じゃんけん
「じゃんけんしよう」
小雨が言い出した。
サメ同士のじゃんけんは、まずグーチョキパーの見分けが常人にはつきにくい。
サメ子さんの勝利です。
テレレッテテ!
「やっぱり俺が行こうか?」
「…いや、行ってくる」
そういってサメ子は金の指輪を取り出した。
夢を見ているような気がする。
いや、これは夢ではないだろうか。
曖昧で、ぼんやりで、そして安らぎのある、ずいぶんと遠いところまできてしまった。
まさか、こうなるとは…
「お待たせしました」
サメ子さま?
「意識の確認です、意識はありますか?」
意識。
「今回は人が魔人になることに関係があります」
何かしら術が使えるのならば、死という衝撃を感じると、本能が急速に体を作り変える。
「それと感情ですね、本来あなたのような炎の属性だと、対応する感情は怒りなのですが、今のあなたは怒りではなく、後悔のようです」
ここは館の廊下、座り込んでいる騎士にサメ子が話しかけている。
「感情と属性が結びつかない場合は、なりきれずに死ぬか、なったとしても人よりも儚い状態になることがほとんどです」
「私がここに来たことで、後悔をしていると?」
「今まで生きるか、死ぬかの状態から、衣食住が足りてくると、進行はゆっくりとはなりますが、その分精神的に蝕まれてきます」
「自分でもここまで未練があるとは思わなかった…」
「ですから、あなたを負かしに来ました」
「それは…ご冗談を、あなたにできるとは思いません」
「出来ないならばできないと言いますよ」
「術の力では長けている、それはこのような立派な庭を作り上げるぐらいだ、でもそれだけです、私の剣は止めれない」
「ではその剣がなければいいのね?」
ドクン!
心臓の鼓動が高く聞こえた後に、自分の握る剣がぐにゃ!ぐにゃ!とゴムのように伸びたり縮んだりして。
ガタン
そのまま刀身は、ボロリと落ちたのであった。
「剣、無くなっちゃったね」
子供のような喋りである。
「サメ子さま、いかにサメ子様といえども、やっていいことと悪いことがあります、命の恩人ですから、命は奪いませんが…」
ボッ!
失った刀身の代わりに炎が吹き上げた。
だがその時にはサメ子は、いや女か、騎士の懐に潜り込み、腹に一発おみまいした。
不意でもあったのでのけぞる。
なお、女の顔形はプライパシー保護のためにサメ顔モザイク処理でお届けします。
「ある程度戦えなければ、術の力は身に付かないものでしょ?」
騎士は相手の命を奪う突き刺すための刃物を抜いて、女の太ももを狙うが、それも手首をぐいっと押され、次の間には拳で頬をぶんなぐってきた。
「サメ子様はお強いのですね」
打撃が怖いならば捕まえればいいと、タックルで捕まえようとするが。
ヒラリ、体重移動で半身ずらされ逃げられた上に、がら空きの背中に勢いよく膝を入れてきた。
あれは人ならば、呼吸が止まる一撃である。
「あ…あ…」
体が上手く動かなくなる。
騎士はその真面目な性格故に、魔人にはなりにくい方であった。
しかし、何故になりかけたか。
簡単だ。
あの時、ここに勇者や剣聖が現れていたのならば、どうなっていただろうか?
いいや、勇者でなくてもいい、ただあそこで力があれば…故郷が燃えることはなかっただろう。
ピシッ
女は左の薬指に金色の指輪をしている。
指輪の石は針水晶で、石は振動していき、細かく複雑な陣を、夜ともあって影絵のように見える。
「そんなに辛いのならば楽にしてあげるよ」
「…それはダメです」
きっとこの方は記憶を奪うことだろうから…
騎士の魔人化が止まりだした。
魔人になるということは、本能なので、とても気持ちがいいとされる。
そしてそれにあがなうということは激痛が走り、人間に使える一番強い痛み止をその時に使うが、それでダメなら薬がないほどであった。
サメ子はそれを知っていたので、騎士の精神力は驚愕に値した。
「私は故郷で生まれ、ずっとそこにいると思っていた…あの…私にトドメは刺さないのです?」
もう女の姿はなく、サメ子であった。
「えっ、ないよ」
「私はどうなりますか?」
「魔人になることはもうないし」
意味もなくサメ子は殴っていたわけではない、あの一発一発が入るたびに、騎士の中から、魔人化するための力が抜けていったのだ。
「その状態で力入れれる?」
「あれ?入らない」
「はい、それじゃもう寝る!」
「えっ、しかし」
「もう消灯時間は過ぎている、朝御飯の時刻はいつもと同じ、返事は」
「はい」
「声が小さい!」
「わかりました!」
「それではそのままベットにGO!」
騎士は命令されたまま自分の部屋に行き、そのまま眠るために着替えをした。
思考を放棄したために、ベットの中に入ると夢も見ることなく、朝を迎えた。
「おはようございます」
廊下から朝の挨拶を交わす声が聞こえてきた。
「朝か…」
まだぼんやりとして、いつものように寝台のそばに置いた剣を手繰り寄せると、剣の刀身がない。
昨夜のことを思いだし、サ~と血の気が引いてきた。
登場人物紹介
・サメ子
習った術の流派が、習得の過程で格闘術もおさめなければならなかったために、体術は頑張れるが、次の日は筋肉痛になる。
プロテインが旨い。
金の指輪、贈られたものだが、サメになった際に返そうとしたが拒否られ、投げ捨てようとしたら物理の法則を無視して戻ってくる。
・騎士
サメ子から三発くらって、ふらふらになって決着した。
その事から考えると、レベル換算すると31、2だと思われる。
故郷での記憶を失うことを拒絶したが、八千代の庭に来てからの記憶を忘れることも拒絶した。
彼にとってはどちらも大切なことのようだ。
小雨
・もしもサメじゃんけんで彼がかっていたら、騎士は話をすることなく、消滅させられていただろう。