出会い
・生臭坊主
旅を出まして早二年の月日が過ぎ申しました。
皆様はお変わりなくお過ごしでしょうか?
有難いことに影鷹めは息災に日々を過ごしておりまする。
路銀の心配をすることなく旅を続ける事ができるのはひとえに大殿のご配慮と重臣の方々、なにより領民の皆の助けがあるが故と日々、思うておりまする。
是よりは安芸国を経て周防、豊前へと足を向けてみようかと思うておりまする。
「よし、と・・・」
書いた文を綺麗な紙に包んだ。
「無事に届きますように」
祈るかのように言うと丁寧にしまった。
「あとは飛脚に渡せば良いだけだ」
「すまないがこの辺りに飛脚はいないだろうか?」
「お侍さん、国許の好い人に送るのかい?」
「まあそんなところだ」
面倒くさそうに宿の老女に言った。
(文を送るだけでなんで好い人と思われなければならないのだか)
『御身の年頃になれば女子の1人や2人いてもなんらおかしくはないものですぞ?』
『そう言われてもなあ』
ため息をついた。
『女子が怖いのですかな?』
揶揄うように宿の主=家神が言った。
『女子の方が怖がりますよ』
再びため息をついた。
今度はそれとわかるほど、深いため息だった。
「お侍さん、どうなすったぃ?」
草鞋を履いて旅支度を進めていた旅の商人が言った。
「いやなに、これから文で叱られると思うとなぁ」
「それは苦労するねぇ!」
豪快に笑って背中を「バン!」と叩いた。
「ではこれを頼む」
「はい、確かにお預かり致しました」
手渡された文を大切に綴り箱へと入れた。
「早飛脚を使われますか?」
「いや、そこまでのものではない。
通常通り運んでくれ」
「そうですか・・・」
言いながら、影鷹が腰に差している太刀を鋭い目で値踏みした。
「私の腰のものに何か用か?」
「いえなに、随分と立派なお刀を差していると思いましてね。
それだけですよ」
飛脚屋の背中からゆらりと、何かどす黒いものが湧き上がった。
「生憎だがやれぬぞ?」
「そうですか・・・・。
そのお刀、失礼ですが神剣ですな?」
影鷹の目が鋭くなった。
その目の奥には抜き身の刃のような危険な光が見え隠れしていた。
「・・・・抜かれたいか?」
「滅相もありません。
ただ手前どもがわかるのは並大抵のお刀ではないということです。
そのためもしやと思いまして、お伺いを立てた次第です」
「そうか」
2人の間には刃物のように危険な空気が流れていた。
それを察知した他の客や飛脚たちが我先にとばかりに足早に消えた。
「お侍様」
「なんだ?」
「今宵、改めて当家に来ていただけないでしょうか?」
「・・・・わかった」
『御身もまた物好きですね。
そんな怪しげな輩の話にのるなんて』
『そうは言われてもですね、一目で神剣だと見抜く者なんてそうはいませんよ』
『まあそれはそうですが・・・・』
鼻白む稲荷と共に夜陰の中を悠然と影鷹が歩いていく。
その姿をみて、すぐに物陰に隠れるものもあれば彼らの隙を伺う者もいた。
いずれにせよ、そんなことをするのは人にはみえない者達ばかりだった。
『さて、着きましたぞ?』
『ありがとうございます』
飛脚屋の店の前に立って、稲荷に礼を言った。
『なにやら欲深い生臭坊主の臭いがしますな。
念のためお気をつけられるとよろしいでしょう』
「ご忠告、ありがとうございます。
さて、開門を願おうか」
店の戸を軽く叩くと、店内から慇懃無礼な目つきの男が出てきた。
一目でごろつきだとわかる目つきだったが、あえて何も言わなかった。
「お客人、何用ですか?
もう店はとっくに閉めておりやす」
「済まぬが店の主人からここに来るように言われてきた。
開けてもらえぬか?」
「・・・主よりお話は聞き及んでおります。
腰の物をお預かりしてよろしいでしょうか?」
「済まぬがそうはいかぬ。
これは誰にも預ける訳にはいかぬのだ」
「・・・・・かしこまりやした。
ですがこれより先、何があっても手前どもは責任が持てませぬ。
それでもよろしいですか?」
下から見上げるかのように、何かを探るかのように言った。
実際に「探って」いたのだろう。
いざとなれば「口封じができる=殺すことができるか?」を調べるのはこういう者達の大切な役割だと言える。
もしそれができなかったらあとで何か起きた時に隠蔽することができなくなるからだ。
「構わぬよ、通してくれ」
「・・・・どうぞ」
慇懃無礼な態度で木戸を開けた。
「すまぬな」
言いながら木戸をくぐる際にあたって凄まじい殺意を全身から放っていた。
ごろつきに対して「何かあれば斬るぞ?」と言葉ではなく、無言の行動で示していた。
「・・・お客人、失礼致しました」
全身から滝のような汗を流しながらごろつきが謝罪した。
腰に差している短刀を握りしめているその手は恐怖からか、固く握りしめていた。
「次からは相手を見てからやることだな」
なんの感情も感じさせない、底知れない冷ややかな目でごろつきを見ながら忠告した。
「お待ちしておりました」
「・・・どうやら待たせたようだな」
灯りがともされた部屋の前に立ち、冷ややかな目で数人の男達がいる部屋を見ながら言った。
(用心棒が2人に商人、それと坊主か。
確かに用心するに超したことはないな)
数人の男達が集まって話をすることを考えるとそれほど広くないどころ手狭に感じる、八畳ほどの大きさの部屋に足を踏み入れた。
「して、何故あって私を呼び寄せたのだ?」
「単刀直入にいきましょう、お侍様のそのお刀、手前どもに譲ってはもらえませんか?」
言うなり用心棒らしき男に目配せをして、被せてあった布を取らせた。
置かれていた台座の上には庶民どころか国主であったとしても驚きを隠せないほどの大量の金子が積まれてあった。
ざっと見積もっても小さな国ならそれだけで買うことができるだろう程の金子だった。
「・・・・ほう(やはりな)」
平然としている影鷹を僧侶の姿をした男が頭巾の奥からじっと見ていた。
(たかだか飛脚屋がここまでの金子を用意できるとは言い難い。
おそらくは坊主か、傍にいる商人が持ち込んで用意しておいたかのいずれかだろう)
「如何ですか?」
「・・・・あえて聞こう、どちらの刀が欲しいのだ?」
「お話がわかっていただいようで有り難いですな。
小太刀の方をお願い致します」
「・・・・そうか(欲しいのは坊主か?)」
ちらりと一瞥した。
「お侍様のそのお刀、万の金子を支払うだけの価値がございます。
故にお譲りしお譲り頂くことはできませぬかな?」
用心棒らしき男が握っていた刀の鍔をわからないように少しだけ上に押し上げた。
刀を抜いていつでも抜刀できる体制を整えていた。
襖で仕切られた奥にはさらに数人の気配が、殺気が漂っている。
仮にここで影鷹が要求を拒否すれば殺してでも手に入れるという意思表示であることは明白だった。
「せっかくの良い話だが断らせて頂こう」
それを察知していて、あえて言った。
「・・・・何故ですかな?」
影鷹の前で対峙している商人の目が鋭くなった。
それに合わせるかのように、部屋の中は殺伐とした空気へと変わっていった。
「生憎とこれは、この神剣は私以外には仮に神職や僧侶であったとしても抜くことはできぬのだ。
いや、抜くことだけならば誰にでもできよう。
だが本来の神剣としての力を発揮することは誰彼構わずできるものではないそうだ。
それ故に仮にここで私を殺して手に入れても、そこにいる坊主の手には負えるものではない」
「・・・・そのお刀を鍛えられし護神名を教えていただけますかな?」
頭巾の中から睨みつけるように鋭い眼で言った。
「神産巣日神と聞き及んでいる」
殺伐とした部屋の空気が清く透き通ったものへと変わった。
それまで鳴くのをやめていた虫達が一斉に鳴き出した。
「天津三柱の神ですな」
「どういういわれかは全く知らないがな、それでも抜くことは誰にもできなかった」
そう、神主様であってもその刀を抜くことができなかった。
雷を呼び寄せ、人の欲にまみれて狂ってしまった神や仏でさえも斬ることができる、この刀の本来の姿を引き出すことができなかった。
何故かこの影鷹だけがこの刀の本来の姿を抜くことができた。
故に渡す訳にはいかぬ。
「なおのこと、欲しいですな」
喜色満面にして、欲をむき出しにして身を乗り出して言った。
「やめておけ、と言ったのがわからなかったか?」
それに対して冷ややかな、冷たい殺意を含んだ声で言った。
「この刀を誰もが所有することを求めたが、ついぞ誰も本来の姿を現すことができなかった。
私の主である大殿でさえ本来の姿を現すことができなかった。
それなのに神主や坊主でもない、お前のような欲にまみれし商人如きがこの刀の本来の姿を引き出すことができると思うたか?」
部屋の空気が一気に冷たいものとなった。
影鷹の氷のような怒りと殺意に反応したかのように、寒々しい気配へと一気に変わった。
刀を持って構えていた用心棒達の手が絶え間なく震えて、握り締めている刀が「カタカタ」と音を立て始めた。
「これ以上この影鷹を怒らせるな。
ここにいる己らを斬ることなど赤子の手を捻るよりも容易きものと思え」
「大神の御子殿」
頭巾の奥から振り絞るような声を出した。
「どうかご無礼をお許し下され。
此度のこと、この者達は儂が命に従いて行いし事でございます。
故にこの以上、そのお怒りを向けられることなく納められ下さい」
謝罪の言葉を口にしながら畳に手をついて、そのまま頭を下げた。
「生臭坊主」
「・・・・」
影鷹が向けた冷たい怒りと殺意を感じたのか、無言で顔を上げた。
その際に頭巾が取れて、顔が露わになった。
年を重ねたもの特有の染みと皺だけではなく、欲が浮き出た醜い顔だった。
『稲荷殿の言われたとおりだな、己の欲に負けし坊主の行うことは古今東西どこにあっても変わらぬ』
人には聞こえない声で吐き捨てるように言った。
『お言葉なれど世を渡るためには我が身を欲に委ねることも肝要かと』
影鷹が驚いたかのように眉を動かした。
微かに笑うかのように口元を動かして、さらに冷ややかな目で頭巾が取れた僧侶をみた。
『金子で神剣を買えると思うのならば行ってみるが良い。
殺めることで得られると思うのならばその通りに行ってみるが良い。
それがどれほど愚かしいことか、己の首が飛んだ時に初めて理解ができようさ』
『お言葉、深く刻みました』
『如何でしたかな?』
『稲荷殿の考えられている以上に酷いものでした』
返り血で汚れた着物を持っていた布で拭いながら木戸を通った。
その手には血で濡れた刀を、大刀を握っていた。
『随分と派手に斬られたようですな?』
『稲荷殿の『仕置き』に比べたら優しいものですよ』
握っていた太刀を上から下へ勢い良く振り抜いた。
刀についていた血が地面に飛び散った。
『では宿へと帰りましょうかな。
その前に川に飛び込むなり行水をされるなりせねばなりますまい』
『まったく、とんだ一仕事でした』
次の日、飛脚屋の主人や他数名が死んだということで町が騒ぎになったが、それもすぐに収まった。
形だけの下手人探しが行われたが、それもすぐに終わったという。
町の人々は口々に「罰が当たったのだろう」といって誰も悲しむことはなかった。
しばらくして、斬殺死体を見つけた者とその検分に当たった役人達の話として、ある噂が町の人々の間に広まるのにそれほど時間はかからなかった。
いわく飛脚屋の主人と共に部屋にいた商人らしき男は逃げる間もなく一刀の元に首を跳ね飛ばされ、その用心棒らしき男達は刀を握り締めたまま斬殺死体となっていたという。
得体の知れない僧侶らしき者はさらに凄惨で、首を斬られた上に追い討ちをかけるかのように袈裟切りに斬られていたという。
跳ね飛ばされたその首は微かに笑っていたという。
それも自分を斬り殺した誰かに笑いかけるかのようだったと・・・。




