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ラクリマ  作者: わたる
4/5

【ギャロップ】

 何故馬を2頭も連れているのに、二人乗りをさせられるのか。いや、確かに馬に乗ったことがないからそれが良いんだろうけれど、もう少し体に優しいスピードになりませんか。自分のペースで走りたいんですけどー!乗り方が分からないこととどちらが良いかと問われると悩む。この体に悪い疾走経験を加味すると、その天秤は揺れ動く。


 理想を追求するならば、先生、リンド先生、速度を落としやがれください。となる。


 そんな文句を何度か飲み込んで、しばらく走ると、街道の先に1台の荷馬車が見えた。それに気付いたリンド先生が、馬に加速せよと合図を送る。


 正確に意図を察した馬たちはスピードを上げ、荷馬車の脇をすり抜けて前へと踊り出た。僕はたまらずリンド先生へしがみつく。目の前の乱入者に驚いた御者は馬車馬を止まらせ、荷馬車は慣性のままに僕らのすぐ前まで来てから停まった。


「あ、危ねぇだろうが、兄ちゃんよぉ!!」


 御者を勤める中年の男性が荒い口調で僕らを責めた。そりゃそうだ。こちらが悪い。謝るべきだ。


「失礼、人を探している。これくらいの小さな女の子だ」


 リンド先生が馬上から、自分の腰辺りを腕で示す。御者は何か言いたそうに口を開きかけたが、それより先に荷台から控えめな主張が聞こえた。


「小さく、ない」


 幌の影からひょこりと顔を覗かせたのは、ピンクとも紫ともとれる長い髪を後ろで編み込んだ少女、フォルテだ。小さい。


「なんでえ、知り合いかぁ? 嬢ちゃん」


 こくり、と黒の修道服に身を包んだ少女が頷く。感情の読み取れないその顔はまるで人形のように整っている。


 それをみたリンド先生が颯爽と馬から降りた。そのまま僕のアシストもこなしてくれて、両足が久しぶりに安定した大地を踏み締める。


「ありがとうございます」


 お礼を伝えると、こちらをじっと見据え、1つ頷き、


「もう大丈夫だな?」


 と呟いた。その真意を図りかね、返事を保留していると、彼はフォルテの方へ手を伸ばし、告げた。


「着替えもせずに、よほど慌ててたんだな。急ぐんだろう? 乗れ」


 フォルテは荷馬車を降りると、すれ違い様におじさんへ、ありがと、と呟き、そのままリンド先生の手をとって馬上へ上がった。

 先生はひらりと彼女の前へと乗り込み、手綱を手に取ると少し息を溜めて、ハッ!という掛け声と共に愛馬を走らせた。


 唖然とした御者のおじさんとしばし、流れるようにスムーズに二人が走り去っていく様子を眺めながら、僕は次第に先程の発言と残されたもう一頭の存在意義を噛み締めることになった。いやまあ確かに自分のペースで走りたいとは言ったけども。言ったけどもさー!?

 おじさんがゆっくり僕を見る。


「……追わなくていいのかぁ? 坊主」


「……馬ってどう操るんですか?」


 僕は途方にくれてそう尋ねた。おじさんは呆れたように肩を竦めた。



「ひどいじゃないですかー! 何もおいていかなくてもー!!」


 心なしか左右にたつ門兵の視線が痛いが、それでも僕は、その視線に耐えてでも、やっとの思いで追い付いた鬼へと抗議をしなくてはいられなかった。


 ライラックの街、その入り口でのお話である。


「見込んだ通り追い付いてきておいて、何がひどいというのか」


 かーっ。これである。これだからこの悪魔は信用できない。


「乗ったことないのに手繰れるわけないでしょー!」


 全身全霊身振り手振りの訴えは、冷ややかに見下ろす鬼面に受け止められた。


「ではお前はフォルテを置いてお前を乗せろと言いたいのだな?」


 フォルテがじっと僕を見つめてくる。まるで、そうなの? とでも言いたげに。うーーーむ。実に、実に居心地が悪い。そんな目で僕を見るな。


「そ、そんなわけないじゃないですかー。やだなーもう。馬に乗れないフォルテを置いていくなんて考えたこともないですヨー」


 あは、あはは、あはははーと右手の薬指で頬を掻きながら笑って押し切る作戦をとる。さすがに『女の子を置き去りにするつもりでした』などと人情の欠片もない返答はできやしない。侠気侠気。しかし、返ってきた反応はもう笑うしかないものだった。


「あたし、お馬乗れる」


「ガッッッッッデム!?」


 乗れたんかい!こんちくしょー!!

 膝から崩れ落ちた僕を、門兵たちが槍を向けながら誰何した。



「騎士長! 伝令です。大門の辺りで不審人物が目撃された、とのことです!」


 その一言で、俄かに教会の中が騒がしくなった。どこからか走ってきたらしい、蒼い鎧の青年は、息を弾ませてそう報告した。


 【リセット】を行い、一時眠りに落ちた彼女に辻褄合わせの一芝居を打ってから、教会へと戻ってきた途端にこれだよ。ちょっとくらいは休ませてほしいと思わない?体が持たないよー、ほんと。


「紫の帽子を被った巨漢か?」


 まだ調子が悪そうに、俯きがちに頭を押さえた騎士長が、それでも気丈に部下へと問い掛ける。ギャロップさんも興味深げに身を乗り出した。


「いえ、馬にしがみついて駆けてきた少年だそうです。よく分からないことを叫んでいるとかいないとか……」


 尻窄みな報告。それを聞いた室内の空気が一気に弛緩する。なによ、その頭の悪そうな不審人物……。どこの街にもレイみたいな騒がしいのがいるのね。そんなことを考えて思わず笑みがこぼれた。確かに怪しげではあるけれど、危ない感じはしない。同じことを騎士長も考えていたらしい。


「捨て置け。大方、只の浮かれた旅人だろう。それよりも、先刻の紫炎のことだ。行方は分かったか?」


 瞬時の判断はさすがである。紫炎の行方が分からないままでは、ここに避難した住民や、巡礼者たちが安心できない。

 私だってあんなのがまだどこかにいると言われて、いつも通りの生活ができるとは思わないもんね。


 問われた青年はふるふると首を振る。残念ながら未だ、足取りはつかめていないらしい。


「ロバート、何か掴めたか?」


 ギャロップさんが隣に控える老執事へ声をかける。目を閉じていたロバートさんはゆっくりと瞼を開けると、


「進展はありません。紫炎らしき人物は町の通りや近郊の街道にはいないようでございます」


 と落ち着いた声で答えた。むむむ、これだけ近くに来てもロバートさんの諜報網にさえ引っ掛からない辺りが、紫炎の最も厄介な点ではないのかな。どこにいるか分からないなら追い掛けようもないじゃない。


 ギャロップさんはそうかと言って腕を組む。


「引き続き捜索を続けてくれ。路地、露店、果ては個人宅。どこに潜んでいるか分からんからな」


 ロバートさんは恭しく了承の意を示した。それを聞いたミシェルさんが配下の騎士へ指示を飛ばす。


「聞いての通りだ。手配コード【紫炎】の捜索を続行。我々は人々の門扉を回れ。遠くへは行っておるまい。近くに潜伏しているか、街道を外れた森へ逃れたか。いずれにせよ、このライラックであのような騒ぎを起こしたこと、後悔させてやろう!」


 騎士たちは「応!」と答えて走り出す。しばらくの間、鎧の擦れるガチャガチャという音が響き渡ったが、すぐにそれは静寂へと置き換わった。


 礼拝堂に残されたのはミシェルさんと私達、そして住民や巡礼者たちだ。彼らは思い思いに、お祈りを捧げたり、家族と話したり、不安げに礼拝堂の中を歩き回ったりしている。その中で、背の高いロープを纏った巡礼者がゆっくりと立ち上がった。彼はこれから家へ帰るのだろうか。


 腕組みをしたままのギャロップさんがぽつりぽつりと、推測を呟いてゆく。


「……ライラックは城壁の町だ。門兵の目を潜って外に出るのは不可能に近い」


 騎士長が力強く頷く。決して逃がしはしないと、その目が告げている。


「……では当然、街中にいることになる。いや、待て、そもそもどうやって中へ入ったのだ? 協力者がいたのか?」


 確かに、私たちも街へ入る際、門兵たちから確認を受けた。手配コードに載るような人物は、その場で弾き出されるか投獄されるのが関の山だよね。


「馬鹿な。門兵に誰何されず、審査も受けずにライラックへ入れる身分のものなど、そう多くは……」


 ミシェル騎士長がそこまで答えて、大きく目を見開く。何かに気付いたらしい、彼女は弾かれたように後ろを振り返った。それと同時、先程立ち上がった巡礼者が左手を掲げる。左手?


「全員伏せろっ!」


 瞬間、数刻前の記憶がフラッシュバックする。巨漢の左手と、赤い炎。それらと目の前のロープ男が結び付いた時には騎士長に庇われ、床へと引き倒されていた。


「いけません! あるじさ――――」


 ま。ロバートさんがそう言い終える前に、ズダン! となにかが叩きつけられる音。覚悟していた炎撃は……こない。


「え?」


 恐る恐る振り返った騎士長、その肩越しに見えたのは床に伏した巨漢と、彼の左腕を踏みつけ、右腕を捩り上げて組伏せるギャロップさんの姿。


 【速駆】。その名の通りの単純で強力な能力。素早く動き、他の何者の追従も許さず、完封する。久しぶりにみたけれど、やっぱり反則だよねあれ。なんでさっき使わなかったんだろう?


「……もっと慎重な相手なのかと思っていたのだがな。案外大胆に動く。あまり考えていないだけか?」


 ギリッ、と組伏せる力を強める神父。苦しげな呻き声が巨漢の喉から漏れる。勢いで捲れたロープの下から、紫の帽子が見えた。


 ……変装するくらいならそれも脱げばよくない? いや確かに気付けなかった私達が言っても説得力なんてないけども。いったい全体なんのこたわりなの……。


 半ば呆れて横たわる【紫炎】を見ていると、ギャロップさんが更に言の葉を紡ぐ。


「手の内も判らぬ者に、奇襲が成功するとでも?」


 巨漢は黙して語らない。いや、かなりの痛みが襲っているはずだから、話す余裕もないのかもしれない。そんなことを考えていると、ギャロップさんと目があった。


「間違えるなよ、リセット。力のみを消せ」


 ……なるほど。ギャロップさんはきっと、最初からこうするつもりで、フォルテには知らせず、私とチームを組んだのだ。


 いくら優れた力があろうとも、『特別な力がある』という記憶を消してしまえば、それは無力化させることと同じことだ。そんな使い方を想定していた法衣の上司へ微かな畏れを抱きつつ、私は押さえ込まれている紫炎の頭へ腕をかざした。


「……もっと慎重な奴かと思ったんだがな。意外と派手に動いてくれる。それとも、何も考えてないだけか?」


「っ!?」


 組み敷かれたまま、鋭い眼でこちらを射抜き呟く。得体の知れない恐怖が全身を駆け抜け、私は思わず距離をとった。


「手の内も判らない敵に奇襲が通じるとでも?」


 先程の発言を丸まま返すと、徐に締め上げられている右手の平を開いた。そこからは【青い】炎が吹き出す。しかし当然、それは天井へと向けられており、検討違いの空間を焦がしてゆく。


 青い炎。右手から炎が出ることも驚いたが、左右で色も違うらしい。


 ギャロップさんは、一時、炎を追っていた視線を紫炎へと戻すと、


「はったりは止せ。手の平から炎を放つということは判っている。こうして押さえてしまえば、何もできやしまい」


 あくまでも冷静に、そう断じた。……故に。


「主様!」


 発された警告は遅く、弧を描き、照準を定めたかのような青き炎が神父の背へと吸い込まれた。


「ぐっ!?」


 衝撃で前のめりに倒れるギャロップさん、その法衣は焼け焦げて、火傷した肌が見えている。


「放たれる炎の性質は知らんのだな」


 ゆらりと起き上がった紫炎が左右の腕を触り、負傷の確認をしながらそう呟く。加勢を試みるミシェルさんやロバートに左腕を向けて、右腕を背中を押さえるギャロップさんへと突き付ける。


「もっとも、教えてやる義理もないが」


 再び放たれた青い炎が的確にギャロップさんの足を焼く。苦悶の声が漏れる。あれでは、いくら速く動ける力があっても、動きようがない……!


「では、さらばだ」


 紫炎の両腕から、無慈悲な炎が熱量を上げた――――。








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