫のような歳の能姫、しかし、その健気さに作太郎もまた心を奪われたのだ。治る見込みのない重い難病、寝たきりのまま夢も希望もなく生きていたところを作太郎に救われて、そのまま好きになってしまった能姫。よくある話だが、これほど素敵な出会いもまたないだろう。作太郎の気持ちは決まった。


「能、苦労をかけると思うが一緒に来てくれるか」

「はい」

能を抱きしめる作太郎を見て小兵衛は鼻をすすった。

「ぐすっ、では俺は寿能に引き返す。姫様のことをお頼みいたす」

「ああ、幸せにすると出羽守殿と御台様に伝えてくれ」

「分かった。それじゃ姫様、お幸せに!」

「小兵衛殿、ありがとう!」


能姫、史実では寿能落城の時に見沼に身を投げて花の命を散らしてしまう悲劇の姫。

ほたるとなって彷徨い続け、やっと天に召されたのは江戸時代になってから。

だが『異日本戦国転生記』の世界では惚れた男と結ばれて、共に旅をすることになる。

作太郎の腕を抱いて歩き、満面の笑みを浮かべながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ