はい、チーズ。
リンリンリン
八千代の庭、その屋敷にある黒電話が鳴る。
昼食を作るために、白衣を着ているハンゾウがその電話をとった。
「はい、こちらは八千代の‥えっ?」
アクシデントというのは向こうの方からやって来る。
「はい、はい、わかります、それでは今主人を呼んで参ります」
ハンゾウの語尾からござるが消えるということは、相当である。
保留に切り替え。
「サメ子殿!どこにおられますか!」
シュルン
声を聞いてか、サメ子がツボに乗ってやってきた。持っている掃除道具から、網戸を掃除していたらしい。
「白浪のエイ太郎殿からのお電話です」
「何があったの?」
「主人であるアオハさまが命を狙われまして」
「それは大変だわ」
「それが、命を狙ったのはこちらの知り合いではないかということです、詳しくはエイ太郎殿からお聞きください」
「わかりました」
サメ子が電話をとる。
「エイ太郎さん、サメ子です、お久しぶりです」
その間にハンゾウは昼御飯の支度を片付け始めている。
「はい、わかりました、それでしたら、私がそちらにお伺いいまします」
チン!
「今日のスケジュールはみんなキャンセルして、私はこれから白浪に行ってきます」
「それではこちらもすぐに動けるように準備します」
「お願いします」
白浪というのは、世界と世界の狭間に、大妖アオハ を主人年、多種多妖が住まう場所である。
エイ太郎というのは、姿は海に住むエイの妖怪で、他の世界や地域へ使者として出向き、調整する役回りをしているが、穏やかな性格をしている。
そのエイ太郎が怒りを抑えながらこちらに電話をしているので、よっぽどである。
「知り合いって誰なのでしょうか?」
「そんなにバカの知り合いはいないつもりなんだけどもね、衣服類で判断しているのかも、とりあえず顔見ないとなんとも言えないね」
「どうやって白浪へ?」
「迎えを寄越すっていってたわ」
「あら?何か笛の音が聞こえてきましたが、何でしょうか?」
姫巫女である。
「それでは私は行ってくるよ、姫巫女」
「はい」
「私はこれから屋敷を留守にします、留守の間は任せましたよ!」
「はい、お任せください」
屋敷の前には御輿を担いだ一団が止まってきていた。
白浪へは招かれていくことになった、あちらの怒り具合によってはもう戻れなくなるかもしれない‥
御輿に乗り、担ぎ手たちがワッショイワッショイとサメ子を白浪へと連れていった。
白浪との付き合いは屋敷を建築中から始まる。
エイ太郎が自分の主人を崇め奉る建築物を作るために、見学にきたのである。
「風から守るための防風林は何を使っていますか?」
「塩害から建物を守るためにはどうしていけばいいでしょうか?」
建築条件が八千代と似ているために、見学に来たと言うのだが、八千代は庭ではなく、島扱いされているんだなとここで知った。
異世界には様々な者達が住むのだが、こうして建築ラッシュが始まったのは、八千代の屋敷をこしらえた建築会社が大々的に、異世界建築を始めると言う宣伝をしたからである。
それをおもしろいと、とある異世界の住人が作らせたのなら、豪華絢爛な建物が出来上がった。その完成を祝い、パーティを行うとして、交流のある者達にすべて招待状を送った。
その後である、建築会社にうちの主人にも作ってくれないだろうか?と建築ラッシュが始まったのは。
白浪の場合は、その後ぐらいであろうか、ラッシュが落ち着き、八千代の庭の屋敷を建てると言う辺りに、古い建物を新しくしたいという話が出ていた。
今まで建物は住人たちが建てていたが、餅は餅屋、アオハ様のふさわしいものを頼もうと言うことになったのである。
「何かありましたら、また来てください」
「そうさせていただきます」
サメとエイはここから挨拶をかわし。
「おみやげの方をご用意いたしましたが、どういうのがお好みでしょうか?甘いもの、しょっぱいもの、お口の中にいれるとモゾモゾしだしてはじけるもの、どちらが良いですか?」
甘いものとお口の中にいれるとモゾモゾしだしてはじけるものを選び。
「あれはとても良かった」
後でそういう感想をいただいた。
青い空も海も白い浪が立ち始めた、もう白浪に入ったようだ。
こういうときでなければ、ゆっくり景色を楽しむのだが、そういう気分にはなれない。
(ここまで来たら、逃げられないしね)
御輿はアオハ様がおられるホールの前についた。
「サメ子殿!中でアオハ様がお待ちです」
挨拶もなく、そのままホールに入っていった。
パッ
サメ子が入ると、照明がついた。
しかし、照明がついても暗闇が奥にある。
祭壇だ。
祭壇の上には黒地にラメの部分が広がる、見上げるとそこには何本も腕が生えていた、そして真ん中には美しい顔が、この方がアオハ様のようだ。
「お初にお目にかかります」
「うちの者が世話になったな」
声帯が一つではないようで、声が多重に聞こえる。
「いえいえ、かまいませんよ、困ったときはお互い様のですよ」
「そうか‥」
「アオハ様、お命を狙われたそうですが‥」
「力あるものは狙われるもの、そうでなければ我も終わりよ」
「器がでかい、私だったら寝られませんよ、次も来そうで」
「すまぬな、襲撃したものはお主の知り合いというより、同郷の者であろう」
「それは顔を見てからでないとわかりませんが、生きてますか?」
「生きておる」
「左様でございますか」
「話は以上だ、後は任す」
このまま関係者の話し合いに移ることになる。
「それでは失礼いたします」
一礼して下がるときに。
ブチブチブチブチ
何かが切れる音がした。
「呼び出した分の礼だ、受けとれ」
「ありがとうございます」
サメ子をサメにしている封印の繋がりがいくつか切られた。
時間がないので、ここでは確認せずに、そのままエイ太郎と共に、襲撃者の確認にいった。
「あの網がそうです、ぐるんぐるんになってますが、中で生きております」
とらえられて、繭にされていた。
「顔の確認したいんですが、顔だけ見せてもらえます?」
べり!
「知らないですね、この人は」
サメ子の直接の知り合いではないようだ。
「今別口で、調べてもらっていますが、そっちに顔を確認してもらって良いですか?」
「かまいません」
はい、チーズ。
パシャ
そして、すぐに送信。
異世界でも違和感なく通信できるのは、満天の樹の能力である。
「サメ子殿とお知り合いでないのならば、申し訳ないことをしました」
「いえいえ、確認しなければわからないものですよ」
そう雑談しながら返信を待った。
ピロリロリン
「はい、向こうからです、向こうで連絡が取れなくなり、捜索されている人物おこちらの襲撃者が一致したようです、ええっと今向こうと通話しても?」
「お願いします」
ハンゾウと連絡とると、襲撃者の代理人が白浪の方とお話をしたいということであった。
「わかりました、それでは伺うことになります、サメ子殿はここまでどうでしょうか?」
「私はそれで構いません」
「ではお送りいたします」
そういってワッショイワッショイと御輿がやってきた。サメ子は御輿に乗せられると。
「お帰りの際お食べください」
と柑橘類の入った包みを渡された。
中はミカンで、つまもうか考えたが、ふと体が軽いことに気がついた。
アオハ様に礼と言われ、封印の負担を軽くしてもらったが、自然にここまで軽くなるとしたら、何十年もかかっていただろう。
ワッショイワッショイ
サメ子を乗せた御輿が、八千代の屋敷の前に到着した。屋敷の前にはハンゾウとフルゥが待っていて。
「ありがとうございました、アオハ様、エイ太郎さんによろしくお伝えください」
そう述べて御輿から降りると。
「わざわざ主人を送ってくださってありがとうございます、こちらさ皆さんでお楽しみください」
ハンゾウとフルゥは酒樽を用意していた。酒樽には重陽の花というラベルがあり、菊のデザインが刻まれていた。
ワッショイワッショイ
御輿はサメ子の代わりに酒樽を乗せて戻っていった。
「お帰りなさいませ」
「今日はもうゆっくりしたいね」
「おいおい、ベーグルのサンドを作ったんだぜ、食べるだろう?」
空気を読まないのが小雨である。
「あれ、今日は来ないんじゃ?」
「なんか、今日来る予定のゲストが、急用で来なくなって、関係者は修羅場で、それ以外は急いで帰るようにと」
なんか、どうも関係あるっぽい感じではあるが。
(今は考えないようにしよう)
「しかしさ、さっきのお酒、美味しそうな感じじゃない?」
「あれは返礼用だからダメ、ダメだからね」
「わかってるよ、八千代の管理人は忙しいね」
「小雨たちもやれば忙しくないよ」
「え~向いてないし」
「そうだね、自分の好きなもの、あれでしょ、サンドイッチってサーモンとクリームチーズでしょ」
「決まってるでしょ、俺が作るってことは!」
小雨は一度好きなメニューになると、ずっと同じメニューを作る。
「なんていうの、こんな空気を見ちゃったら、コントの一つでも練習しておけばよかった」
ショートコント『ジョセフィーヌ』
「そんなんやらなくても存在がギャグだから、コントとかしなくても大丈夫だよ」
「笑いと共にある男、いいな、それ」
「サメ子お姉さま!お帰りなさいませ」
姫巫女である。
「サメ子‥お姉さま?」
「留守をきっちりと任せてもらいました」
「あ、ありがとう」
「お礼なんて、魔王サメ子お姉さまの第一の配下、サメ巫女ですもの、当然です」
「サメ巫女?」
「はい!」
満面の笑顔。
チラッ
フルゥを見ると。
「この間私がダンジョンに行きました話を聞きまして」
「もうずるい、私も行きたいわ」
とそこから言い出したそうだ。
「じゃあ、つれていってくれないなら、私がサメ子お姉さまの下につくわ!これでいいかなって」
「すいません、すいません」
これはフルゥも困っているようなので。
「サメ巫女」
「はい、お姉さま」
「屋敷危険を感じたら、私か、フルゥ、ハンゾウの元に報告を」
「もちろんです」
チラッ
(これでいい)
(ありがとうございます)
アイコンタクトは成功している。
「サメ子殿、お茶は?」
「いただけるかな」
そういってソファーに座ると、自分の緊張がそこでじんわりと溶けていった。
「お待たせいたしました」
「ありが‥」
ハンゾウは鼻眼鏡をして紅茶を持ってきた。
チラッ
どういうことと、フルゥを見ると、フルゥも姫巫女も小雨すらも鼻眼鏡である。
「プッ‥」
サメ子は吹き出しそうになるので。
『イエーイ』
小雨と姫巫女はハイタッチした。
「ほらほら、フルゥも」
「イ‥エイ‥」
「ほらほら、もっと声だして!」
「こらこら、そうか‥そこまで私余裕なくしてたか」
もしかしたら帰れないかもしれない、その不安は隠していたつもりでも、どうもバレバレだったようだ。