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第四話 獣と私と論理的神官

 エルマンは論理の男だった。


 いつだって沈着冷静(自称)。

 どんな異常事態であっても合理的な理由があると信じ、あらゆる仮説と検証を繰り返すことで論理的じぶんなり結論付こじつける。


 説明のつかない謎などない。

 あるのはすべての事象に対する明快な答え。

 そして厳然とした事実の前で感情に振り回される、愚かな生き物だけ。




 大社しょくばで盗難騒ぎがあった時、彼はアルマを初めて見た。


 素朴な顔立ち。だけど貴族女にはない穏やかな雰囲気。

 頬はまろく、小さな鼻の上のそばかすや大きな薄い茶色の瞳も、愛嬌があって嫌いじゃない。むしろ好ましい。


 兵長に聞くと夜明けから並び、懸命に村人の加護を神に祈っていたらしい。

 領地の人頭帳での評価は「孝行娘」。

 後日村の分社の神官から聞いたのだが、母親の病気の治癒を祈るために、いつかの嫁入り用にと溜めていた小金をはたいたそうだ。


 そう観察をしていると、自分の中にも息づく闇神あんじんの一部が、強烈にアルマに興味を抱き、さざめき出した。これは滅多にないことだ。


 そして、自分の心も闇神あんじんに同調したのか、さざめき出す。

 彼女が自分を見つめていると思うと、特に。


(……これは困るな。仕事の邪魔だ)


 そこでこの村娘の影響力を排除し、有効に利用するために脳内で仮説・検証・計算・反省・再検証。

 ————結論に達した。




 → 闇神あんじんがここまで気に入ったら、村に帰っても闇が地方に影響を及ぼしてしまうだろう。近い存在の神獣たちも、もしかしたら惹かれてしまうかもしれない。

 → 神獣は気まぐれで暴走しやすい。

 → このまま下手に田舎に帰られるようになるよりも、自分の目の届く大社しょくばで管理したい。

 → そうだ。神獣の中でも一番古株で割と常識人なシマルグルの元に送ろう。闇神あんじんの大部分もくっ付いている。

 → 闇に飲み込まれれば誰も攻撃できないし、死ぬこともない。

 → 放り込んだら中の闇神あんじんが静かになった。すっきりした。後は放っておこう。

 → 胸もさざめかず、今日も調子が良い。




 そんな一方的な断罪に、牢に放り込まれたアルマは猛抗議をする。

 

「貴方の勝手な論理とやらで、投獄されるなんて、理不尽です! 私を村に返してください! ここに来てから一度も畑仕事ができていないんですよ!」

「私がことわりを尽くせていないだと?」


 心外だ。

 そう言ってエルマンは、アルマの横で寝転んだスヴェントヴィトで例えた。


「私は論理し結論する。あれはヌイだ。確かにシマルグルはその辺のヌイよりも巨大で、かつ言葉を話す。そして大社おおやしろでは、ロランドと私にしか聞こえない。だが、それはなんら特別なことではない。ある波長を使って話す能力があり、たまたま波長に適合した我々が聞き取れただけだ。物理的に制御できる力があるだけなのだ。そこの『もふ』という快楽を求めて、バカをやった獣どももと同様にな」


『うるさいぞ、堅物! 俺っちの加護と同じくらい高尚な趣味をバカにするな!』

『女神の手だぞ! その辺の手と一緒にすんな! こんちくしょう!』 


 闇の奥から抗議の声がする。

 子供のような声と、偉そうで甲高い可愛い声。どうやらスヴェントヴィトの眷属モコシとババディガンが、遊びに来ていたようだ。


「黙れ獣ども。生き物の優劣は能力ではない。理性だ。「もふ」だと? そんな快楽にすぐ流されるから、お前らは危ういのだ。今まで他国や邪な存在に利用されなかったのが不思議なくらいだ」

「アルマ、こいつ元々理屈屋なんだよ。適当に聞き流せばいいから」

「お前はもっとまともに人の話を聞け」


 へらりと笑って気にするなと言ってくれるロランドにも、エルマンは噛み付く。


 ロランド皇子とは昔からの幼馴染だ。

 元々エルマンは皇家の流れを汲む辺境伯の次男であり、皇家にも昔から出入りしていた。

 だがこのような性格なものだから、皇家のはみ出し者で狂人扱いされているロランドくらいしかつるむ人間がいない。

 ちなみにエルマンは無神論者である。職業は神官だが。




 そして、先ほどからスヴェントヴィトは何も言わない。

 アルマに触れている大きなしっぽも微動すらしない。彼の斜め上の言動には以前から慣れているようだ。


『頭良いバカって、本当にどうしようもないのよね』


 妖艶な女性の声がアルマのすぐ上の天井から聞こえる。

 ネズに似た獣、パトリムパスもいるようだ。






 アルマは、あちこちから他の眷属たちが集まってくる気配を感じた。


(エルマン神官が来たからなのかな? ただでさえ真っ暗な闇が、一層重くなった気がする) 


 どうやら、エルマン神官はロランド皇子と同様にこの闇で普通に見える。つまりは闇神あんじんに気に入られているということか。

 ロランド皇子、エルマン神官、そして自分。

 自分たちは他の人間よりも特に闇神あんじんに気に入られているという。

 

 闇神あんじんは一体何を基準に、人にまとわりつくのだろうか。





 

 エルマンは「とにかくだ」と話を変えて、鉄格子の柵をガチャリと鳴らした。


「アルマ・モリメント。せっかく牢に放り込んでおいたのに、地上に随分と迷惑を掛けてくれたな。私の指示が水の泡だ。いますぐ「モフり」とやらを止めてもらおう」

「迷惑なんて掛けていません!」

「いいや掛けた。おかげで城は疲弊し、大社しょくばは忙しい。私の時間が大いに無駄に削られている。お前の、いや、お前の手によって暴走したそいつらのせいでな」


『『俺(私)たちは悪くない!』』


 一斉に方々からブーイングが起こる。

 ロランドが説明した論理的な話を要約すると————やはり、獣たちのせいだった。




 アルマの「撫で手」「もふ手」を欲して暴走した彼らのおかげで、アルマの村は十分に潤った。

 そしてとうとう、アルマにモフってもらえるネタがなくなった。

 それは困る。とても困る。


 他に恩を売れるところがないかと探し始めた獣たちは、隣村や近隣の社に手を出した。

 それはもう、思いっきり。

 仕方ないのだ。だっていつでもモフってもらいたい!




 ————その結果。

 エルマンの元には大量の余計な仕事が舞い込んだ。


 突然の豊作。

 → だが作物が余って相場が暴落、対応しきれない商人が困窮。


 収穫時期の時期が早まりすぎる。

 → 食品加工職人の親方が、出稼ぎの季節労働者を集めきれず、作物の腐敗が進む。


 唐突に回復する病人やけが人。

 → すると良心的な価格で患者を診ていた診療所が潰れた。


 村々の自然があまりに勢いよく繁茂。

 → すると益虫も増えたが、害虫も大発生した。


 恵みも過剰になれば害になる。

 あまりに急激に変化したために、国の経済は大混乱し始めているのだ。

 財政官は大慌てで税収の計算をし直し、財務長官は全国を飛び回り、市場の混乱や商人や職人、医師や薬師たちの救援に回っている。

 大社しょくばとて同様だ。とんでもない数の国民が神と神獣に抗議の列を連ねていた。




 更には————。

 この国と大変仲の良くない隣国までが動き出した。


 大地の精霊(かの国の表現)たちが突然活発に人間に加護を与えだした。その秘密を探り、あわよくば手に入れようと。

 先日盗まれた大社しょくばの宝の件と良い……この国の加護は、あまりにも簡単に手に入ってしまう。


 そして、アルマの地域を領有しているドレカヴァク辺境伯は、皇王に呼び出された。

 数刻後、眉間の皺をこれでもかというほど寄せたドレカヴァク伯は、大社おおやしろ仕事しゅみをしていた息子のエルマンに命令を出した。

 どうにかしろと。




『こんな異常事態はたいてい神獣のせいに決まっている。エルマンお前の管轄だ。だから任せた。良い報告だけを待つ。ではな』


 自分によく似た、冷たい顔立ちの父親に、紋きり調で命令をされたエルマン。

 彼はしぶしぶ動き出した。

 そしてアルマのまろい頬を思い出しては胸がさざめき、頬がほてる。

 胸を押さえ、「動悸か……闇神あんじんめ、余計なことをしてくれる」と愚痴を吐きながらこの闇牢にやってきたのだ。


「実に迷惑な話だ。私は忙しい。貴様が余計なことをしてくれたために、このばかどもが調子に乗ってくれた」

『『お前、闇神あんじんの力が強いからって、言い過ぎだぞ!』』

「論理的でない抗議など聞かん」

「まあ気にしなくてもいいよ、アルマ。戦争にでもなればいい暇つぶしになるし?」

「却下だ! お前の話は、常に論理も何もあってものではないっ」 






 わいわいと闇の中は賑やかになる。


 一方でアルマは考え込んだ。

 まさか、自分が良かれと思ったことが、国に迷惑を掛けてしまうとは。

 もう獣たちを撫でたり揉んだりするのは止めた方がいいのか……。


『……アルマ。止める必要はない』

「スヴェン様」

『お前の手がどれだけ私の眷属たちを癒したことか。私も……本当に幸せな心地にさせられた。

 ……元はと言えば私がお前を引き留めているからいけなのだ。本来は光の下にいるべきお前を、闇の中に留めているのも私の都合だ。エルマンは私の気持ちも理解したうえで、ここにお前を入れたのだ』


 だが、とスヴェントヴィトは苦しい声を出す。


『加護については、私も反省している。だが、お前の言う「御礼」も無しに、ただで撫でさせてやるわけには行かぬ。《あいつ》も言っていたからな。やつらは私の眷属だが、私同様、自然から生まれた者。私の命令とて永遠に聞くわけではない。何を如何にすれば良いのか……』


 隣の毛皮をそっと触ると、心なしかしょぼんと萎んでしまっている。 

 小さくなってしまったような雰囲気。


 アルマはしっぽの毛をひと房持ち上げて、ほおずりする。柔らかい毛。

 —————長らく一緒に居て、すっかり手に馴染んでしまったこの手触りを、自分に甘える大きいけれど可愛い獣を、アルマは放したくないと思っていた。






 ————情が移ってしまったのだ。

 湧き起こってしまった情は戻せない。


 決断をしたアルマは早かった。

 彼女は己の傍で小さくなる可愛らしい存在に質問をする。


「ならばスヴェン様。お聞きします。この国の加護は自然から作られた神獣の皆様によって調整されていますよね」

『ああ』 

「それとは別次元に神がいると」

『私がここで動けなくなった頃から、殆ど姿を現していないがな。彼らは全てを神獣に任せてしまった。だが、我らは自然から生まれた者。お前の村が疫病に陥った時の様にいつだって見ているわけではない。本能に流されるままでしか、恵みも加護に与えない』

「なのに。私が影響を及ぼしてバランスが悪くなっていると」

『……そうなって、しまうな』


 萎れた毛皮。

 アルマは愛しい毛皮を握り、彼らが思いもよらない提案をした。




「ならばいっそ、私を生贄にしましょう————この大社おおやしろの最初の供物として」




『なに!?』


 驚愕の声を上げるスヴェントヴィト。

 雷鳴のような響きに、闇の中に蠢く人と獣がしんと静まる。

 アルマは気にせずに続けた。


「せっかくここにスヴェン様がいらっしゃるのです。改めて、神獣様に立っていただき、私は女神の手の代行をすればいい」


 大社おおやしろは元々、建国に関わった女神と神獣様のために作った場所。この天地異変も、本能まみれの神獣たちのせいではなく、全て女神の神獣様が訪れた影響だとすれば良い。

 そして神獣は無料で国に加護を与えるのではなく、生贄を求める。アルマ・モリメントは神獣に国から与えられ、ずっと仕える者となるのだ。


 そもそもこの闇は他国の間者も下手に近づくことができない場所。

 実に都合が良いではないか。


「これで皆様の『御礼』は要りません。私はあくまで国家の加護をお祈りするために神獣様たちを慰撫します。そこに余計な報酬はいりません。神獣様に目を向けるよりも、この女神の神獣が降臨した大社おおやしろに、他国の目を全て集中させればよい—————いかがですか、エルマン様」

「……随分と大胆だな、アルマ・モリメント。ただの村娘かと思っていたが……だが、悪くない。このバカたちの存在を知られて、うっかり利用されてしまうよりはな」

『……私は、この闇と土地からは逃れられんぞ』


 ふふふ、と笑い声が上がる。


「何言ってんのさ、シマルグル。あくまで縛られているのは「闇神あんじんの土地」でしょ? 知っているんだよね、本当は地上に上がれるの」

『あ、それ言っちゃう!?』


 ロランドの話に、突っ込みを入れる地面のモコシ

 アルマは思わぬ事実にびっくりする。

 あくまでこの牢の中で、獣たちをモフる理由を付けるだけのつもりだったのだ。


「そうなんですか!?」

『……』

「ある意味、本当に引きこもりだったんだよねえ。皇家の記録に残っているよ。多少の経緯が、ね」


 意味ありげに笑い続けるロランド。

 スヴェントヴィトは無言を貫いた。

 





 そして一方でエルマンは感心していた。

 この娘はなんと理知的なのだと。 


 地上に出せと感情的に暴れるかと思いきや、より合理的に神獣たちを癒し、シマルグルを生かす方法すら考え出した。

 本能のバカたちへの関心を逸らすこともできる。


 純朴で、優しくて、好みの顔立ちで、そして決断力がある。

 頬がほてり、胸の鼓動が不規則に打ち出す。


(心の臓の病か? ————いや、闇神あんじんのせいか。つくづく闇を抱えて生まれ持ったものは難儀だ)

 

 エルマンは闇の中で、ずっと胸を押さえていた。






 ふわり。

 闇の中を微かな羽毛が散り落ちる。






 ————そうして。

 スヴェントヴィトは地上に上がり、闇は大社おおやしろの本殿を覆いつくした。


 世間は言う。女神の神獣はシャイで、暗闇に身を潜めて姿を見せることは叶わないと。

 ただ、姿を消した女神の代わりに生贄を求め、そこに選ばれたのは、一人の娘。


 「神の子」ロランドのお気に入りであり、女神の神獣の傍らにいることを許された娘—————アルマの名声が、各国に轟き始めたのだ。




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