第十話 今浜、焼き討ち
「…能、見ろ、元気な男の子だ」
作太郎が清潔な産着で包んだ赤子を見せた。妻の能から赤子を取り出したのは作太郎だ。元々前世で救命士であった彼は救急車内で出産する現場には何度も臨場しているので、戦国時代の産婆より手際がいい。それに加えて治癒法術を使いつつ取り出したので母体には負担が軽く、能は
「こんな楽に産んで、罰が当たらないかしら…」
と、本気で心配したが作太郎が赤子を能の横に置くと
「ああ、なんて可愛らしいのだろう…」
「鑑定したところ、障害もなく健康だ。ありがとう能、よく頑張ったな」
「礼を言うのは私も同じです。母親にしてくれてありがとう…」
「父親にしてくれてありがとうな…」
「の、能様、どうでした。出産は?」
紗代も出産間近だ。母親になりたいと言ったものの出産は地獄の苦しみと言うのは知っているから怖くもあるのだろう。
「うん、紗代様と弥生様、ううん私も最初は旦那様に赤ちゃんを取り上げてもらうのは抵抗があったけれど、今は絶対に旦那様に取り上げてもらった方がいいと勧められます。正直、こんな楽に産んでいいの?とさえ思ったくらいだもの」
能の横にいる作太郎を見つめる紗代と弥生、作太郎はニコリと微笑み
「任せてくれ」
妊娠中の抜け毛や悪阻にも作太郎は温かく対応したので、妻たちが彼に寄せる信頼は大きい。妊娠中の妻をないがしろにするやつは男失格だ。夫にも父親にもなる資格はない。前世、妻の香苗が妊娠した時に、尊敬する中隊長に言われたものだった。その通りだと思った秀雄。彼は妊娠中の妻にこれでもかと尽くした。それは作太郎となった今も変わらない。
はるたち、夏江の協力も得て妊娠した能、紗代、弥生に尽くし、極めつけは救命士としての経験と現在の能力を生かして楽に出産させることだった。
「ありがとう旦那様、甘えさせてもらいます。ねえ、弥生様」
「ええ、もちろん」
「まあ…。正直に言うと出産時に母体に大きな負荷がかかると産後の肥立ちが悪くなる。そうなると俺はいつまで経ってもそなたらを抱けない。そろそろ恋しくてな。だから出しゃばらせてもらったよ」
「ふふっ、旦那様との房事が恋しいのは私たちも同じですから」
弥生はそう言いつつ愛しそうに膨らんだお腹を撫でるのだった。
やがて紗代と弥生も無事に出産を終えた。
長男は能の生んだ太郎、次男は紗代の生んだ次郎、長女は弥生の生んだ桜、全員作太郎が鑑定したところ、障害もなく健康な体だった。
(やっぱり、あの設定生きているのかもな…)
それは『異日本戦国転生記』に存在する設定で、父親が豊富な闘気や法力を有し、かつ武勇に優れていると生まれてくる子供は障害もなく不測の大怪我でも負わないかぎり夭折をしない頑丈な子供が生まれるというもの。
この世界では俗説扱いで能たちもこんな話は信用していない。しかし鑑定した作太郎からすると、全く非の打ち所がない健康状態の我が子を見ると、そうなのではと考えてしまう。それならそれで大歓迎だ。子供が健康なのは喜ぶべきことなのだから。
これからは子育てで大変だが、はる、ちよ、とみが色々と手助けしてくれるので作太郎も安心だ。そして作太郎ははるたちの息子たちに武芸と知識を授けるのだ。作太郎一家は互いを支えて助け合い、幸せに暮らしている。
さて、そろそろ妻三人と久しぶりに睦みあいへ入ってもいいころだが…
「どうか、私も大将の妻の末席にお加えください」
いつも通り『さくたろう』の営業後に店内でまかないを食べ終えたころ、夏江が能たちに平伏し願い出た。その時に作太郎は席を外してくれないかと能たちに望まれたので言う通りにした。
「間にお金を入れたのは後腐れがないようにと思ってのこと。夏江様も、それを承知のうえでお金を受けて旦那様に抱かれていたはず。それなのにどうして?」
予想していた能の問いかけだったか、夏江は少し困ったように銭が入った袋を卓上に出した。
「結局、手を付けてはいないのです。大将からもらったお金。まあ…うな丼とまかないは食べさせてもらいましたけど」
「「…………」」
夏江は恥ずかしそうに本心を打ち明けた。
「もう私の体は大将じゃなきゃ満足できなくて…」
紗代は思わず吹き出してしまった。能と弥生は苦笑い。はるたちは顔を真っ赤にしていた。
「私はこの通り大女です。よく知らないけれどあそこも他の女子より大きいかもしれません。事実亡くなった前の夫のナニは…こんなこと言うの心苦しいけれど入っているのかすら分からなかったし…。でも大将のは」
「いやいやいや、夏江さん、もういいです。私たちもよく分かっていることですから」
自分の旦那のナニのことなど、はるたちには聞かせられないし、何より能たち自身がよく分かっている。作太郎との房事が極楽であることは。
実は房中術においても『異日本戦国転生記』にはサポートカードが存在する。
『光源氏』と『ロウアイ』である。房中術に特化したサポートカードはこの二枚しかなく各プレイヤーに重宝されているカードだ。前世秀雄はゲーム内にて、この二枚を獲得していた。両方ともSSR◆4にまで達している。
ただし、作太郎は今まで光源氏のサポートカードしか使っていなかった。能たちにはこれで十分満足してもらうことが出来たからである。
しかし、大女である夏江との行為で作太郎は気づいてしまう。通常のサイズでは、とても太刀打ちできないことを。急ぎ【SSR◆4ロウアイ】のサポートカードをセットする。巨根で歴史に名を残した中国秦王朝時代の人物、勃起した陰茎を車輪の軸として回すことが出来たという逸話があり、衆目の前で披露しても萎むことが無かったという絶倫ぶり。始皇帝の母親を夢中にさせたと。
だが、このサポートカード、ただ陰茎を巨根に変えるわけだけではない。必ずしも大きな陰茎が女性に悦ばれるわけではないのだから。どういう現象が起きるかと言うとロウアイをセットすると、膣内に挿入後、相手女性の膣内に合わせて陰茎が最上の相性の形に変化していく。史実のロウアイも真っ青という房中術である。同じ戦国時代に房中術の指南書を書いた曲直瀬道三も反則だと言うだろう。
元々、光源氏のサポートカードだけで相手女性に極上の快楽と至福の癒しをもたらすことが出来るが、ロウアイのカードと組み合わせて用いれば、それは女にとって、もはや兵器だ。
この二枚を組み合わせて女を抱いたのは夏江が初めてだった作太郎、気が付けば夏江は歓喜の嬌声をあげていた。大将でなければ満足できないというのは本心だろう。逢瀬を重ねて抱かれるたびに想いは募るばかり。本気で嫁になりたいと思い、金は受け取っていたものの使うことはしなかった。
「お金返すから妾から嫁にしてくれ、なんて虫がいいと思うけれど私は大将が好きです。どうかお願いいたします。私も大将の妻にして下さい」
能たちは顔を見合い
「そうね、夏江さんと食べるまかないは美味しかったし楽しかったわ。妊娠中の私たちにも良くしてくれたし」
「能様…」
「あとは旦那様の気持ちですね。旦那様が夏江さんを迎えると言うのなら私たちはかまいませんよ」
「紗代様…。ありがとうございます!弥生様、よろしくお願いいたしますっ!」
「ええ、こちらこそ」
夏江を第四夫人に迎えた。夏江も作太郎の屋敷に住むようになるが、仕事は今まで通り市場で働き『さくたろう』に新鮮なうなぎを卸すことだ。
このまま今浜で妻と子供たち、使用人とその子供たち、みなで幸せに、そう作太郎は思っていただろう。
しかし今、作太郎がいるのは戦国時代なのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
浅井家が六角家との戦に敗れてしまった。今浜の町に六角の兵が大挙して押し寄せた。
弥生は六角家重臣の姫であるも、そんなことは通用しない。作太郎は家族を守るために戦った。しかし焼き討ちに遭い、うなぎ料理屋『さくたろう』も戦火に巻き込まれて全焼してしまった。屋敷と使用人たちの寮も。前世が消防士の作太郎でも、どうしようもなかった。
かろうじて『うなぎのたれLv50』を持ち出し、家族たちに犠牲が出なかったことが幸いか。
「鬼神の働きだな。おぬし一人に六角兵が何人討ち取られたか。さすがはだいだらぼっちを倒した男ということか」
『さくたろう』の焼け跡前に立ち尽くす作太郎に声をかけた人物、それは弥生の父、六角家重臣の平井定武であった。息子の高明もいる。弥生の兄だ。弥生は煤に汚れた顔で父と兄に悔し涙を浮かべて睨んだ。定武は作太郎に歩み
「逃げられよ、我が主君、六角承禎様はおぬしを召し抱えようとしている。断るなら斬れと」
「…………」
「娘の病を治してくれたうえ、浅井に捨てられたところを娶ってくれたこと、とても感謝しておる。せめてもの礼じゃ、早く逃げよ」
「何が礼…!私たちの幸せを奪っておいて」
「よせ、弥生」
「旦那様…」
「浅井にとって利を生み出す今浜の町、戦に負けたら六角に焼かれるのは当然のこと。幸いにたれと資金は残っている。再起は可能だ」
「…………」
信長も道三亡き後に美濃に侵攻を開始している。義龍が健在だが、いつまで抗しきれるか。やはり『夢の共演』シナリオでも信長が勢いをつけ始めていくようだ。
このまま今浜に留まっても、今度は信長の軍勢に焼き討ちをかけられるのは目に見えている。今さらだが、自分は戦国時代にいるのだと痛感する作太郎だった。
「船で大津の町に行き、とりあえず体を休めよう。そこでこれからどうするか、みなで話し合おう」
「「分かりました」」
「はる、ちよ、とみ」
「「…………」」
「一緒に来てくれるか」
ここに置いて行かれると思ったのかもしれない。はるたちは喜び、ちよが
「一緒に連れて行って下さるのですか!」
「当たり前だ。そなたらの息子は俺の弟子だし、再起した『さくたろう』で続けて働いてもらいたい」
「「はいっ!」」
「これを持っていきなさい。大津行きの船に乗れる」
平井が六角家重臣のお墨付きを渡した。大津行きの船は現在六角家が管理しているのだろう。作太郎は平井に頭を下げて港へと向かう。その時に
「弥生、父上に孫の顔くらい…」
兄の平井高明が言った。弥生はずっと赤子の桜を抱いている。立ち止まった弥生だが
「よせ、孫に会う資格など儂にはありはしない」
「父上…」
弥生は父と兄に一瞥もせず歩き出し、作太郎と共にその場から去っていったのだった。
港に着くと、やはり大津行きの船は六角家が管理していた。
番兵に平井の書を見せると
「さっさと乗れ」
と促され船に乗った。もちろん作太郎の家族たちも一緒だ。今浜の港から離れていく。
まだ焼き討ちの火は完全に消えておらず、所々黒煙が上がっていた。夏江が妾だった時、逢瀬に使っていた浜風荘も焼失していた。夫との思い出の場所、夏江は正視できず目を背けて涙を流していた。彼女が働いていた市場も破壊されて燃えていた。作太郎の弟子たちもまた悔し涙を浮かべて、離れていく今浜の町を見ていた。
「忘れるなよ、この悔しさを。力で理不尽に幸せな暮らしを踏みにじられる悔しさを」
「「はいっ!」」
いい町だった、作太郎はそう思った。この町で弥生と夏江に出会えた。
たよりになる給仕のはる、ちよ、とみと、その子供たちとも。
うなぎ料理屋の主人、心地よかった。大津で再起して店を出したい。屋台でもいいのだ。史実では、この当時まだ大津城は築城されていないが、この世界でも築城はされていない。琵琶湖の水運で賑わう町で三好家の統治下にある。
(残念だが、現在の日本中どこに行っても戦火に巻き込まれることが絶対ないと言い切れる町なんて無いからな。とりあえず現在最大勢力の三好家が統治している町に赴くのは悪い選択ではないはずだ)
「旦那様」
「どうした、とみ?」
「船内には昨日の戦で怪我や火傷もした方がおります。治して差し上げたらどうでしょうか。大津に降りてから、心強い味方になってくれるかもしれないですし」
「ああ、ありがとう、とみ。今浜を離れていく寂しさか、そんなことも気づかなかったよ」
「ああっ、火傷が…!」
「矢傷が塞がった!」
三十人ほど乗せられる今浜と大津を結ぶ定期船、今浜からの難民で溢れていた。五人ほど定員オーバーしているが、そんなことを言っていられる状況でもない。乗られただけでも御の字だろう。作太郎は焼き討ちによる火傷や怪我を治していった。
「あ、あの…火傷や怪我じゃないのですが、この子の病を治せますか?」
町民女がやせ細った我が子を抱いている。苦悶している。五歳くらいの女の子、鑑定してみると令和日本でも難病と指定されるであろう重い疾患だった。このまま放置していたら明日にでも死んでしまいそうだった。
両親である若い夫婦は憔悴している。先の戦の前から娘を助けるため奔走していたのだろう。
「すまない、俺が医者としても看板を出していれば、この子がこんなに弱ることもなかったろうに」
「な、治せるのですか?」
母親は祈るように作太郎を見つめ
「気術『万病治癒』」
幼子は作太郎の闘気の光に包まれた。光が消えると顔から苦悶が取れて、安らかな寝息を立てた。
「治りましたよ」
「ああっ…!あああっ、とよ、とよ…!」
「あ、ありがとうございますっ!娘の命を助けてくれてありがとう!」
「なに、たまたま同じ船に乗ったのも縁です。しかし病で失った体力、痩せた体までは私の闘気でも補え切れません。消化によいものを食べさせ、少し回復してきたら歩くなどさせて下さい」
さらに作太郎は収納法術より小児用の栄養剤を取り出す。彼は凄腕の薬師でもあるのだから。
「七日分あります。毎食後に飲ませて下さい。幼子には苦いので嫌がるでしょうが母親が側にいて、しっかり飲ませるように」
父親が拝むように両手でそれを受け取った。
「ありがとうございます。必ずや俺と妻でそういたします」
船内は笑顔で溢れた。逃避行ではあるが体が何ともないのなら希望も出てくる。
「旦那様、大津の港が見えてきましたよ」
能が港を差して言った。大津か…。
前世の秀雄も妻の香苗と共に訪れたものだった。琵琶湖畔のコンサートホール、夫婦で好きなミュージシャンのコンサートを観に来たのだ。そのホールがあった場所は船から見えるが今はただの湖畔だ。琵琶湖の遊覧船にも乗って、有名なうなぎ屋にも訪れた。うな重にうなぎの頭がついたままだったのは夫婦そろって驚いたものだった。
(香苗、また大津に来たよ…)
「旦那様」
「ん、どうした夏江」
「これ、私が旦那様の妾だった時にもらっていたお手当です。今後の暮らしに役立てて下さい」
夏江は作太郎の妻になる時、能たちへ手当を返納しようとしたものの、能は『私たちが妊娠中に夫を癒してくれた礼』と受け取らなかった。夏江はいまだそれを使わずに持っていて
「夏江…」
「受け取らないなんてだめですよ。ここで受け取らないと、もう乳房で旦那様の顔を挟んであげませんからね!」
「それは困る…」
「頑張りましょう!ここ大津で、もう一度『さくたろう』を開きましょう!」
「ありがとうな…。大切に使うよ…」
夏江の優しさが染みた。『異日本戦国転生記』にて夏江のモデルとなった大崎玄蕃に仕えた女。
(今さらだが…夏江は貯めていた金銀八千両を牢人となった玄蕃に渡して去っていった名も伝わらない彼女本人だったのだな。やることが同じなのだから…)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大津の港を降りると
「おおーい、大将―!」
一人の偉丈夫が作太郎に手を振った。うなぎ料理屋『さくたろう』の常連客だった人物だ。
「これは新之助さん」
「災難だったのう。しかし奥方と子供たち、女中衆はみな無事のようじゃな」
「はい、それだけは幸いでした」
「ちょっとついてきてくれ。見せたいものがあるのじゃ」
新之助が作太郎一家を連れて着いた先、それは大津の港にも近い漁師の家らしきもの。
「ここに住んでいた漁師夫婦は最近引退して、息子夫婦の家に移り住んだらしくてな。空き家であったのを土地と共に儂が購った」
「はあ」
広い漁師屋敷だった。元は大家族の住まいだったのかもしれない。
「少し手直しすれば、うなぎ屋の店舗にも出来るだろう」
「…!新之助さん?」
「儂は大将のうな丼が食べられなくなるのは何よりもつらくて悲しい。何も言わずに受け取ってくれないか」
「新之助さん…!」
「施されるのが嫌だと言うのなら、稼ぎから少しずつ返してくれればいい。おぬしには養わねばならぬ者もいるのだ」
家屋もだが場所が港に近く一等地であることが嬉しい。
「新之助さん、ありがたく受け取ります!ありがとう!ありがとう!」
「「ありがとうございますっ!」」
能たち嫁四人、使用人たちも新之助に感涙しながら頭を下げるのだった。
「旦那様、大津の市場にも知り人はいますから、早速うなぎの卸を交渉してきます!」
夏江は市場へ駆けていった。
「気が早いな」
作太郎が言うと能たちは笑った。新之助は
「開店したと聞いたら食べにくる。それでは」
そう言って去っていった。その背中に頭を下げる作太郎一家。そして
「よしっ、さっそく掃除だ」
「「おおーっ!!」」