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第十一話 永禄の変

永禄の変、将軍足利義輝が松永久秀率いる三好勢に急襲された事件。この『異日本戦国転生記』の『戦国武将、夢の共演』シナリオでも発生した。

史実シナリオで開始しても発生する事件で、こちらのシナリオの場合は主人公がどんなに頑張っても将軍義輝が非業の最期を遂げることは防げない。

しかし『夢の共演』シナリオならば…


畳に何本もの太刀を差し、鬼神のように敵兵をなぎ倒す義輝。しかし義輝も人間、疲れてくる。最初は羽のように軽かった刀が今は重くてかなわない。敵兵は襖ごと義輝を囲み、突撃してきた。観念して辞世をつぶやく

「五月雨は…露か涙か ほととぎす 我が名をあげよ…雲の上まで…」

「…雲の上には行かせねえよ」

天井を突き破って、突如義輝の前に現れたのは

「た、大将!?」

「武州牢人、作太郎…。義によって助太刀いたす」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


新之助から贈られた漁師屋敷、作太郎一家は掃除したあとに店を構えられるように改修した。作太郎は建築に強いサポートカードも有している。ついでなので、弟子の三人にもあれこれ建築の知識を授けながらリフォームを行った。女たちも出来ることは手伝い、今浜から大津に避難して、ひと月後にはうなぎ料理屋『さくたろう』を開店できたのだ。

これを聴いた新之助は開店初日に与一郎を連れて訪れ

「美味いのう!これを食べるために生きている!」

と、今浜の時と変わらない作太郎のうな丼を感涙しつつ食べたのだった。



店舗兼住宅、主人の作太郎、妻の能、紗代、弥生、夏江、作太郎の子供たち、使用人兼仲居のはる、ちよ、とみ、その子供たちで作太郎の弟子しげ、ゆう、いぞう、この下にまだ弟と妹がいる。すべて合わせれば大家族だ。今浜を追われた時はどうなるかと思ったが新之助の粋な計らいもあって、何とか暮らしの立て直しは出来た。そろそろ作太郎の子供たちは一歳になる。


「旦那様、一時はどうなるかと思いましたが、大津でも今浜と同じような暮らしが出来るようになりましたね」

店の営業も終えて、まかないを食べている時に能がニコリと笑って言った。

「うん、しかし今浜で医者の看板を出さなかったことは、ちょっと後悔しているんだ。ほら、船の中で助けた、とよと言う女の子いただろう」

「ええ」

「おそらく、あの場で俺が治療しなければ、数日の命だった」

「旦那様と船で乗り合わせなければ亡くなっていたと」

「そうなんだ紗代、かつご両親はかなり憔悴していた。あれは六角家の焼き討ちによるものじゃない。弱っていく娘の前に何もできない無念さが現れたものだ。いま思えば…今浜の町で、こんな親子は何人もいたはずだ。俺は権力者に利用されるのは御免だと医者の看板を出さなかった。助けられる命を助けられなかった。これを後悔している」

「「…………」」

「ああ、せっかく能が上向きな話をしてくれたのにすまないな。俺が言いたいのは店の営業を終えたら往診専門の医者になろうかと考えているということなんだよ」

「よろしいのではないでしょうか。再び後悔するより、やってみることは大切だと思います」

弥生が言った。

「もし権力者が旦那様に妙なことをしてきたら私が投げ飛ばしてあげますよ」

怪力無双の夏江らしい言葉だった。

「頼もしいな、よろしく頼むよ」


「それがいいと思います。旦那様は私の娘が疱瘡になった時も治してくれました。その時ですよ、どんな苦難があったとしても私は旦那様と奥様方に尽くそうと心に誓ったのは」

「ありがとうな、ちよ」

作太郎の弟子たち、しげ、ゆう、いぞうの下にも幼い弟と妹がいる。ちよの長女ふゆは疱瘡になったが作太郎が悪化する前に治した。母親ちよの感激はいかばかりだったろうか。


こうして、作太郎はうなぎ屋の営業を終えたあと、往診専門の医者となった。

背中に『医者作太郎』という幟を立てて、大津の町を歩く。最初は不審がられたが、その腕前のほどは徐々に大津の人々に知れ渡ることになり、大津商人の顔役が自分の所有する屋敷を診療所に提供。夕方から始まる、その診療所には多くの患者たちが訪れ、自力で訪れることが出来ない患者には当初通り、往診して治したのだ。

再建中の今浜の町にも噂は届き、患者が船に乗って訪れることもあった。作太郎は医者としても大津に居場所を得た。


そんなある日のことだ。数人で訪れた三好家の兵たち、戦で負った怪我の後遺症に悩んでいたそうで、それを治した。その時に兵士が小声で仲間たちに

『あと数日早くここに来ていれば、公方の首を取る戦に参加できたのにな』と言っていることを作太郎は聞き逃さなかった。公方とは室町幕府第十三代将軍足利義輝のこと。さらに情報を集めると、当のその戦はいま行われていると言うではないか。作太郎は脳内に『異日本戦国転生記』のゲーム画面を出してマッピング機能を使い、急ぎ京都二条御所を見た。現在進行形で表示される地図上では確かに戦が行われていた。三好勢が二条御所を襲撃している。作太郎は急に具合が悪くなったと理由をつけて診療所から出て

「神行法!」

サポートカード【SSR◆4神行太保戴宗】を用いて、大津から一気に京都二条御所へと駆けた。まさに文字通り、神が行くがごとく疾駆、作太郎は二条御所に着き、義輝が襲われている部屋の屋根を突き破り、義輝の前に立ち、三好兵を薙ぎ払った。


『試練【永禄の変より将軍足利義輝を救出せよ】が入りました』


「た、大将!?」

「武州牢人、作太郎…。義によって助太刀いたす」

サポートカードに【SSR◆4源九郎判官義経】【SSR◆4鬼一法眼】をセット、作太郎の体は源氏の兜と甲冑に包まれ、手には義経の愛刀『薄緑』が出現した。戦闘中であるが、作太郎の姿に仰天した義輝。自分の目の前に自分と同じ源氏の棟梁が現れたのだから。

そして作太郎は義輝に治癒法術、そして闘気を分けた。

「これは…。傷が治ったうえ…力がみなぎる!」

「さあ、参りましょう、新之助さん!」

「心得た!」


ゲーム内でも屈指の強さを誇る義輝、それに作太郎の加勢が入れば鬼に金棒だ。

実際の戦国時代と異なり、この世界には闘気と法力が存在する和風ファンタジーの世界だ。個人の強さが合戦の劣勢をひっくり返すこともある。獅子奮迅、まさに無双の強さで三好兵を蹴散らした。

三好勢の気弾と攻撃法術の集中砲火にさらされそうになった時

「だいだらぼっち『巨大円匙』」

サポートカードだいだらぼっちの特殊能力『巨大円匙』富士山の土をそれで盛ったと伝わるスコップ、和名『円匙』が出て巨大な盾となり、気弾と攻撃法術はすべて弾かれた。

この世界は闘気による気弾と法力を用いる攻撃法術が発展しているため鉄砲の技術が発展していない。

体力と闘気を取り戻した義輝の一閃は衝撃波となって三好兵を吹っ飛ばす。


形勢は逆転し、ついには

「久秀、覚悟!」

「ちっ」

松永久秀も強い。義輝と作太郎二人がかりで挑んだ。ゲームでも久秀は個人的武勇もあれば戦も強い。

しかし、さすがに久秀も旗色が悪いと考えたか、渾身の気弾を義輝に浴びせて、そのまま逃走した。


「くそっ、逃げ足が速い…!」

「新之助さん、そう欲張らず。今日命が助かっただけ御の字でございましょう」

「大将…」

「大津で新居を私たち家族に贈ってくだされたお礼です」

「お釣りを返さなくてはならんな。はっははははは!」

作太郎はサポートカードを外して、町人風体の姿に戻した。

「ふう、いつから儂が将軍義輝と分かっていたのじゃ?」

ゲーム情報、とは言えない。

「供の方を『与一郎』と言っていたでしょう。将軍側近の細川藤孝の通称と聞いたことがあります。あとは、その高貴な顔立ちと雰囲気、手の剣だこです。支払いの時に見えました。相当剣の修行をしなければつくものではないですから」

「…それだけでか?はあ…おぬしのような若者に見破られるとは儂も修行が足らんのう。それはそうと、さっきの容貌はなんじゃ?あれは源氏の兜と甲冑、そして太刀は薄緑…。正直、そちが『余が源氏の棟梁である!』と名乗ったら儂さえ認めざるを得ないほどのものじゃぞ」

「ああ、あれは私が作った複製品ですよ。義経って、かっこいいじゃないですか」

「かっこいいで済むか、困ったやつじゃな。はははははは!」

まぎれもなく本物、義輝には分かっていただろうが、これ以上問うことはしなかった。


「しかし…」

倒した三好兵の躯を見つめ

「足利の世も終わりじゃのう…。将軍の御所を攻められるとは…」

「ここで死んだと思い、俗世を捨てて剣の修行の旅に出てはいかがですか。天下はきっと治めるべき人物に飛んでいきます。紙風船みたいなものです」

「天下は紙風船か、上手いことを言う。しかし大将の言うこと、もっともじゃな。悔しいが、儂がその人物でないことは分かる。俗世を捨てて旅に出るか」

「旅の途中、大津に寄って下さい。特上のうな丼を馳走いたします」

「そうさせてもらおう、大将、今日の加勢、心より礼を言う」

「ええ、また会いましょう、新之助さん」

固い握手を交わし、義輝と作太郎は別れたのだった。


『試練【永禄の変より将軍足利義輝を救出せよ】を達成しました』

『【SSRだいだらぼっち】【SSR雪女ミゾレ】【SSR養由基】を獲得しました』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「母ちゃん、父ちゃん、おいひい!」

「そうか、そうか、たくさんお食べ」

今日は懐かしい客が来た。あの日、今浜から大津への向かう船で乗り合わせた親子だ。

「ほら、あのお兄さんがとよの命を助けてくれた人だよ」

母親が厨房でうなぎを調理している作太郎を差す。

「うん、美男子だね」

調理をひと段落終えた作太郎は客席に行き、

「しばらくです。やあ、すっかり元気になりましたね」

「おかげさまで。本当に大将には何てお礼を言えばいいのやら」

「いやいや、こうして健康的な体を取り戻して、私が作ったうな丼を腹いっぱい食べられるくらいに元気になった姿を見せてくれたことが何よりの礼ですよ」

憔悴して痩せていた母親も、あの時とは比べ物にならないくらい元気な姿だ。

「大将、うな丼、美味しい!」

「ありがとう、とよちゃん」


弟子たち、しげ、ゆう、いぞうは作太郎の勧めもあって義兄弟の契りを交わした。

元々母親同士も作太郎の元で働くようになって仲もいい。

長兄ははるの息子のしげだ。三人はつい最近に作太郎が講義で聴かせてくれた三国志の劉備三兄弟に憧れて、桃園の誓いとまではいかないまでも『我ら死す時は同じ日』と、すっかり劉備、関羽、張飛気取りだ。


そんな弟子の育成、作太郎は『SSR◆4達磨大師』をサポートカードに組んで、拳法を教えた。三人に基本を教えてあと、作太郎との実戦形式、三対一で戦うのだ。弟子たちはいまだ師の作太郎から一本も取れないが、けしてあきらめない。母親たちも息子たちが打たれて青あざが出来ようが庇わない。見守るだけだ。弟子たちは心から作太郎を尊敬し、越えたい存在なのだ。


うなぎ料理屋『さくたろう』は今浜の営業時と同じく七日に二日お休みだ。この二日は弟子たちに学問を教えているが、作太郎は教え方も上手だ。前世の秀雄は消防学校の教官をしていた時期もあったから、その影響もあるだろう。

作太郎が教えられない日は本を読む。幸い、作太郎の収納法術内には多くの本が保管されているので惜しみなく貸し与えた。文字の読み書きが出来なかった息子が難しい本を読んでいるのを見て、はるたちはさぞ嬉しかったであろう。『家の中では幼い弟や妹に文字と計算を教えているのですよ!』とはるは嬉しそうに作太郎に言った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


しばらく時が過ぎた。織田信長が勢いをつけ始め、美濃の斎藤家、伊勢の北畠家、そして六角家も織田家に滅ぼされた。弥生の父平井定武と兄の高明も当主六角承禎と運命を共にした。弥生は花一輪を琵琶湖の湖面に投げた。

斎藤家とは少なからず縁があった作太郎は残念に思うも、今は戦国の世だ。

義龍と龍興親子は炎上する稲葉山城で腹を切ったと言う。

ちなみに稲葉山から岐阜と名を改めた地で作太郎ゆかりの草月庵は、今もうな丼を名物に経営を続けている。


『夢の共演』シナリオであるのに、ほぼ史実通りに進んでいることが多いが異なることもある。まず織田信長の妹市は浅井長政に嫁がなかった。六角家に戦で敗れた以降、朝倉家にとって浅井は心強い味方ではなくなり盟約は破棄された。北に朝倉、南に六角を抱えて弱体化。久政は隠居して長政が継いだものの、やはり信長に抗しきれずに浅井家は信長に滅ぼされてしまった。

久政と長政親子もまた炎上する小谷城で腹を切った。久政は腹を切る直前に『もう一度、うな丼が食べたかったのう』と長政に言った。そして長政の最期の言葉は『弥生、すまぬ』だった。

それを弥生は知る由もないし、知ったところで病になった自分を労わるどころか不義密通と疑られた怒りは消えるものではないだろう。


朝倉宗滴の死を待って信長は越前攻めを開始、宗滴を失った朝倉家はもろく、相次ぐ重臣たちの裏切りに遭い、当主義景は自決して果てた。


羽柴秀吉と名を改めた木下藤吉郎が今浜の地を長浜と名を改め長浜城を築城した。

その琵琶湖を挟んだ西側に明智光秀が坂本城を築城して城主となった。


この間、作太郎には一つイベントが発生した。三好長慶と正親町天皇にうな丼を振舞う機会が訪れたのだ。これは料理人として高い名声を得るとゲーム内で発生するもので、現実にも発生した。天皇の耳に料理人の名声が届き、武家の長者と共に食するというイベントなのだが、これまでは足利将軍家が天皇と共に料理人の腕を見届けていた。

しかし、今回は足利将軍家ではなく三好長慶が実質の天下人として、その場に臨む。


当の三好長慶はずっと体調が優れなかったため、料理など喉を通らないと当初朝廷からの召しだしを断っていたが、作太郎が名医でもあるということを伝え聞き、病躯を押して御所に訪れた。

御所内で作太郎は三好家一行と会う。長慶は従者に松永久秀を連れていたので、あっさりと永禄の変で三好兵を蹴散らして義輝に加勢したのは作太郎だと露見してしまう。

しかし長慶は『戦場でのこと、お互い譲れぬ何かで戦うのだ。その時はたまたま敵味方に別れたにすぎぬ』といい、作太郎を咎めることもしなかった。久秀も長慶のそんな返答が分かったうえで報告したのだろう。そのうえで久秀は作太郎に

「あの男は将軍職を放り出して一人で旅に出たわ。無責任なことよ」

「申し訳ございません。私が将軍職を捨てて放浪の旅に出ることを勧めました」

「そんなことだろうと思ったわ。将軍職を放り捨てたやつを討つわけにもいかんからのう」

と苦笑して、作太郎の頭を乱暴に撫でた。


かつ作太郎は長慶が患っていた病も治した。久秀も大喜びだった。裏切り者として後世に汚名を残す彼だが、祐筆から重臣に取り立ててくれた長慶には心から忠義を誓う者だ。

長慶が長く生きれば歴史がどうなるか分からないが、元々この世界は『戦国武将、夢の共演』シナリオなのだ。いまだ関東では太田道灌と北条早雲がピンピンしている世界。

実際の戦国時代にタイムスリップをして、長慶の病を治したら歴史の改変になるが作太郎がいる戦国時代は闘気と法力が存在する和風ファンタジーの世界なのだから、歴史の改変も何もあったものではない。患者がいれば治す、それが医者の務めなのだ。


病が治ったうえで長慶は作太郎の作ったうな丼を食べた。喉に通らないと言ったことが嘘のように長慶はうなぎと飯をかきこみ、こんな美味いものは食べたことが無いと大絶賛し、うな丼は三好家の従者たちにも振舞われたので久秀もまたうな丼の美味さに興奮して長慶に

「大津に三好家の屋敷を作りましょう」

とまで言い出す。正親町天皇も最高の評価を贈り、作太郎には『天下一料理人』の称号が与えられ、かつ姓と名前が与えられた。料理人の姓として天皇が与えた名字は『塩見』名前は三好長慶が自分の名前から『長』の字を与え、自分に健康をくれたこと、今後も食と医で民を健康にしてほしいと言う願いを込めて『長康』とした。作太郎は正親町天皇から姓、畿内最大の実力者である三好長慶から名前を授かったのだ。今後彼は『塩見作太郎長康』を名乗ることになる。

よほど、作太郎のうな丼に感動したのか天皇は官位まで授けようとしたが、さすがにそれは辞退したのだった。



大津の屋敷に『塩見』という名の表札を門に取り付けた。それを感慨深く見つめる作太郎、その後ろには家族と弟子たち。気が付けば、はる、ちよ、とみとも同衾するようになった。そう望まれた。

再び能たち妻四人がほぼ同時期に妊娠してしまったので、夏江の時と同様に妾を探そうとした能に、はるたちが『私たち三人が妾になります』と名乗り出た。最初は歳下の主人を弟のように思っていた彼女たちだが、作太郎の器量と息子たちを可愛がってくれる優しさ、徐々に男として見つめ女として慕うようになったのだ。

はるたちも、作太郎の子供を生んだ。大家族だ。義輝から贈られた店舗兼住宅の他に改めて大津の町に本宅を建てた。その門にあるのは朝廷から贈られた名字である『塩見』の表札。

「塩見、旦那様にうってつけの名字ですね」

「ありがとうな能、まあ、名字がついてもすることは変わらない。これからも頼むよ」

「はい」


「おーい、大将」

「新之助さん」

「いやぁ、今日は『さくたろう』お休みのようじゃな。店が閉まっていてがっかりじゃ」

旅で汚れた義輝が作太郎の屋敷を訪れた。永禄の変以来の再会である。

「まあまあ、新之助さん、そんなに汚れて…。おはるさん、お風呂の用意を」

「承知いたしました、奥様」

「おお、これは能殿、相変わらずお美しいですな」

「何にもあげませんよ、ふふっ」

「泊っていって下さい、新之助さん、今夜は飲みましょう」

「ありがたい、旅で知る人の情けよ、でござるよ。はははは」

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