哀悼する愛刀
「…あれはね、「魔動武装」なんて大層な名前で呼ばれているが、一部の人間の間で「悪魔の牙」と呼ばれてる代物だ」
師匠、ミサキ・ヴァリアントは茶を啜りながら話を始めた。
「デカい力が手に入る代わりに、命がどんどん削れて行くのさ。融合している訳では無いから、死亡しても復活はできない。…そんな危険度MAXな魔宝モドキが市場に出回ってるなんてのは、頂けないねぇ」
「…ああ、命が無駄にされるなんてのはおかしい。…つかなんだ、その捻りの無い名前は。デモンズタスク…悪魔の爪?思春期独特の病気にでも掛かってんのか?」
「独特の病気が何かは知らないが、確かに病の様なものだ。使用した時点で、使用者は既に悪魔の毒牙にかかっている…って事さ。…私が知っていることはこれくらいだね」
「…そうか」
解ってはいた事だが、俺みたいな下っ端には教えられる情報が少ないと言う事か。
命に関わるが、その代わりに強大な力が得られる、なんて事が一般人に知れたらどうなるか。
「…そうだ、リュウト」
「なんだ?」
「お前が見たと言う少女の魔動武装は、どんな様子だったんだい?」
「どんなって…そうだな、岩みたいになってて…赤い…そうだな、溶岩みたいなラインが入ってた」
「…同化済み、かい」
師匠は、眉間に皺を寄せた。
アルーノと同じ表情だ。俺も釣られて思わず皺を寄せてしまう。
同化済み…融合という言葉を使わないあたり、何か違うものらしい。
「どういう物なんだ?同化って」
「魔動武装は、使用者の意識と体を侵食していく。最終的には、中途半端に意識が残って…残りすべての意思は、魔動武装に奪われる」
「自我があったみたいだったが。…何か違うのか」
「それはな、単純に「そういう風に見せている」だけだ。ああなってしまっては心など無いも同然だ」
「救える可能性は…無いよな」
「思い上がりも良い所だな。そもそも、危険なものに自ら手を染めたバカどもを救う理由はあるまい」
「…仕方が無かった場合もあるだろ。それでもバカと言うのか」
「青いな。落ち着けリュウト。そんな事では救えるものも救えない。物事を冷静に捉える事こそ其の第一歩だと教えたはずだ」
「…そうだな、すまない」
「構わないさ、若いうちだけだ。それより、少し手伝え。私は腕が一本しか無いからな。お前が手伝えば3本だ」
「何するんだ?」
「まあまあ、いいから手伝え」
師匠に命じられた事は、子供達の避難だった。
なぜかは知らないが、床に設置された頑丈そうな鋼鉄の扉を開き、子供達を次々中に入れていく。
なんでも、イグドラシルに繋がっているらしい。
「…なんで、避難を?子供達には避難訓練って言ってあるけど…」
「来るんだよ。お客が。余計な客まで連れてきたみたいだねぇ、お前は」
「俺が悪いのか」
「いや?私が悪い。数日前まで見抜けなかったんだから。リュウト、も一つ手伝え」
「…あぁ、内容は言わなくて良い。なんとなくわかる」
「そうか、察しが良くて助かる」
「そんな腕で大丈夫なのか?」
「嘗めるなよガキ。お前を鍛えたのは誰だと思ってる」
左ひじで、俺のわき腹をつつく。
にやりと笑う表情を見て俺は安堵の溜息を吐く。
そう、昔から何一つとして変わっていない。この安心感は、何者にも変えがたいものだった。
「さて、こちらから少し出向いてやるとしてやるか…」
園を出て、広場に出る。少し大きめな公園程度の広場だ。
普段は子供達が遊んでいる広場だが、今日は少し、嫌な雰囲気を放っている。
日の沈みかけた広場で師匠は、左手で刀を抜く。妖しく光る銀色の刃を抜ききると、師匠の着物の袖口から黒い鎧の腕が現れた。所々に血管の様な赤い線が浮き出ている。
「ああ、これこれ。腕が戻ってきた気分だ」
「…それは?」
鎧の指を、自然なまでに動かす。連動して、鋼の擦れる乾いた音が鳴り響く。
「見せたことは無かったか?まあ見せる必要も無かったからな」
「もしかして…それは」
「ああ、魔宝…の出来損ないさ」
「出来損ない?」
「其の話は後でするとしよう。…さ。来客だ。手厚く迎えようじゃないか」
森の木々の陰から、黒い人影が現れる。
比喩のしようが無い程に、「人影」だ。揺らめく人影が、目の前に現れている。
数は…1、2,3…6人か。
「…そうだ。師匠、頼みがある」
「なんだ?」
「お客さんが帰ったら…親子丼造ってくれよ、久々に。お前の作る料理の中で一番美味いんだ」
「フン、いいだろう。生き残っていたら嫌と泣き叫んで助けを呼ぶまで食わせてやる。さ、行くぞ。接客だの時間だ」
黒い影が飛び出すと、師匠はその頭を掴んだ。
足掻く。頭を潰されまいと、影は師匠の腕を叩くが、微動だにしない。
「抗うか。潰せるな。…なら、殺れる」
人影は師匠に握りつぶされると、ドロドロの溶岩の様に溶けて鎧の腕に吸収された。
「…なんだそりゃ。吸引力の変わらない掃除機か何かか?」
「溶かして食べただけさ、チーズみたいにね」
「食った?おいおい、いつからお前は人影を食う様になったんだ?」
「食っているのは私じゃない、こいつだよ」
「…おっそろし。…来るぞ!」
飛びかかる人影を切り裂き、師匠と背中を合わせる。
「…お前さん、デカくなったな」
「…ま、7年も経てばな」
「図体と態度だけデカくなった訳では無いと証明してみせろ」
「わーったよ」
影を次々と切り裂くも、人影は絶えなかった。
切っては分裂し、その分身から更に分裂する。
師匠の攻撃方法が一番効率がいいかもしれない。
「ほらほらどうした!その程度かッ!」
「ちっ、効率良い戦い方しやがって!」
蠢く人影に、俺は苦戦するも師匠はそれに当てはまらなかった。
次々と吸い上げ、人影が消えると気配がする。
強力な魔宝の気配。しかし、魔宝のそれではない。…魔導武装か!
「やーやー!まだこんにちはかな?僕だよ」
銀色の短めの髪、奇妙なほど目の赤い少女。
前と同じく、全身黒尽くめでその場に立っている。
「クリスティカ・アーヴァリス!」
「なんだ、入園希望かい?随分手荒な入園費じゃないか」
「違うよおばさん!僕ね、おばさんに用があって来たんだ!」
「…おばさんなどいない。帰れ」
「いや、そろそろキツイぞ。認めろよアラフォあだっ!」
アラフォーと言いかけた途端にデコピンが飛んで来た。普通に痛い。
「漫才してないでよ。…僕の今日の目的は〜!おばさんを殺す事!でも強いんでしょ!だからー…子供達を人質に取りましたー♪」
背筋が凍るほど、黒い笑顔。死なないと言え、生命の危機は感じる。
今のクリスの笑顔は、それに値した。
「子供達は今僕の部下が取り押さえてると思うよ。でぇ〜、お願いがあるんだけど〜」
「…聞くだけ聞いてやろうか」
「無抵抗のまま死んでよ。僕そういうの大好きなんだ。断ったら…子供たちを「炉」に入れちゃうぞー?」
「……っ」
「…てめぇ…」
「今君には用ないから。黙ってて。…さ、どうするぅ?10秒あげるよ」
「…待て、子供たちの映像を見せてくれ」
「えー、泣き叫んで苦しむ映像が欲しいなんて趣味悪。…ほら」
端末を投げ、映像を見せる。
師匠は、少しニヤリと笑った。
「…解った。子供たちの命には変えられまい。さ、殺せ。私は魔宝使いでは無いからな。殺せば死ぬぞ」
「え?良いの?話せるぅー!それじゃ!」
少女は木から飛び降りながら師匠に斬りかかる。
あの斧、見ているだけで圧がかかって来る。
後少し、もう数センチで届くと思った瞬間。
師匠がクリスの腕を掴んだ。
「な、なんで抵抗するんだよ!クソ!はなせーっ!」
「…クソガキ、世の中には怒らせちゃいけない人間がたくさんいる。…今その内の一人を怒らせた。…わかるか?」
「子供達の命が惜しく無いのかよ!」
「…あぁ、惜しいさ。「子供達の命」は、な!答え合わせだ。これを見な」
端末を見せると、そこに映っているのは、子供達ではなく、子供達の姿をしただけの良くできた人形だった。
「まさかここまでフェイクに引っ掛かってくれるとは…。…さ、これで何も残らないな。…苦しみながら腕とおさらばするが良い。黙祷はいるかね?」
肉の、焼けこげる音が鳴る。
煙を上げ、クリスの腕が焼ける。
「ぎゃあああああ!熱い!熱い!助けてクーロン!」
少女が叫ぶと、師匠の鎧の腕にナイフが刺さる。
思わず手を離してしまい、クリスは距離を取る。
「クリス」
クリスの後ろに現れたのは、黒いビジネススーツに身を包んだ青年だった。
「遅いよクーロン!子供たちは!」
「どこへ行ったか解らない。…行ったん退くのが得策」
「…だね。…ちっ、今日のところは殺さないで置いてあげるよ!じゃーね!」
捨て台詞を吐いて、少女と青年は宵闇へと消えて行った。
「…さて、帰るぞ。子供達を迎えに行かなきゃいけない」
「…あぁ」
子供を迎えた俺たちは、再び園に戻った。
師匠を殺しにきた、と彼女らは言っていたが…一体何が目的なんだ…それにあの自信…。あいつらは一体…。
「そう難しい顔をするんじゃないよ。ほら、たんとお食べ」
考えている間に、子供達は既に食卓について食事の準備をしていた。
「「「いただきます」」」
子供数名、ギリ少年とアラフォ…睨む目が怖いのでアラサーにしておこう。が1名ずつ。
その声が食卓に響く。艶やかな卵の色、肉汁と混ざり合うタレの香り。輝く玉ねぎに自己主張する鶏肉。全てにおいて食欲をそそる親子丼は、幼い頃から何も変わってはいなかった。
「ごちそうさん。んじゃ俺は戻るよ」
「ああ、何か解ったら連絡するよ。なに、気にすることはない。何もわからないなら考えるだけ無駄さ。そういう時は頭空っぽにするのが正解だ」
「…だな、いつも通り。じゃあ後の事は頼んだ」
「任せな」
師匠のその言葉は嫌に安心感に満ち溢れていた。




