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九耀の寵愛を得た男の話

六話連続更新三話目です。

「羅豪」は「ゴウ」が機種依存文字っぽかったので、わざとこれにしました。

次回からバトル展開になります。

「サース様! どうかナラハ様をフジョッシ家へ婿入りさせてくださいませ! オークと言ったらエルフ! エルフと言ったらオークでしょう!」

「木耀様! こんな嫁き遅れ処女(てつのようさい)ではなくナラハは是非我がセヒメキシ家へ! オークと言えば『くっ、殺せ』な姫騎士と組んず解れつするのが様式美だろう!」

「二人とも帰れ」

「母さん、落ち着け」


 会って早々のハイエロとクッコロの言葉に、母さんは大精霊の威圧を放つ。私は母さんが指を弾いて殺人植物を召喚しそうな所をすぐさま抱き上げて宥める。

 母さんは首にしがみついてキスをしてきた。


「ん……ハーくんはお母さんのだもの。誰のお婿にもさせないもの」

「ああ、私は母さんのものだから」


 朝の挨拶よりも短めだが、深いキスをすると母さんは落ち着いた。私は胸に額を押しつけてぐずる母さんの髪を撫でる。


「それで、用件はそれなのか? ならば本当に帰って貰うぞ」

「サース様、なんて羨ましい……あ、いえ、用は先ほどのではないです」

「普通家族であんな口付けは……ひっ、い、いや! 用と言うのは九耀の乙女の寵愛のことなのだ!」


 何やら二人の前半の言葉は母さんに耳を塞がれてしまったので良く聞こえなかったが、重要な部分は聞けたのでよしとしよう。母さんはイタズラ好きで困る。


「母さん達の寵愛がどうしたんだ?」


 クッコロの言葉に聞き捨てならないものが聞こえたので私は眉を潜めた。

 精霊は他の種族とは違い、世界を運行する役目を持っている。風と植物を(つかさど)る木耀、金属と雷を主る金耀、大地と調和を主る土耀、光と力を主る日耀、時間と秩序を主る羅豪(らごう)、空間と混沌を主る計都(けいと)、闇と魂を主る月耀、火と消滅を主る火耀、水と生命を主る水耀と精霊それぞれに世界を運行する役割があった。

 その中でも精霊界のトップである九耀の乙女は、大精霊として九耀達を統べるだけでなく、他の種族へ護りを与えることがある。護りのランクは祝福、加護と上がっていき、寵愛が最高のものだと世間では言われている。

 そう、母さん達の寵愛だ。私を七年間も育て、愛情を注いでくれた九耀の乙女の寵愛だ。

 子供として気にならないわけがない。どこの馬の骨がそんなものを受けたのかきっちり聞き出さねば。

 つい、その意気込みが視線に現れたのか、クッコロは私から目をそらした。


「く……ナラハ、そんな獲物を狙うような鋭い目で私を見るとは……これは今夜寝室に誘うしかないではないか……汚い、流石オーク、汚いぞ!」

「お前はまず質問に答えることを覚えてくれ」


 訂正しよう。私の意気込みは欠片もクッコロには伝わっていなかった。


「ナラハ様、クッコロさんばかり見てないで私のことも見てください。

 あらましを説明しますと、騎士の国に九耀の乙女の寵愛を持つと自称する男が現れました。一月ほど前のことです。

 男は確かに九つの属性を全て扱えるだけではなく、寵愛を受けたことを現す相痕(アイコン)を持っていました」

「母さん」

「最後に寵愛をあげた子が死んじゃってからは誰にもあげてないわよ! 私だけじゃないわ、フューリもクロノもヘリオも誰も、あげたりなんかしてないんですからね!」


 頬を膨らます母さんを膝に乗せ、頭を撫でる。怒り方は可愛らしいが、宥めないと植物達が異常成長してしまう。

 母さんはすぐに機嫌を直し、私の手に頬ずりを始めた。私は母さんをそのままに、ハイエロへ質問を続ける。


「それで、その男の目的は。お前達の相談事はこれからだろう?」

「ああ、実はその男が騎士の国へ現れた理由が私を娶りたいと言うものだったのだ……もちろん私の婿はお前だけだからな。断ったさ、安心してくれ」

「クッコロの婿になったつもりはないが。それで?」


 いちいちクッコロにツッコミを入れると話が進まないので、まともに答えが返って来たのを幸いと続きを促す。


「つれない男だ。そこがまた良いのだが……そいつは私が断るといきり立ってな。我が国が誇る騎士団が不甲斐ないことに叩きのめされてしまったのだ……我が国の宝であるジゥハッキンの書も奴の手に渡ってしまい、もう私は奴の嫁になるしか……」


 ついでやった茶の入ったカップを握り締め、クッコロは呻くように呟く。ハイエロは俯くクッコロの肩に触れ、自身もまた暗く顔を曇らせた。


「その男はそれだけでは終わりませんでした。騎士の国と同盟国であるエルフの国にも訪れ、同じように私の身を求めました。

 もちろん、私が長年守ってきた処女を捧げたいのはナラハ様だけなのでお断りしましたが……結果はクッコロさんと同じです。

 軍は歯が立たず、国宝のベーコンレタスの像が奪われてしまいました……」

「ここへは九耀様達が寵愛を授けたかどうかの確認がしたくてな。奴は民達には手を出してない故、世にも希な九耀全ての寵愛を受けた者として半ば英雄のような扱いを受け始めている。

 奴と懇意となれば寵愛の恩恵を受けられるのではないかと色めき立っているのだ」


 二人は眉を下げ、しゅんとうなだれる。先ほどまでのふざけていた雰囲気は微塵もない。

 あれはきっと空元気だったのだろう。


「いえ、あれは本心からの行動です」

「ヤケになっているのも事実だが、興味のない男に言い寄られるストレスを貴様で発散したかっただけだ」

「心を読むな」

「ハーくんは分かりやすいからねー」


 母さんにくすくす笑われる。人間だった頃は何を考えているか分からないと言われていたのだが。オークもそれほど表情の作れる種族ではないはず。

 困惑する私に気付いて母さんは小さい子に教えるように私の頬に手を添え、目を合わせて話す。


「あのね、好きになった人のことは良く分かるようになるものなのよ。

 だって好きな人のことはどんなことでも目に焼き付けておきたいと思うものでしょう?

 そうしているとね、たとえ他の人には分かりにくくても、何を考えているか分かってくるものなのよ。

 ああ、ハーくんが私を分からないのは好きの気持ちが弱いからじゃないのよ。安心して。

 私はあなたの母親だからね。子供に悟られないようにすることなんていくらでも出来るのよ」


 頭を抱き締められ、頬に母さんの暖かい胸が触れる。

 いつもは読めない母さんだが、こうやって愛情は分かりやすく示してくれる。

 私は胸に湧き上がる感情を言葉からこぼした。


「母さん、愛してる」

「うふふ、私も。ハーくんが大好き」


 母さんの細い腰を抱く。抱きつくだけでは足りないのか、頭頂部に母さんの唇が降る。

 私もお返しをしようと母さんを再度膝に座らせ目線を合わせた所で、盛大な咳払いを聞き、客の存在を思い出した。


「すまん、一瞬忘れていた」

「いえ、こちらこそ親子の交流を邪魔してしまい申し訳ありません」

「だが状況は切迫してい……本当に申し訳なく思っているので威圧を解いてください、木耀様」

「母さん」

「ひゃあんっ!」


 じとっとハイエロとクッコロを睨む母さんの耳の裏辺りを指でくすぐる。びくんっと大きく震えた母さんは私の胸に顔を押しつけ、へなへなと体重を預けてきた。

 やはり最近見つけた母さんを黙らせるツボは効果抜群だな。


「一つ聞きたい。その男はどういう奴なんだ。母さん達の寵愛を受けそうな男なのか」

「ひゃうぅ……ハーく、耳、らめぇ……」

「あの、ナラハ様。サース様が……」

「大丈夫だ。気絶する前に止める」

「木耀様、なんと羨ましい……」


 耳をくすぐられ、びくんびくんと陸に打ち上げられた魚のように震える母さんをそのままに私は二人に問いかける。

 中途半端にすると母さんはむくれるので、やるなら徹底的にだ。

 酸素不足で紅い顔を見られたくないだろうから、胸に閉じ込める。口では嫌がっているが、手はシャツを掴んでいるので続けるべきなのだろう。母さんはたとえ笑いすぎで震えていたとしても、嫌なら突き飛ばせる人だ。


「それで、どうなんだ」

「ん、話にならないな。九耀の息子(おまえ)を見ているから余計だ。

 ピリピリとした空気を発し、こらえ性もない。喚いて力を振るえば全てが自分の思い通りになると思っているようだ。

 あのような小さな器で私を娶るつもりとは。片腹痛いな」

「それだけではありません。あの男は私の胸や足ばかり見て、にやにやと己の欲望を口に出して……

 やはりナラハ様以外の男は汚らわしいですね。女性をモノにすることしか考えてないんですから。

 そんな輩は男同士で目合(まぐわ)っていればいいのです」

「……そうか……」


 そこまで話を聞き終えると、腕の中の母さんが大きくのけぞったので私は手を離す。


「はぁ……ハーくん?」

「良く分かった。つまりは母さん達の寵愛を受けたと名乗るにふさわしくない、むしろ母さん達の名に泥を塗りたくるような奴なんだな」

「ひっ……ナラハ落ち着け!」

「ナラハ様、お怒りをお鎮めください!」


 母さんを下ろし、立ち上がった私の体からは可視化出来るほどの密度を持った怒気がにじみ出ていた。

 青い顔をしたクッコロとハイエロには悪いが、これが落ち着いていられるものか。母さんの子供として、母さんの名を汚す馬の骨を野放しにはしておけない。


「母さん、悪いが見送りはなしでいいだろうか。今すぐにでも会って話をしなければいけない輩が現れたようだからな」

「はぁ……ん。分かったわ。『九耀の乙女(わたし)』としても気になることだからしっかり聞いてきて頂戴。

 何かあったら、遠慮しないで念話してね。会議よりもハーくんの方が大事なんだから。

 ……あと、殺してはだめよ? あくまでも『優しく』聞くのよ」

「ああ、分かっている」


 母さんにキスをしてから、怒気に怯えるハイエロとクッコロに近付く。

 震える二人に申し訳なく思い、私は何とか怒気を腹の中へしまい込んで彼女達の頭を撫でる。


「……ナラハ?」

「ナラハ様?」

「怯えさせてすまない。お前達も望まない相手から思いを押しつけられて嫌だっただろう」


 寵愛を偽る者と証明出来れば二人のことも何とかなるはずだ。護りの偽証はこの世界では禁忌に近い。

 思いを押し付けられて殺されかけた私としては、二人の不快感は理解出来るつもりだ。同情かもしれないが、ついでに解決出来るものならしてやりたい。


「私が何とかしてみせるから、もう少し我慢してくれ」


 そう言うと、くしゃりと顔を歪め、二人は私にしがみついた。

 やはりふざけているように見えても、その負担は大きかったのだろう。


「うぉおおお! ハイエロ! ナラハがデレた! ナラハがデレたぞ!

 これはもう、『くっ、犯せ!』と言うしかないではないか! ないではないかー!」

「クッコロさん! 頂きました! ナラハ様からデレとナデナデ頂きましたよ!

 これはナデポで一瞬の内に陥落です! ああ、私の鉄の要塞(しょじょ)をついに開放です……これは無条件無抵抗開放せざるを得ませんよ!」


 やはりふざけているだけかもしれない。私は興奮して腹に頬ずりしてくる二人を抱え、母さんに声をかける。


「……行ってくる」

「いってらっしゃい。帰ったら私にもなでなでいっぱいしてね?」

「ああ」


 私は一度森の入り口に転移し従者達と話をしてから、九耀の寵愛を騙る男がいるエルフの国へ向かった。

お読み頂きありがとうございました。

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