1日だけ無味乾燥な世界にいましたよ
本日、ハザマの世界「白波」は宴もメインイベントを残すのみとなった。
参加者は己の腕をかけて捕り物の腕を競うために集まっているのだが。
そこにドーンドーンドーンと雷のような轟音、しかし光は走らないので。
「ハンゾウ」
格好いいサメの小雨は、深山ハンゾウの名前を呼ぶと、そのままダダッと助走をつけるための距離をとった。
「いいでござるよ」
小雨はクラウチングスタートのようなスタートを切り、ハンゾウに向かっていく、ピョーンと飛び込んだ小雨は、バレーボールのトスのように、ハンゾウに押し出され、そのままぐんぐんと上空へ向かった。
「じゃあ、話つけてくるので、フルゥー後は赤帽子がよろしく!」
そういってハンゾウも姿を消した。
眉間を険しくした赤帽子、おろおろしたフルゥー。
何も知らない人間に、不親切にするほど落ちたつもりはないので、騎士フルゥーに、忍の赤帽子は説明をする。
「あの音は、この地を目指して異界から無理やり叩き壊そうとしているものだ、ああいうのは食違といって、その対処は早急に行う必要がある」
「なるほど」
「小雨様はそういった物への対処を仕事にしておられますが、ここは治める主がいるので、ハンゾウはその許可をとりにいったんだろ」
「白波の方々も、戦力としてはかなりのものだと思いますがね」
イベント警護のためにあちこちに立つスタッフは、見ただけで強者、そして見えにくい場所、例えば水中でたまに光る輝きも警備がいるのだろ、鱗が反射したものだ。
「ただ戦えるだけでは、食違は対処できないぞ、あれは異物だから毒が吹き込んでくるし、まぁ小雨さまは大丈夫だが」
小雨は世界から愛されているので、毒物などは無効である。
「ああ、それなら…」
『あ~あ聞こえる』
「小雨様?どこから」
「フルゥー、お前が待っているケースからだ」
魔剣ジョビスナが眠るケースには模様が刻まれているの、○に上下左右雰囲気が違うデザインが配置され、小雨の声は上の紋から聞こえる。
『食違が現れたら、俺はそのまま突撃するから、その後の発見と回収はよろしく頼むぜ』
ブンとそこで切れた。
「今、この地は食違が入り込みそうになっているせいで、理が書き換えられて、小雨さまぐらいだぞ、この通信が使えるのは」
現在白波警備は通信がきかないため、アナログな配置で対応始めました。
「発見は俺がやれるが、回収はどうする?人では近づけないぞ」
「それは…私なら大丈夫かと、こう見えて魔人覚醒を一度してますし、炎なので毒物はきかないと言われてます」
「サメ子さまと同じか」
「えっ?」
「なんだ、知らないのか、サメ子さまは炎ではないが、一度覚醒を起こされて、まあ、自分でなんとかしたから、中途半端なものになっているのだが」
「それは知りませんでした」
「刑罰としてだから、知らないのも仕方あるまい」
「刑罰?」
「罰金より上だな」
外から術をかけて、強制的に発動させるヒキガネの刑である。
「話は戻すが、本当に大丈夫なんだな?
その魔剣のケースは小雨様、サメ子様、メグル様、タイショウ様の加護はかかってはいるが、それでも焼け石に水になる。ダメだと感じたら、戻れ、他の手を考える」
「わかりました」
ドーンの音から、およそ三体こちらに来ようとしている、もうサメニンジャニンジャキシチームは捕り物大会どころではない。
パーン
そこにガラスが破裂するような音と共に、化け物が顔をだした、こちらの世界はどんなもんだと見渡したところに。
ドス!
小雨が刺さった。
一撃絶命したらしく体を支えきれなくなり、重力に負けずり落ちてきた。
「行くぞ」
「はい」
赤帽子が途中までフルゥーを先導する。
「二人とも白波とは話つけてきたでござる、フルゥー!これを使うでござるよ」
ハンゾウは小雨引き抜き用のワイヤーを渡し、毒のせいで大気が変化している地点に向かうと、忍二人は離脱して、遠方から目視でサポートし、フルゥーのケースにハンゾウから音声が送られてくる手はずである。
『拙者、サメ子殿の従者なんで、サメ子印があれば通信ができるでござるよ』
なお忍二人同士はハンドサインです。
人は呼吸困難になり、必要な装備がなければ生きることが難しい場所、とされるがフルゥーにはそれを感じることができなかった。
そのままピチピチ動いている小雨の尾ビレを見つけたので、尾ビレにワイヤーを絡ませ、肉にズブッと埋まっている小雨を抜こうとした。
キュー~
うまいこと引っ掛かっているらしく、力を結構入れているのに抜かない。
ポン!
毒泥と化した食違に突き刺さったので、小雨は汚れてしまっている。
「格好いいのが台無しだな」
そういうと、風が吹いた。その風がサメの体をきれいにしていき、爽やかさまで感じられる。
「皆様、ご無事ですか」
白波の処理チームがゴツゴツしたフル装備で体を覆って現れた。
「じゃあ、俺らは後2体ぶっとばすから、ここヨロー」
ここでフルゥーは、自分が人ではもうないのかと改めて感じた。
滅儀鈴砂は術剣士達が警備を固める区域にやってきていた。
スッ
鈴砂の姿を見ると、術剣士は一礼をした。この術剣士からすると、鈴砂は名家の嫡男というより、自分を教えてくれた先生でもあるからだ。
「サメ子ちゃんはこの中に?」
「ええ、女将はこちらに」
鈴砂の嫁候補であるのも知っているし、世話も焼かれている者からすると、サメ子は女将である。
コンコン
ノックすると。
「はい、どちらさま」
聞き慣れた声が返ってくる。
「俺だ」
「鈴砂さん」
「ちょっと二人で話させてくれるか?」
「どうぞ」
「中に入るぞ」
「…ええ」
中から鍵をあける音がした。
「久しぶりだな、まだ外には出来ないようだから、必要ようなもの買ってきたんだが…」
「あっ、プリン」
「プリンもあるぞ、一緒に食べようか」
部屋は滞在型のホテルといったところか。
「それでなんです?」
「俺の気持ちは今でも変わってないし、俺としてはずっと一緒にいたいと思っている」
「はいはい、で?」
プロポーズとも取れる言葉を流された。
「…お前を襲撃した紅粉屋はうちの家もそうだし、若木流でも怨敵となった」
「そうですか(プリン美味しい)」
「…お前、その姿になってから、精神が引きずられていないか」
「そんなつもりはないんですけどもね、一度サメになってわかりますよ、ジャージみたいに気軽なんですよ、サメって」
楽なんだそうだ。
「俺はお前を助けるために家宝を破損させて忘却かけられたが、お前もなんかかけられているんじゃないか」
ピタ
プリンを食べる手が止まる。
「あるんだな、あるんだな!やっぱり」
「1日だけですね、食らいはしましたが、自分で解きましたし」
「それはなんだ?」
「なんでしょうね」
「そうやって誤魔化すのはやめてくれよ…」
「あなたがそんな顔をするから、言えないんですよ」
「じゃあ、メグルに聞く」
「くっそ、その手使われると、余計なことまで言われてしまう!わかりましたよ、私は再封印と名家の御曹司をたぶかしたということで、感情が風化したんですよ」
「大丈夫か!」
「バックアップとってましたし、表向きは食らわなければならないから、1日だけ無味乾燥な世界にいましたよ」
これは風の魔人が覚醒の際に起きる活気や魅力の欠如を利用した刑罰である。
「お前はもっと幸せに生きるべきだ」
「私は幸せですよ」
コンコン
「オヤジ殿、もうそろそろ時間です」
「また来る、今度までに色々と、その姿でも楽しめることがあるだろうから、少しでも味わってほしい」
と鈴砂はいうが、サメ子は笑みを浮かべるだけだった。
ストレッチをきちんとしてから走り出す。木壺は花儀園にくようになってから、園内を走り込むようにしている。
ガサガサ
風もないのに茂みが揺れる。
(来たか)
茂みから唐獅子が飛び出した。
もう慣れたもので、木壺はさっと避けた。
避けきれない場合、あのまま飛び付かれて、怪我をする可能性があった。
そのまま走り出すと追ってくるのだが。
ん?
追ってこない。
振り替えると唐獅子は別の方向に、そしてその先には年配の男性が。
「お前、ちょっと待て!」
止めに行くが。
「どっせい!」
男性は唐獅子を投げた。
投げられた唐獅子はくるんと空中で向きを変えて、何事もなかったように着地する。
「セイ、お前な、俺は今村と違ってもうジジイなの!わかるか?」
どうも知り合いのようである。
唐獅子の本名青苔も知っていた。
「ええっと」
「あっ、兄ちゃんは」
「こちらにお世話になってます」
「今村がいってたな、そういえば」
「今村さんに用事なら、呼びましょうか?」
「大丈夫だ、約束の時間より早く来て、セイが寺の方にいないかって思ったんだがな」
花儀園の裏手には寺がある。
「うちのもんも世話になってるからな、その報告に来てな」
「セイは朝は寺にいますからね」
「そうそう、朝起きたら、毎日墓に手じゃなくて鼻合わせてんだろ」
「最初何をしているのかと思いました」
唐獅子は人と生きることにしたが、人は自分よりも早く死が訪れる。
しかし唐獅子は毎日共に生きた者のの墓に、鼻を押し付けて挨拶をしていた。




