確固たる恰好
「…だってさ、本当のわたしなんて、いないのにね」
「…今の貴方には、私がいます」
「なんで、ママはあんな事私に言ったんだろ。リュウトお兄ちゃんを殺せ、だなんて」
落ち込みながら、去っていくリュウトを見つめるミリアを見つめ、マリアも暗い表情を見せてしまう。
「私ね、マリアがいても結局一人ぼっちなんだよ。私は…ひとりでお話してるんだ」
「ミリア…」
数年前、日本エリア某所。
「パパー!お帰りなさいー!」
まだ幼い金髪の少女、ミリアが初老の男性を父と呼び、足に抱きつく。
「おぉ、ミリアか。どうした?」
「あそぼー!」
「…すまないなミリア、パパはまだ研究が残っているんだ。使用人と遊んでいなさい」
「だってだって、ケイトもコニーもトランプもよわいんだもん!」
だが初老の男は、乾いた笑いを飛ばし研究室に篭りに戻るだけだった。
その後数日間見たのは、料理を運びに来た家政婦に暴力を振るう姿と、頭を机に叩きつけながら独り言を呟く姿だけだった。
翌日、ミリアは思い切って自分の書いた絵を見せに行った。
4歳の小さな手で、クレヨンで書いた父親の顔だった。
「パパ!見てよ!パパ書いたの!」
そう言うと、男はミリアの頭を無言で撫でたかと思うと、その手を引き大型犬専用の檻へと放り込んだ。
「ミリア、解ってくれ。こうするしか無いんだ。お前が私から離れない為には、こうしてつなぎ止めておかなければぁ…」
「パパ…?」
数日感、ミリアは犬の様な扱いを受けた。
首輪で繋がれ、服も変えられず、碌な食事も与えられないまま。
三日が過ぎたある日。
「…うん、大丈夫。大丈夫だよ、心配しないで」
「え?お腹?すいてないよ、大丈夫」
ミリアはひとりで会話を成立させていた。
「私、いつになったら…ここから出られるのかな。ママ…ケイト…コニー…」
「心配してくれるの?ありがとう、「私」」
ミリアの意識はそこで一旦閉じ、再び目を覚ました時は見知らぬ家のベッドで寝ていた。
隣には、自らを鏡に写した様にそっくりな少女が寝ている。
「な、なんで私がいるの!?それに…背も…髪の毛も…伸びちゃったかな…」
全く見た事も着た事もない服や、部屋の壁紙にミリアは戸惑いながらベッドから降りた。
「…私…天使が見えたはずなの…あれは夢じゃない…確かにお話した…」
「目が覚めましたか」
突如聞こえた、冷たく感情の篭っていない言葉に、ミリアは驚き振り向く。
そこには、マネキン人形に服を着せたままの様な女性が立っていた。
「え、っと。ここはどこですか」
ミリアも真似をしてロボットの様な喋り方でメイドに話かける。
「ここは、ミリア様が今まで住んでいらした家ではございません。ここは、メヴァ・ハートリンク様の館にございます」
「メヴァ…ハートリンク?私と同じだ」
「…メヴァ様は、ミリア様の祖母にあたるお方でございます。メヴァ様をお呼びしてきます。お待ちください」
「は、はいっ…」
「…目が覚めたのかい。良かった良かった」
「あ、あの…えーっと…」
「好きに呼んで良いのよ」
「あ、ママ…。この子は何?」
「…魔宝…そう言ったら分かるかい?」
「…わかんない…あっ、パパがお勉強してた奴だ!」
「そう、その子は魔宝によって産まれた貴方の双子の妹だよ」
「双子の…妹?」
今、綺麗な顔をしながら寝ている自分に似ている少女が、自分の双子の妹だというのだ。
まだ10つも行っていない彼女にとっては、理解しがたい話だろう。
「そして今貴方は、9歳なの。ここまではいい?」
「うん、でも私はパパのお部屋で…」
「…魔宝の仕組みについては、後でゆっくり教えるよ。今はその子を歓迎しておやり」
ミリアの隣に寝ていた少女が起き上がり、じっとミリアを見つめる。
「…初めまして、ミリア・ハートリンク。私は魔宝内蔵人格生成プログラムです」
「まほう…ないぞうじんかくせいせいプログラム…ちゃん?長いよー」
「いえ、ですから、魔宝内蔵人格生成プログラム…言わば私は貴方なのです」
「…えっ、私?でもでも、私が二人いるのは気持ちが悪いよ。じゃあじゃあ。君の名前は今日からマリア!ミリアとマリア…なんだか双子っぽいでしょ?」
マリア、そう名付けられた少女はため息をつくと口を開いた。
「貴方が望むなら…私はマリア・ハートリンク。貴方の双子の妹で、貴方自身です」
「うん、じゃあよろしくね。マリア!」
「…あの日の私は死んじゃった。大好きだけど大嫌いなパパに殺された…」
「そして、ミリアの嫌いな父親に生き返らされた。結局私達は、あの男にとって実験動物にしか過ぎない、と言う事ですね」
「…なんかさ、ママの言いたい事が解った気がする。殺してこいってのは建前で、本当は変わってこいって事なんじゃないかな」
「…不器用でクソ真面目ですからね、彼女は」
「じゃあ、早速逃げ回りますかっ!」
「はいっ」
「…そういう事、か。わざわざ内線回さなくてくれて良いのによ」
俺は頭痛に慣れ、頭から手を離す。
…トリガーがいた様な紛争地帯では、自分達だけでなく、戦う意思の無い弱者まで戦争の道具…魔宝使いにしてしまう輩がいる。
非人道的、こんなにピッタリな言葉も無いだろう。
薬品のテストには、鳴き、叫べない動物が使われる。
同じだ、自分たちの安全の確認の為に、自分たちが飯を食いっぱぐれない為に子供を利用する。
違うようで、やっている事は同じだ。
だが、そういう実験をやっているのは…紛争地帯に限った事じゃない。
「…自分の地位や名誉の為に子供を物みたいに扱う人間を絶対に許さねえ」
俺は、呟くとミリア達を探しに歩みを進めた。
彼女たちが何を考えているかは全く理解できないし、本当に俺を殺すのが目的なのか。
不審な点はまだまだある。
「とりあえずとっ捕まえる所からはじめるかなー…ん、電話か?もしもし」
『あー、私だ。アルーノだ、今調べが付いたんだがマリア・ハートリンクという少女は存在しない。彼女はいわゆる「自立型魔宝」という存在だ』
「自分で意思を持って行動する、あの自立型魔宝か?」
『あぁ、調べたがマリアという少女の生存理由はミリアの足りない部分を補う。…言わば半身の様な物だ。何かがミリアに足りなければマリアが補う。逆もまた然り、と言うことらしい』
「…そうか、結果、俺は一人の女の子を追っかけてたって事か」
『…そういう事だ。それと、あのガキに魔宝を使った…あいつらの言う「ママ」とやらの名前はメヴァ・ハートリンク。大富豪ハートリンク家の現当主で、あいつらの祖母だ』
「祖母…?それならグランマとか言うんじゃねえのか?」
『…家庭とは複雑な物だ。お前もそうだっただろ。…そして、ミリアは父親であるメリクス・ハートリンクに魔宝の実験動物として殺害されていた』
「…なんとなく、それは予想が付いていた」
『…これを踏まえて、お前は彼女達…いや、彼女になんと声をかける?』
「…その場その場で決めさせてもらうよ」
アルーノはそれ以降、黙ってしまった。
『間違っても、彼女達に手を差し伸べるな。良いな』
「わかってるさ、俺はそこまでバカじゃない」
バランスを保って存在していられるのはマリアがいるから。マリアがその存在を確立できるのは、ミリアがいるから。
…確かに補っている。何かが欠ければどちらかに補充される。
ミリアから笑顔が消えればマリアが笑顔を見せる様になる。
しかし、両方に無償で注がれるべき、親からの愛はどちらも補う事が出来ない。
考え事をしていると、公園に敷かれたブルーシートを見つけた。
ブルーシートの上にはピンやリボンなどが並んでいる。
「お兄さん、これ買うかい」
「あぁ、この赤いリボン1個と、赤いピン2個くれ」
「300円ね」
「おし、300円な」
「毎度ありぃ」
買ってから言うのもなんだが、ああいう店って場所代とかを怖いお兄さんに要求されるんじゃなかろうか。
「…んでよ、そろそろちゃんと隠れてくれよ」
「ば、バレてないよね…」
「バレバレですよミリア。目を覚ましてください」
「…う、うん」
二人が全く同じタイミングで木から飛び降りる。
「じゃ、じゃあクイズ!どっちがミリアでどっちがマリアでしょうか!!」
「…問題だ、俺はどっちをどっちと答える」
「問題出してるのはこっちだよ!」
「誰が回答すると言った。最初からいるのにいないような人間なんてどうやって当てる!お前はミリア・ハートリンクであり、マリア・ハートリンクでもある」
「答えになってないよ!!」
「そしてお前はマリア・ハートリンクでありミリア・ハートリンクである!!それでいいだろ!」
「…やっぱり、誰にも見分けられないんだ。お兄ちゃんにも…ママしか見分けてもらえないんだ。私は…ただ、マリアと一緒に…一人として認めてもらいたいだけなのに…」
ミリアが膝を落とし、地面に座り込む。
「なんで、誰も認めてくれないの?マリアは私の半分じゃない!マリアは私じゃないし私はマリアじゃないの!!」
「ミリア…」
「私はミリア、ミリア・ハートリンクなの!!そして私の隣にいるこの子は、マリア・ハートリンク。私と同じ、9歳のただの女の子!!そして私の双子の妹なの!!」
そう叫ぶミリアの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
地面や服に落下しては溶け込み、消失していく。まるでミリア本人の想いの様だ。
「皆マリアは魔宝だって言うけど…マリアはひとなの!ミリアもひとなの!!バケモノでも、オモチャでもないの!!」
「…ミリア、泣くのをやめてください。…それは、私も持っている物です」
「うるさい!うるさい!アシュヴィィン!!」
アイアンメイデンが空から落下し、変形して砲台となった。
「私とマリアを別の人間として見れないお兄ちゃんなんて…粉々になっちゃぇえええええ!!」
大型の砲弾が俺の右腕を引き連れ、後方の壁を粉砕する。
それでも尚、俺は進んだ。ミリアの元へ。
「お兄さん、やめてください。それ以上進まないで!!」
「…絶対に嫌だ。俺はとある人に「手を差し伸べるな」と言われた。それはなぜか…お前ら自身が差し伸べられた手をどうするべきか知らないからだ」
「…お兄さん…」
「だから俺は「救う」。手は差し伸べる気なんて毛頭無い。だが、俺はこの手でミリアを救う。マリア、お前もだ」
二発目の大砲はまた、俺を掠める。
「…待たせたな、ミリア。お前らが別の人間だって、忘れてたわ」
「お兄…ちゃん?」
近づき、左腕だけでミリアを抱き寄せると、アシュヴィンが消滅し、粒子と化して空へと飛んでいく。
時間が経ったのか、着々と右腕の修復が始まる。
「お前らが別々の女の子だってのは解った。けど、多分分かんねえわ。お前がどっちか、なんて」
「…良いんだよ、慣れてるから」
「だからさ、コレやる。コレつけてる間は、お前らが何度聞いてこようが堂々と答えてやる。なんせ俺はお前らの兄貴だからな」
「…これ、ピン?」
ピンをミリアの左耳付近で交差させる様に付ける。
「これを、こうして…よし、ピンを付けてて笑顔の可愛い方が姉のミリア」
マリアを手招きし、揉み上げの長い髪を結って三つ編みにしてリボンで縛る。
「よし、リボンとおさげの似合うむすっとしていて可愛いのが妹のマリア」
頭をぽんと叩き、立ち上がる。
「…正解だろ?」
「…悔しいですが、正解です」
初めて、彼女二人が同時に笑顔を見せてくれた気がする。
「…んで、本当に来るのか?爆弾解除したのに」
「はい、ミリアがそうしたいと言っているので」
「つってもその姉ちゃんはぐっすりだがな」
「いつもこうなんです。泣きつかれるとだれかに甘えるようにぐっすりと」
「お前も、甘えて良いんだぞ」
「いえ、姉がコレでは、しっかりしないとダメですから」
どうやらマリアも気苦労が絶えない様だ。
しかし、今更ながらなんで俺なんかを殺せ…なんて命令が…。
「…リュウト…」
帰宅早々、リーヴァの激痛の走る視線が送られる。
ありゃ…養豚場の豚を見る目だ…。
「お前の言いたい事はよーく解る。あぁ、まるで心が読めるみたいだぜ」
「でもあえて言っておくわ。貴方…幼女を誘拐する趣味でもあるの…?」
「最近のコンビニはなんでも売ってるんだぜ」
「遅かったじゃないか。かくれんぼは終わりか?」
アルーノがコーヒーカップを片手にロビーに来た。
「…お兄さん」
「なんだ?」
「…すごかったです、二人相手にあんな…」
「間違いなく誤解を招く発言をするな」
「それは良いとしてマリア・ハートリンク。お前とミリアの処罰は我々で決める。なんせ今回のはテロ同然だからな。死罪でも文句は言うなよ」
マリアは黙って俯いてしまう。爆弾の解除が終わったとは言え、アルーノの言うとおりテロ同然だ。
「…処罰は私一人で受けます。ミリアは、見逃してください」
「図に乗るな、それを決めるのは我々だ。後日連絡係を寄越す。それまでイグドラシル内に軟禁だ」
「…はい」
マリアは、反論する勇気すら失ってまた俯いてしまった。
分かるぞその気持ち。




