第三話『戦巫女と言わざる魔法使い』8(終わり)
★???★
玄関先で満面の笑みを浮かべている夜衣花を、エレアは遠くから双眼鏡で見ていた
その表情は実に複雑そうで、喜ばしくも、苦々しくも思っている様子だった。
エレアは少しため息を吐き、双眼鏡を別の方向に向ける。
電信柱の上。
そこには普通の者には見えない人形がいて、腰を掛けながら夜衣花が入った家を監視していた。
夜衣花の父方の実家である操形家は、『人形の王』と呼ばれる退魔士能力を持つ。
それは、己の魂の一部を人形に入れ、人形を意のままに操ったり、自分のもう一つの身体として扱う事が出来る退魔士能力。
そして、家を監視している人形は、操形家が主に隠密用に使用する特殊な人形。
操形家が黒樹家に依頼されて、黒樹夜衣斗を監視しており、エレアはここに夜衣花共に訪れる度に隠密人形を目撃している。
実は、夜衣花が暴走する前は、黒樹家の分家が監視を担当していた。
だが、今は夜衣花を恐れて誰もそれを担当したがらず、仕方なく五大退魔士家系の中で最も繋がりが強い操形家(操形家は退魔士道具を作っている家でもあるので、その材料に黒樹家の黒き大樹が多く使われている為、五大退魔士家系の中で最も両家は繋がりが強い)に監視を頼み、現在の様な状況になっている。
もっとも、夜衣斗の監視を頼まれた操形家の者達は、夜衣斗の事を黒樹家ほど警戒しておらず、むしろ心情的には夜衣花に味方しており、真剣に監視はしていない。
その証拠に、隠密人形はエレアが見ている前で大あくびをしていた。
隠密人形の大あくびを目撃したエレアは、思わず苦笑したが、だからと言って、エレアが気を抜くわけにはいかなかった。
夜衣花が夜衣斗に会っている時は、夜衣花が最もリラックスしている時であり、油断している時。
だからこそ、エレアはその油断を突かれない様に、夜衣花が夜衣斗に会っている時は、常に家の近くで警護していた。
もっとも、退魔士達の間でも夜衣斗の存在を知っている者は少なく、例え知っていたとしても、わざわざ黒樹家の禁忌に関わろうとする者はまずいないので、夜衣斗がいる場所を知っている『夜衣花・両親の敵』は少ない。また、ここに来るまでも細心の注意を払って追跡者がいないかを確認している上に、夜衣斗自身や家自体に魔力を封印・消す結界などが使われているので、魔法による追跡・接近もほぼ不可能に近い。
つまり、エレアのはただの心配性。
過剰なほど警戒しているエレアは、何となしに双眼鏡を家へと向ける。
そして、夜衣斗の隣に腰を下ろす夜衣花を目撃し、
「ああ!夜衣花お嬢様!近いです!近い!」
と思わず絶叫。
その絶叫が聞こえたのか、操形家の人形は呆れた視線をエレアに送っていた。
★相島★
「「それでどうする?」」
話を聞き終えた後、少しして日向さんはそう問い掛けてきた。
「……………」
「「まあ、いきなりこんな話を聞かされて、直ぐに答えを出せと言うのも酷か。返事は明日の朝、治療前に」」
「いえ」
私は日向さんの言葉を、決意を持って遮り、日向さんは少し驚いた表情になった。
夜衣花ちゃんは、自分が拒絶される様な過去を持っているって知っていながら、私を仲間に誘った………それってつまり、夜衣花ちゃんは寂しいんだと思う。周囲には信頼おける人達があまりいない上に、そのほとんどが自分を裏切った人達。両親も兄も側にいない。そんな中を、きっと夜衣花ちゃんは、気丈に過ごしている。だから、信頼出来る人が欲しくて………きっと私を試した。もう裏切られたくなくて………
でも、どこか私を信頼していたんだと思う。じゃなきゃ、こういう依頼を日向さんにしない。
………知りあってまだ数日だって言うのにね………………だからこそ、だからこそ私はその信頼に応えたい。
応えなくちゃいけない。
そんな気がしたから、
「日向さん。私を退魔士にしてください」
と自然に口にしていた。
「………いいのか?そんなに簡単に決めてしまって、君の今後に大きく関わる事なんだぞ?」
そう日向さんに問われると、迷う心が生まれないわけはないんだけど………
「………正直に言って、迷わない、後悔しないって言ったら嘘になります……きっと、今だって迷う心はどこかにありますし、今後もしかしたら今日の決断を後悔する日が来るかもしれません。でも、私、決めているんです………迷ったら、自分の心の思うがままに決めるって」
私がそう決意を込めて言うと、日向さんは考える様な仕草をした後、
「「そうか……君は随分損な性格をしているな。………流石は主人公と言った所か………」
「主人公?」
「「いや、何でもない………願わくば、君に与えた運命を変える選択が、あらゆる宿命の悪意に打ち勝つ事を」」
「?………えっと?ありがとうございます?」
いまいちよく分からない事を言われ、何故か私はお礼を言ってしまった。
★夜衣花★
夜衣斗お兄ちゃんの家に泊った日の夜。
私はお父さんとお母さんの部屋で寝ようとしていた。
本当はお兄ちゃんと一緒に寝たいんだけど、私が他人の子供(と思わされている)せいか、一緒に寝てくれない………恥ずかしくて、私が言い出せないのもいけないんだろうけど………
私がそれを思って思わずため息を吐いた時、携帯電話にメールが着た。
しかも、普段使っている方じゃなくて、退魔士仕様のどんな場所にいても繋がる携帯電話の方に。
今日を含めて、明日・明後日は退魔士の仕事がないはずだったから、私は思わず眉を顰めた。
………まあ、どうせ分家達のいつもの嫌がらせだろうけど………
そう思いつつメールを見ると、そこには、緊急の依頼が入っていた。
しかも、S級の退魔『でいだらぼっち再封印』だった。