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新任大公の平穏な日常  作者: 古酒
二年目の日常
34/52

19.帰宅してホッとしたいと思っていたのですが……

 飛竜の背は割に広い。

 そりゃあ、人間からすると丘にたとえられることもある位の巨躯なのだから、広いのは当たり前だ。

 俺が好んで背に乗る飛竜の翼開長は二十mを越えているし、体高も四mほどある。

 デヴィル族の中でも背に翼のあるものなら、その背に乗るのも簡単だろうが、それ以外のデヴィル族やデーモン族一般だと脚力だのみになる。

 それでも、成人後の魔族ならたやすいだろうが、さすがに面倒くさいと思う者もいるから、登竜機なんていう専用の階段があるわけだ。

 もっとも俺なんかは、逆にちまちま階段をのぼりおりする方が面倒くさいと感じるので、自分の城ではそんなものはほとんど使わない。


 竜たちは魔族には逆らわない。

 自分たちの巨躯に比べると、矮小に思える相手でも、本能で自分たちより強力な存在だと知れるからだ。それは魔族が子供でもかわらず、だからマーミルだって、不意に野生の竜に近づいたところで害される心配はない。

 だが、そんな巨大な飛竜を操るには、それなりの技術がいる。


「そろそろ、騎竜の練習もするか?」

 デイセントローズの城から帰る途中、飛竜の上でそうマーミルに声をかけると、妹はぐるりと半身を回して振り返り、瞳を輝かせた。

「します! 竜に乗れれば、どこへでも一人でいけますもの!」

「いや、あんまりどこへでも一人で勝手にいったら駄目だぞ」


 たとえばベイルフォウスの城に一人で行かれたりしたら、お兄さまはいろんな理由から心労がたまってしまう。

「わかってます。もちろん、領内の話ですわ。お兄さま、もちろんネネネセも一緒でいいでしょう?」

「ああ、双子といわず、長女や次女、三女だってまだなら一緒に教わるといい。もちろん、本人たちにその気がなければ無理にとはいわないが」


 成人しているからといって、魔族全員が一人で竜に乗れるわけではない。最初から人に乗せてもらうのをあてにして、練習しない者もいる。

 だいたいが、どの家でも必ず竜を所持しているというものではないのだ。有爵者で一体も所持していないという家はなかろうが、無爵者ではあり得る。

 もっとも、爵位を得ようという意志があるもので、騎竜の練習をしないものはいないだろう。


「帰ったら、さっそくみんなに伝えます。今は練習できない小さい子たちだって、きっと喜ぶにちがいないわ」

「そうだな。俺からも伝えよう。今日は久しぶりにみんなと晩餐をいただけそうだからな」

「まあ、本当に? 今日は一日ずっと一緒にお食事してますわね!」

 ただ単に、ご飯を一緒に食べるといっただけなのに、妹はとてもうれしそうだ。

 そんなに喜ぶのなら、もう少し晩餐の機会を増やせるように考えてみてもいいが。


「まずは子供の竜で練習するといい。竜番に頭数をそろえておくよう伝えておくから。俺もなるべく、練習をみることにするよ」

 剣と魔術の訓練だって、もう少しみてやるつもりだったのだが、今のところほぼ教師にまかせっきりだ。せめて騎竜の練習ぐらい、つきあってやりたいとおもっている。

「本当に?」

「ああ。毎日は無理だろうが」

「十日に一度でもうれしい! 今日はお兄さまに喜ばせてもらってばっかりですわ!」

 マーミルは短い腕を回して、抱きついてきた。


「それで、薔薇園はどうだった?」

 正直、デイセントローズやサーリスヴォルフと、どんな話をしたのか、興味がある。

 だが、妹は体から力を抜くと、すっと俺の胸から頭を離した。

 どうしたんだ?

 急に無表情に……なんか、目も死んでないか?

「エエ、キレイデシタワ……」

 なんで急に片言になるんだ?


「イロンナ種類ノ薔薇ガ、咲イテイテ、トテモ、キレイデシタワ。庭師ノ方ガ、トテモ熱心ニ、講義ヲシテクダスッテ。ソレハモウ、楽シイ時間デシタ」

「どうした、何かあったのか?」

 そういえば、薔薇園から帰ってきたとき、なんだかいやに勢いよく駆け寄ってきていたな。

「……デイセントローズ大公が、庭で……」

 マーミルの眉がだんだんと中央に寄っていく。


 そうして、妹は飛竜の上で方向転換し、俺と向き合って座り直した。

「私の手をつないできたの。迷子になったらいけないからって。私、そんな子供じゃありません、っていったんですけど、庭は広いからとお聞きにならないんですの。デイセントローズ様の手って私たちと同じ手でしょう。それを、こう……」

 そういって、マーミルは右手で俺の左手を取ると、指と指を絡ませるようにつないできた。いわゆる恋人つなぎ、あれだ。

 デイセントローズはマジで子供好きか。


「さすがに私、お兄さまとか、好きな人とだったら許容できますけど、初めてお会いした方とそれは……それでなんとか抵抗して、ただ軽くつなぐだけでとどめられたんですけど」

 うん、俺もお前ならいいけど、赤の他人とこんなつなぎ方するの嫌だな。

「男の人、それもデヴィル族って体温高い方が多いっていうでしょう? デイセントローズ大公の手も熱くて……それがまた、ちょっと生々しくて」

 うん、お前も子供だからか、体温高いけどな。俺はどちらかというと、低体温な方だから、マーミルの手は結構温かく感じる。

 というわけで、そろそろ手を離さないか?


「そうしたら、そのデイセントローズ大公の逆の腕に、サーリスヴォルフ大公が自分も迷子にならないようにしないと、とかおっしゃって、抱きつくようになさって……その、やたらに体を密着させて、いちゃいちゃと。庭師の方が一生懸命説明してくれたので、そっちを集中して聞くようにがんばりましたけど、正直だいぶ疲れましたわ」

 ……なんてこったい。

 気をつけなきゃならないのは、ベイルフォウスよりむしろデイセントローズとサーリスヴォルフだったようだ。


「それに、サーリスヴォルフ大公は、私にも時々話しかけてきてくださったんですけど、それが決まってベイルフォウス様のことばっかりで」

 ああ、まあ……それは……な……。

「ベイルフォウス様のことが好きかと聞かれたので、誰があんなロリコン変態、って答えておきましたわ」

 マーミルは長いため息をつき、がっくりと肩をおとした。

「とにかく、とっても疲れたんですの。あんなことなら、薔薇園なんて見に行くんじゃなかったわ……」

「まあ、お疲れだったな」

 俺は妹の頭をなでてやった。


 ようやく<断末魔轟き怨嗟満つる城>の威容が目に入ったとき、俺たちは同時にホッとため息をついたのだった。


 ***


 前庭に降り立った飛竜からマーミルを抱えて飛び降りると、エンディオンが待ちかねたように、出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、旦那様。マーミルお嬢様」

「ああ、ただいま。エンディオン」

「ただいま戻りましたわ」

「旦那様もお嬢様も、ずいぶんお疲れのご様子ですね」

 俺とマーミルは顔を見合わせる。

「疲れたな」

「ええ、とっても」


 城内のエントランスホールでは、アレスディアと双子が揃って待ちかまえていた。

「旦那様、お嬢様、お帰りなさいませ」

「ジャーイル閣下、マーミル、お帰りなさい」

 三人の声が揃うが、一対二なのでアレスディアが声量的に負けている。それが気に障ったのだろう。言い終わった瞬間、侍女はこめかみをぴくりとふるわせて双子を一瞥した。


「お嬢様、お疲れでございましょう? ささ、お部屋に戻ってゆっくりいたしましょうね」

「え、なんでそんな優しいの。気持ち悪い」

 いつもは毒舌な侍女の猫なで声に、妹は怪訝顔だ。

「なにをいうのですか、アレスディアはいつも優しいでしょう」

 にっこにこでマーミルから外套を受け取るアレスディア。

「マーミル、お城はどうでした? お話を聞かせてくださいな」

 四女と五女が、声をそろえて両脇から妹を囲む。

「まあまあ、双子姫。お嬢様はお疲れなのですよ。お遊びは明日にしましょうね」

「遊びじゃなくてよ。お話をするだけですわ」


 なんだ、双子とアレスディアがマーミルを取り合っているように見えるのは気のせいか?

 もてもてだな、妹よ。

「とりあえず、お部屋に戻りましょうよ。ゆっくりお茶でも飲みたいわ」

「ええ、私がおいしいお茶を入れてさしあげますよ、お嬢様」

 そういいながら、妹は侍女と双子と行ってしまった。


「なんだ、あれ」

 エンディオンは俺の外套を受け取りつつ、苦笑を浮かべた。

「アレスディアはマストヴォーゼ様のご家族がいらしてから、マーミル姫との時間が減ったことを寂しく感じているようでして」

「まあアレスディアはマーミルが生まれた頃からの侍女だからな。そうか、寂しいか……まあ、親離れはゆっくりやればいいとは思うが、何か問題が起こりそうなら、言ってくれ。アレスディアのことだから、大丈夫だとは思うが」

「はい」


「ところでエンディオン、相談があるんだが」

「はい、何でございましょう」

「とりあえず、執務室に行こうか」

「旦那様。実はお留守の間に、客人がありまして。旦那様がご不在のことは存じているゆえ、お帰りを待つとおっしゃいましたので、応接にお通ししてあるのですが」

 客?

 わざわざ帰りを待つということは、何か大事な用でもあるのだろうか?

「誰?」

 俺は行き先を応接に変えながら尋ねる。

「それが……ワイプキー殿のご息女の、エミリー嬢でして」

 思わず足が止まった。


「え…………何の用で?」

「詳細は……ただ、旦那様とお話がしたいとおっしゃられまして」

 うわあ。何だろ……まさか、この間の続きで世間話をしにきたのか?

 ワイプキーには断ったんだが、本人にはっきり言ったわけでもないから仕方ない。

 俺は覚悟を決めて、応接に向かうことにした。


「大変申し訳ありません、旦那様」

「なんでエンディオンが謝るんだ」

「実は、エミリー様をご案内した応接に、今現在、もう一人おいででして……」

「ワイプキー?」

 父親同伴できたのか。

「いえ、それが……」

 エンディオンはとても言いづらそうだ。

「ジブライール閣下でして」

 は? なんでジブライールが?

 二人は友人なのだろうか?


 とにかく、俺は応接へ向かったのだった。

 なぜか後ろで、エンディオンがとても申し訳なさそうにしてるのが印象的だ。

 だが、理由はすぐにわかった。

 応接に近づくにつれ、喧噪が近づいてくる。


 ん? 喧噪?

 なぜ?


 中から、がしゃん、という破壊音と、誰かの怒鳴る声が響いてきて、俺は思わずノックも忘れて応接の扉を開いた。

「どうした、何の騒ぎだ? い」

 靴の底に感じたじゃりっとした感触。

 足下を見ると、カップの残骸があった。

 そして、中で仁王立ちになってにらみ合うエミリーとジブライール。


 え?

 なに?

 なに、この状況??

 一体どうなってるんだ?

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― 新着の感想 ―
別に誰が主人公を好こうといいと思うけど、その結果主人公に迷惑かける女ってめんどくさいよな
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