クリスタルナハト
こんな夢を見た。
私は一人の子供であった。
そうして母親に抱かれて、長い階段を登っていた。
その日は寒くて美しい夜だった。
「どこに行くの?」
私はどこまでも続く階段に不安になり、母親に聞いた。
「お父様に会いに行くのよ。この先にお父様が待っているの」
母親は嬉しそうに微笑んだ。
まるで随分会っていなかったようだった。
私は母親にしがみ付いた。
この先に嬉しいことが待っているのに、なぜかとても不安だった。
母親はそんな私の背中を優しく撫でてくれた。
「さあ、着いたわよ」
弾んだ母親の声に後ろを振り返ると、そこには一つの扉があった。
母親はその扉をゆっくりと開けた。
部屋の中央に一人の男が立っていた。
「ああ、やっと会えた」
涙声で母親は呟いた。
それから母親は亡くなった。
あの塔から落ちたのだ。
私は父親の姉夫婦に育てられた。
そして二十歳になった私は恋をした。
その青年はとても私を大切にしてくれる。
「あの男に近づいてはいけない」
義母は彼のことを良く思っていなかった。
私はとても悲しくなった。
「どうして?」
「お前は私たちの大切な娘。あの子の娘なのだから」
そう言って優しく抱きしめてくれた。
私はとても愛されて育ったのだ。
そう思って胸が熱くなった。
「義母はあなたを良く思ってくれないの」
私は彼に話をした。
彼は納得しているようだった。
「…それは、俺を知っているからだよ」
「え?」
「俺の姉は君の母親なのだから」
驚いた私は何も言えなかった。
「その様子じゃ、何も覚えていないんだね。
まだ小さかった君と、よく遊んだんだよ」
彼は懐かしむように微笑んだ。
「君を大切に思っているよ。
でも、姉の死の真相を知りたいと思っている。
姉は絶対に自殺をするはずがないんだ!」
「自殺?事故じゃなくて?
だって義母は事故だと言っていたわ」
彼は眉をひそめた。
「事故?
冗談じゃない、俺たちには自殺と言ったんだ。
塔から飛び降りて自殺したと!」
一体どういうことなのだろうか?
義母は何を知っているのだろうか?
今日はクリスタルナハトの日だ。
十五年に一度訪れる祭りの夜。
この日は村の祭りの日で、クリスタルの塔が開放される。
そうして愛しい人と一緒に塔に登ると幸せになれるという。
私は一人で塔に登った。
十五年前、母親と一緒に登った塔に。
祭りだというのに、塔にはなぜか誰もいなかった。
私の靴音が階段に響く。
私は扉の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた。
「待っていたのよ」
義母が私を待っていた。
「お義母さん。本当のことを教えて。
私の母親は事故で死んだの?
それとも自殺したの?」
義母は優しく微笑んだ。
「自殺したんだよ。
この世を儚んでね」
「本当に?」
「ああ、本当だよ。
あの女はここから落ちて死んだのさ。
弟を道連れにしてね!
酷い女だよ。
弟は家を継ぐはずだった。
それなのにあの女と恋に落ちて、駆け落ちをした。
私は随分探したよ。
やっと見つけて、連れ帰った。
なのに弟は日増しに元気をなくしていった」
「一目だけでも会いたいんだ。
お願いだ、姉さん!」
「そう言う弟の願いを叶えてやったのに。
あの女は…!」
憎憎しい、と義母は言った。
初めて見る義母の顔に、私は戦慄した。
「そうして姉さんを殺したのか?」
彼が扉からそっと入って私の傍にきた。
「…そうだよ。
ここから突き落としてやったんだ。
もう二度と弟の邪魔をしないように。
それなのに、弟もあの女と一緒にここから落ちてしまった」
その時、私は義母が母親を突き飛ばし、ガラスと共に落ちていく母親を思い出していた。
そうして母親を追って落ちて行く父親の背中を見ていたことも。
義母は私を愛してなどいなかった。
むしろ憎んでいたのだ。
私は恐ろしくなり、彼にしがみ付いた。
「さあ、もうすぐ祭りが始まる。こっちへおいで」
そう言って私に優しく微笑みかけた。
私は首を横に振った。
「皆がお前を待っている。
今日、この日のためにお前を育てたんだ。
村人も皆、お前を愛しているよ。
大切な生贄なのだからね」
「生贄?」
義母が頷くと扉から村人が数人入って私たちを囲んだ。
「何をするんだ!」
彼が叫んでも、義母は微笑んでいた。
「何って、お前も見ていただろう?
姉がこの塔から落ちてくるのを。
今日の祭りのメインイベントだよ。
十五年に一度生贄が必要なんだ。
ガラスがクリスタルのように夜空に散って美しかっただろう?
さあ、皆待っているよ」
私たちはいつの間にかガラスの前に移動させられていた。
そこから下を見ると、村人がこの塔を見上げているのが見えた。
彼が私を強く抱きしめてくれた。
義母から守るように。
「今夜も星が美しいわね。
さあ、やっておしまい」
義母が村人に指示をだすと、村人が一斉に私たちを突き飛ばした。
「!」
私の手は空を切り、そうして視界が反転した。
ガラスが割れる音が響き渡り、私は彼と共に宙に放り出された。
きらきらとガラスが私たちの周りを満たしていく。
寒くて、美しい夜だった。