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新任大公の平穏な日常  作者: 古酒
二年目の日常
33/52

18.そうして昼餐会はつつがなく……つつがなく?

 なんだかんだありつつも、昼餐は一応平和なままで終わった。

 今は部屋を移動して、軽く飲みつつ自由に歓談中だ。

 とはいえ当然、みんなで仲良くお話を、という訳にはいかないようだ。


 ベイルフォウスとウィストベルはいやに艶めいた雰囲気を出しながら、会話を楽しんでいるようだ。ウィストベルの膝においた、ベイルフォウスの手が気になる。

 アリネーゼはプートと大人の付き合いといった静かな風情を醸し出していた。

 そして、なぜかうちの妹を囲むサーリスヴォルフとデイセントローズ。


 やっぱりデイセントローズは意外に子供好きなのだろうか?

 初対面のときの、あの鼻にかかった態度はなんだったのだろうというほど、今は穏和な雰囲気だ。

 サーリスヴォルフは……たぶん、デイセントローズ自身への興味と――なにせ、“期待できる容貌”と言っていたぐらいだからな――マーミルへの興味のために、一緒にいるのかもしれない。

 まあ、マーミルと話をすれば、変に勘ぐっているベイルフォウスとの関係が下世話なものではないと気づくだろうからいいか。


 しばらく三人を観察していると、妹が振り返り、こちらに駆け寄ってくる。

「お兄さま、デイセントローズ様が今からお庭を案内してくださるそうなの! 行ってもよろしいでしょう?」

 両手を胸の前で組んでじっと見上げてくる妹。

 なんだかあれだな……最近ちょいちょい、こういうあからさまなぶりっこを仕掛けてくるが、何の意味があるのだろう。

 はっ!

 まさか、この年ですでに、男を落とすための仕草とかを研究していて、俺で試しているのか!?

 まさか、まさかな……。いや、俺の考えすぎだ。


「サーリスヴォルフ大公も一緒にいらっしゃるんですって。庭師が新しいお庭の説明をしてくれるそうですの」

「ああ、かまわないよ」

 俺がそう答えを返すと、妹はぴょんぴょんと飛び跳ねてデイセントローズとサーリスヴォルフのところへ戻っていった。

 そうしてマーミルを真ん中に、三人揃って行ってしまったのだ。

 なんだかあれだな。今日はサーリスヴォルフも女性の格好だから、親子みたいだな。


 彼らを見送ると、俺は孤高を気取っているが、その実、寂しがっているだろう魔王様に近づいた。

「陛下。そんなに魔王様って一人でいないといけないんですか? 別にいいんじゃないですか? ちらちら話に加わっても」

「確かにお前の言うとおりだ。誰とも口をきかないつもりだと言った覚えもない。ただ、自分から話しかけないだけだ」

 えー?

 何それ。つまり、そっちから話しかけて来てくれたら、全然お話しちゃうよ、ってこと?

 人見知りなの? 魔王様、ただの人見知りなの?


 ならばと魔王陛下の近くに椅子を引いていって、腰掛ける。

「しかし、デイセントローズはどういうつもりなんですかね? さっきからずっと、同じデヴィルだというのに、プートやアリネーゼとはほとんど口をきいていませんよ? 同盟相手を選択するために食事会を開いたはずなのに。プートは怖すぎるし、アリネーゼは美人すぎて緊張するから話しかけられない、とかだったら笑いますけど」

「何も同盟者は同じ種族から選ばなければならないと決まっていない。話しかけていないというなら、ベイルフォウスやウィストベルにも同様の態度だ」

「ええ、でも俺が彼の立場なら、やっぱりあの二人には話しかけませんよ。デイセントローズに対する嫌悪感みたいなものを、あの二人は隠そうとしてませんからね」

 デイセントローズには妻も未成年の家族もいないようだし、保護相手としての同盟者はいらないだろう。


「だいたい、この食事会で口をきいていないからなんだというのだ。すでに親しい間柄であるかもしれないだろう。そもそも、奴が誰を同盟相手に選ぼうが、それほど重要なことともおもえんが」

「まあ、そうかもしれませんが……」

「他者のことより、お前はどうなのだ?」

「どうって、何がですか?」

「もし、デイセントローズから同盟を申し込まれた暁には、これを受けるのか?」

「俺に同盟、ですか?」

 考えてもみなかったな。俺はデイセントローズが倒したマストヴォーゼの同盟者だったわけだし、彼の妻と子らの保護者だ。そんな相手にデイセントローズが同盟を申し込んでくることがあるだろうか?

 いや、そんなことを気にしていたら、大公はつとまらないか。同盟相手がすなわち友情をはぐくむ相手というわけではないからな。

 俺とベイルフォウスだって、同盟は結んでいないし。


「ジャーイル、兄貴」

 魔王様と話し込んでいると、ベイルフォウスが近づいてきた。

「俺、そろそろ帰るわ」

「え? もう?」

 俺は席から立ち上がる。

「デイセントローズは今マーミルを案内して庭にいるんだが」

「別に挨拶はいらないだろ。兄貴も一緒にどうだ?」

 弟の誘いに、兄は口角をかすかにあげた。

「いや、私はまだいい。帰りまで兄弟仲良く行動せずともよいだろう」

「……そうか」

 そういや、この兄弟、今日は一緒にきたんだっけ。

「ならジャーイル、マーミルにもよろしく言っておいてくれ。そのうちまた指導に行くから、寂しがらず待っていろ、とな」

 ちなみにあれ以来、まだベイルフォウスは俺の城を訪れてはいない。

「まあ、忙しかったら無理はしないでくれ」

「もとより無理はしない主義だ。じゃあな、ジャーイル、兄貴」


 そう言うと、退去の挨拶のためだろう、再度ウィストベルに近寄っていった。そしてさらっとその頬に口づけるものだから、俺の横で見ていた魔王陛下の手がプルプルとふるえている。酒がこぼれますよ、魔王様。

 そしてデーモン・デヴィルの見境なく女たらしのベイルフォウスは、アリネーゼにも同じようにしてから、部屋を出ていった。

 プートはまるごと無視だ。まあ、お互いにとっても、周りの者にとっても、それが一番平和的な対応なのかもしれない。

 ベイルフォウスがプートを嫌っていることはなんとなく知っていたが、しかし、そこまで険悪な仲とはしらなかった。まあ、どっちも短気な性格のようだから、衝突するのもわからないではないか。


「それで、主たちは二人でこそこそと、なんの企てをしておるのじゃ」

 ベイルフォウスが帰城して、一人になったウィストベルが俺と魔王様の元へやってくる。

 俺が立ち上がり、彼女に席を譲ると、給仕のために配置された家扶が、俺に新しい椅子を持ってきてくれた。

「企みとは、人聞きが悪い」

 魔王様、声音だけはツンツンしてますけど、目がものっすごくうれしそうですよ!

 ポーカーフェイスを気取っているつもりかもしれませんが、貴方いつも目に全部出てますから!

 自覚してください、魔王様!


「デイセントローズに同盟を申し込まれたらって話をしてたんですよ。ウィストベルならどうします?」

 俺が話を振ると、ウィストベルは柳眉を寄せた。

「私は生まれてこのかた、デヴィル族の者と同盟を結んだことはない。そしてそれはこれからも、じゃ」

 その声音の冷たさは、脳天気に質問した俺の背筋をふるわせるほどのものだった。

 ウィストベルのデヴィル嫌いは知っているが、食事会に来るようだから、大丈夫かと思ったのだ。

 しかし、アリネーゼとかプートとかの異種族に対する嫌悪と、ウィストベルのそれとは何かが根本的に違う気がする。彼女の場合は、もっと根が深いというか……生理的な嫌悪というよりは、明らかな憎悪を感じる。


「すみません、失言でした」

 とりあえず、怖いから謝っておこう。そうしよう。

「まさか主は受諾するというのか? マストヴォーゼに続いて、再びデヴィル族と手を組むつもりか?」

「いや、別に手を組むとか、そういう事じゃ……」

 え?

 いや、あの、同盟者になるからって、そんな手を組むとかどうとか……。

 しかし、俺が二人目の同盟者にマストヴォーゼを選んだ件は、未だウィストベルには引っかかっていたらしい。そういや、今の俺はデヴィル嫌いのウィストベルとのみ同盟を結んでいる状態だが、このままでいいのだろうか。

 それともいったん、マストヴォーゼと同盟を結んだ事実がある以上、種族に関しては問わない姿勢は伝わっているとみなしていいのだろうか。

 帰ったら一度、エンディオンに相談しないとな。


「ウィストベル。ジャーイルを脅して意のままにしようとするのは止めておけ」

 おお、まさか魔王様からの助け船が入るとは!

 魔王様でもウィストベルに反対することもあるんですね!

 なんだかんだ言って、俺のことを大事な臣下と思ってくれてるんですね!

「そんな風にデーモンとデヴィルを二分する必要はあるまい。徒に火種を蒔くようなやり方は、先代と変わらぬぞ」

 先代って誰の先代? ウィストベルか?

 いや、人間嫌いだったという先代魔王か?

「私が……あの豚と同じだと?」

 ウィストベルの赤金の瞳がギラリと光り、それに反比例して元から白い肌から血の気が引いていく。やばい、かなり本気だ。

 ひゅんってなるから止めてほしい。


 が、意外にも魔王様は平静だ。蹴られまくって、ウィストベルの怒りには耐性がついているのだろうか。

「同じと思っておらぬ。それはよく分かっておる、ウィストベル。だからこそだ」

 ぎり、という歯ぎしりの音が聞こえた気がした。

 ウィストベルと魔王陛下の間に、見えない火花が散っているような気がする。それはアリネーゼの時と、段違いに激しい火花だ。


 だが、先に折れたのはウィストベルだった。

 彼女はぎゅっと目をつむり、もう一度目をあけた時には、魔王様に対する怒りを抑えていた。

「すまぬ。取り乱した」

 そう言うと、深い息をついて視線を床に落とし、右の肘掛けに体をもたせかける。

「いや」

 魔王様が薄く微笑むと、その場の緊張感がやわらいだ。


 正直、ここまでの態度を魔王様がとるとは意外だった。

 なんだ、蹴られるばっかりじゃないんですね、魔王様!

 ちょっと見直しました、魔王様!

「私も帰った方がよさそうじゃ」

 ウィストベルが立ち上がると、俺と魔王様も立ち上がる。

 まあ、一応マナーだ、マナー。


 と。

「おや、ウィストベル大公、御気分でも悪くされましたか?」

 城の主、デイセントローズがサーリスヴォルフとマーミルと一緒に帰ってきた。

「お兄さま、お庭の薔薇園、とてもすてきでしたわ!」

 妹は俺の顔を見るなり、ほっとしたように駆け寄ってきた。

「ウィストベル、帰る前に庭の散策でも一緒にどうです?」

 いや、さっきは俺もそんな気はなかったんだが、今のウィストベルを見ると、庭を散歩するくらいはいいかなという気になる。気分転換になるだろう。


 俺の申し出に、ウィストベルは驚いたように瞳を見開いた。が、その顔に徐々に落ち着いた色が広がってゆき、いつもの肉食系のギラついた笑みが浮かぶに至って、俺は自分の言動を後悔した。

「ぜひにと言うなら」

 うあ、やばい。ちょっとまって、なんかもう、マジで狼に食われる一歩手前のウサギちゃんの気分だ。

「あら、ベイルフォウス様はどちらかへいらっしゃったの?」

 ナイス、妹よ!

 その調子で会話をそらすのだ。


「ああ、弟は先に失礼させていただいた。挨拶もせずにすまないな、デイセントローズ」

 ほら、黙って先に帰るから、魔王様がまたフォローしてるじゃないか、ベイルフォウス! 魔王様も、弟に注意すればいいのに!

「いえ、しかし、困りましたな……ぜひみなさまにお聴きいただきたい話があったのですが」

 デイセントローズは右手で顎をさわりつつ、目尻を下げた。

「まあ、しかし、いらっしゃらないのでは仕方ありません。では、申し訳ありませんが、おいでのみなさまにはわたくしにご注目ください」

 デイセントローズは大声で叫んで、部屋の中央に歩んでいく。

 こいつ、なんか注目浴びるの好きみたいだな。


「本日は、わたくしの開催しました昼餐会にお越しいただき、まことにありがとうございました。そこで、わたくしからみなさまにお願いがございます」

 全員、歓談を止めてデイセントローズに視線を移す。

「わたくしは、以前の選定会議の折、この食事会が終わるまでは同盟者を選ばぬと宣言いたしました。そこで、今、この場でその申し出をさせていただきたく存じます」

 えええ。公の場所で発表するの? 万が一みんなの前で断られたりしたら赤っ恥だから、後で個別に使者を立てればいいと思うんだけど。

「わたくしとしては、ぜひ、みなさま全員と、同盟を結びたいと思うのです。どうか、お聴き入れいただきとうございます」

 は? 全員?

 全員って言った?


 もちろん、魔王様をのぞく、だろうが、全員って?

 つまり、ウィストベルやベイルフォウスも含むということで。

 俺はウィストベルの顔色をうかがった。

 かなりの不快感を表しているが、それでもさっきのような憎悪を含んだ怒りは見えない。魔王様のたしなめのおかげだろうか。

「つきましては、みなさまの城を順に訪問させていただきとうございます。順序としては、私に近い序列から……つまり、ジャーイル大公の城より、訪城させていただきたいと思っております」


 そう言って、デイセントローズは俺を見た。

 え? マジで?

 いやいや、こういうときは上位から行きなよ。

 なんで俺からなんだよ。

「お主がやってくるのは勝手じゃが、こちらが受けるとは限らぬぞ」

 プートが低い声でそう告げた。

 ああ、まあそうだよな。拒否もありだよな。

「ええ、もちろんです。否と思われ、門前払いをくらったとて、それは致し方のないことです。ただ、わたくしの希望としましては、みなさまと同等におつきあいをしたいという、それだけのことでございますので」

「話はそれで終わりか?」

 ウィストベルはデイセントローズを睨めつけるように腕組みをしている。

「はい。ウィストベル大公」

 そう言って微笑を浮かべ、腰を折るデイセントローズは、初対面の時と同じ慇懃無礼な雰囲気をまとっていた。

「では、私は帰らせてもらおう。ジャーイル、悪いが、散歩はまた、別の場所でいたそう」

「ええ、ウィストベル」

 おっと、今回は狼の牙から逃れられたようだ。

「では、お見送りを、ウィストベル大公」

「結構じゃ」

 デイセントローズの申し出をにべもなく断って、ウィストベルはきびすを返すと、あっという間に部屋から出ていった。


 ふと、小さな暖かい手が俺の右手を握りしめてくる。

 横を見下ろすと、複雑そうな表情を浮かべた妹の目があった。

「お兄さま……」

 たぶん妹の小さな頭の中には、ぐるぐるといろんな思いが錯綜しているのだろう。マストヴォーゼの奥方や、娘たちのことも。

 俺は妹の手をぎゅっと握り返すと、笑みを返した。お前が心配することは何もないのだと、安心させるために。


「そなたの用件が済んだようであれば、私も帰城させてもらうことにしよう」

「あら、では私も」

 プートに続いてアリネーゼが高い声をあげる。

「もうあの女も、行ってしまったでしょうからね」

 来たときのように、文句を言い合って帰るのが嫌で、少し時間をずらしたようだ。

「そうですか。では、これで昼餐会はお開きといたしましょう。みなさま本日は、まことにありがとうございました」

 そう言って、デイセントローズは深々と頭を下げた。


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