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プロローグ

生ぬるい風が吹いている

久しぶりに嗅いだ夏の匂いは

少しだけ心地よい

そういえば今日仕事をやめた

理由は特別ない


上司はびっくりしていたが

きっとそういう若者は多い気がする


家に帰ると飼い猫のズーがフローリングの床でべったり伸びて寝ていた

名前を呼ぶと少しだけびっくりした様子で

首をこっちに向けてまだ眠そうな声でニャーと鳴いた

今日は帰ってくるのがはやいじゃないか

そう言っているように感じたので

彼女の頭の縞模様をなぞってから

伝えた

ズー、今日仕事やめたんだ

その日は酒を頭が痛くなるほど飲んだ


気づくと僕は誰かの後ろ姿を追っていた

待って

そう叫んだところで僕は飛び起きた

頭は汗でびしょ濡れでとても気持ちが悪い

そういえばいつも僕より早く起きている

ズーがいない

ズー!

にゃにゃ!

名前を呼ぶと僕の足元のほうで

2回鳴き声が聞こえた

おまえもお寝坊さんか

たしか昨日はひどく疲れていたな


いつもは1つしかあげないマグロの

ゼリーを3つズーにあげたところから

あまり覚えていない

部屋はとても散らかっていていかに日頃のそうじを怠っていたかがよくわかる

さてそうじするか

転がっているビール缶とインスタントラーメンの袋をかたづけてから掃除機をかける

ズーはすぐさまカーテンの影に隠れた

ちょっといじわるな気持ちで

カーテンの下も掃除機をかけようとしたが

たまにしか掛けない掃除機の音がよっぽど怖かったのか

ズーは身体を大きくして

シャーと掃除機に威嚇した

あー、ごめんよ

部屋はきれいなほうがいい

わかってはいるのだけど

やっぱり掃除は苦手だ

怠けと言われてば

それまでだけど

僕の頭には魔物がすんでいるんだ

あぁそんなこと言ったらまた父さんに怒られるな

小さいころから僕は片付けが苦手で忘れものが多く

その度に父さんによく怒られていた

小学生のときに友達が大切にしていた

絵本をなくしてしまったことがある

そのときは家中を探したが見つからなかった

多分どこかに落としてしまったんだろう

父さんと一緒に友達の家に謝りにいったがよっぽど大切にしていたのかひどくショックを受けていた

帰り道に立ち寄ったラーメン屋さん

で父は僕に尋ねた

なんでそんなに怠け者なんだ?

父の瞳に写っている

自分はとても惨めだった

混乱している中で

僕はこう言った

頭の中に魔物が住んでいるんだ

その後のことは思いだしたくない

ただ父のことはそれからあまり好きではなくなった

掃除を終えて

冷蔵庫に冷やしておいた

麦茶を飲んだ

いつもだったら

今頃職場で

上司にがみがみいわれながら

働いている時間だ



ズーちょっと外へ散歩してくるな

最近仕事が忙しかったせいか

あまり身体を動かしていない

外はぽつぽつと小雨が降っていて

夏らしくない涼しさだった

昨日はあんなに暑かったのに

変な気候だ

少し歩くと悲しいくらいにすぐに疲れた

こんなに体力が落ちたのか

まぁいいや

少し休もう

近くのこじゃれたカフェに僕は入った

店内は平日のせいかほどよくすいている

アイスコーヒーひとつお願いします。

汗をタオルでふいてからコーヒーにシュガースティックを3本入れた

苦いのはあまり好きではない

それにしてもおしゃれなカップだな

取っ手の湾曲しているところが

いかにもって感じだ

僕はカップをもち眺めていたとき

ガッシャーンと大きな音がした

わっ、その瞬間僕はカップのとってから

手を離し手しまった

パリーン

やってしまった

横をみるとパフェの器を倒してしまって

お姉さんが焦っていた

一瞬店員さんが倒したのかと思ったがどうやら違うらしい

すみません。

お怪我はありませんか?

30代くらいの男の店員さんが

優しそうな感じで

声をかけていた

割れた器を手早く片付けると

すぐに僕の方へ来て

大丈夫でしたか?

と一言聞いて

割れたカップを片付けてくれた

さすがこういう店は

対応が素晴らしいな

感心していると

さっきのお姉さんが僕に近づいてきた

すみません、びっくりさせてしまって

いや、大丈夫です。

勝手にカップ落としただけですから

そうですか、ほんとにすみません

お姉さんはしばらくすると恥ずかしそうな顔で

店を出ていった

黄色いスカートにパフェがついていたが

これ以上言うのはやめておこう

カフェを出ると日が少し落ちていた

夕暮れ時だ

オレンジ色

多分他の誰かがみたらきれいだというのだろう

でも僕にはとてもきれいにはみえなかった

黒でもなく青でもない

滞ったエネルギー

が爆発したように空は僕を見ている

ずーと見ていると頭がおかしくなりそうだ

僕は駆け足で家に帰った

途中少しだけのどが乾いたけど

それを我慢した

東京の夏は夕方になってもとても暑く苦しい

家に着くと

息が切れて僕はすぐにベットに

横たわった

昼間飲んだ麦茶のペットボトルがちょうど枕元に置いてある

僕はそれを一気に飲んで

粘土のように固まった


セミの声が聴こえる

偉く元気に鳴くものだ


1週間で死ぬくせに



夏の匂いはひどく僕を苛立たせた




その日は小雨がぽつぽつと降っていて

連日の真夏日に反して

肌寒いくらいだった

頭の周りをぎゅっと締め付けられる感じが

して僕は半分眼を開けた

薄暗い部屋の中は

飲みかけのペットボトルやコンビニで買ってきた弁当のゴミで溢れかえっている

もう近頃全然ゴミをだしに行っていない

ニャー

エサがほしいのか

猫用のドライフードを

器にひと掴み

入れた

ニャー

多分欲しいのは缶詰だ

僕は缶詰を戸棚から出して

器に半分だけ入れた

ズーは喜んだ様子で

エサにがっついている

彼女にとって一番の楽しみは

缶詰なんだろう

ズーは父さんが5年前に拾ってきた捨て猫だ

最初はびっくりしたが

新しい家族に僕はうれしくてたまらなった

当初体調があまりよくなかったズーは

鼻水をよくたらしていた

はな垂れ娘のズー

それから学校が終わると一目散に家に帰ったのを覚えている

上京したときもほんとは実家で父さんと暮らすはずだったズーを半ば強引に東京に連れてきた

ほんとに缶詰好きなんだな

皿にこびりついている分まで

しばらくなめ続けた

カーテンをあけると

空は黒に近い灰色をしている

久しぶりの雨の音が新鮮だったのか

ズーが窓縁に登ってきた

外に出るか

僕はキャリーケースにバスタオルをかけて

玄関を後にした

まだ薄暗い時間と雨のせいか

人通りはかなり少ない

キャリーバックの中では

ズーがなにごとかと眼を丸くしていた

無理もない雨の日に猫を連れて

外に出る人は恐らくいないだろう

どこにいきたい訳でもなかったが

なんとなくズーを連れていきたかった

動物病院に行くわけじゃないから大丈夫だよ

僕らはひたすらビルの間を歩いた

1時間くらいたったときだろうか

初老の夫婦に声をかけられた

君大丈夫?

動物病院に向かっているんです。


不審者に思われるのは嫌だから

もう帰ろう

家に着いたら

お礼に缶詰あげるからな

明け方には晴れる予報だったのに

雨は少しずつ強くなってきている

やっぱり天気予報も外れるんだな


交差点で信号まちをしていると

向かい側で汗だくのサラリーマンが時計を気にしていた

スーツはよれていて

だらしのなさがよくわかる

それを見て僕は少し笑ってしまった

信号が青になると同時に

その人はマラソンランナーのように走りだした

めっちゃ走るななんて思っていたら

一瞬避けるのが遅くなってしまい

ズーの入ったキャリーケースにぶつかった

扉が開きそうになったのであわてて僕は

手を押さえた

なにするんですか

僕が不機嫌な声で怒鳴ると

忙いで僕の元に戻ってきて

すみません

と深々と頭を下げた

いや、大丈夫です

お仕事がんばってください

それを聞くとまたサラリーマンは

時計をみてから走っていった

家まであと数百メートルのところの橋で僕は足を止めた

川の流れがとても強くなっていたからだ

少し雨が降っただけでもかなり増水するのに

強い台風でも来たら決壊しそうだな

しばらく眺めていると

空からバサバサと音がして

橋の手すりに止まった

頭が緑色でとても美しい鴨だった

ズーが反応して短くニャニャと鳴いている

僕はビニール袋に入れておいた

キャットフードを手のひらにおいた

食べるか?

鴨は匂いを嗅いでから勢いよくエサをついばんだ

よく見ると嘴が少し曲がっている

少したつと腹がふくれたのかバサバサと羽を開いてからまた飛び立とうとしている


おまえはどこに飛んでいくんだ?

小さな足を名一杯ちじませいまかいまかとその時を待っている

いけ!

そう叫ぶと同時に

左腕につよい痛みを感じた

後ろをむくと

お姉さんが

びっくりした様子でこちらを見ている

気がつくと僕は橋の手すりに足をかけていた

そうなんだ、君は死にたかったのね

僕の左腕の傷を見ながらそう言った

なにか言わなきゃと思ったが

言葉が喉からでてこない

ごめんなさいね

私も反射的に腕を掴んでしまって

君とても優しい顔をしているから

きっとなにか役に立つとおもう

でもあなたが望むならこの手を離すわ

私にはこの世界が少し複雑すぎて

なにをしたらいいのかわからない

君はどうしたい?

そのときお姉さんがなにを言っているのか

よく聴こえなかった

ただ左腕を掴んでいた手が

小刻みに震えていたのは覚えている







あの時僕がなんで自殺しようとしていたかはわからない

ただ頭より心が先に死にたがっていた

でも僕は死ななかった

そうさせたのは多分あの黄色いスカートのお姉さんがいたからではきっとない

深く考えるのはもうやめよう

いまはとても疲れている

それから僕はまる2日眠り続けた

朝起きると

スマホに着信履歴とCメールが一件ずつ入っていた

知らない番号だ

メールを開くとこう書いてあった

あのときは驚かせてごめんね

心配だったので連絡しました

その後体調どうですか?

そういえばあのあとお姉さんに

電話番号を教えたっけ

驚かせたのは僕のほうだ

お礼を言わなくちゃ

電話をかけると

三回ほど呼び出し音がしてから

すぐにお姉さんの声がした

もしもし

先日はありがとうございました

橋の上で助けてもらった者です

僕が電話をかけたと知ると

お姉さんは優しい声で

話しはじめた

あのあとは大丈夫でしたか?

はい、自分でもよくわからなくて

とりあえず今は大丈夫だと思います

そう、それならいいんだけど

そうだ少しお話したいから

今日の午後空いてる?

待ち合わせ場所は最初にお姉さんと出会った近くのカフェだった

アイスコーヒー2つとイチゴパフェひとつお願いします。

お姉さんは相変わらず黄色いスカートをはいている

あのときはありがとうございました。

僕がそういうとお姉さんはにっこり笑った

そういえば君は名前は何て言うの?

たつひろです。

年は?

20歳です

そうなんだ、やっぱり年下か

私の名前はさら

年はたつひこくんより5歳上かな

よろしくね

そういえばたつひろくん

前にどこかで見かけたことあるような気が

するんだけど

多分ここで僕がコーヒーカップ落とした時だと思います。

さらさんは少し考えたあと思い出したようだった

あー、あのときはごめんね

私おっちょこちょいで

大丈夫です、僕もそういうことよくあるんで

さらさんはすこし安心した表情だった

イチゴパフェほっぺについてますよ

あ、ほんとだ

いや、反対側です

さらさんは相当おっちょいみたいだ

たつひろくんは一人暮らしなの?

ご家族は?

さらさんの質問攻めにすこし困惑したが

僕はひとつずつ答えていった

兄弟はいません

母は物心つく前に亡くなって

父と二人です。

あと猫のズーと

そうなんだ、

私も母とふたりきりで

たつひろくん猫飼っているんだ

さらさんの眼の色がかわるのが

よくわかった

写真見せてよ

少し前のですけど

僕がズーの写真を見せると

さらさんは目を丸くしていた

そんな変な顔してます?

いや、すごくかわいい

ただ私が前飼ってた猫に

顔が似ているなと思って

さらさんはまたにっこりと笑った

ここのカフェのイチゴパフェすごくおいしいくて毎日食べたいくらい

店員さんの雰囲気もいいし

さらさんはお仕事なにされているんですか?

僕が質問をするとさらさんすこし考えてしまった

うーん、いまはなにもしてないかな

そうなんですか

僕も先月仕事やめました

いいじゃん、やりたい仕事見つければいいよ

さらさんは右手をグーにした

そういえばなんであのとき

ぼくの左腕をすぐ掴めたんですか

さらさんがあの時のことについて気を使っているのがわかったので僕から話すことにした

鴨に夢中になって橋から落ちそうになってたからかな

意外な答えに僕がきょとんとしていると

さらさんは続けた

冗談冗談

わかるんだよね

その人の表情で

表情?

そう、死を決めた人の表情って不謹慎だけどどこか美しいっていうかなんとも言えない顔をしているの

じゃあ僕もそういう表情をしていたんですか?

さぁどうだろうね

さらさんはまたイチゴパフェを食べ始めた

でもたつひろくんは優しい顔をしているよ

人に優しくできればなんでもできるから

大丈夫

ありがとうございます。

でも昔から僕は人に迷惑をかけてばかりで

役立たずな人間なんです。

少し弱音をはくと

さらさんの声のトーンが変わった

迷惑かなんてその人じゃないとわからない

自分で役立つたずな人間と決めつけてはだめだと思う

私はあなたの役にたったの?


あーもうこんな時間

今日はありがとう

別れ際にさらさんはの僕に一枚の紙を渡し

どうしても自分が役に立たないと思うなら

また電話して

紙にはシャーペンでこう書いてあった

ボランティアやってます。

活動場所

富士樹海など全国各地

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