第二話『不幸な彼女と過保護な武装メイド』4
★夜衣花★
横に強い衝撃を感じて、私は目を覚ました。
慌てて身体を起こし、黒樹刀を構えつつ周りを見ると、どこかの家の庭だった。
頭部に受けた強い衝撃で気絶して、屋根から落ちたみた……いだけど………。
手を額に当てると、べっとりと血が付いた。
………うわ………黒き大樹の反射防御が、間に合わなかったんだ………。
黒き大樹には、宿り主を守る本能があって、肉体を損傷させるようなダメージを受けそうになると、勝手に物理具現して守ってくれる。でも、その防御の早さは、宿り主の体調や魔力残量に影響されるから、速い攻撃を受けると、たまに反射防御が間に合わない事もあって………こうなる。
一応無事って事は、攻撃角度を変えることぐらいは間に合ったみたいだけど………何をされたんだろう?
私は黒き大樹の毛細根で傷を縫い付けつつ、駈け出した。
庭先から道路に出ると同時に、僅かな殺気を感じ、反射的に首を前に倒すと、コンクリートの塀に穴が開いた。
近くに式神の姿がないって事は、長距離狙撃!?……なるほど……これにやられたんだ……。
………式神ってそれ自体に意志がないから、殺気とかが僅かしか感じられないんだよね………今回は警戒していたから避けられたけど、これが他の式神に襲われてる最中だったら………避けられたかどうか…………万全な状態だったらわけないんだけど…………早く何とかして、お姉さん、エレア。
★???★
喫茶店のカウンター席に座る男は、眉をひそめた。
ノートパソコンの画面には、地図の他に、三つの映像が映し出されている。
一つは塀などに隠れ隠れで駆け抜ける夜衣花の映像。
さきほどそこには夜衣花を狙撃して屋根から映す映像が映し出され、それを見た男はほっと一息吐いたのだが、直ぐに夜衣花が復活したので深い溜め息を吐いた。その額には薄ら汗が出ている。
魔法使いにとって、退魔士を、『特に黒樹家の退魔士』を相手にするのは、それほどストレスを感じ、危険な行為だと言う事。
そして、もう二つの映像には、バイクに乗り、町を疾走している命子とエレアが映っていた。
命子の事を夜衣花の関係者だと言う可能性を考えなかったわけではないが、関係者の割には魔力が全く探知出来なかったのと、その魔力なら例え関係者であろうと脅威にはならないと考え、命子を解放した。結果としてそれが裏目に出た様だが、男はその事に気付いていない。
だから、命子の事をさほど問題にはしていないが、問題なのはエレアの方。
エレア=シールド。
ヨーロッパでその名を轟かす退魔士一族シールド家の出身でありながら、シールド家の退魔士能力『アルティメットシールド』を受け継げず、その為一族から追い出され、武装メイドになった退魔士。一族の退魔士能力を受け継げなかったが、その退魔士能力が変異したマイルームと言う能力を有し、武装メイドの基本スキルである高い近代戦闘スキルも相まって、日本武装メイド協会の中でもトップクラスに入る実力の持ち主と言われている。
事前に調べた情報を思い出しつつ、男は思案していた。
男の魔力は、ほとんど結界と式神の維持に使われている。
本来なら、駅を見張らせていた式神を使って別の場所に用意した『転移魔法』トラップまで誘き寄せ、直ぐに駆け付ける事が出来ない場所に飛ばすつもりだったが、式神が思いのほか早く見付かってしまったので、それも出来ず。また、隔離結界の中に魔法使いがいない事も簡単に(命子を解放したせいで)見破られてしまい、男にとって徐々にではあるが不利な状況に陥りつつあった。
隔離結界を利用したこの魔法は、ターゲットを安全に処理するのには向いているが、結界内にいないターゲット外からの攻撃は非常に弱い欠点がある。
男が式神を使って夜衣花を倒すのが先か、エレアが男を見付けるのが先か。
そんな命のやりとりがこんな場所で行われている事を知らない喫茶店のマスターは、さっきから仕事にも行かずずっと店にいる男に首を傾げていた。
★相島★
「武装メイド?」
バイクのヘルメットに搭載された内蔵無線機でエレアさんと会話をしながら、私は町の中を疾走していた。
視線は前とヘルメットに映るレーダーサイトに向けつつ、エレアさんに何でメイド服なのかを聞いて返って来たのが、
武装メイドと言う単語だった。
「武装メイドは、退魔士の家系に生まれながら、退魔士になれなかった女性がなる『こっち側の職業』よ」
「退魔士にも色々あるって事ですか?」
「ちょっと違うわね。退魔士は、退魔士の家系に生まれたからと言って、『正式な』退魔士になれるわけじゃないわ。そもそもの仕事の数が限られているし、あまり人数がいると『ごまかし』も難しくなる。だから、必然的にあぶれた者や、能力的に劣ってたり、欠けてたりする者は、あっさり家を追い出される。だけど、追い出された者は、男は普通の社会でも仕事を見付け易いけど、女性の場合はなかなか見付からない。それを憂いた人達が、家を追い出された女性退魔士の為に作ったのが武装メイドってわけ。……もっとも、今では女性でも就職し易い社会になりつつあるから、退魔士の家系じゃない武装メイドが大勢いるのが現状ね」
「……色々あるんですね。退魔士の社会も」
「まあね」
「……でも、なんで武装、なんです?メイドならメイドでいいと思うんですけど?」
「武装メイドはその成り立ちから、仕事の相手が退魔士である事が多いのよ。だから、時として退魔の手伝いもする事があるの。その場合、退魔士能力が退魔士より劣ってたり、そもそも能力を持ってない武装メイドは、文字通り武装してそれを補う。だから、そのせいか、いつの間にか武装メイドって言われる様になって………まあ、話によると、昔は退魔士メイドとか名乗ってたらしいけど、退魔士側に抗議されて、武装メイドって名前にしたとか言う話もあるわね」
「……それにしても、エレアさんって、随分日本語が上手ですよね?」
「武装メイドの基本スキルよ。……まあ、もう十年近く日本にいるのも大きいかもね」
「………なかなか見付かりませんね」
「………あなたね……何の為にあなた何かと喋ってると思ってるのよ!」
「え?」
何故か急に震えた声になるエレアさん。
「気を紛らわせるためでしょうが!」
いきなりの大声に、私の耳がキーンとして、思わずちょっとバランスを崩し掛けてしまう。
「心配で!心配で!心配でたまらないのよ!夜衣花お嬢様ぁあぁぁあぁ!!!」
なんだか発狂したかの様に夜衣花ちゃんの名前を連呼するエレアさんにちょっと引いた時、レーダーサイトに弱い反応が出た。