再生と解毒の杖
朝から集められたはいいが、内容は退屈なものだった。
「面白いもの見たくない?」
鳩川は前職の部署が違う上司で、こんなことを言われたのはこれから始まる仕事を引き受けるための準備のため、資料を探していたところである。
「面白いもの?」
「アリーナ席を用意したよ」
それで見せられたものは修羅場である。
「ふざけんじゃないわよ」
「何を考えているんだ」
これから引き受けようかの仕事の、報告書に上がっていなかった裏の部分だ。
「…連れてきてくださいまして、ありがとうございます」
「いい顔をしたいという気持ちはどこにもあるということさ」
「それでも…きちんと話してほしかった、この仕事は断ると思います」
「時間もしかしてあいちゃったかな?それなら、こういうの興味ある?」
そして書類を差し出した。
「これは僕が見ても大丈夫なんですか?」
「むしろちゃんと見てよ」
「この話をするために、こんなことをしたんですか?」
「それが五分の一ぐらいかな 」
残りがなんなのか、よくわからない。
「じゃあ、お引き受けします」
「ありがとう、泉くん。それでこちらから聞いていいかな?」
「なんでしょ?」
「なんで引き受けたの?」
「鳩川さんは、勝算ないことしないじゃないですか?」
「泉くんを誘ってよかったよ、留守を任せる相手がいなければ、断るつもりだったんだ」
昔のことをぼんやりと思い返してしまうぐらい、退屈な招集、しかしハイライトがあった。
「それでは次の案件ですが、再生と解毒の杖の探索が正式に決まりました」
そこでその場の二割ぐらいがざわついた。
本日は終わりとなったあとに、鳩川と泉は軽く何かを食べることにした。
だいたいいつもの店だ。
きちんと二人で話をしなおすために、あまり人が来ないで、長居ができて、美味しい店となると、なかなかあるものではない。
「聞いていいですか?」
「なんだい?」
「再生と解毒の杖ってなんですか?」
「魔女の持ち物で、それで一回事件があったんだよ」
「便利そうですね」
「便利だよ、文字通り再生だからね、人間だと二ヶ月あれば欠損状態治せるんじゃないかな」
「欲しがる人たくさんいるんじゃありません?」
「いたから、事件が起きたんだけどもね、魔女の持ち物ではあったから、人の体を治しても、人の心を惑わしたってやつだよ、いわゆるサメ子案件だし」
「サメ子さんって、結構そういうのに関わってたんですね」
「本人はそうは見えないだろう、その方がいいんだよ、承認欲求は必要ない」
「いますよね、承認欲求持ってる人」
「今日の集まりは大半がそれだね、面子が大事ってやつ」
「それでは解決しないんじゃありません?」
「うん、そうだね、それでもう長いこと来てるよ」
「それは…」
「承認欲求やプライドが大事な方々はそれを優先することで起きる負の面は興味はないんだよ」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫、末席に座る我々を気にかけることはないから」
「それもまた…」
「末席にいる意味はそれこそ、情報が早く手に入るの一点だと思ってよ」
「しかし、再生と解毒の杖って見つかるんですか?」
「今はサメ子さんが持ってるよ」
「持ち主わかってるんですか?」
「あっ、言わないでね」
「いいませんよ」
「まあ、サメ子さんのは本物の作り方を知っているから、それを模したものだけども、材料は同じだし、いわゆる作り手がサメ子さんっていうのが違うわけ」
「そういうのって作れるんですか?」
「これは材料が特別で作り方が簡単だよ、まず魔女の肝臓を用意して…」
「いや、それ以上はいいです、もしかして?再生と解毒ってそういう意味なんですか?」
肝臓はアルコール等を分解解毒し、臓器の中で再生能力を有する。
「そうだよ、杖の部分はきちんとしたものではないけどもね」
「なんでそんなもの持ってるんですか?」
「今こっちの世界ではあまり見かけなくて、八千代の庭で、つまみ食いしにきてるそうなんだよ、その時に追っ払った時に肝臓を忘れていったって」
「忘れていいものじゃないでしょ!」
「魔女ってそのぐらいじゃ死なないし」
「死なないけど、忘れたらわかるじゃないですか」
「なんかこう、今日は体が軽いな、肝臓を置き忘れてた~」
「ないない」
「寝起きとかなら、ありそうだよね」
「あったら、大変です!」
「それで忘れていったものを保管しようにも、そのまんまってわけにはいかないからね。その杖が起こした事件はサメ子さんが出張したときに気がついたのさ」
再生と解毒の杖、その杖を持った人間は誘惑されてしまった。
元医者の男は、病を抱える人間に私が治してあげようと声をかけていき、そのうちの一人がサメ子が人であったとき、出張先で温泉入って帰ろうか、そんなルンルンな気分の時にパタッと目の前で倒れ、救急車に連絡しようとした時に、止められたのだ。
ザワザワ
野次馬が集まってきた。
色々と話が聞こえてくる。
「伝道師様を呼んだらいいのではない?」
「伝道師様ならすぐに治してくれる」
妙な話が聞こえてきた。
これが偽医療だったら、その後サメ子になる女の出番はないが。
伝道師と呼ばれる人間が派手な格好でやってきた。
救急車を呼んだということで女に伝道師自ら直々にお礼をのべてきたが。
「もしもあなたに何かがあれば、私が治してあげよう」
そこで杖を掲げた。
その杖を見たときに…
(あっ、これ杖のせいだわ)
と見抜いたのである。
見抜いたポイントは、魔女の利き腕の骨を模したであろう木、いわゆる木骨を杖の部分に使ってること。
これを作れるものがまずいないので、この部分が素人目から見ても美しいものは偽物であることはまずない。
杖の力はこの時はわからなかったが、
回収後、肝臓を使っていることがわかったので、報告書を作らなければならない時、再生と解毒の杖と仮の名前をつけたところ、そのまま定着した。
「忘れた肝臓をそのままにしておけないから、肝臓を保管するために杖に形にしたっていってたね」
後で取りに来るだろう、その間は杖の形にしておけば、保存もきくし、グロくない。
「常温でも冷蔵でも冷凍でも保管しにくいもの忘れられたら、どうしろというのだ」
侵入者対策のための棒と魔女の肝臓を使った新しい杖はそうやって出来上がった。