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新任大公の平穏な日常  作者: 古酒
新任一年目の日常
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4.お兄さまが帰って参りません

 魔王城より私の家に使いがやってきたのが二時間前。お兄さまが我が家を出発して、ようやく四時間がたったころのことでした。

 あんまり知らせが遅いので、私はまた選定会議で、兄の大公位就任を他の大公閣下が反対されたのかと気をもんだものです。

 ところが、お兄さまの就任に際しての正式な任命状、というのを持ってよこした使者に聞くと、選定会議は予定より時間を押して始まったものの、すぐさま終了し、大公たちは解散してそれぞれのお城にご帰宅だというではないですか。

 しかも、お兄さまもそれから間をおかず、魔王城を発たれたとのこと。未だ帰っていないと伝えたら、逆にびっくりされてしまいました。


 まさか、何の荷物も持たずにさっさと一人だけ、与えられた大公城に行ってしまわれたのか?

 まさか、です。

 この、可愛い妹を置いて?

 そんなことがあれば、いかに七大大公に名を連ねることになった兄とはいえ、許しはしません。


 私の兄の名は、ジャーイル。

 明日にでもその名は、新任の大公に選出されたとの知らせと共に、全魔族に通達されるでしょう。

 そして、私の名はマーミル。

 腰まで伸ばした金髪の巻き髪に、熟れた苺を思わせる美しい双眸をした、超絶美少女魔族です。身長はまだ低いですが、成長途中なので致し方ありません。けれど、最終的にはお兄さまをも抜いて、すらりと長い足のダイナマイトボディに育つ予定です!


 兄が就任することとなっている大公位、その居城は、今現在私たち兄弟が暮らしているこの男爵邸を基点に、東に一キロほど行った場所にあります。その領地はそこから見渡す限りの彼方まで、といってもよいでしょう。大公の領地というのは、それはもう広大なものなのですから。

 私は兄が七大大公の一人、憎きヴォーグリムを倒してくれたあの日から、ずっとその居城で暮らすことになる日々を、今か今かと待ちわびていたのです。


 だというのに。

 だというのにも拘わらず!

 兄が帰って参りません!


「もう! 今日中に引っ越しが終わらなかったらどうするの、お兄さまは!」

 真っ暗な闇の中を移動するのはかまいませんが、そうすると竜は使えません。鳥でもないくせに、鳥目だからです!

「マーミルお嬢様、違います。鳥目ではありません。竜眼と申すのです」

 低い声で入るつっこみ、うっとおしい。

「人の心を読むのはおやめ、アレスディア」

 何も本当に彼女が人の心を読めるわけではありません。が、しかし、なぜだか私の考えることを、このデヴィル族の侍女は、簡単に当ててしまうのです。はっきりいって、気持ち悪いです。

「まあ、失礼ですね、お嬢様」

 だから読むなって。


 それはともかく、お兄さまです。

「お兄さまが寄りそうなところには、確認したんでしょうね」

「もちろんです、お嬢様。とはいえ、旦那様もマーミル様に負けず劣らず、お友達は少ないですし、心当たりなどすぐに当たり終えてしまいましたが」

 くそう。真実で心をえぐってきやがる、このデヴィル侍女。


 ちなみに、この口の悪い侍女アレスディアは、デヴィル族としてはかなりの美女であると、噂されています。

 馬の後ろ足で立ち、人の手を四本そなえ、犬の乳が目立つ毛深い体躯をし(もちろん、メイド服着用のため、見えませんが)、それから舌の長い蛇の顔と、背には蝙蝠の羽をはやしている、という混合具合です。

 そもそも、兄が大公を倒す原因となったのが、この侍女です。この侍女の、美貌とやらがその要因なのです! 傾国の美女だと、デヴィルの青年たちの間でもてはやされている、この侍女の!!


 それはこういったことから始まりました。


 その日、私は侍女アレスディアをつれて、ヴォーグリム大公の城にほど近い場所へ、ピクニックにやってきていました。その辺り一帯は大変に美しい湿地帯が多く、歩いて回るのにちょうどいい広さでもあったことから、私と侍女はよく訪れていたのでした。

 ですが、その日だけはいつもと様子が違いました。

 なんと、私たちがその日の遠足地に選んでいた湿地帯に、ヴォーグリム大公が、珍しく足を運んできていたからです。


 さあ、こう言えばもうおわかりでしょう。

 侍女アレスディアは、ヴォーグリムに見初められたのです!!

 あのネズミ面(比喩ではない)の大公が、愛人を何人も抱えるエロ親父だということは、このあたりで知らぬ者はありません。

 ネズミ親父は権力を笠に着て、そのままアレスディアをさらっていこうとしました。


 あせる私!

 強引にアレスディアの腕を引く親父!

 必死になんとか穏便に納めようと奮闘する私!


 そしてついに、アレスディアがプッつんきてしまったのです。

 彼女は面食いで、ネズミ親父などふれられるのも嫌だったからです!

 アレスディアの毒舌スキル、発動!

 正直に、親父を罵倒!

 プルプル震える親父!

 怒りから彼女をさらおうとする力、倍増、さらにその倍!!

 親父の腕にすがりつくも、背が足りずに足がプランプランして、ただぶら下がっているだけになった私!

 なぜか、私を役立たずと罵倒するアレスディア!

 怒り心頭な私、思わず八つ当たりして親父の腕にかみつく!

 正直、痛くもなかったのだろうが、うっとおしがられ、振り払われる私!

 その間にもアレスディアの毒舌はとまらない!

 だがしかし、だがしかし!!

 しょせんはか弱い女の二人連れ!

 ネズミ男の家臣団は何一つ手出しをしなかったというのに、結局のところ、アレスディアは拐かされてしまったのです。


 私、泥にまみれ、号泣しつつ帰宅。

 普段はちょっとそっけない兄、大いにあわてる。

 怪我のないことを確認し、兄に事情を話すも、七大大公を相手の奪還劇に、乗り気でないのがありありと伝わってくる。

 けれど、私はあきらめなかった! こんな毒舌のひどい侍女だけれど、それでも手が四本もあるし、二人分の働きをしてくれるのです! なにより、彼女は私が生まれたそのときから、早くに亡くなった母の代わりに私を守り、世話してくれたのですから!

 言ってみれば彼女は私にとっては母、姉、つまりは家族も同様!

 私はものすごく必死に兄を説得し、なんとかその重い腰を上げさせることに成功しました。


 翌日、兄は一人でヴォーグリム大公城に出かけて行き、帰ってきたときには、大公を倒した者となっていました。

 何があったのか、聞いても詳しいことを話してくれません。とても言いづらそうに、ちょっとムカついたから、というだけの兄ですが、そこは連れ帰ったアレスディアが、話してくれました。


 曰く、「正直、最初に旦那様がやってきたときは、そのあまりのやる気のなさに、私はお嬢様の元に帰るのをあきらめた」

 曰く、「話をしていても、結局ヴォーグリムの言葉に理解を示すばかりで、またしても私は絶望した」

 曰く、「ところが話がお嬢様のことに及ぶと、旦那様の様子が一変。旦那様プッツン」

 曰く、「そうなるともう、誰にもとめられなかった」


 つまり、お兄さまはシスコンであったということです。知っていましたが!


 そんなお兄さまが、帰って参りません!!

 こんなにも可愛い妹を放っておいたままです!


 まさかそのとき、お兄さまが七大大公の一、ウィストベル様のお城に招待されていただなんて、私がどうして知れたでしょうか。

 結局、大公城<断末魔轟き怨嗟満つる城>から迎えの人員がやってきたおかげで、私たちの引っ越しは滞りなくすんだわけですが。


 私は声を大にして言いたい!

 襲い来る不安で小さな胸を押しつぶされそうになっている、可憐な妹に連絡一つよこさず、鼻の下を伸ばして美女にホイホイついて行ったお兄さまなんて、シスコンの風上にもおけません!!


 ***


 その日、<断末魔轟き怨嗟満つる城>に新しい主人を迎えよという王命が、魔王城よりもたらされた。

 家令のエンディオンの手配により、先代の主君を抹消せしめた相手を、新しい主と掲げるべく、大公城から迎えの隊列が出発する。

 今は行進する隊列に間断なく掲げられた黒一色の旗も、帰ってくるころには新しい主の紋章をくっきりと顕していることだろう。

 今度の主はデーモン族の若者だと聞く。あまり臣下を消耗品のように扱う者でなければいいが、と、エンディオンは一つため息をついた。

 彼は五代に渡って城の主に仕え、寿命はすでに数千年を数える。

 どうも上位魔族は短気な脳筋が多いという通説は本当のようで、彼ら下位魔族にとっては理不尽ななさりようが、ためらいなく施行される様子を、彼は数千年に及んで目撃してきたのである。たとえば、二代前の城主はデーモン族であったため、先代がこの城を引き継いだ時には、家臣はデーモン族が多かった。だが、その状況が気にくわなかったらしい先代は、家臣を領地の内で生きたまま入れ替えたのではなく、不要と判断したデーモン族の家臣を殺して、デヴィル族の家臣を入れたのだ。

 今度の主人はデーモン族だ。それと逆のことがおこらないとは限らない。幸い、エンディオン自身は価値を認められたためか、歴代の城主がどちらの種族であってもそのまま雇われ続けているが、昨日まで同僚であった者たちが惨殺されるのを、喜んで受け入れてきたわけではないのだ。

 できることなら職場を変わりたいが、魔王の許しがなくばそう簡単に属する領地を変えることはできなかった。

 それに、結局大公城に仕えるのなら、どこにいっても同じだろう。

 彼は一縷の望みももたず、ただ淡々と自分のすべき仕事をこなしながら、新しい主君の訪れを待つばかりだった。


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