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第十話 獣と私と優しいアンジー

 スヴェント様は確かに「外」に出ると言った。

 闇神————アンジーもそれに同意した。

 周囲の獣たちも『ひさびさにスヴェン様が外にいる!』と笑っていた。そのはずだった。 


 なのに。




「なんで外まで暗闇なんですかー!」

『私とアンジーは今や一心同体だ。そう簡単に分離できるはずがなかろう』


 見渡す限りの黒、黒、黒。

 いつまでたっても世界が暗いまま。


 少し強い毛の背中に乗ったアルマは気が付いた。

 スヴェントヴィトと共に闇が移動していると。




「陽は拝めなさそうですね……」


 大切な番を背中に乗せて揺れないように走る、大きな獣の毛束を握る。


 一生目を使わないことを覚悟していた。

 だけど一回くらいは……と希望を持ってしまった分。がっかり感が半端ない。


『いや。ずっとこのままという訳ではない。ただ、アンジーがな。この国の心の闇からは違う闇を探すとは言ってくれているが、私から離れる勇気がないそうだ。いつか私のようにずっといたいと思う者がいたら、分離するそうだ。そんな男がいるのか分からんが』

「アンジーさんは女性ですか」

『ああ。まあ当分は無理だな』

『『無理だね。だって闇神アンジーだよ?』』


 アルマの周囲で、獣たちが教えてくれる。


 正しくは彼女の身体にくっついて温もりを味わっている獣たちが。

 次々とアンジーのことを愚痴ってくれる。




『アンジーは面食いだよ!』

『でもひどい人見知りで寂しがりだけど、女神とスヴェン様以外とは話せないよ!』

『あの男神とつるんだ人間のつらでも足りないよ! スヴェン様の顔と同等、それよりも上じゃないと嫌だって!』

『そして優しくて気配りができて、アルマみたいな素敵な撫で手を持っていて、何より心の底から溺愛してくれないと嫌だって!』


 闇神アンジーの理想は高すぎた。




 手の甲にふわふわと羽毛が大量に落ちてくる。

 なんとなく重い。


 ……これはもしかして慰めてほしいのだろうか。

 アルマがそっと指先で撫でていると、スヴェントヴィトが解説をしてくれる。


『まあ、あれだな。こいつは森を出て人間の闇に住み始めてから、色々人間らしくなってしまったのだ。たまに気に入った人間に自分の領域に入れる許可をするが、何もない闇と羽毛に惚れるかといえば……痛いぞアンジー。内臓を傷つけるな』

 

 スベントヴィトは「全くこいつは」と言いつつ歩き続ける。


 闇の中を静かだ。

 何もない。

 その代わりに、アルマは全身に温かさを感じていた。




 肩の上に乗った、パトリムパスの短い毛並み。

 胸元には柔らかいとげとげの毛の感触。これはババディガンだ。

 頭にはモコシ。どっしりしっとりとした密集した毛の感触。

 背中にはもじゃもじゃのもっふぁもふぁ。どうやらヴォーロイが抱きついて離れないようだ。

 

 誰もがアルマの手ではない、アルマ自身の温もりを求めてくっついていた。


『お前等は自力で動けるだろうが! さっさと現場に行け」

『『いやだ(よ)! アルマと一緒がいい!』』


 背中のヴォーロスがくふふと笑う。


『なにせ優しいし器がでかいからな、アルマは。スヴェン様を受け入れられる位だし』

『手でモフってもらわなくても気持ちいいよ!』

『ずっと一緒に居たいんだ』

「皆さん……」


 全身の獣鎧たちが主張した。

 アルマは嬉しくて手元の毛束をぎゅっと握る。

 スヴェントヴィトは黙った。



 



 外から音が聞こえてくる。

 神殿の外に出たからか、闇神アンジーがアルマのために気を使ったのか。はっきりとアルマの耳に届いた。


「シマルグル! どこに行く!」

『おいぼれ大神官か。そろそろ私は元気になったのでな。この建物から出て行くことにする』

「勝手は許さんぞ!」


 ふん、とアルマの下の獣は嗤う。


『勝手に私の上に神殿を建てたのはお前らだ。私と闇神アンジーはアルマのおかげで動く気になった。今までそれなりに加護があったのだからためた分で生きておれ。ついでにあの神像。私はもっと体が大きくて目は鋭く、毛並みはもっともっと美しい。直せ」




 ザクザクと、神殿の周囲に敷かれた砂利が、たくさんの人に踏みしめられる音が聞こえる。


「兵長よ! 捕らえろ!」

「え、あれをですか!?」

「今までどれだけ目をかけてやったと思っている!」

「そりゃあ大神官様がもらった賄賂の分け前とか、色々いただきましたけど。自分の命の方が惜しいですわ」

「こら逃げるな! 私の資産を守れ!」


 アルマは久しぶりの貴人二人以外の人間の声に耳をすます。

「どうよあれ」「闇の塊が迫ってくるって」「死ぬぜ、あれ。絶対」

 ざわざわと兵たちの動揺する声。




 ふと。

 以前捕まった時に聞いたことのある、槍の石突を地面に叩きつける音がした。


「そうだ。退職金をいただけます?」

「……何を言い出すんだ」

「ほら。これから隣国が国境を突破して迫ってくるでしょう? 俺たちこのままでは着の身着のままで逃げることになるでしょう? 貴方の悪事に尽くした分、それなりの報酬を、ね」

「ふざけるな。大社おおやしろを荒らすな!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)。

 大社おおやしろのあちこちが倒壊する音も聞こえ、遠くなる。 


「大丈夫なのですか!?」

『気にするな。あいつがこの国を作った時。心の闇が増えるように文化や宗教でそりの合わない連中を複雑に配置したのだ。上下関係を作りあい、互いに尊重すべき人間と見なさないような、な』


 女神はすべての生き物に優しい訳じゃない。

 彼女なりの残酷さで。闇神ペットのために国を作った。


 うごめく憎悪・嫉妬・殺意。

 心の暗闇はどす黒くなりながら闇神アンジーの住処を増やしていく。


 だが闇神アンジーは、別に心の暗闇を食べて生きているわけでもない。

 逆に闇神アンジーが巣くうことで、それ以上に心の闇が悪化することはなく。この国は血みどろの政権闘争程度で済んできた。


『今、皇家と貴族の連中の疑心暗鬼はひどくなっている。アンジーの分身が消えていっているからな。兵すら統率が取れなくなれば、国としてどれだけの体を成せるのか』






 きゃああああ!


 大社の第三門を越えたと、肩のパトリムパスが教えてくれたところで、あちこちから悲鳴が聞こえた。

 老若男女の悲鳴。大きな車輪がぶつかる音。

 ここは、にぎやかな店が建ち並んでいた通りだったはず。


 アルマは下の番に訊ねた。


「スヴェン様。何が起きているのですか!?」

『兵同士が戦っている。この国の布鎧を来ているな。ヴォーロス、説明しろ』

『内乱ですね。敵国に囲まれたチャンスに内通した貴族と王位継承の低い連中が結託したんですね。今のうちに皇王と王子たちをやっちまおうと。闇が晴れたとたんに欲望が露出するなんて実に簡単ですね人間は』

「けが人が出るではないですか!」

『何言っているのアルマ。とうに死人も出てるわよ』


 小さな前足でアルマの頬を叩くパトリムパス。




 金属がぶつかりあう音。

 駆け回る足音。砂利の飛び散る音。

 壊される店先と、商品の音。


 あちこちで、

「兵が来た!」「荷物が!」「お父ちゃんどこ!?」「黒い塊が神殿から来たよ! まさか、神獣様……?」「なんて恐ろしい外見だ。あんなのは神じゃない、悪霊だ!」

 と、叫びだす老若男女。


 更に鼻腔を、血臭が刺激した。




 びりりと何かが破かれる音がした。

 まさか、あのきれいな店先のタペストリーが破かれてしまったのだろうか。


 見えなくとも思わず振り向いてしまうアルマの顔を、頭の上のモコシが長い爪の小さな手で掴む。


『アルマ。放っておけって』

『そうそう、モコシに賛成。アルマ、早く村に行こうぜ」

『アルマは見えないんだしさ。俺たちが守ってやるから、さっさと行こうぜ」

『……では、行くか。アルマの村が優先だ」

「でも……」


 アーンアーん!

 子供の泣く声。


 誰かが砂利に伏せた音。

 祈りを始める者たち。


「神獣様、どうか助けてください!」

「どうか。この争いを止めてください!」

「敵国からこの国を守ってください!」


 歩みを止めない獣たち。

 彼らにとって人間の営みは自然の一部。当然戦争だろうが殺しあいだろうが、関係がない。生き死には自由だ。


 だけど。 



 

「待ってください!」


 アルマは叫んだ。

 全員が動きを止める。手の甲の羽毛もすっと消える。

 

 一呼吸して、アルマは言う。


「私の村では『見て見ぬ振りは末代までの恥』という言い伝えがあります」

『あいつが言いそうな言葉だな』

『助けろって?』

『村はもちろん行くよ! アルマの心残りだもの。でもさあ、人間にこれ以上関わってもしょうがないよね』

 

 今までモフられる対価として、外の世界に干渉してきた獣たち。

 そんなことしなくとも、アルマは撫でてくれると知っている。




「でも言い伝えよりも大切なのは、私の気持ちです。闇の中では外の世界の問題は何も見えませんでした。本当に闇の中は安全で、居心地が良くて。あえて知ろうとはせず、見えないからと満足していたのです。あれだけ心配していた家族のことでさえ、又聞きで安心してしまっていました」

  

 ですが、と続ける。


「相変わらず周りは暗いですが、私はもう外に出ました」


 変わらぬ暗闇。視覚では何も感じることはできない。

 だけど、もう「見えた」のだ。




「私の目は闇を見通すことはできません。未だにできませんが、こうして神獣の皆さんを他の鼻で、耳で、身体で感じることができます。今、私の耳は、鼻は。助けを求めている方に気が付いてしまいました」


 胸元で身じろいだババディガンを撫でる。


「ババディガン様は小さくて可愛らしい手足と素直なとげをもっていらっしゃいます。そして、ご機嫌な時は毛並みの揃ったお腹を触らせてくださいます。ちょっとイライラしている時は、ゆっくり脇を撫でると気分が落ち着かれます」

『もっきゅ! 俺様魅力をよく分かっているなアルマ。お礼にちょっとあいつらを止めてきてやろう。お礼はモフ三倍だな!』

「いいえ」

『? なんだ?』


 アルマはにっこりと微笑んだ。

 

「皆さんを撫でるのは私の楽しみでもあります。駆け引きに撫でるのはなしにしましょう―――――アンジーさん」




 ふわり。

 声を掛けると、鼻の上に落ちてきた羽毛。


「アンジーさんの暗闇は、心の闇だけではなく、優しいゆりかごのようなものだと思います。アンジーさんも争いを感じるのは疲れるでしょう? 心が荒れている皆様を、闇の中で休ませて差し上げたいと思いませんか?」

『アルマ?』

『何言ってるんだ? 女神はアンジーが闇がないと生きていけない可哀想なやつだから、無限に供給される人間の闇に住まわせたんだぞ』

「そうでしょうか?」


 羽毛は動かない。

 アルマは訝しげな獣たちもゆっくりと伝えるように、語りかけた。


「スヴェン様も皇子も言っていました。アンジーさんの闇は心地が良いと。女神の胎内のようだと。闇は見通すことができないものですが、生き物の全てを包み込む、素敵なものだと思います。ただいるだけで、心が落ち着く世界です」


 それに。とアルマは続ける。


「私たちが生まれる前は、ずっと闇の中でたゆたっていたではありませんか」


 アルマの言葉に、静かになる獣たち。




 指先で鼻の上の繊細な羽毛を辿る。

 

「アンジーさん。せっかく優しい暗闇を持っているのですから、今までのように人の昏い部分に間借りするのではのではなく、むしろ包んで差し上げませんか? あの方たちの荒れた心を撫でて包んで差し上げませんか? ―———私が傍についていますから」


 ……こくり。

 小さな女の子が、頷いたような気がした。




◇◇◇◇



 

『アルマ。お前の村だ』


 闇に漂ってくる匂い。

 家畜や肥やし、春の花の香り。

 懐かしい故郷の香り。

 さえずる小さなリトリのにぎやかな音。


 しかし。

 人の声がしない。


 訝しげに、アルマはスヴェントヴィトの背中から降りる。

 獣たちがアルマから離れて、『ちょっと見てくる』とアンジーの外に出て行った。


「これはどういうことでしょうか」

「アルマ・モリメント! なんでこんなところにいる! 危ないと言ったではないか。まさか闇神あんじんが動くとは……」


 アンジーの中に飛び込んできたのはエルマンだ。

 つかつかと前に来て、疲れた声で責めたてる。


「エルマン様、私の村を村人である私が助けに来たらおかしいですか」

「あ、いや。そんなことはない。理屈はあっている」

「なのに静かすぎます! 一体どんな状況になっているのですか」

「ロランドが病死させた」

「へ、」


 ため息を付くエルマン。


「男神にとっても、ここは思い入れのある村だったようだな。敵国の兵も、味方うちの兵も。男神の力で静かに死んでしまった。辺境伯ちちうえの兵すら亡くなって、どう説明すればいいか……」

「そんな……」

「神と名乗る連中は、本当に力業がすぎる。ロランドも『やりたいようにさせてやりなよ』とかばう。もっと理性に訴えて行動するべきではないのか!?」


 憤るエルマンに、村人の安否を訊ねようとした。

 そこに。




「その真っ暗な塊は……アルマかい?」




 アルマの母親の声だ。

 記憶に残っているよりもずっと老けたように思える。


 耳の奥まで響く。全身に走る衝撃。

 足が勝手に動き出す。


「お母さん!」

「アルマ・モリメント!」


 闇の壁にぶつかった。

 思わず手のひらで叩いてしまう。

 何度も。何度も。 


「アンジーさん! スヴェン様! お母さんがいるの! 出して!」

『アルマ』

「出してー!」

 

 ふわり。

 アルマの手を羽毛が包む。

 落ち着いて。どうか傷つけないでと宥めるかのように。

 





 すると―――――。

 すぐそばで、再び母親の声がした。


「アルマ。なんだいこの真っ暗闇は。歴史に名を残す神獣様がいつまでたっても真っ暗闇とはね。ずいぶん引篭ったものだねえ」

「お母さん!」


 思わず抱きついてしまう。


 記憶よりも更に小さくなった小柄な身体。

 陽で干した藁束のような、温かな母の匂い。


 なんでこれに触れないで平気で居られたのだろう。

 なんでこの声を聞かないで居られたのだろう。


 涙が止めどなく溢れ出す。




「お母さん! お母さん! お母さん!」

「皇子に嫁入りしたかと思ったら、ようやく出戻ってくれたかい。全く待ちくたびれたよあたしは。孫の話はぜんぜん聞こえてこないし。村長は金まわりが良くなって機嫌が良いだけだし。皇子様は笑顔で私らが来るのを断るし。ほんと、どんなに顔が良かろうが権力があろうが、姑のわがままを聞いてくれない甲斐性なしは捨ててくりゃあ良かったんだよ。全く」


 ぶつぶつと文句を言いながら、娘をしっかりと抱き返してくれる母親の手。

 アルマが幼い頃から優しく撫でてくれた、大切な手だ。

 

 自分の手は獣たちから「大切な撫で手・モフ手」と呼んでくれた。

 だけど幼いことから抱きしめてくれた一番の手は、この小さな手なのだ。


(スヴェン様のしっぽはまた別だけどね。あれは撫でてあげたいものだもの)






 すんすんと、思わず耳の後ろを嗅いでしまうアルマの後ろから。

 ロランド皇子の能天気な声がした。


「やあ。アルマ。僕はふられちゃったのかな」

「ロランド様」

「男神が言ってるよ。天の神獣に番ができているってね。縁の結び目が見えるそうだ」


 白く浮かび上がる美貌。

 布鎧よりも裾の長い、ひらひらとした鎖のような鎧を軽く着こなした皇子が、音もなく母親に抱きついたままのアルマに近づく。


「あーあ。アルマだって思ったんだけどなあ」 

「……ごめんなさい。皇子様」

闇神あんじんを通して、ずっと一生繋がっていられるからまだいいけどさ」


 でもなあ、と美貌が悲しそうに歪む。


「『まだいいけどさ』と思えた時点で、僕の執着は案外薄かったのかもね」






 はいこれ、と皇子がアルマに渡してくれた者。

 細いが男性らしい節くれだった指から渡されたのは、繊細な簪。


「アキのものだって。これを神殿か盗んだのが今日の敵国でさ。アラキがそれはもう怒っちゃって。血を味わう間もなく全員即死だよ。つまんない……ああ、代わるよ。今度は落ち着いて話しな」


 そして、ロランドの声色が変わる。

 簪を持ったアルマの手をそっと掴む男神。


『伝わる……これは女神の手……ああ、アキの手だ。お前はアキの生まれ変わりなのか?』

「え。いやそんなわけが……」

『だがこんなに魂を揺さぶり落ち着かせる手は他にない。この村はボクとアキが初めて地上に降りた土地だ。こんな奇跡があってもおかしくない。アルマ、どうか』




 ―———そこに思わぬ言葉が、アルマの腕の中から発された。


「違うね。この手はあたしの遺伝だよ」

「お母さん?」

『アルマの母御?』


 アルマとスヴェントヴィトが目を開くと、ロランドの体を借りた男神が硬直する。


『ア……アキか?』 

「あたしもすっかり老けたし、魂に蓋をしておいたからねえ。誰も分からなくて正解だよ」

「えええええええ!」


 男神の指摘と母親の同意に、アルマは叫んだ。




◇◇◇◇




 モリメント村は私がアラキたちと作った村の一つだ。

 絶望から立ち上がり掛けて、世界に干渉するために人を集めて実験をした場所だ。

 何せ死んだはずの自分たちが、こうして不思議と生まれ直した場所だからね。


 ―———メメント・モリ(死を想え)


 良い言葉だろう?

 ここから私たちが「神」を名乗り始めたわけさ。



 ただまあ。思ったよりもあたしらは生き物だったらしくてね。

 長く生きていくことが嫌になって、やがて消滅しちまったわけだけど。


 なのに、ただの人間としてこの世界に生まれ変わってね。

 もう、この生を精一杯生きたら終わりにしようと思ってた。



 

「何よりも子供が生める身体になったのが嬉しくてねえ。死んだ旦那に会えて幸せだったし、何よりもアルマや他の子供たちは本当に可愛かった。病で死にかけた時は「いい人生だった」と振り返っていたらなんだい。モコシがやってくるじゃないか。しかも娘は玉の輿? 神獣の巫女? 一体なんだと思ったよ」


 呆然とするアルマの横で、同様に驚いているスヴェントヴィトに向かって母親は言った。


「スヴェン。あんたあたしのマルガル(ペット)だったくせに。愛娘を嫁にするたあ、いい度胸だね」


 思わぬ婿・姑の(一方的な)火花が散り始めた、その時だった。

 




『アキ!』


 ロランドの声。

 だけど発している中の者は、違う。

 戸惑ったような表情で立ちすくむ、ロランドの中にいる者。


 母親は黙った。




『アキ……』


 ロランドの口は、小さく独り言を繰り出した。


「だからさあ、僕は振られたわけ。君の相手は旦那と死別しているし、良い機会だよ。頑張りな」

『でもボクはホネで。中身がなくて』

「好きな女の子の痕跡を集めまくるほど好きだったんでしょう? 今も老け顔のおばちゃんでも、君の魂がときめいているのが分かるよ。行けよ。友人ぼくの分もぶつかってきな」

『自信がないんだ』

「だからそもそもないでしょ。とうに自身も肉体もないじゃない。あるのは想いだけ。アルマを見てよ。顔とかふっ飛ばして、毛皮としっぽだけで結婚相手を決めちゃったくらいなんだから」

『勇気が……』

「勇気はなくとも、ここに友人ぼくはできたでしょ? 慰めてやるから行ってきな。今を逃したら、本当に彼女は寿命で消えるよ」

『……!』


 白いロランドの輪郭がぼやける。

 光は二つになり、生ける骸骨が現れた。




 一歩、二歩。

 白く光る骨が、アルマが手を握っている母親の前に歩み寄る。


 母親は動かない。

 じっと彼を見守っているようだった。


『アキ』 

「久しぶりだねアラキ。皇子の体を借りるなんて、あんたようやくまともな男友達ができたんだね」

『その、元気……だった?』

「おかげさまでね。ただの人間になったから、あんたの存在も感じられなくてね。声を掛けようなかったのは悪かったけど、いい人生送ってたよ」

『その、あの』

「はっきり言いな!」

『はい! 好きです付き合ってください! 骨ですけど!』

「えええええええ!?」


 アルマがびっくりしていると、背中をスヴェントヴィトの鼻が押す。

 母親が手を離してきたと同時に、番の口に抱きついた。


 そして思わぬ告白劇を、まじまじと見守っていた。





 やがて、母親が応えた。

  

「あたしはばあさんになったよ。もう孫が二人いる」

『アキ。君は美しい』

「あんたたちの自暴自棄を止めた時期もあった。でもあたしは家族を作れない鬱憤をペットではらしていただけだ。別に心がきれいとかもありゃしない」

『でも、ボクには君がずっと一番だ。ここで出来た旦那さんを想っていても良い。骨で良ければ、ずっとそばに置いてくれないか。骨格標本扱いだって構わない』


 しばらくの沈黙。

 アルマはドキドキしながら番の口に抱きついていた。

 前足で「落ち着け」と叩かれるが、全く気が付かない。




 ロランドは動かない。

 友人の勇気を静観しているようだ。




 一方のエルマンは、

「しゃれにならん。話にならん。しかもアルマ・モリメントの番がシマルグルだと?」

 と、先ほどからぶつぶつと混乱している。


「エルマン。僕らはアルマにフラれちゃったんだしさ。もう一方の頑張りを見守ってやろうよ」

「はあ!? 何を言うロランド。私はアルマ・モリメントに惚れてなんぞおらん。何が惚れているだ。惚れているとはな。正しく背筋が伸び、相手の目を直視しながら『私はこいつを好いている』と脳内の論理が諭すことを言うのだ。今、闇神アンジーのせいで胸がおかしいことになっているが、たんなる事故であり、この異常事態を処理するために私は「はいはい。僕の胸で泣いていいよ?」うるさい!!」




 アルマの頭も既に飽和状態だ。

 言葉を発せない。


 一方、女神の腕で首を強烈に押さえつけられたスヴェントヴィトは、完全に沈黙していた。

 番がひどい、と。






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