表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラクリマ  作者: わたる
5/5

【フォルテ】

 迫り来る炎。熱量を上げて全てを焼き付くそうとするそれはしかし。反射的に目を閉じて灼熱が身を焼くその瞬間を思い描いた私の予想に反して、何の変化ももたらす事がなかった。


「次から次へとキリがないな。それほどまでに、今日は天に見限られているらしい」


 その声に目を開けて周りを見渡すと、炎はその辿った道筋を誇示するように、床を焦がしているものの、ある一点で唐突にそれが途切れているのが分かった。冷静に呟いた紫炎の目線は、私とはややずれている。後ろに誰かがいる、の……?


「見つけた」


 振り返った私の耳朶を打つのは、抑制された小さな声。されど、確かな殺意の込められたそれを放った者は。


「来たか、エージェント・フォルテ」


 足を庇い、ロバートさんに肩を借りながら素早く体勢を立て直したギャロップさんが、来るはずのない援軍にそう声をかけた。彼女が最強の御名を持つフォルテ。この局面においては、誰よりもありがたい援軍。


「ぬ……っ!?」


 ひたりとこちらを見据えていた紫炎が、吐息を漏らすと素早くひらりと身を翻した。その直後、彼の帽子があった場所をズドンッと衝撃が駆け抜けた。


「ほう、躱すか。大したものだ」


 紫炎はいつの間にか、教会の奥まで退避している。対象的にゆらりとした緩慢な動作で床に陥没した剣を持ち上げたのは、鬼と名高いリンド先生だ。


「ほら、主役は遅れてやってくるものだからね!」


 その後ろからことさらに陽気な声をあげたのは、


「レイ!?」


 はしたなくも素っ頓狂な声をあげてしまったものだが、これは完全に彼が悪い。心臓に悪い。普段であれば【紅き十字架】への任務への同行はおろか、任務の仔細すら伏せられている彼である。この場に現れたことに驚くなと言う方が無理というものだ。


「エンプティ、何故君がここに? と言いたいところだが、無意味な問答は後にするとしよう」


 さしものギャロップさんも驚いたようだが、すぐに平時の思考を取り戻したようだ、優先順位を間違えるような人ではない。


「その波長……よもや」


 対照的に、レイの姿を見てもさしたる驚きを示さなかった紫炎が徐々に目を見開いてゆく。が、そうのんびりと考え事ができる状況ではないのだ。低く短い声と共に木刀が風を切り紫炎を襲う。体をそらしてその一撃も躱した巨漢だが、木刀を叩きつけた衝撃を上乗せした蹴りまでは見切るに至らず、大柄な体が嘘のように宙を舞い、背後の壁へ猛烈な音を立てて吹き飛んだ。


「ほう、ほう、できるな」


 異次元な格闘技を見舞って楽しそうに一人ごちるリンド先生だが、不意にひょいとその身を躱す。その一瞬後には赤き炎が床を焦がしていた。


「なかなかできる奴がいるな」


 がらりと壊れた備品や壁材を押しのけながら立ち上がった紫炎が言う。その右手から再び青き炎が放たれ弧を描きリンド先生を襲う。先生はそれを身軽な足捌きで逃れるが、そこからなおも追従する炎に対して鬼の口から微かな驚嘆の声が漏れた。


「危ない!」


 咄嗟にレイが駆け寄ろうとする、その腕を掴んで止めたのはロバートさんだ。焦燥に駆られた表情で後ろにいるロバートさんを振り返った彼だが、そのせいで一つの結末を見逃した。


「……今日はつくづく、天に嫌われているらしい」


 狩人のような眼光で己の放った炎の末路を睨みつける紫炎。触れてもいないのに肌を刺すかのような熱を残したそれは、空気中に浮かぶ魔法陣に塞き止められて獲物と見据えた鬼を屠ることなく消えてゆく。


「あなたに、もう、何もさせない」


 そう言い切ったのはエージェント・フォルテで、彼女は両手を突き出している。あの魔法陣こそが彼女の【最強】たる由縁の能力であり、全ての物を防ぎきる盾の陣だ。


 リンド先生の本気の斬撃をも涼しい顔で受けとめるそれは、紫炎がさらに放った赤い炎もなんの苦も無く受け止める。その蔭へ隠れ、床を這うように放たれた青い炎もまた、新たに作られた魔法陣の前に霧散した。


「ぬぅ」


 不利を悟った紫炎に対してリンド先生が反撃に転じる。牽制に放たれた炎はいずれも射線を見切った盾へと吸い込まれ、強烈な踏込と共に木刀が横凪に紫炎の身体へと迫りゆく。惜しくも空を切ったが、紫炎の顔からは余裕が失われている。


「せい、やっ!」という掛け声とともに、鬼の剣士が空振りした横凪を遠心力へ変えた回し蹴りを放つ。両手を交差して受けた紫炎がまたも壁際へ吹き飛び、派手な音をたてて砂埃が舞う。


「やった!?」


 思わずそんな声が私の喉から漏れて出たが、リンド先生の口を突いたのは苛立たしげな舌打ちだった。舞い上がった埃が収まるころには、壁に大きな穴が空き、周囲にはもう【紫炎】の姿は確認できなくなっていた……。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ