いただきます
「ゆっくりしたいからさ、問題を片付けるか」
佐藤季芽がスッと手を上げると、ピンと空気が張りつめた。
(さすがはご主人様)
感心しているのはメイドのヒナキである。
「あっ、ヒナキはここで休憩入って」
ピシャン
「そうでございます、ヒナキお姉様」
時間通りに六女のシオリに部屋にやって来た。
この温泉には佐藤季芽、いやサメ子の湯治のためやってきた、その際の付き添いは二人、ヒナキとシオリであり、一人が付き添ってもらっている間にもう一人は休んでもらっていた。
「温泉よかった?」
「もう最高でした」
「というわけで、ヒナキにも温泉タイムです」
が、ヒナキさんはご不満のようです。
「引き継ぎしたあとに、事情を宿の方にしてそしいんだわ」
「ああそうですね、なんとご説明を」
「敷地内に無断で侵入してきた者がいましたが、呪いの術から逃げてきた方でした、そしてその方は今この隣の部屋で寝ていますとね」
「わかりました」
「逃げてきたのは忍者だというのをいい忘れないでね」
「忍の方なのですか?」
「地味な顔つきに、鍛えられた体だし、まず間違いないんじゃないかな、というか、ここの温泉ってさ、一般の人は湯治棟に来ないし」
この辺りの温泉は、権力者を蝕む解呪の湯治のために発展してきた。
ガイドブックて美肌の湯、一流の料理人が調理した山海の美食が楽しめるは最近のことである。
「そろそろ話していいか」
そういい出したのは滅儀 鈴砂である。
途中で話の腰を折らないようしていたらしい。
「さすがに空気は読む」
そしてだ。
「もし良ければ、この忍びは俺のところで引き受けるが」
「その心は?」
シオリが聞くと。
「そりゃあ、格好いいところを見せたいは、ないことはないがな」
「やっぱり」
「くっ、策にはまった」
「くっ、じゃないでしょ、くっ、じゃ」
「すまんな、つい乗ってしまった、お前ん所にいると、いつも楽しい、話がずれたな、うちにも忍がいるが、最近愛想をつかされてな」
「あなたのところなら、問題ないでしょ」
「でお前が思うこれからについては?」
「考えられる危険性があなたがそういい出したことで、ゼロになったんだけども」
「追っ手が来ても来なくてもなか?」
「そうですね」
考えられた危険性。
生死の確認のために追っ手が来る、生きているのがわかる、死ぬまで追われるということ。
「気が休まる暇がなくなるというやつだね」
「それでもう一つは追われないということだ、この場合は自傷の可能性があるんでな」
「えっ、どういうことですか?」
「呪いをかけたの自分の主人だからだよ」
「はい?」
「そうなるよね、理由は知らないよ、ただ殺そうとしたのは、自分の主人だから、忍だったら追っ手を差し向けられているうちは、生存本能の関係で悩まないけども、身代わりの術でそれがなくなったわけじゃん」
「そうなると、なんで自分がって思い出してな、忍者やメイド、シオリは仕えて間もないかもしれないけども、自分の人生ほとんどを費やした状態で、そういうことされると、病むんだよ」
「ところがどっこい!」
この暗い空気を切り裂くように、ヒナキをが戻ってきた。
三人はもちろんビックリしている。
「えっ?どうしたの?ヒナキ」
「そのお話は宿のかたから、はりきってどうぞ!」
「おくつろぎの所申し訳ございません」
法被を来た男性が頭を下げて現れた。
「お話を聞きまして、どうしてもお願いがございまして、実は本日逗留しているお客様に、呪いで苦しんでいる方がおられます、その原因を何とかしていただけませんかと‥思いまして」
この男性は長年宿で働くが、術師というのはそう素直に話を聞いてくれるわけではないというのを知っている。
「解けるかどうかわかりませんが‥見てみないことには」
なのでこの反応には驚いたのだ。
「あっ、はい、ご案内します、是非ともお願いします」
善は急げというやつだ。
「俺もいってもいいか?」
「ええ、もちろん」
鈴砂はいつの間にか剣を握っていた。
それを見た季芽ははっ!としていた、何故なら代わりの剣であったからだ。
彼の愛剣は『お前を守る』という約束を果たそうとして、ガキン、ボロンといって折れたのだから‥
「二人はここで待っててくれないか?」
「わかりました、でもお気をつけください、ご主人様」
シオリが一礼し。
「ああ、わかったよ」
「それでは姫巫女様がお編みになりました、こちらをお持ちください」
ヒナキからはコースターサイズのレース編みを渡された。
「どういう事情がある方かはわかりませんが、苦しんでおられるなら、優しさを分けて差し上げてください」
「これは使ってもいいわけね」
「そのためのものですから」
「わかった」
「そろそろ、行くか」
「ええ、行きましょう 」
案内された部屋にいくと、どんよりとした空気が流れていた。
「これは大変だ」
「何かわかったか?」
「わかったけども、説明がしづらい」
「打つ手がないということでしょうか?」
「いえ、そういうわけではないんだけども」
「それなら片付けてしまった方がいい」
うなされて寝込んでいる男がいる。
「苦しみから救ってやれ」
「そういうと、命を奪う方の台詞じゃない?」
季芽は電話をかける準備をしている。
「はい、こちらは八千代の‥ご主人様?」
「オノト?そっちは何かあったかしら?」
「特に何もありませんが、どのようなご用事でしようか?」
「今、そこに誰かいるかい?」
「ハツミネお姉様と床で保護色になってとても見えづらくなっている小雨様がおられます」
じっとしてまったく動かず、気配もないためにたまに踏みそうになる。
「ハツミネに代わってくれる?」
「わかりました」
「‥はい、お電話代わりました」
そこでいくつか打ち合わせをした。
「小雨様、ただいまご主人様よりお電話がありまして」
その話で小雨の目が開いた。
「あいつ、元気になったの?」
「はい、予定通りお帰りになられるようです、それでおやつがあるのでお食べになるかと」
「えっ?そんなのあるの?食べる、食べる」
オノトが今日のおやつ山葡萄のゼリーを持ってくる。
「美味しいそうじゃん!」
「半分食べてから牛乳をおかけします」
「そう?」
そこでハツミネは受話器を小雨に向けた。
『いただきます!』
その声は電話から聞こえてくると、淀んだ部屋の空気がびりびりと震え散っていく。
鈴砂は一般人でもある宿の人間の前に立っていた、どうも何度か太刀を入れたようで、カシャンと鞘に納めた。
(さすがは天地の糸、人がかけた呪いならばほぼ塵に等しいな)
「あっ、これだね、呪いのもと」
「それは‥」
宿の方が絶句している。
呪いのもとは菓子折りの形をしていた。
それが小雨の咆哮によって形が崩れ、影が消えていくではないか。
「このお客様は何年も帰省の際に宿を利用してくださいまして‥その菓子折りは実家からもらったものと仰られておりまして」
「季芽、事故の可能性は」
「ハツミネ、お土産買って帰るから、またね」
そこで電話を切ってから。
「ないと思いますね、持っているだけであそこまで具合が悪くなったり、淀むので、知らないで中を開けていたとしたらお亡くなりになっていたかもしれませんね」
「そのぐらいのものを包装したのか‥それは故意でなければ出来ないな」
「これで元気になると思います、先程の菓子折りはお客様が具合が悪くなった際に潰れてしまったので片付けさせてもらったとおっしゃってください」
「ありがとうございましたが、こういったことはまた起きるのでしょうか?」
「そこは‥」
運次第ですと繋げたかった。
「それなら俺の連絡先を教えよう」
そういって鈴砂は名刺を出した。
それを見ると、季芽はため息をついた。
ヒナキから渡されたレースを出し、何かを唱えると、名刺にレースの模様がデザインされていった。
「大盤振る舞いだな」
「これなら、滅儀鈴砂の元にたどり着くまで何かから身を守られるでしょう」
「なかなか良いものを使っているから、並の術では太刀打ち出来ないだろうな」
「ありがとうございます、お客様、お土産のお話をされてましたが、お時間があれば本日祭りがありまして、収穫祭なのですが、そちらならばお土産も地元の値段で揃えられると思います、行かれるなら送り迎えも当方でさせてもらいます」
「どうするんだ?」
「それではお言葉に甘えて」
会話ができる術師であったこともおそらくはある、そのため宿は丁重にもてなしてくれたのだった。
「ふむ、サメージョが来ないならばまだしもなと思っていたのだが、サメメンですらないのか」
サメージョ=サメ子
サメメン =小雨
「当主は体調が悪いために、私が代わりにこちらに参りました」
そういうのはハンゾウである。
そしてここはセバダにある二大劇場のうちの一つ「ルーナ・ジェーナ」名前の意味はこちらの言葉で満月である。
貴族や要人の劇場で、千秋楽が満月に行われていた事から、その名前がついた。
目の前にいるのはルーナジェーナの支配人というわけである。
「ひいおじいさま!!!!」
そこにもう一つの有名な劇場『ルーナ・カレシエンテ』の支配人がやって来るではないか。
「ちょっとどういうことですか?もう!聞いてないですよ」
「先に言うと出来ない、無理とか言われるから、さっき伝言して、巻き込むことにした」
「いい加減にしてくださいよ!」
カレシエンテの支配人が横にいるとよくわかると思うが、ジェーナの支配人は若干透明である。
「もう死んでいるんですから、ジェーナもうちの父に任せてくださいよ、初代支配人!!!」
「芸術のために生きて、死んだと思ったら、まだやれるんだから、喜べよ」
ひ孫である支配人は口では勝てない。
「で例のものは用意できたか」
「いきなりでしたが、約束をたがえることは出来ませんし」
そういってワゴンで何かを運んできたようだ。
「ふん、これはな、お前が生まれる前からワシがやって来たことだ、そのために先帝の許可を取り、今の女王だってバレても何も言えないようにしているんだぞ!ハンゾウ、今回お前に頼みたいのは麦だ、持っているか?」
「はい、あります、私が任されている範囲であればすぐにお渡しできます」
「見ろ、これが頭の柔らかい、判断が早い人間というやつだ、では出せる分の麦を出してほしい、粉にしたものもほしいが、手でこねて使えるような粉に引いてもらえるように取り計らってくれ」
「ではすぐにでも」
「それではこちらからだ、来月からジェーナでもカレシエンテでも『マティアラの鮫』という演目を行うが、八千代の者はそれをゆっくりと見れる機会はあるまい、だから次の次の満月の日に、ルーナジェーナでの公演にお前達を招待しようと思う」
「ありがとうございます」
「また勝手に決めて」
「お前はそうはいうかもしれんが、でさどうやって我々が食料や必要な物資を手に入れることができるのか?代わりにやってくれるか?」
初代支配人が老齢を迎えた頃に、セバダは不作に大雪を迎えた。
「その年は暗かった、無明の闇というのはああいうことを言うのだろう、何とかして明かりを灯さなければならなかった」
満月でなければ夜の公演も出来なかったのである。
「だからワシは悪魔と手を組むことにした」
異世界の住人は美術品欲しさにオーナーにアプローチしてくることがあった。
そういった品物を欲しいものと物々交換する場所が、ルーナジェーナのもう一つの顔である。
「それを支配人になったときに聞かされたら、とんでもないことって思いましたよ」
「ハンゾウに見せてやれ」
「はい、こちらは王族の持ち物で茶器でございます」
ワゴンにかかっている布をとると、見事なティーセット一式が並んでいた。
「こういうのはそちらの職人にはもう作れるものがいないと聞いておるからな、高く売れるだろうし、この茶器はお前たちとも縁のある品物だ、サメージョが滞在を許されている屋敷、あそこに住んでおったものの持ち物だ」
売りに出してもいいが、できれば使ってほしいと言われた。
気がついたら、天井が見えた。
まだいいやと、向きを変えたところ。
「小雨、そこで寝るとまた焼き目がつくよ」
その声でビックリして、小雨をコタツから飛び出した。
「なんだ帰ってきたのか」
「いいお湯だったよ」
もぞ
「斉道さんさ、玉子ちゃんがいないと静かすぎてびっくりした」
こたつから弧山大象が出てきてそんなこというので。
「ばかやろ、そんなことないって」
「あっ、玉子ちゃんさ、今僕さ、狂乱期の魔物相手にしにいくから、何かそれでほしいものある?」
「急に言われてもすぐにおもいつかないよ」
「お茶が入りましたよ」
「ああ、今行くよ」
カップはとても美しいものだった。
菫の花と茎が描かれ、葉はソーサーに並んでいるので、カップを置くと一輪の花が咲く。
これはセバダのミルトス女王の伯母であるビオレータ王女のために作られ、愛用された茶器である。




