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ダイヤモンド、ルビー、サファイア

作者: うさぎ屋

初出 twitter(2018-02-15)

 魔女はドラゴンに拾われた。


 いや、正確にはこうだ――人間の少女がドラゴンに拾われた。そして、魔女になった。

 巣穴の近くに置き去りにされた少女を見て、ドラゴンはすぐさま理解した。これは生贄として差し出されたのだということ。そして、人間の王国が彼女――ドラゴンは雌だった――の脅威を感じる程度の近さまで版図を拡げたことを。

 ドラゴンは巣穴を放棄することにした。このまま捨て置けば、いずれは力を蓄えた軍勢が彼女を滅ぼしに来ることは、間違いない。戦うのは、億劫(おっくう)だ。

 だが、巣穴には卵があった。卵はひどく(もろ)く、持ち運ぶことなどできない。しかも、孵化までに十年はかかる。ドラゴンは、ゆっくり年を重ねる生き物だ。卵の段階でも、事情は同じだった。


「おまえを魔女にしてやろう」


 ドラゴンは、少女の足枷に繋がった無骨な鎖に爪の先を差し込み、いともたやすく破壊した。

 呆然と、少女はドラゴンを見上げた。夜空を背に、ドラゴンはそれ自体が炎でつくられてるかのように明るい。黄金の眼には、永劫の智慧がかがやいている。


「おまえには、すべての言葉がわかる魔法をかけた。おまえは世界の秘密を知る者となるだろう」


 もちろん、少女にはドラゴンの言葉がわかった。おどろきながらも、少女は問うた。


「その見返りに、わたしはなにをすればよいのでしょう」

「おまえに、なにかを望む?」


 ドラゴンは、鼻先に明るい火花を飛ばした。

 たしかに、考えはある。だが、それは望んでやってもらうようなことではない。勝手にそうなるように仕組んだことだ。


「ひとつだけ助言を残してやろう。この洞穴に蓄えた珠玉には、魔法が染み込んでいる。これらはおまえを強くし、魔力を高めるものだ。大きいものほど効果は高く、おまえの魔力と結びつく。わたしなら、手放さずに守るだろうな」


 それだけ告げて、ドラゴンは飛び去った。

 かくして生贄の少女は魔女となり、ドラゴンの卵の守り手となった。


 魔女となった少女はもはや人ではなく、生命の糧はドラゴンの魔力が染み込んだ宝石から得ていた。魔女の眼は夜のように黒く、髪は烏の羽根のようだった。艶やかで、たまに紫や緑を映す。それはアメジストの紫であり、エメラルドの緑であった。たしかに、魔女は宝石から力を得、かたく結びついていた。

 魔女は鳥と語って空を知り、魚と語って水を知った。蚯蚓を介して、大地に眠る時の堆積を知った。

 魔女はまさに世界の秘密を知る者となっていた。


 数ヶ月後、ドラゴン狩りを気取った騎士が巣穴を訪れるという事件が発生した。

 すでに知恵者となっていた魔女は、飾らぬ姿を騎士の前にあらわした。ドラゴンは争いを嫌って巣を引き払った、生贄として捧げられた自分が人にそれを伝えるように命じられた、やっとその使命を果たすことができて嬉しい、これで消えられる――と騎士の目の前でかき消えて見せた。

 仰天した騎士とその従者は、近くの村へ逃げ帰り、話を少し盛った。少女は惨い姿で出現したことになったが、風が運んで来たその話に、魔女は薄く笑っただけだった。

 幽霊話にしたのは、興味本位の肝試し以外で訪れる者を減らすためだ。幽霊なら――しかも、もう願いを成就して消えたということにしておけば――実効性のある対策がとられることはあるまい。


「おまえだけ、守れたらいいの」


 魔女は、ドラゴンの卵にささやいた。

 それが特別な存在であることはわかっていた――卵が孕む、なみなみならぬ魔力を感じずにおれようか。

 どうしようもなく魅了される、やわらかな宝石。


「おまえはわたしの運命」


 ほんの少しの衝撃でも欠け砕けてしまうことは、一目でわかった。

 そして、これを失うわけにはいかないことも。


「おまえは、わたしの生命」


 三年ほど経つと、幽霊談の効果が薄れ、ドラゴンがいたという昔話の方が力を増した。当然、財宝を求めて不埒(ふらち)な輩が訪れる。

 魔女は自身の存在を知らしめることに決めた。出現の演出には、魔法で精錬した銀を使った。金ほどには人の欲を刺激せず、それでいて神秘的なかがやきを演出できるからだ。


「ここは魔女の領域、人が立ち入るべき場所に非ず」


 無法者たちを風で吹き飛ばし、ついでに派手な地割れを生じさせた――もちろん、無法者の何人かをその地割れに呑み込ませ、残りは向こう側に配するように。

 生き残った無法者たちは滑り転びながら逃げ散り、魔女の住処は静かになった。


 二年に一度ほど挑戦者があらわれたが、魔女が姿を見せる必要すらなかった。

 魔女はドラゴンの卵に魅了され、日々それにふれ、声をかけ、時には涙を流した。魔女が泣くことはないとされていたが、ドラゴンのためなら涙もこぼれるのだった。


「おまえは、失われたわたしの魂」


 魔女となったときに、魂は消える。魔女は厳密な意味では生き物ではない。といって死者でもない。ただの魔法、ただの力だ。あるいは知識。

 だから泣かない。恋もしない。それでも魔女がドラゴンの卵に執着するのは、それがドラゴンという存在そのもので――凝縮された純粋な魔力だからだ。


 やがてドラゴンが卵から孵る日が来た。

 その日、魔女はドラゴンが貯め込んでいた宝石をすべて卵の周りに集めた。ダイヤモンド、ルビー、サファイア。どれも皆、ひとつあれば人の王国を購えるほどの大きさがあり、百人もの魔女を生み出すに値する力があった。


「わたしの運命」


 魔女は、そっと卵に声をかけた。祈るように、あるいは呪文を唱えるように。

 真珠色の卵の表面に罅が生じ、ドラゴンの鼻先が覗いた。鱗は、空気にふれるとたちまち硬化した。この世のなにより脆く儚かった存在は、一瞬にしてなによりも強くて硬いものになった。巣穴にあった宝石はすべて、ドラゴンの表皮と同化していた。石の輪郭は失われたが、絢爛たるかがやきはその鱗にさまざまな光と色を残した。


「わたしの魂」


 魔女の声に、ドラゴンの声が重なった。

 黄金と黒の眼差しが交錯し、互いは互いの中に闇と光をみつけ、そして結びついた。


「わたしのドラゴン」

「わたしの魔女」


 魔女はドラゴンの背に乗った。


「わたしの真理」

「わたしの永遠」


 そうしてドラゴンは魔女とともに飛び去った。今、かれらが世界のどこで暮らしているのかは、誰も知らない。


お読みくださり、ありがとうございました。

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