母さんとの生活
六話連続更新二話目。
転生から七年後です。
普通にキス描写とか入るのでご注意ください。
「……」
久しぶりにシンシンへ転移した時の夢を見た。
相変わらず黒宮麻衣はぶっ飛んでいたし、双子管理者は騒々しかった。
うっすらと頭痛を感じるが、まあいい。
今日も一日の始まりだ。
朝日で覚醒した私の目にまず映ったのは見慣れた天井。転移してからずっと暮らしている家だ。
目だけを右へ向けると、鮮やかなエメラルドグリーンの髪が映った。最高級の絹糸のような滑らかな髪は長く、それを追うように少しだけ首を傾げて視線を下へずらしていくと、あどけない寝顔を晒す美女が丸太のような私の腕に抱きついているのが見える。
豊かな胸が押しつけられ、瑞々しい太股に挟まれた私の腕は、怪物と呼ぶにふさわしい汚いダークグリーンの皮膚に覆われていた。
シンシンへやって来てもう七年が経つ。赤子で転移した体は人の三倍近い早さで成長し、今では立派な成人……いや、成オークのオスとして完成されていた。
人間の女であった頃もがっしりしていた体格は更に盛り上がった筋肉と立派な太鼓腹へ変わり、元々『女オーク』と蔑まれていた顔は豚鼻が悪化し牙が出たことでより醜悪になっている。
これで所構わず誰かを襲うような性欲を持っていれば、絶滅も当然と言える存在になっていただろう。
『悟り系オーク』という称号のお陰か、女の精神のお陰か、こうして肉感的な体に絡みつかれていても七年でようやく馴染んできた息子はぴくりとも反応しない。
まあ、この人に反応すると言うのもおかしな話だが。
「母さん、朝だ。起きてくれ」
「んんぅ……あと五時間……」
「母さん、それは寝過ぎだ」
華奢な肩を軽く揺すると、抱きついた私の腕に頬ずりしながら母さんは顔をしかめる。きゅうっと私の腕を挟む太股の力が強くなった。
木の大精霊だと言うのに日差しで目覚めない寝汚い母さんに、ついため息が漏れる。
「母さん、今日は精霊サミットがあると言っていただろう?
『九耀の乙女』だけでなく全精霊が集まる会議に、九耀の乙女の一人が遅れては駄目じゃないか」
「はっ! 遅刻したら、ヘリオに殺される!」
私の言葉に鮮やかな濃緑の瞳を開き、母さんは勢い良く起き上がった。時計を確認し、まだ時間があると分かるとほっと息を吐く。
「おはよう、母さん」
「良かったぁ……おはよう、ハーくん」
抱きついてくるサース母さんの細い腰を抱く。そのまま母さんの白い頬へ豚鼻ごと唇を押しつけると、母さんは嬉しそうに目を細め私の短い首に腕を回した。
「ん……ハーくん、こっちにもぉ」
「ああ」
つん、と突き出された唇に唇を押しつける。大した力ではないが私は母さんに引き寄せられるまま、ベッドへ逆戻りする。
母さんに体重をかけないように気をつけ、私はのしかかった体勢で母さんの誘導に従い開いた唇を貪った。
キスは地球では恋人や夫婦が行うものだが、母さん曰くシンシンでは親子が行うスキンシップであるらしい。だから、母さん以外とはしないようにときつく言われている。
初めは地球の価値観のせいで抵抗があったが、今では朝の挨拶代わりに行えるようになった。人間、いやオークも慣れれば変わるものらしい。
「っ……ハーくん、上手になったわねー」
「毎日していれば嫌でも上達するだろう」
母さんがぶるりと震えるのが挨拶終了の合図だ。唇を離すと母さんは酸欠で赤くなった顔を笑みに変える。
私の唾液で濡れた母さんの唇を乱暴に親指で拭うと、母さんはその流れで指を口に含む。私はすぐに濡れたそこから指を抜いた。
「あんっ……ハーくんのいじわる」
「朝食の準備があるんだ。このままだと食べないで行く羽目になるぞ」
上目遣いにすねて頬を膨らませる母さんはたまらなく可愛いが、時間は待ってはくれない。私は心を鬼にして母さんを抱き上げてキッチンへ向かう。すぐに機嫌を直して首に腕を絡めてくる母さんの髪を優しく撫でる。
マザコン? ……上等だ。こんなに私を愛してくれる母さんに甘えたいと思うのは当然のことだし、父さんに出来なかった分の孝行を母さんにぶつけるのも子供ならば当たり前の考えだろう。
なんと言っても私はまだシンシンでは七歳だしな。
「ああ、誰か来たな」
私の作った朝食を食べさせ合っていると、不意に母さんの顔が不機嫌なものになる。気配察知をすると森の入り口に人がいるのが分かり、私の口から言葉がこぼれた。
「エルフの国の嫁き遅れと騎士の国の万年発情期が来たわね」
「母さん、口が悪いぞ」
私は分からないが、森の奥にある家からでも母さんは森の入り口に誰がいるのか分かるらしい。流石この世界に九人しかいない精霊のトップ、『九耀の乙女』の一人、『木耀の乙女』だと感心するがそれと口の悪さは別だ。
たしなめると母さんは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「だってあの子達、いっつもハーくんにベタベタするんだもの。ハーくんはお母さんのものなんだからねっ。お嫁さんなんてお母さんは認めませんからねっ」
「母さん……」
何だろう、この人の可愛さは。
言語化出来ない気持ちが溢れる前に、私は立ち上がり玄関に向かう。客人を迎えに行くためだ。
「私が行って来るから母さんは食べていてくれ」
「分かったわー」
私は転移で森の入り口へと飛ぶ。
今更だが、母さんのあの台詞で客人か誰か分かる私も大概悪い奴かもしれない。
「ああ、やっぱりお前達か」
「ナラハ様、お久しぶりです」
「くっ、ナラハめ。相変わらずいい筋肉をしおって!」
気配の近くに転移するとそこには従者を引き連れた美女が二人いた。金髪たれ目のハイエルフと、銀髪つり目の人間の女だ。
私のボキャブラリーでは美しい二人としか表現出来ないが、とにかく二人は急に現れた私に驚くことなくいつも通りの挨拶をしてきた。
「ハイエロ、胸を押しつけるな。クッコロ、胸に押しつけるな」
「ナラハ様とお会い出来た胸の高鳴りを直に感じて欲しくて」
「くぅっ、こんな逞しい腕でこうやって私の胸を鷲掴みにするつもりだろう!? なんていやらし……何故揉みしだかない!? 大きさか! 貴様も私の胸を愚弄すると言うのか!」
「お前達、頼むから意志疎通をしてくれ」
私に暴力的なまでの豊乳を押しつけてくるのはエルフの国の女王、ハイエロ・フジョッシ。そして、私の腕を自身の慎ましやかな胸に押しつけているのは騎士の国の姫、クッコロ・セヒメキシ。
成り行きで何度か彼女達を助けた所、こうやっておかしな懐かれ方をしてしまった。これも称号『望まぬハーレム』のせいだろうか。
「こうして来たのは何か用があるのだろう。家で話を聞くから、従者達にはそこの小屋で休むよう言ってくれ」
私は二人の胸から腕を脱出させ頼んだ。
森の入り口に建てた小屋は、こうやって各国のお偉方が来訪した時、従者達に待機して貰う用にそこそこ快適な作りにしている。従者達も文句はないだろう。
家に入れれば良いのかもしれないが、母さんと暮らす家に余り見知らぬ者を入れたくないし転移するのにも少人数の方が労力が少なくて良い。
「分かりました」
「ああ、分かった」
二人は素直に頷くと、従者に指示を出してからまた私の腕に抱きついた。「おい」と声をかけると抱きつく腕にますます力を込めていく。
「転移は視界が歪むので怖いんです。ナラハ様に触れていれば安心出来るので」
「くっ、卑劣な奴だ。視界の歪みに怯える私達を見越してこのようにしがみつかざるを得なければならなくさせるとは! ああ、乗ってやろう! 私は全力で貴様の策略に乗ってやるぞ! だから離さんからな! こんな役得、離してたまるものか!」
「……もういい、行くぞ」
起き立てに感じた頭痛がまた蘇る気がする。私は短い首を振って頭痛を追い払い、転移で家へ向かった。
お読み頂きありがとうございました。