蜘蛛の巣は三角
「読んでくださいまして、ありがとうございます」
サメ子は挨拶を述べる。
「‥」
「えっ?それで終わり?」
小雨はビックリしている。
始まるよ~
『サメ侵入禁止』
ダメ絶対、何て看板がある書庫はここぐらいであろう。
しかしそのデザインを見ると‥どこかで見かけたようなサメで‥ある。
(小雨‥マクラレンさんはまだ怒ってるよ)そんな感想を浮かべながら、佐藤季芽は書庫に足を踏み入れる。
「お久しぶりです、佐藤さま」
受付の男性が季芽に挨拶をする。
「主人もさぞかし喜ぶことでしょう」
書庫は英国式の作りではある、そんな中に一人だけ、この受付の男性、『D』本名は知らない、彼だけが少しだけ違うのだ。
最初そこに気がつき、彼の身に付けるイタリアのスーツの特長である部分を見てしまった。
「私の初めてのスーツがこの形でしたから、愛着があるのです」
だからずっとこのスタイルなのだそうだ。
「最近顔を見せないと思ったがな」
老紳士は多少不機嫌なようだった。
「まったく滅儀の小僧と来たら」
「色々とやってはくださってますよ」
「手緩い」
「手緩い‥ですか」
「ああ、お前たちは時間に限りがあるのだろう?それはわかりきっているだろうに」
こういう言い回しになるのは、この文庫内は時間の流れが外ととは異なるからだ。
「まあ、そうですが、それはそれで十分幸せかなとは思いますよ」
「お前はな‥昔、注意しただろう!それではダメだとな、だからこそだ、やれることみんなやるぐらいでなければ、事は片付かんぞ!D!」
「はい!」
「茶だ」
「はい」
「あれは用意しているか、季芽の好きな茶と、それに合うような濃いチョコレートケーキを持ってこい」
「わかりました」
「それでなんだ?調べものか?」
「先程廻くんと話したんですよ、その時に話題になった本を確認しようかと、久しぶりにこの姿に戻れましたからね、こちらに来た次第です」
「なるほどな、何の話だ」
「城跡、門の外の朱雀の彫刻、あれの調査についてです」
「ああ、あれか」
「国の調査を依頼された方の著書をこちらで前に閲覧したことがあったので」
「しかし、それ以上は著者に連絡を取らねば、まだ生きておるだろう」
「そうですね、その線で後は探してもらえばいいかと思いますよ」
「あてもない所から調べるよりはいいだろうな」
マクラレン文庫、ここは異界の情報を納められている異界である。
季芽との付き合いは、術師の認定の試験の後半期からなので、長い。
元々は試験団体は小雨こと、斉道 要を紹介した。
「気にくわない」
一目見て追い出した。
それで困ったのが試験団体である。
文庫との関係は友好でありたいということで、団体は毎年これから先活躍するであろう有望株を挨拶にいかせる。
正直斉道は今年の目玉どころか、何百年ぶりに出た大当たりであった。
それが何の理由かは知らないが、ダメと言われたのだ。
「これがダメだと代わりって誰をいかせればいいのか」
答えがでないまま、試験は前半の最後の日を迎えた。
「佐藤!」
「えっ?はい?」
「お前一番な」
「はい?」
「早く来い」
結果の発表がまだ信じられなかった。
「ええっとだな、今回最短ルートの突破が三人出たわけだ」
ここで試験結果の解説が始まる。
前期最後の試験は用意された疑似迷宮タイムアタック、採点方法は突破ルートやタイムを自己申告するが、そこから採点者が事前に受験者の申告を予測するので、それが合ってた場合マイナス、はずした、予想を覆した場合+になる。
そして同率が出た場合、受験番号が数が多い順が上になった。
受験番号は書類選考の際に期待された順につけられるので、数が多いということは期待されてない、そこが結果を出したということで評価される方式をとっている。
「結果でるの遅かったのは、どうやって佐藤が潜り抜けたか、調査出てたんでな」
佐藤は迷宮に仕掛けられていた水銀式の罠を、解体せず黙視せずにみんな潰した。
「他に齊道と果巫花も同率なんだが、どっちもどうやって解くかってわかりきってるからな、その分低くなるんだわ」
この二人はどちらも受験番号は一桁、齊道は力押し、果巫花のお嬢さんは加護と能力でクリアするだろうという予想であり、そこは変わらなかった。
「一番机だからな、きちんと後半も頑張れよ」
「はい」
この術師認定の試験は一年かけて行われるが、前期の最後の試験で自習室を与えられる。
その自習室の机の順番はこの試験の順位で決まり、経歴の面でも一番机をとったら書類に記載できるのである。
「はい、それじゃあ二位、弧山!」
「はーい」
呑気に返事をする弧山大象以外は、えっ?二位があの二人のうちどっちかではないの?という顔をしている。
「それは最短突破だけだから、自分でどのコース通って、見積もりがきちんとするのが一番無難に点数が取れるんだよ、そのブレが少ないのが弧山だし、時間の誤差がほとんどなかった」
三位館林廻(タテバヤシ メグル)
「館林は逆だな、他のやつらもいたから、自分達よりも早く突破している奴等を観察して、それを反映させて、立てた仮説よりも良かったので三位」
四位は齊道 要
「お前はそのまま力押しでいいから」
五位が果巫花のお嬢様と。
「もっと実践的にならないと、そこは課題だな」
ということでここで一番机をとった佐藤がマクラレン文庫に行くことになった。
この時、相手が大変気難しいとか、今年一回怒らせているとかは知らされずに。
「お前ならば良い」
文庫に行くとそれだけ言われた。
「??」
意味がわからない。
「お茶を飲んでいかれますか?」
ここで受付のDが気遣ってくれた。
「先生たちにここに行けとしか聞いてなかったもので」
「はい、それでよろしいと思います」
「そ‥うなんだ」
「マクラレン様はダメならばすぐに帰れといわれるので、そうではありませんでしたから、問題はないと思います、佐藤様の前に来られた方はすぐに帰らされましたし」
「それは難しい方ですね」
「よろしければ茶菓子もお出ししますが」
とまあ、こんな感じで始まってるのである。
「お~まだいるじゃん」
廻はカフェに目的の人物を見つけた。
「あれ?なんか用?」
「さっき話した朱雀の彫刻、こっちで持っている資料」
そういって封筒を渡す。
「早いな」
「ちょうど知っている人がいたからね、早速まとめてもらったんだ」
「‥俺がいうのはなんだけどもさ、やめたの失敗じゃないかなと」
「それはな、明らかに問題が山積みになっているけど、代わりにこっちのことをやってもらっているから、悪くないんじゃない」
「そういわれると弱いな、で、この資料分なんかしたいけども」
「じゃあ、この符面作りたいんだけどもさ」
「ちょっと見せてみ、これ、どこの?」
「この間行った世界の模倣符面」
術の分野で、異世界や挾間を模倣や分析することで新しい術を生み出す物がある。廻が探し、話をしているこの男は若木といって、そういった術を仕事の一つにしている。
廻もそれは得意な方ではあるが、若木は仕事として携わっているので、サラサラっとシンプルに符面にまとめていく。
「ずいぶんと面白いところにいってたんだな」
まだ途中なのだが、若木は感心していた。
「閉じこめられている化け物は蜘蛛でいいのかな?」
「ああ、それでこの規模だと世界の人口が決まっているんじゃないかと?」
「そうだな、あれ?もしかしてこれ、巻き込まれたか、世界に招待されるというより誘拐されるって形じゃないといけないやつだし」
「そこまでわかるのか?」
「なんで弧山の音声がいきなり繋がったのか、齊道さんが召喚‥なんで召喚できるの?これ」
「そこは考えたらいけない」
「ええっと、あれだ、村に戻っていない村人二人でいいのか、あの二人がおそらく死んだんだろうな」
どちらかが死んだために弧山の呼び掛けがつながり、残りの人がお亡くなりになったので、小雨を召喚できた。
「閉じ込めた化け物の餌が、Gで、その繁殖期に人が犠牲になるという作りだな」
その話が聞こえたところで、この二人のそばにいたカフェの客は逃げるようにして帰った。
「材料があるなら、もっと細かく作るが」
「えっ?いいの?」
「お前らだと転売とかないし」
優れた符面や術類の書物は、専門店に持っていくと遊び金ぐらいにはなる額になる。
若木が作ったものなら、まとまった額になることだろう。
「名前どうする?」
「そうだな‥三角の蜘蛛の巣なんてどうだ?」
こたつに入っている三名、そのうち二名は鮫である。
ここで二匹と数えてはいけない!噛まれるぞ!
正方形のこたつ、サメ子の左と大象の右が空いている。
「廻さんは本日は聞き取り調査の協力のために欠席です」
四人はこのように定期的に集まって話し合いをしている、これもまた長く続いている事の一つであった。
円卓が平等な意見を求めるためという意味があるならば、日本的にこたつなんでどうだろうか?ということで、寒いときはこたつになった。
「齊道さん、みかん美味い?甘い?」
サメであっても、大象は齊道と呼ぶ、最初のうちは「みんなのアイドル小雨君」だの「格好いいサメの小雨!」といい直しを要求したが、諦めたようだ。
「甘くて美味しいぜ」
会議が始まる前にトイレに行ってきてくださいと二人に告げ、その間にみかんとポットにお茶を用意している。
「大象くんが狂乱期の間引きに参加するそうなんで、どのぐらいの戦力出すか、本日の議題です」
「俺も行こうか」
「そしたら早く終わりそう」
「お話中に申し訳ありません、サメ子様」
最近八千代の庭の屋敷に勤め始めた白浪の八姫(ハチヒメ/ハッキ)、次女のキノトである。
「白浪から連絡がありまして、熊や鹿をどうもありがとうと、しかし上品すぎるかもしれないとのことです」
「あれで上品か、こっちで手に入る野性味の溢れる肉なんだがな」
「ああ、あれのことか」
この間白浪を治めるアオハという者が襲撃された、その時の犯人が捕まり、多額の謝礼金が白浪に支払われた。
そのお金で肉を買いたいという話が出たのである。
理由の一つが犯人の身柄を引き渡したために、血の気の多い住人たちの中には気がオサマラナイという意見が出ていたことである。
白浪では肉や農作物が貴重なものなので、外交役を務める辰砂エイのエイ太郎さんがあちこちに何かいい肉はないか?と探していたのである。
そこでちょうど山で増えている熊や鹿を贈ったのだか、反応はいまいちだったようだ。
「狂乱期の魔物の肉ってどうなんだろう?」
そう小雨がいったものだから。
「見る?」
と大象が陣を浮かべ、そこに手を突っ込んだところで。
「ここでそれを出したら、夕食のカレー、おかわりは一杯も認めない」
といわれたところで、グイ!と中で押したようだが、臭いがそこから漏れ、漂ってくるのだった。
狂乱期というのは術師の座学に登場する言葉だ。
意味としては魔物が低栄養状態が長く続き、興奮状態になり、それを止めるために必要な栄養素を持つ人間を襲うというもの。
こうかかれているが、実際は体温が上がりすぎて、神経は沈静化しても、体が持たないためにほとんどそのまま亡くなる。
そして秋冬に起これば狂乱期、たまに
春夏の暑い時期はそのまま腐るのでアンデット行進となる。
狂乱期、双頭の黄泉路という呼び名がつくような難所の水路。
この水路の監督する村長の前に‥
「金はいらない、肉が欲しい」
と一人の男が現れた。
ずいぶんと小柄か男だ。
まあ、狂乱期だから、どんな人間も力を合わせて立ち向かう必要がある。
それでもだ、この男は異質である。
異質なものを二つに分けるとしたら、口だけか、とんでもない実力者かであって、大きな街でも狂乱期の現場を勤めた会見がなかったら、「はいはい、お帰りはあちらですよ」なんていってたかもしれない。
「推薦状は持っているか?」
封書を見せるが。
「一枚だけか?ギルドのならば、これにもう何匹か取ってきてくれないか?それなら配置の融通も通せるから」
「わかった」
「ではこの地図を渡すから、この範囲内で、しかしな気を付けろよ、今でも荒くなっているからな」
「そうさせてもらう」
普段は縄張りに入り、怒らせでもしない限り襲ってこないタイプでも、人を襲うようになる。
人間が美味しいそうに見えているらしい。
これらのことはまだわかってない事が多すぎる、明日にでも新しい事実が見つかることを期待しよう。
弧山大象はだんだんと集中していく、もう魔物を狩ることしか考えてないのだろう。
耳をすませては狩り
息をひそめては狩り。
数はもう十分足りている、思うがままに振る舞う姿の彼、昔その姿を見て『化け物の双腕』んて嫌味でいった奴もいた。




