無縁
朝からむわっとした暑さの夏である。
そんな中、屋敷をたくさんの荷物と共に男がやって来た。
「鳩川と申します、本日はよろしくお願いします」
スーツに、名刺を出す。
ジャパニーズサラリーマンというやつである。
「楽しみにしていましたのよ」
出迎えた中に姫巫女がおられるが、かぶっている帽子にちょんと、サメの人形がついている。
カラーリングとしてはサメ子であった。
準備は姫巫女たちの応接室で始まった。
姫巫女が注文した布類の見本を鳩川が洗濯物に使う干し台に、洗濯バサミで止めていく。
単色の赤はこちら、青はここ、柄物はアルバムのように見開きができるようにしていた。
「まあまあ、この中から選べるのね」
「喜んでいただけて嬉しいです」
「鳩川さん、こちらでお茶でも」
「それではお決まりでしたら、お呼びください」
ここで鳩川が部屋を出たので、騎士も廊下に出た。
男性がいると選びにくいだろうという配慮だ。
?
壺が置いてあった、鳩川が屋敷にやってきてから、この部屋に入るまではなかったはずだ。
ずいぶんと大きい壺で、どれぐらい大きいかと言うと。
向こうから頭にタオルを巻いて、シャツには『熟練されたサメ』と書かれているサメ子が、スポン!と壺の口から入れるほどで。
ピチピチ
今は壺の口から、尾びれだけが見えている。
さすがに、目の前で起きたことにポカーンとしてしまった。
「大丈夫ですか?サメ子さま」
「ん、ちょっと待って、ちゃっちゃとやるから」
壺の中からのため、声がくぐもったもので。
びちびち
尾びれが勢いよく動いて、徐々に壺から出てくるので。
「よろしければ、壺を傾けましょうか?」
「お願いします」
騎士が壺を傾かせる。
その時壺の底に何か書いてあるのがわかるのだが、騎士からは見えない。
ヌッ
壺から出てきたサメ子は白く、いや灰色に汚れていた。
「確認してから入れば良かったよ」
中に蜘蛛の巣が入っていたらしい、網になっている大きい部分をべり!ととって、残った糸のようなものをペリペリ剥いでいっている。
「この壺の中で何をなさっていたんですか?」
「暑くなる前にやっておきたくてね~」
シュ~
壺の口から冷気が吹き出してきた。
「上の階にも同じ壺があるから、これで夏は安心!」
そのために壺を用意し、蜘蛛の巣まみれになっていたようだ。
(神聖で、祈りを捧げたくなるというのはこういうことをいうのだろう)
「やっぱり冷気って、下にたまるから、ここのは台に置いた方がいいかな」
「その方がよいでしょうか」
「わかった、台は探しておく、なんかあったらいってくれると、がんばってやっておく」
そういって熟練されたサメは使ってない家具類を見に行くことにした。
上にも壺がある。
そう聞いたので、一度この目で見に行こうかと思った。
騎士は屋敷を歩き回ることはある程度出来た、さすがに鍵束までは渡されてはいないが、信頼されているのだろう。
階段を登って壺を探すと、すぐにあった。
そして壺から尾びれが出ている。
「小雨さま?」
尾びれの形は小雨のものである。
「今日はもう帰るわ」
そういって尾びれがしゅぽん!と壺の中に引っ込んでいき。
ガタンガタン
壺が揺れたので、あわてておさえた。
この時壺の中を覗こうと思えば覗けたのだが。
子供の頃大きな壺を覗くと、悪霊と目があったという話を、おじいさんから聞いたことを思い出したので、見ないまま壺を戻した。
帰るということは、サメ子さまにだけは伝えておこうか。
階段をおりていくと、階段を登ってくる鳩川と目があった。
「大きな音がしたものですから」
そう笑顔で答えた。
「本当は知り合いの声が聞こえたようなから、その確認でしょうか」
階段の踊り場でのことだった。
登場人物紹介
・サメ子
屋敷を作る前は興味がなかったが、建築や保守に目覚める。
・姫巫女
本当は帽子にサメのぬいぐるみではなく、サメの顔をした帽子をかぶって出迎えたかった。
「小さいサイズしかないのね」
とがっかりした。
・騎士
「ルゥーも一緒にかぶれたら、よかったんだけども」
と言われてほっとした。
・鳩川
屋敷を訪れた次の日、部下の泉にサメのぬいぐるみを帽子につけた姫巫女の話を興奮して話した。
・小雨
シャツは「こだわりのサメ」と書いてあったが、今回は尾びれだけの登場でした。
「ざっくりとした関係をもうしますと、私はサメ子さんが前に携わっていたお仕事をわずかばかりですが、引き継いでいるので、こちらのみなさんとは顔見知りでして」
こういうとき、聞き手に回ることが大事であると、騎士は沈黙を守る。
「それで今はどうなっているかというと、私とみなさんが仲良くしてほしいという人たちと、仲良くしてほしくないという人たちの二つに別れているんですよ、それで嫌な感じになっています」
「さすがにそれは私には重すぎます」
重要な話すぎた。
「だよねー」
鳩川としては出来るだけ仲良くしたいなと思っているそうだ。
「だけども社会的にサメとなって、現在ポストの争いに無縁であるならいざ知らず、遊び回るためにサメになっているとしたら、どうしようかなって」
ここでなんで小雨と名乗ったか、先程出迎えたときの自己紹介において「こっちが小雨」と言われたとき、声を出さずにヒレだけあげた理由がわかったような気がする。
「お説教でもするんですか?」
「いや、しないよ、ほら、いい大人なんだから、そんなことしなくてもわかるでしょ」
これは曲者である。
敵に回ったら、厄介この上ない。