表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

獅子身中の虫

作者: 小城

「(何かがおかしい。)」

新選組会計方酒井兵庫は、死亡した大谷良輔の頼越人として、光縁寺を訪れていた。摂津麻田藩の勘定方坂井数馬の5男に生まれた兵庫は文久3年の暮れに生家を出て上洛。そのまま、新選組の屯所を訪れた。

「入隊の理由は?」

「尽忠報国の志に拠ります。」

局長、近藤勇に聞かれたときそう答えた。

 兵庫は光縁寺から帰って帳台に向かっていた。

「酒井君。先月分の隊士の給金明細を見せてくれないか。」

「こちらになります。」

兵庫は書櫃から通帳を取り出して、副長、土方歳三に見せた。

「ありがとう。」

通帳を兵庫に手渡して土方は行ってしまった。時折、土方はああして会計記録を見に来る。

「(平隊士にはひと月に金二両…。)」

会計方規定のひとつであった。

「行って参ります。」

七、八番隊が市中見回りに出かけていった。

他の隊は不逞浪士探索と要人警護に就いていた。

「(これらの仕事で金二両。)」

会社である。隊士は会社員であった。役員は組長たちである。

「右、両人に切腹を申し付く也。」

石川三郎と頼山滝人の二人が切腹した。その二人の頼越人として再び兵庫は光縁寺を訪れた。


局中法度

一、士道に背キ間敷事

一、局ヲ脱スルヲ不許

一、勝手ニ金策致不可

一、勝手ニ訴訟取扱不可

一、私ノ闘争ヲ不許

右条々相背候者切腹申付ベク候也


「(おかしい…。)」

兵庫の頭と心にはある種の疑念が膨らんでいた。

「(この組織にいては自分は死ぬのではないか…。)」

それは直接的なことでもあり、間接的なことでもあった。物理的にも心理的にも。

「酒井君。会計帳簿を見せてくれ。」

「こちらになります。」

土方はその帳簿の何を見ているのだろうか。兵庫にはそれはただの文字列でしかなかった。

「(この御方と私とは違う…。)」

兵庫はそう思うようになった。土方は帳簿を閉じた。

「酒井君。君は新選組をどうしたいと思っている?」

土方の突然の質問であった。

「…。私は…。帳簿をつけていられれば、それで良いです。」

「そうか…。」

土方は兵庫に帳簿を手渡すと去って行った。

その夜、酒井兵庫は新選組を抜けた。

「(怖い…。)」

夜の闇を一人、摂津を目指した。

「(何が怖いのだろうか…。)」

兵庫には自分を襲う恐怖の正体が分からなかった。

「(副長…?法度…?切腹…?)」

どれもしっくり来ない。

「(組…。)」

唯一、その言葉がある程度納得できるものであった。

 酒井兵庫が恐れていたもの、それは後世の言葉で言うならば『組織』でありそれを支える『システム』そのものであった。簡潔に言えば『新選組』そのものであった。

「(恐ろしい…。)」

『新選組』という組織は内外に多くの矛盾を抱えていた。本質的には、新選組という組織は徳川幕藩体制というシステムを肯定する存在でありながらも、その存在自体がシステムを否定する存在であったということである。

 その正でも負でもない曖昧な存在が、そこにいる兵庫に違和感を与えていた。

「(あそこにいては未来も過去もない…。)」

新選組にあるのは『今』だけであった。それを尊いと感じるか卑しいと感じるかは人それぞれであった。

 兵庫は一度は捨てた生国へ戻っていた。兵庫の足はいつのまにか自然とそこへ向かっていた。

 すぐに追っ手が差し向けられた。摂津住吉神社の神官のもとに身を潜めていた兵庫は、沖田総司ら数名の新選組隊士に見つかり、捕縛された。京都へ護送中、失神から気が付いた酒井兵庫は自らの体の刀傷の多さに驚き、その際のショックで死亡した。

「身中の虫は死んだそうだ。」

「そうか。ご苦労だった。」

新選組屯所では近藤勇と土方歳三が話していた。

 新選組という組織に関わり、新選組によって命を落とした酒井兵庫。一体、彼の心中には、その組織がどう映っていたのであろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ