炎と少女との出会い
―――俺はどうなった、何が起きたんだ。
意識を取り戻した俺は辺りを見渡して驚愕した。
「……犬が…服着て歩いてやがる…?」
まず目に飛び込んできた、服を着て二足歩行で歩く犬…獣人の姿に脳が混乱した。
俺が知る世界に2足歩行で歩く犬など存在しない。それに、周りの建物もどこか不自然だ。
「なんなんだ…この文字…」
見たこともない文字が書かれた看板、そして現代日本ではかなり珍しい洋風の建築物が並ぶ町並み。
これは恐らく、元いた世界とは異なる世界なのだろう。
「異世界召喚……まさか本当に存在するとは…」
数多のライトノベルやアニメに登場し、もはや1つのジャンルにもなっている異世界召喚。だがそれが己の身に起こるなどと誰が想像するだろうか。
呆然と立ち尽くす俺の前に、馬車のようなものが停まった。
馬車の中からフードをかぶった青い髪をした少女が現れ、俺を見てこう言った。
「あなた、大丈夫?さっき通った時もここにいたけど、もしかして迷子なの?見ない服だし…」
少女は俺の体を見ながらそう言った。
当然だろう。俺は今学校の制服。この世界ではたった一着の、超激レアコスチュームなのだから。
「あ、あぁ…ちょっとかくかくしかじかで…」
俺が事情を説明すると、少女はあっさり俺の話を信じた。
「異世界召喚…時空転移魔法とかかしら、だとしたら相当に高度な魔法使いの仕業ね……」
時空転移魔法。魔法という単語を聞いて俺はようやく確信した。
つまりこれは、かの有名なファンタジーの世界に転生した、というわけだろう。
何が原因かもわからない。誰が召喚したかも、何のために召喚したのも、何故俺が召喚されたのかも。全てが謎に包まれている。おそらく時間経過では元の世界には帰れないのだろう。帰るためには何か、『こちらの世界』で情報を集める必要がある。では、その情報をどうやって集めるのか。それにはまず生命を維持するための拠点を確保する必要があるだろうが…
「…なぁ、俺家もないしお金も持ってないんだけどさ……仕事とかってどうすればいいんだ?」
俺がそう聞くと、少女は少し考えてやがて答えた。
「じゃあ、ギルドに行って依頼を受けてみたら?そこで資金を稼いで家を借りれば、安定して生活が出来ると思うわ。」
「ギルドか……ありがちだけど、今はそれしかないか…」
俺は働く覚悟を決め、少女に改めて頼んだ。
「…ありがとう。で最後に頼む。ギルドに案内してくれ。」
俺がそう言うと、少女は微笑んでこう言う。
「分かったわ。馬車に乗って。」
「ありがとう。本当に助かるよ」
馬車に乗り込み、少女が指差す方向に馬車が動き出す。
「そういえば、異世界から来たのに普通に会話はできるのね…」
「まぁ…文字は読めないけどな…」
「そうなの?じゃあ、近くの雑貨屋で辞書を買ってあげるわ。」
なんと心優しい少女なのだろう。俺は感激した。いつかギルドで金を稼いだら、お礼をするとしよう。
しかし、見れば見るほど俺がいた世界とはかけ離れた世界だと思う。
まだ実感のないこの召喚を現実たらしめるこの景色に圧倒される俺は、少女が買ってきた辞書を受け取る。
「異世界言語辞書だから、あなたのいた世界の言語とこの世界の言語を翻訳してくれるはずよ。開いてみて」
少女の言うとおりに辞書を開いた俺の目に、すでに懐かしく感じる日本語が飛び込んできた。この辞書の扱いに慣れるまでしばらくかかりそうだが、素晴らしく便利なアイテムを入手したんだろう。
「すげぇな…!本当にありがとう。恩に着るよ。」
「いいのよ。困ってる人を助けるなんて、当然でしょ?」
―――そうだ。こういう人がいる世界が俺は好きだった。皆が皆を助け、助けられる。そんな世界が俺は好きだった。
―――が、逆にそれを汚す悪人を俺は許せなかった。ただ、許せないだけで特に行動を起こしたわけではなかったが。
馬車はやがて大きな建物の前で止まり、少女と俺は馬車から下りた。
「この掲示板にあるクエストを選んで、あとはカウンターの職員に言えば受注できるわよ。武器は最初は無償でもらえるから、それを使うといいわ。」
「本当にありがとう。いつか必ず礼はさせてもらうから…!!」
「別に礼なんていらないわよ。じゃ、頑張ってね。」
少女はそう言うと、さっさと馬車に乗り込んだ。
「あ、ちょ、名前聞いてもいいか!?」
俺がそう言うと少女は振りかえって眩しい笑顔を俺に向ける。
「私はエルミナ。エルミナ・スピカよ。またね。」
俺はその笑顔に見惚れた。眩しく光るその笑顔は、この世界に召喚されて不安に包まれていた俺の心に染みわたり、不安の闇をかき消していく。少女――エルミナは馬車に乗って行ってしまったが、いつか必ず、今日の日の礼をすると決意する。
さて、一体どのクエストを受けようか。流石にいきなり高難度クエストはきついし…かといって難易度を抑え過ぎるとどうしても報酬金は減るし……
「よし、このクエストにしよう」
難易度は中の下、その割に報酬は高く、危険も少ないクエストを選んだ。
「こちらがレンさんのギルドカードになります。今後クエストを受ける際はこちらのカードを提示してください。」
ギルドカードには、俺の情報が書き込まれている。出身とか生年月日は困ったが…
「初受注ということで、今回は無料で武器を差し上げますが、どれにしますか?弓、剣、斧、槍から一つ選べますが…」
「剣でお願いします。」
弓の扱いなど分からないし、斧は重そうだし、槍は難しそうだし…剣ならゲームでも幾度となく使ってきたしなんとなく使える気がしたのだ。
「では、こちらをどうぞ。」
受付の女性から片手剣を受け取り、その剣を腰に装着する。思っていたよりも少し重いが、なんとか扱えるだろう。
「ちなみにそちら、一応魔法剣の一種なので、魔力を込めれば威力を増強できますよ。では、行ってらっしゃいませ!」
魔力…俺にそんなもの存在するのだろうか。今までただぼんやり生きてきただけの俺に、そんな力が備わっているのだろうか。
「まぁ…なんとかなるか」
考えるのをやめ、クエストのフィールド『古代林』に向かう馬車に乗り込んだ。