ゲソボール
キュキュン!!
なんの音だろうか?
聞き慣れぬ音に、姫巫女は窓の外を眺めるのだが、窓からは暦のために植えられた花達しか見えなかった。
今は暑さに弱い花たちが終わりを迎える、初夏である。
コンコン
「はい!」
ノックに返事をする。
「失礼いたします、焼き菓子をいただきましたが、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
赤というか、朱の菓子鉢を抱えてきた男は、生まれ育った城が戦に巻き込まれて以来、ずっと付き添っている騎士である。
「ルゥー、今の音、聞こえた?」
「ああ、あれはイルカ達がサメの皆様を呼んでおられる声です」
「サメ子さん達を?」
「ええ、そうです、前に知り合いになったそうで、今来ている方々は沿岸で、漁師の網に魚を追い込んでいるといってました」
「ちょっとそれは、見てみたいものね」
「小雨様もお出でになられていたのも、イルカとの約束があったそうなので」
「まあ、一緒に泳ぎに行くのかしら?素敵ね」
「泳ぐというより、遊ぶが正しいのではないかと、イルカ達に流行している遊びがありまして…」
凍らせたイカイッパイ分のゲソを、海の中に投げてもらって、それを溶けるまで奪い合うというもの。
「それをサメの方々はゲソボールと呼ばれていました」
登場人物
・姫巫女
生まれ育ったところでは危険だということで、あまり自由に歩き回れなかったが、今は毎日屋敷の周囲を散歩するのが楽しみの一つ。
・騎士
ルゥーと呼ばれていたが、これは愛称であり、今は姫巫女しか呼ぶものはいない。
姫巫女にはお気に入りの場所がある。
散歩が終ると、日が沈み、屋敷に明かりが点るまで、一階ののこの場所から、ずっと窓の外を見ているのだ。
元々椅子もテーブルもなかったのだが、他の部屋からテーブルと椅子が準備され、今では花が一輪飾られていたりする。
サメがタオルをかぶってこちらにやって来るのが見えたので。
「これはサメ子様」
一礼をする。
「イルカの皆様とは楽しい時間を過ごせましたか?」
「私はゲソを凍らせる係なんだよ、それを海の中に投げるんだけど、小雨が思いっきり勢いよく水の中に飛び込んで、濡れちゃった」
サメ子はシャワーで洗っていたようだ、シャンプーのいい匂いがしている。
「ここに座っても?」
「どうぞ」
そういってサメ子は向かいの席に勢いをつけて飛び乗ると。
ガリ!
音がした。
そ~とサメ子かヒレでその位置を探ると。
ポロリ
指輪が出てきた。
しかし、サメ子は何事もなかったかのようにそれをしまい。
「ゲソボールはですね、奥が深いんですよ」
話を始めた。