第二十四話 本能寺の変
翌朝、供を連れて安土城下の市場へと赴き、顔なじみの漁師と会った。
「これは武蔵守様」
「弥兵衛、仕入れてくれたか」
弥兵衛、彼は今浜の町を六角家に焼き討ちされて、長康と家族が大津へと避難する船で一緒に乗り合わせた男で長康にとよと言う娘の命を助けられた。
大津に移住後も漁師は続けたが、安土築城に伴いこちらに移り住んだ。
昨日の評定からの帰り、市場に寄ってうなぎを仕入れてくれるよう頼んでおいた。
「はい、こちらに」
五つの大きなたらいに太いうなぎが大量にあった。
「いい仕事だ。礼を言う」
「もったいなきお言葉。帝が食するとお聞きしましたので、我らも気合を入れて臨みましてございます」
「感謝する」
長康は弥兵衛にうなぎ代を渡し、さらに別途に
「このうなぎを獲ってくれた者たちと一杯やるがいい」
「恐縮に存じます」
金銀の入った小さな袋を渡した。
「とよが嫁に行ったそうだな」
「はい、先日に。子供と思っておりましたが…何か、あの船で武蔵守様に命を助けられて以来、アッという間でございましたな」
「孫が楽しみだな」
「はい」
その後、屋敷に帰った長康は昨夜に弥生と園子に約束したように、うな丼を作ることにした。屋敷にいる家臣や、その女房たちにも振舞うつもりだ。屋敷の調理場でうなぎを焼いていると
「殿」
弥生が調理場に来た。
「客なら待たせておいてくれ。俺は忙しい」
「あの、上様なのですが…。御台様も」
「え?」
「ああ、かまわん、かまわん、手は休めないでいい」
調理場の入り口に信忠と松姫が来て
「いや、昨日の治療代を支払い忘れたと思い来てみれば、この香りが出迎えてくれたのでな!武蔵守、松はおぬしのうな丼を食べたことがないゆえ馳走を願えぬか。無論、儂にも」
「武蔵守殿!ぜひっ!」
よだれを垂らしている松姫。
松姫は『異日本戦国転生記』に登場するヒロインの中でも人気が高いヒロイン。
史実では婚約者の信忠に一生女の操を捧げたお姫様で、肖像画も香り立つような艶っぽさ。彼女のお墓がある東京都八王子市の信松院は聖地巡礼とファンが訪れる。長康前世の冨沢秀雄もその一人。推しのヒロインであった。
そのヒロインがいま目の前にいて、目は長康が焼くうなぎに釘付けのうえ、よだれを垂らしている。
(異日本戦国転生記の松姫推しのファンに見せてあげたい顔だな)
妊娠中の松姫に滋養をつけるため、ちょうどいいと思った。
しかし、塩見屋敷を訪れるのは信忠と松姫だけに留まらず、昨日の評定に参加していた武将たちが女房を連れてやってきた。これは困った長康。急ぎ、小姓を市場に向かわせて弥兵衛を呼び
「すまない、弥兵衛、見ての通りだ。今日は間に合うが京都に持っていくには足りなくなった。今日と同じ量の追加を頼む」
「承知しました。……あの」
「ああ、弥兵衛も女房を連れてくるがいい」
「ありがとうございますっ!絶対に明朝には間に合わせますので!」
「「美味し~い!」」
松姫、秀吉の妻ねねを始め、重臣たちの女房は喜色満面でうな丼をかきこんで行く。
弥生と園子も勢いよくかきこんで行く。普段お上品な武家の奥方ではいられなくなるのが長康のうな丼だ。
「あんた、やっぱり大将のうな丼は美味しいわ」
「うんうん、とよに知られたら父ちゃんと母ちゃんだけずるい!と怒られるかもな」
長康に娘の命を助けられた弥兵衛夫婦は、さすがに織田の重臣とその妻女と同席は遠慮して、長康と一緒に調理場で食べている。
「うん、我ながら上出来だ。すまないな弥兵衛、本当なら今日は昼から休みだったろうに」
「なんの、久しぶりに大将のうな丼を女房と一緒に食べられたのですから」
「弥兵衛、栄」
「「はい」」
栄は弥兵衛の妻、あの日船上で痩せた病躯の娘とよを抱いて涙ながらに『治せますか』と長康に懇願してきた女だ。あのころは彼女も痩せていたが、今は肝っ玉母ちゃんだ。
「やっぱりうな丼を調理して、みなに食べてもらうのは嬉しい。うなぎ屋の大将に戻りたい…。武士は本当に窮屈で面倒くさくて…」
「「はははははっ!」」
とても四十五万石の戦国武将が言うセリフではない言葉に弥兵衛と栄は大笑いであった。
そこに松姫が来て
「武蔵守殿!おかわり!」
「御台様…。三杯目ですぞ」
「赤ちゃんに栄養あげなきゃ!」
「そ、そうですな…」
続けて、ねねもおかわりを望んでやってきた。ある程度複数の奥方からおかわりは要望されるだろうと予想はしていた長康なので、うなぎの調理は終えていた。その時にねねが
「私も赤ちゃんに栄養あげなきゃねぇ」
「何人目だよっ!」
思わず突っ込みをねねに入れてしまった長康。史実では秀吉の子供が生めなかったねねであるが、この世界では長康に不妊が治されて以来、ぽんぽんと秀吉の子供を生んでいる。
「だって、うちの亭主ったら五十近くになっても血の気が多くて!あはははは!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、改めて市場でうなぎを仕入れたあと、収納法術にしまった。
そのまま京都に向かう。供をするのは北沢小兵衛、塩見作蔵、逸見昌経、律照尼、そして兵百名だ。元若狭武田氏の重臣である逸見昌経が
「殿、大役ですな」
「まあ、うな丼を振る舞いに行くだけだから。帝もおエラい公家も俺の言上など上の空で聞いているだけだろう。はよ、うな丼を作れとな」
「「ははははははっ!」」
「まあ、それでも細川様に色々と宮中の礼儀や、帝に上奏する言葉を教えてもらった。何とかなると思うが、とにかくこの大役きっちりと果たさないとな」
「「ははっ」」
「では参ろう!京都御所へ!」
「「はっ!」」
安土を経って数日後、長康一行は織田家が京都において定宿としている本能寺に到着した。
(大丈夫かな、夜襲を受けないだろうな…。まあ日向殿は亡くなっているし)
長康は複雑な心境で本能寺に入った。
「今日はみなゆっくり休め。明日、御所へ参る」
「「ははっ」」
「殿はどう過ごされるので?」
北沢小兵衛が訊ねた。
「うなぎを仕込んだあと、律照尼と寝る」
「ほどほどに、明日は帝にお会いするのですから」
逸見昌経が過ぎた行為は慎むよう諫める。
「俺ではなく律照尼に言ってくれ」
そう言うと家臣たちは大笑いした。
家臣たちに言った通り、長康は本能寺の調理場でうなぎを黙々と仕込み、あとは焼くだけの状態にして収納法術に入れた。同じく炊いた米も。うなぎは長康で用意したが、さすがに米の方は朝廷側が用意してくれて、本能寺に『うな丼に使用して下さい』とご丁寧に手紙が添えられ米俵が積まれていた。うな丼を食べる気満々の天皇と公家たちであった。
収納法術内は時間が経過しない。うなぎと米も熱々の状態のままだ。
「相変わらず美味いのう、おぬしのうな丼は」
調理場では律照尼がうな丼を食べていた。ふう、と一息ついた長康は頭に巻いていた手拭いを解いて律照尼の横に座る。
「この漬物と吸い物も最高じゃ」
「そうか、ありがとうよ」
長康の収納法術は二通りあり、時間が経過するものもある。もっとも漬物を保存するくらいにしか使っていないが。『さくたろう』を経営していたころから長康の漬物は評判がよかった。彼の収納法術内には『ぬか床Lv48』が四甕ほどあるのだ。これに漬けられた胡瓜や大根は絶品となる。前世、ゲーム内で作ったぬか床を現実に使える。
「風呂に入り、寝所で待っていてくれ。俺は本能寺を少し散歩してから参る」
「んっ、分かった」
日本の歴史、最大の事件と呼ばれる本能寺の変、長康はいまその場にいる。
その調理場に入って黙々とうな丼の仕込みをしていたのも不思議な感覚ではあるが、とにかく本能寺全体を見て歩きたかった。
「この壁の向こうに水色桔梗の旗がたくさん並んだのか…」
あと、どうしても見つけたかったのが抜け穴、前世、地下通路があって京都所司代の本陣まで繋がっていたとか聞いたことがあるような。信長が二百名にも満たない兵力で逗留するとは思えないというのがおエラい歴史家がテレビの歴史ドキュメンタリーで言っていたことを思い出す。
しかし、それが事実だとしても、この本能寺を織田家の定宿とすべく改修工事を行ったのは明智光秀なのだから、何の役にも立たなかったのかもしれない。
本能寺を一通り周り、位の高い人間が寝室にしそうな場所を見つけた。
床の間には大きな掛け軸があり、もしやとめくってみると隠し通路があったのだ。地下に降りる階段があり、降りると長い一本道が続いているのが分かった。出口まで走ってみて上に出てみると、織田家の京都所司代本陣前だった。
「これが抜け道か。しかし本能寺を改修した光秀本人が攻めてきたのだから、信長は使えないと判断したのかもしれないな。明智軍は京都所司代本陣も押さえてあったろうし、隠し通路を出た途端に討たれるのは分かり切っていたことなのだから」
長康は地上に戻り、律照尼が待つ寝所へと向かうのだった。
「用心深いのう、まさかこの寺に賊徒が押し寄せるとでも?」
「まあ、万が一のためにな」
長康は自分の身に洗浄の法術をかけたあと、律照尼の上に乗った。
「ほどほどになどさせぬ。私の足腰が立たなくなるくらい愛でてたも」
「もちろんだ」
律照尼との熱烈な情事を過ごし、眠りに落ちた長康。しかし
ドタドタドタ
大きな足音に気づいて、長康と律照尼は傍らに置いてあった刀を握った。
「殿!」
「どうした小兵衛」
「敵襲にございます!」
「いずれか」
「上杉景虎、および軒猿と風魔にございます!」
「なんだと…」
何と上杉景虎と、その正室雪姫が軒猿衆と風魔衆を率いて本能寺に在る長康一行に奇襲をかけたのである。
「ははははは、待っておったぞ、この機会を。織田家の重臣ともなれば京への使いなんぞの任務も与えられる。あの男が手薄になる機会を待っていた。手取川でどんな法術を使ったかは知らんが、軍勢がいなければ巨獣にしようもない」
「さすがは景虎様です」
「ん、雪、今宵は塩見武蔵の首を枕に愛し合おうぞ」
「はい」
景虎は現在奥州に侵攻しているはずではないか。
「早く、かつ長く走れるやつはおぬしや私だけではないということよ」
律照尼が言った。そうだ。この和風ファンタジーの世界でそれを体得している者は珍しくはないのだ。
おそらく景虎は手取川以降、長康を危険人物と見込み討ち取れるチャンスを虎視眈々と狙っていた。塩見長康さえ討ってしまえば織田はどうにでも出来ると。
サポートカード
【SSR◆4呂布奉先】【SSR◆4天魁星呼保義宋江】【SSR◆4聖獣玄武】
【SSR◆4聖獣朱雀】【SSR◆4聖獣白虎】【SSR◆4聖獣青龍】
立ち姿が呂布の姿となり、手には方天戟、SSR◆4の四聖獣は戦闘力、防御力、法術と気術の攻撃力、素早さが跳ね上がる。
「いつ見ても呂奉先の出で立ちとなったおぬしは見事な男ぶりよの。景虎を討ったあと、また一発じゃな」
「待て、応戦するのは俺とそなただけでいい。あとの家臣と兵は逃がす。この本能寺には抜け道がある」
「なんじゃと?」
「隣の部屋の掛け軸の後ろ、地下に降りると長い道があり出口は京都所司代の本陣前に着く。多勢に無勢だ。しかも相手が戦闘なれしている軒猿と風魔と我が兵では相手にならぬ」
「わかった。みなを集めてくれ。出来るであろう」
「無論だ」
長康はスウッと息を吸い込み、宋江のスキル『梁山泊』を使った。
「みなの者、俺と律照尼のもとに集まれ!戦闘に及ぶこと、相成らぬ!」
『梁山泊』スキルを使われると家臣は長康の命令に絶対に逆らえない。
しかも、命令は景虎側には伝わらない。長康家臣にしか聞こえない。幸いにまだ景虎は総攻撃の命令は出しておらず戦闘状態に入っていなかった。家臣たちは長康と律照尼の元に集結。
「みな、隣の部屋の掛け軸後ろに抜け道があり、京都所司代本陣前に繋がっている。律照尼が先導を務めるゆえ脱出せよ」
「「ははっ」」
「殿は?」
北沢小兵衛が訊ねる。
「もちろん、一緒に行く。火をかけられる前に本能寺を出るぞ」
「「はっ!」」
「よしっ、火をかけい!総攻撃じゃ!」
「……!待って、景虎様!」
「どうした?」
「百ほどの気配が本能寺から離れて行っております。抜け道を使っているものかと」
「その中に塩見武蔵は?」
「…おりません。手取川で感じた、あの強烈な気は本能寺に留まったままです」
「兵を逃がしたか…。となると…」
長康はゆっくりと景虎の前に歩いていった。
「塩見武蔵守長康である」
「上杉不識庵景虎である」
「景虎正室の雪、お見知りおきを」
「よう残ったな。一緒に逃げていれば兵も皆殺しであったわ」
「…………」
「それは呂奉先の出で立ちか。中々の男ぶりよ。どうして兵を逃した?」
「俺の家臣と兵たちでは軒猿と風魔に勝てるわけがない」
「おかしな話よな。普通家臣は主君を守るために在ろう。軒猿と風魔に兵がやられている間におぬしが逃げるというのが普通ではないのか?」
「塩見では逆だ。家臣のために将がいる。好きでなった将ではないが、なってしまった以上、己が信じる将としての道を貫くのみだ」
「そうか、まあおぬしの家臣の首になぞ興味はない。欲しいのはおぬしの首だ」
「簡単にくれてやるわけにはいかんな」
「一応聞いておく。天下一料理人にして稀代の名医、武将としても一級、殺すには惜しい。儂に仕えよ。出羽、岩代、磐城の三国くれてやる」
「断る」
「ならば死ね、雪、小太郎、段蔵!手を出すでないぞ!」
「「ははっ!」」
景虎の朱槍、長康の方天戟が激突した。
雪、風魔小太郎、加藤段蔵は命令こそ聞いたが隙を見て暗器を長康に撃つつもりだった。
手を出すな、なんてのは建前。景虎は相手を討つためなら手段は選ばない。正々堂々の一騎討ちをやると信じた長康の方が愚かなのだと。
槍の打ち合い、雪、風魔小太郎、加藤段蔵は暗器を放った。仕留めたと思った。
小太郎は長康と旧知ではあるが、任務の遂行のためなら、そんなことは関係ない。
しかし暗器は弾かれた。
「狙いは正確、暗器の速さも申し分ない。でも相手が悪かったのう」
律照尼が抜け穴から戻ってきた。
「きゃはははは!楽しませてくれるんじゃろぉねぇ!今の時代の忍びどもはぁ!」
律照尼は軒猿衆と風魔衆がいる本能寺の城壁の上に乗り、一気に忍びたちへ突撃をした。
「塩見武蔵守家臣、律照尼!命のいらない奴からかかってまいれ!」
忍びたちの気弾と苦無が無数襲い掛かるが
「喝!」
律照尼の一喝で気弾と苦無は弾け散ってしまった。風魔小太郎が
「バラバラに戦って勝てる相手ではない!城壁を降りて陣列を組み、取り囲んで殺せ!」
足場が悪い城壁のうえから降りて、平地での戦いに持ち込んだ、軒猿と風魔。
「まったく塩見武蔵だけでも厄介だというのに、こんな巴御前みたいな女がいるとは」
「話半分とでも思っていたのか。あの女は塩見武蔵の戦場妻で武田徳川連合軍の追撃を二人だけで押し返したという話を…」
風魔小太郎が言うが、加藤段蔵は図星だったようで黙った。
(信じられるわけねえだろうが…。あの追撃の中には武田の透破衆もいたと聞く。それを女と若武者が弾き返したなんて与太話…)
「とにかく、あの女を何とかしなければ景虎様に加勢もままならない」
雪、風魔小太郎、加藤段蔵は律照尼に立ち向かった。
「いいのう!中々の攻撃じゃ!」
袋叩きの様相となった律照尼だが、されている側の方が圧倒的に強い。疲労もしない。次々と軒猿と風魔の忍び衆が討たれていく。しかし、やっと隙を見出した雪が
「ぐあああっ」
律照尼の首に致命的な一撃を与え、小太郎と段蔵の忍刀が律照尼の胸と腹を貫いた。
「はぁ、はぁ…。何なのだ…。この女の常軌を逸した強さは…」
雪は苦無を持つ手が固まって離れない。段蔵と小太郎も忍刀を律照尼から抜いて、肩で息をしていた。
「手こずらせやがって…」
「息をついている間はない。塩見武蔵の首を景虎様と共に」
「分かっている。いちいち偉そうに言うな風魔が!」
「きゃはははははは!」
「「…………!?」」
雪、風魔小太郎、加藤段蔵はあぜんとした。律照尼は何事もなかったかのように立ち、負った傷は綺麗に消滅している。
「ああ、ちょっと痛かったかのう~。うふふっ、あははははは!」
「「…………」」
「さあ、続きじゃ!もっと楽しませておくれよ!」
「も、物の怪か…!」
「あ、言ってはならぬことを言ったの?」
長刀一閃、加藤段蔵の首が吹っ飛んだ。
「加藤…!?ぐああああっ!」
風魔小太郎が律照尼の蹴りで本能寺の城壁まで吹っ飛んだ。頭部より夥しい出血、助からないだろう。
軒猿と風魔の頭領が相手にもならない。雪は仁王のように立つ律照尼を見つめた。
「いい目だ。腹を括ったね、お嬢ちゃん。名を聞いておこう」
「上杉景虎正室、雪」
気が付けば、他の軒猿と風魔は律照尼に討たれていた。残るのは景虎と雪だけになった。
雪は両手に苦無を持ち、構えた。
「訊ねるが首を刎ねても死なぬのか?」
「どうじゃろうかの、やれるものならやってみよ」
(景虎様…。一足先にあの世でお待ちしております)
一方、景虎と長康の戦いだが、完全に千日手になりつつあった。何度も激しく槍を撃ち合い、強烈な蹴りも浴びせ合う。気術と法術も飛び交う。それの繰り返しだ。今は槍を構えて睨み合う。そろそろ夜が空ける。朝日が昇り、二人は槍を引いた。
「なんて女だよ。軒猿と風魔の腕利き、みんな殺しちまいやがった…」
「俺の戦場妻のことは警戒していなかったのか」
「もちろんしていた。だから忍びたちを連れてきた。よくあんな女を戦場妻に出来たな」
「自慢じゃないが、俺はいい槍を持っているのでね」
律照尼が雪を担いできて、景虎の前に放った。気を失っている。
「殺したのか?」
景虎が律照尼に訊ねる。
「妊娠中の女は殺せないのう」
「妊娠だと!?」
「なんだ、知らなかったのか。もしかしたら本人も知らないかもしれんの」
「そうか…。妊娠しているのか…」
景虎は雪の体を肩に担いだ。
「邪魔したな」
「まったくだ」
景虎は去っていった。
「さて、こいつら弔ってやるか…」
長康が言うと律照尼は驚き
「敵兵をか?」
「自衛でもあるんだよ。忍びと言うのは執念深い。どちらに過失があったか、どちらが先か後か、そんなことは考えない。同朋が討たれたら、とことん仕返しをする。ただ彼らとて寡兵の我らに夜襲をしたというのは分かっているだろうから、夜襲された側の俺が丁重に弔えば考えも変わる。そういう意図あってのことだ」
「なるほどのう」
「死体を放置して疫病が発生したら京の民に申し訳が立たぬからな。まあ、手間はかからない」
サポートカードにだいだらぼっちをセット、手には『だいだらぼっちの円匙』という強力スコップが出てくる。穴掘り名人と化した長康は広い本能寺敷地内にアッと云う間に軒猿と風魔の戦死者分の墓穴を掘った。それにはさしもの律照尼も驚いたようで
「なんじゃ、その円匙は」
「ははは、便利だろう。俺しか使えない法力の円匙だ」
「ん?」
「どうした」
「こやつ、生きておる」
風魔小太郎は何とか生きていたが
「治してやるか?」
律照尼は長康に問うが
「いや、今の俺に助けられるのは屈辱であろう。小太郎、いま楽にしてやる」
「う…あ…」
「紗代は元気だ。子供もいる」
小太郎はそれを聞くと微笑みを浮かべた。長康がそのまま止めを刺した。
忍び衆一人一人を埋めて、再びだいだらぼっちの円匙で土をかぶせた。長康と律照尼が手を合わせていると
「「殿~!」」
難を逃れた家臣たちが京都所司代の兵を連れて戻ってきた。
「殿―!」
北沢小兵衛が来た。
「一緒に来ると言ったから我らは抜け道で逃げたのですぞ!殿と律照尼様だけ戦わせて我らは…もっと我らを信じて下され!主君を犠牲にして我ら家臣が生き延びても仕方がござらぬ!」
「小兵衛、相手が上杉の正規兵ならお前たちも戦ってもらった。しかし相手は軒猿と風魔だ。忍び相手、かつ多勢、悔しいがお前たちでは相手にならぬ。お前たち家臣は俺の宝だ。犬死になどさせるわけにはいかぬ。景虎と拮抗する闘気と法力を持つ俺と律照尼で踏ん張るしかないと思ったのだ。お前たちを信じておらぬわけではない。お前たちの戦場はここではない、そう思っただけだ」
「殿…」
「とにかく無事にやり過ごせた。本日は御所に参る日、各自準備を進めておけ。俺と律照尼は少し眠る」
「「はっ!」」
形と人を変えて、こちらの世界でも本能寺の変が発生した。長康と律照尼はお楽しみのあと、仮眠に入る。
(まさか俺が襲われる側で本能寺の変を実体験するとは思わなかった…)
律照尼の美しい乳房の間に顔を埋めて長康は思った。




