現状把握
自分たちのいる世界も国も地域も変わり果て周りは知らない世界が広がるばかり、そんな場所に放り出された人間が取るであろう最初の手段は情報収集だ。
その上でこの世界を一言で言えばRPGゲームとファンタジー作品と中学生の妄想をごっちゃにしてまとめ全部一つに詰め込んだようなkhaosな世界だ。
人間、妖精、獣人、魔族、神様、etcと人魔入り乱れた地球ではありではあり得無い多種多様な生物がこの世界には存在し思い思いに生活している。
現在俺たちがいるのはクレイランド王国と呼ばれている大陸で三指に入る大国だ、歴史こそ浅いが多様な種族が集まりそれを人間の国王が治めている封建主義的国家である。
そもそもこの世界、前に俺たちが住んでいた世界に比べ文明が発展途上なのだ、俺らが現在住んでいるグレイランド王国にしてもそう。中世レベルの科学力に民度、ファンタジーの代名詞たる魔法はあるにはあるが宗教色が強くそもそも魔法を使用できる人が限られているため常識という基準を調べるためには除外して考えた方がいいだろう。
さて、そんな世界での人類の生活だが凶暴で人を襲うことがある魔物や野生の動物に襲われないように安全な平地や堅強な壁の中に生活の拠点を作り、魔物や他種族、他民族と争いながら生存領域を拡大していっている。
要するに開拓と侵略を並行して行っている状態だ。
そんな世紀末さながらのヒャッハーな生活を送っているこの世界の様相といえば、燃料は薪、水源は川又は井戸、ご飯は1日朝夕二食な驚くべきアンティークな生活様式だった。
この世界では前の世界では毎日浸かることが当たり前だった風呂という文化は貴重な水と燃料を使うかなりの贅沢と言うことになる。
これが異世界ギャップと言うのだろうか、家の女性陣がどんな反応をするのか今から恐ろしくある。
つまり、この世界ではインフラストラクチャーの類はほぼ全滅、現代人がこれから生きていくというにはかなり厳しい世界ということは確定的であった。
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異世界への引っ越しから一週間。
この所慌ただしかったのが漸くひと段落した、忙しかった原因は情報収集や人員把握、知識の補填と必要最低限の知っていなければならないことを家族全員急ピッチで詰め込んだからだ。
その事に一週間という期間は長いのか短いのか正しい判断は出来なかったが今の所致命的な失敗は犯していない……筈だ。
異世界の生活は前の暮らしに比べると色々と不便では有るがそれは決してこれから生活を送ることが不可能というレベルではない。
俺たちの現在の生活がそれなりの地位と資金を持った裕福な家庭という理由もあるが人間は適応していく生き物だ、3日目位には知らないベットで寝る事やこの大きな屋敷での生活にも慣れてきた。
いきなり知識も経験もロクにない農家や家族まとめて奴隷身分なんて状況に比べれば大分マシだろう。
とは言っても普段の生活にメイドがついたり元の自分よりも年上の人に傅かれたりこの小さな体と言った未だ慣れない部分も多々あるが。
それでも俺たち一家はこの世界での生活に少しずつ適応して行った。
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我が一家のそれぞれの現状の生活を紹介しよう。
まず父親のビャクヤ・アカツキ。
親父は前の仕事の経験も生かし領主としての仕事のこつを幾分か掴み、着実に為政者としての仕事を消化している。
しかし問題が全くないわけではない、いやこれは間違いなく大問題だと思う。まずこの世界の人間に正確な計算が出来るものが少ない、そのせいか計算の実情がひどく大雑把だった。書類を見ると大凡の結果が端数の欠片もない綺麗な数字……うんこれはヤバイ。
俺やイザヨイ、ミライちゃんまで巻き込んだ一家総出の調査の結果、我が家の財務担当の杜撰な計算と領内の村の頭役(村長)の汚辱(職務怠慢)が明らかに、これはマズイと領内の粛清、は流石にいきなりだと反発がやばいので厳重注意と部下の教育が始まりハードワーク真っ只中。
親父は現在「日本の汚職が可愛く見える、詳しく調べてみるのが怖い」と供述しており子供達は若返ったとは言え父親の胃腸が早くも心配です。
次に母親のセツナ・アカツキ。
彼女の現在の職務内容は前の世界と変わらず教師。俺とイザヨイ、ミライちゃんの子供組はこの世界の言葉『人類語』は何故か最初から話せるのだがその仕組みや正しい使い方を知らないのでその部分の教育と、最低でも義務教育分は教えてあげようとミライちゃんに中学生の個人授業、更には我が家に勤めている役人達の基礎的な教育と異世界に来てまで教職を務める筋金入りの教職者だ。
『時代や道徳、価値観の違いって凄いわね。教える事がたくさんあって腕がなるわ』とは彼女の弁。
次に妹のミライ・アカツキ。
彼女は1日の時間のほとんどを勉学に費やす異世界に来てまで学徒をしているちょっとお馬鹿な普通の女の子。暇な時は家族の誰かに付きまとううざ可愛い一面も見せる。最近はこの世界の婦女子の嗜みらしい刺繍にはまってたりする。
こんな事態になった原因を作り落ち込んでたりするのかとちょっと不安になっていたが本人はそんな素振りは微塵も見せず寧ろ何故か楽しそうだったのでイラッときてるのは内緒である。
最後に俺レイト・アカツキと序でにイザヨイ・アカツキだ。
この世界に来てからはこいつと一緒に行動する事が多かった、今まで主にやっていた事は情報収集で屋敷にあった書斎で手分けして本を読み漁ったり、無知な子供のふりをして一般常識を収集したり、多分野の情報を集めていたのだがそれが漸くひと段落つき落ち着いたという事で、今まで後回しにしていたアレに遂に手を伸ばせる事になった。
俺たち2人が今から調べるのは『魔法』だ。
ゲームやファンタジー作品でおなじみといった存在の魔法だがこの世界の魔法にはちょっとしたルールが存在する。
魔法とは魔力を用いて使用する法則の総称であり、それは一見万能に思えるかもしれないが法則であるからこそそこには明確なルールが存在する。
わかりやすく言えば等価交換だ。
魔法とは魔力を対価に事象を起こす。
対価の魔力が大きければより大きな事象を起こす事が出来、対価の魔力が少なければ事象は小さなものしか起こせない。
詳しい内容や魔法の法則はかなり複雑で魔法初心者な俺たちではとても説明しきれないので、次に行って魔法を使う方法について語ろう。
魔法を使うのにまず必要となるのが『魔力』だ魔力とは生命力から派生する生命体全てが持つエネルギーであり魔法を使うためにはまずこの力を意識して操る事ができるようにならなければならない。
魔力を操作、言うのは簡単かもしれないが実際にやるとするとかなり難易度が高い、何故なら魔力とは生きる上で当たり前にある力であり生まれつき誰もが持っているエネルギーだからこそ『無自覚』を『自覚』する事が非常に困難にあたるからだ。
基本的にどれだけ優秀な人物だろうと魔力を自覚するには1年ほどの期間に渡る修練が必要となる。
才能がある人物でも3年の期間に及ぶ修練が必要で、才能がないヤツは一生感じ取る事はできない。
それほど魔法を使うための第一歩は険しいものであり、現に幾人も途中で心折れ諦めるものがいる、更に魔力を自分の意思で動かせるようになるにも才能が必要で魔力を感じ取る事ができるようになってから更に平均で半年程の瞑想が必要になるらしい。
と言ってもこれらは正攻法であって裏技のようなものも存在する、例えば死に瀕するなどの大きなショックによって自らの魔力を感じ取れるようになったり、肉体鍛錬の果てに自然と魔力操作が身についてたり、性的興奮、自傷行為などのあるスイッチによって魔力を感じ取れるようになったりする例外的ケースも存在するらしい。
魔力を感じ取れるようになり、自分の意思で操作できるようになったのならあとは簡単だ、自分の魔力を使って使いたい魔法を発動するだけ。
とはいえ、魔法にも種類や難易度、向き不向きや契約や属性なんてものもあるんだがそこまで説明するとややこしいので今度の機会にするとして。
つまりまとめると、魔法が使いたいならまずは魔力を感じ取ってみろやボケェって事だ。
最初のステップにかかる期間が1年以上とかいきなり心が折られそうになるが魔法が簡単に発動できていたらもっと普及して色々と発展しているのだろうと自分を納得させておく。
魔法と言うファンタジー色濃厚な法則のせいでなんかゲームの中みたいだなと思ったこの世界も、現実の世界として成立している上で一先ずは一定のバランスが保たれているんだなと密かに安心していたところ、兄さん、兄さんとイザヨイからひどく興奮した声が聞こえた。
「出来たよ魔法」
イザヨイの手にはメラメラと燃え盛る火の玉が握られていた。
その光景はまるで映画のワンシーンの様で、ぶっちゃけリアリティがあんましない。
「……お前、熱くないのか?」
いきなり弟の奇行を見せられちょっとばかり現実を認識するのに時間がかかってしまいおかしな質問をしてしまった。
「うん、すごく熱いんだこれ。どうしよう兄さん、消し方わからないんだけど」
とりあえず一言、言いたい。
室内で火の魔法使うとか馬鹿なの?死ぬの?
「取り上げず自力で魔法を消すか、水でも出して消火しろ!俺は調理場から水持ってくるから!」
俺は全力で部屋から駆け出し慣れない小さな足で何度か転びそうになりながら、桶に水を汲み部屋に戻ってきたところ部屋の中では全身びしょ濡れになり気絶しているイザヨイがいた。
なんだこれ?
ていうかどうしようか、この馬鹿。
♂♀
日を改めて次の日。
先日の事件は放火犯がちゃんと自分の力で消火までする事が出来ったらしいのだがその時に使った水の魔法のせいでかなりの魔力を消費することとなりその結果当人は気を失った、という事らしい。
前回の教訓としては、素人が教員も無しに未知の分野に挑むのは危ういのだと馬鹿が身をもって学ぶ事となった。
「という訳でこれから俺たちの魔法に関する教師になってくれることとなったリイン先生です。お前ら拍手」
「「パチパチパチ」」
俺、イザヨイ、ミライちゃんの三人の前に登場したのは後ろで三つ編みにされた赤毛が眩しいメガネっ子のリイン・ベルトナー氏。彼女は俺たち子供組の魔法の先生となるべく拉致られた教師役である。
当人は当主に呼び出されたかと思えば、事前説明も本人の了承もなく領主の子供達の魔法の先生を突然任されるという大任を任命された哀れな犠牲者である。
そのせいか今の状況に本人はかなり戸惑っている。
「えっ、えーっと若輩の私なんかが若様達の先生だなんてよろしいのでしょうか?」
「美人教師ktkr」
「こんな美人さんが先生だったらモーマンタイだよぉー」
「見ての通り馬鹿たちははしゃいでるので問題ないです」
だが突然3人の教師に任命されたリインの戸惑いと言うのも当然のものである、この世界では普通身分ある人間それも嫡男クラスの教師役の人選の場合家格なども含めて高い水準の人物が求められる、それは師や先生といった人物は教え子の卒業後にも本人に対して小さくない影響力を持つからだ。
その点リインは魔法使いとしての実力には自信があれど親は爵位など持たないたかが領主の秘書官でしかなく普通では任されるはずのない大任を任され本人はひどく緊張していたのである。
実情としては特殊な事情を抱える、子供組の様子をあまり周囲に広めるわけには行かず、それならば情報操作がしやすい身内で済ましてしまおうという事で、俺が父さんにお願いしたところ仕事の中で信頼できると確信した秘書官の娘がアカツキ家の抱えている魔法使いの一人であり実力もあるという事なので無理矢理教師役に抜擢したわけである。
権力者特有の面倒事とは少し違うが、俺たち一家の事情に巻き込まれた彼女には同情を禁じ得なく、何か別の形で報いようと心の中で思う俺なのであった。