第三話『戦巫女と言わざる魔法使い』8
★相島★
半殺し………何と言うか、あの夜衣花ちゃんからもっとも結び付かない言葉が出てきた様な………
「「実際の所は、衣が止めなければ、夜衣花君は彼らを殺していた可能性が高い」」
「……殺していたって………そんな、だって、夜衣花ちゃんの実力は、まだ今の当主に敵わないんですよね」
「「それは普通の状態ならの話だよ。さっきも言った通り、夜衣花君の中には二つの黒き大樹の種がある。つまり、ポテンシャルだけを言えば、他の誰よりも強く、暴走すれば誰も止める事が出来ない」」
暴走………
「「まあ、あくまで暴走なのだから、もし、あのまま止められなければ、夜衣花君は今頃この世にいなかっただろうね」」
この世にいなかった?………とんでもない話だけど………
「………あの、夜衣花ちゃんはそんな事はしたのに、何で今でも次期当主で……黒樹家に居続けているんです?普通は、次期当主になる事も、させる事もしないと思うんですけど………」
「「まあ、普通ならそうだろうが……だが、この事件で、四姫は夜衣花君の自分をも圧倒する潜在能力をますます気に入り、分家達の強い反対の声に全く耳を貸さず、夜衣花君自身の意志さえも無視して次期当主にし続けているそうだ。もちろん、分家達はそれを納得するはずはなく、隙さえあれば、僕の退魔の依頼や、一昨日の退魔などの一歩間違えれば死んでもおかしくない様な退魔を夜衣花君に回している。と言うわけだ」」
……そう言えば、一昨日の、私と夜衣花ちゃんが会った退魔にエレアさんとか、もう一人いるって言う夜衣花ちゃんの仲間はいなかった。夜衣花ちゃんの話によると二人とも別々の用件で夜衣花ちゃんの下から離れてて、本来なら退魔の依頼を夜衣花ちゃんがこなす予定はなかったらしいんだけど………そっか、分家達の嫌がらせ……いえ、罠だったんだ。
でも………命を狙われているって言うのに……なんで夜衣花ちゃんは、黒樹家に居続けるんだろう?エレアさんだって………
「あの、一緒に過ごし始めて数日ですけど、あの夜衣花ちゃんなら、とっとと家から出ていく気が………」
その私の問いに、日向さんは苦笑した。
「「確かに、そうだろうが………まあ、簡単に言えば、四姫は、夜衣花君を家に縛り付ける為に、自殺させようとした夜衣花君の兄を再び人質に取ってるそうだ」」
………何と言うか………よくもまあ、そんな卑劣な事を繰り返せるわね………
ため息しか出ず、座っていた椅子の背によりかかると、ミーコさんがコーヒーを入れてきてくれた。
お礼を言ってコーヒーを飲みつつ、なんとも言えない気分になる。
………あの夜衣花ちゃんが………
「「夜衣花君は、非常に極端な性格をしている」」
戸惑う私に、日向さんは再び苦笑した。
「「一途で、一度心を許した相手なら、心底心を許し、甘え、その人の為にどんな事でもしようとする。反面、その思いが強過ぎて、裏切られれば二度と心を許さず、その者が心を許した相手を傷付けようものなら………暴走する。夜衣花君は、自分のそういう面を自覚しているし、治りようもない事だと思っている。だからこそ、僕にそれを話す事を依頼したんだろう」」
確かに自分で話す様な話じゃないし、話難いものだとは思うけど………
「「夜衣花君の事だから、住み込みで君を雇う契約を交わしたんだろ?」」
「ええ、そうですけど……」
「「あの事件は退魔士の間でもかなり有名な話だ。だから、君が退魔の仕事をするなら、いずれ耳に入る事だろう。そして、一緒に住むとなれば、夜衣花君のもう一つの側面も、いずれは目の辺りにする事になる。だから、もし、それらを知った事により、君が夜衣花君の下から離れる事になるなら、もっともお互いにダメージが軽い今の内に、とでも思ったんだろうさ」」
★夜衣花★
いつもこの瞬間はドキドキする。
住宅街に建てられた二階建ての普通の家。
の玄関前。
この家に、私の兄と両親は住んでいる。
だけど、両親は黒樹家から無理矢理押し付けられているA級以上の退魔の仕事で、よく家を空けていた。
だから、お兄ちゃんは常に一人で留守番していて、今日も留守番している………はず。
私は、そんなお兄ちゃんの所に、長期休みの少しの間だけ会いに行く事を許されている。
………お父さんとお母さんの知人の娘として………
お兄ちゃんは、黒き大樹を受け継ぐ事が出来なかった。
………そんなくだらない理由で、私は両親と兄から引き離され、私自身が退魔士としての黒樹家代表だからという更にくだらない理由で、妹だと名乗れない。…………ああ、駄目だ。今からお兄ちゃんに会うって言うのに、怒りに身を焦がすなんて………もったいない。
私は深呼吸して、玄関のチャイムを鳴らした。
少しして、扉の向こうに人の気配が現れるのを感じ、心臓が更に跳ね上がるのを私は感じ、顔が上気して、にやけてしまう。
玄関のチェーンと鍵が外され、ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、伸ばした前髪で目を隠した高校生。
少し驚いた様子のお兄ちゃんに、私は最大限の笑みを浮かべた。
「久し振り、夜衣斗兄ちゃん」