炎竜家編
…私は、決めなくちゃいけない。これからのことを。正確には、決めた。私は…
信じることにした。
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たまたま一番早く起きた千次郎は、机の上に在った手紙を見つけた。それに目を通した彼は急いで皆を叩き起こした。
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「これ、千奈の手紙だ。」
千次郎はその手紙を読み上げ始めた。
「拝啓:烈火隊の皆様
千次郎にも何も言いませんでしたが結婚することになりました。
次に会えるのはいつかわかりません。
ろくに皆に恩を返せませんでした。
うまく話せませんでした。いままで
助けてくれてありがとう。
けがをしないように気をつけて。
テメーら。私のこと忘れんじゃねーぞ。
千奈より
ps.千次郎、この手紙を読んで昔のことを思い出してくれたら幸いです」
涙の痕が付いたその手紙を見てみかんは泣き始めた。千次郎は「…バーカ。気付くよ。これぐらい。」と言った。
氷牙は千次郎の言葉を聞き逃さなかった。
「千次郎、どういう意味だ?」
「縦読みしてみろよ。よゆーだぜ。」
「縦読み…あっ!」
セイバが気付く。その手紙を縦読みすると…
「『千次郎助けて』になってる!」
みかんが叫ぶ。千次郎はからくりを説明する。
「小さい時の遊びで暗号遊びがあったんだ。その中の一つ縦読みが使われてたんだ。」
「このpsはそういう意味か…」
氷牙が呟く。千次郎は素早く身支度を整え始める。皆それに続く。だが氷牙は一人
…静かに笑った。
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みかんの転送装置によりやってきた江戸島。前に来たときの千次郎たちの家とは真逆方向の二つのデカい家。そのうちの片方の炎竜家に乗り込む。
「炎竜家に入ったら100%全員一人にされる。」
「だろうな。」
千次郎の話に氷牙が相槌を打つ。千次郎の話は続く。
「んで、一人になったときに炎竜家の四人衆に狙われる。四人しかいないってことは、分かるか?狙われなかった一人は千奈の救出。まあ千奈の親父と戦うことになるけどな。」
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最初はセイバ。落とし穴に落ちて、その先で忍者と対峙。
次にみかん。「あんな単純なのに引っ掛…きゃっ!」落とし穴に落ちて、別の忍者に対峙。
その次に雪。縄で引っ張られ庭に。
次に氷牙。奇襲されそのまま庭へ。
千次郎は「やっぱこうなったか…」と苦笑いしながら千奈の父が居る本殿『荒夜殿』に向かった。
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「千次郎の言ってた通りだな。」
セイバは苦笑いする。セイバの前には一人の忍者。たぶん四人衆の一人。
「俺の怪力に剣など効かぬぅ!」
「試してみねえと分かんねえぜ?」
ムキムキの忍者に向かって切りかかる。確かに弾かれた。
「硬って…あんたそれ筋肉だけじゃねぇだろ。」
「察しがいいな片目の侍!『硬化』をかけてある!」
じゃああれなら切れる、とセイバは思った。
「虎刃:四元!」
「ぐぅ!?」
切れた。セイバは二発目、三発目も入れる。忍者は二発目には当たったが、三発目をぎりぎりよけバックステップ。
「むぅ?」
「驚いたか?今のは四元。激を分散させる。『硬化』は激を固めたもんだからな。分散させれば切れる。」
「くそう…だがこれから…!」
「いや、もう終わり。二撃目受けたろ?あれ、技なんだよね。」
「何?」
セイバは刀を鞘に納めながらこう言った。
「龍帝剣:七閃」
次の瞬間忍者を七つの刃が切り裂く。
「ぐぅ!?」
「二撃目に合わせて、激の刃を七つお前に仕込んだ。」
「くそう…」
忍者は音を立てて倒れた。
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氷牙は忍者との一気に間合いを詰める。細身の忍者はその氷牙に向かってクナイを投げる。氷牙はその前にクナイを敵ごと凍らせた。
「…成程。」
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雪は細身で黒の短髪の女と対峙した。くノ一は冷たい灰色の目を光らせ言った。
「侵入者には容赦しません。」
「…ふぅ。」
雪は一息つくと、素早く印を結ぶ。
「氷牢:天ノ柱!」
五つの氷の柱を上から落とす。が、軽々と避けられ、『硬化』した拳を腹に喰らう。
「がっ!」
小さく唸りつつ距離をとる。しかしあの速さでは印を結んでいる間に攻撃される。
「降参し、投降してください。」
「嫌です。」
雪は小さく相手にばれないように印を結ぶ。そして…
「雷!」
這う雷を打つ。くノ一は油断していたようで、反応できずにまともに喰らい、怯む。
「吹雪ノ一撃!」
その隙に、吹雪を放ち、くノ一を氷漬けにした。
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みかんは金髪の美人のくノ一と当った。
「…あんた、寒くないの?」
くノ一の衣装は露出が多く、いかにも秋には合わない。
「自分にはないものを見てイライラしてるの?」
「はぁ?」
「大人の色気…少なくともあなたにはないわよね?」
「…」
みかんの格好は確かに子供っぽいTシャツにスカートで、色気があるとは言えない。
「いいし!二年ぐらいしたら、雪ぐらいになるし!」
「巫女服の子?…ぷっ。」
「何よその態度ぉ!」
「無理無理、二年でまな板から巨乳は無理よ…ぷぷっ。」
「新技撃ってやろうかごらぁ!」
「だって二十でもぺったんこな子、あたし知ってるし。」
「そいつとあたしは違うわぁ!」
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氷漬けにされたくノ一はひっそりと精神的ダメージを受けた。
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「そこまでこけにするってことは新技受ける覚悟はあるのね?」
「ええもちろん。」
「じゃあ行くわよ!」
みかんは銃口を自分とくノ一に向ける。
「守護獣:攻撃虎!」
くノ一に向けられた銃口から激の虎が出現し、くノ一に攻撃。くノ一は虎の一撃をよけみかんにクナイを投げる。しかしそのクナイが届く前にみかんは自分に向けた銃口から新しい技を撃つ。
「守護獣:守護龍!」
銃口から出現した龍が、クナイを弾く。
「へぇ…でもこの二匹、激でできてるってことは拡散させれば消滅しちゃうわよ?」
次の瞬間、守護獣が霧散した。だが、みかんはその霧散した激を銃口に詰め、普段より強化した基本技を放った。
「花火:裂空の光!」
みかんの基本技『花火』の光属性『裂空の光』。その名の通り空を裂く程の光を撃つ。守護獣の力を得たそれは普段の三倍以上の速さで進みくノ一の頬を切る。
「痛いわね…」
くノ一が苦笑いする。
「この黒竜水奈、千奈お嬢以外にこんな優秀な若人見たことなかったわね。」
「?千次郎は?千奈の幼馴染なら、あんたも知ってるんでしょ?」
「ええ…ただあれは優秀というより、天才と言った方がいいわね。…それとは関係なく、千奈お嬢様は彼を選んだのでしょうけど。」
「?」
みかんはすこし水奈の言ったことを考えるも、すぐに臨戦態勢に。水奈は息を吐くと一気に間合いを詰める。みかんは詰められた間合いを気にすることなく、先程の守護獣の激を詰めたもう一方の銃で、技「閃光弾」を撃つ。目くらましをした後、みかんはもう一方の銃で「鉄空弾」と言う、空気を奪う技を撃った。水奈の周りから弾丸へと酸素が流れ込み、酸欠になった水奈はその場に突っ伏した。
「こんなぺったんに負けるなんて…!」
「関係ないでしょうが!」
その叫びは水奈には届かなかった。
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「千坊…元気だったか?」
「千奈はどこだ…荒夜のおっさん。」
荒夜と呼ばれた中年の男性は千次郎と対峙する。炎竜荒夜。荒夜殿の主であり、千奈の父である。
「千奈に呼ばれたか?」
「ああ、助けてってな。」
「もうあいつは式場だ。助けたければ…俺を倒していくんだな。」
「その…つもりだ!」
千次郎は、素早く間合いを詰め殴りかかる。荒夜は千次郎の腕を掴むと、そのまま投げる。壁に激突し、煙が舞う。千次郎は素早く体勢を立て直すと、煙に隠れつつ間合いを詰める。だが、煙は荒夜によって払われ千次郎は無防備になる。そこに一発蹴りをもらい、「ぐっ。」と千次郎は低く唸る。
「どうしたぁ?千坊!本気で来い!」
「本気でいいんだな!?」
千次郎は深呼吸し、乱れた息を整えると、気を集中させる。
「切十家秘技、『背水ノ陣』!」
切十家の秘技『背水ノ陣』。激を纏い自分を強化する。通常ではありえない力を発揮できる。ただしこれを使っている間は聖を使えない。
「マジか…『背水ノ陣』まで使っちゃう?」
「本気だからなぁ!」
「くっ!」
千次郎のパンチを受けた荒夜は低く唸る。
「そこまでうちの娘のことを想ってくれてるとは嬉しいねぇ!」
「約束したからなぁ!」
千次郎が言った約束に荒夜は驚き、固まる。その一瞬のすきに千次郎はさらに『硬化』をかけた拳で荒夜の脇腹を殴った。その一撃は荒夜の意識を削ぐには十分だった。
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私は、前を向けなかった。涙が溢れてしまいそうで。
「千次郎…。」
泣きそうな声でつぶやいてしまう。今思えばもっと優しくなればよかった。もっとたくさん話せばよかった。もっと…もっと…
素直に…なればよかった。互いの気持ちなんてもうとっくに…分かってたのに。
「千次郎…。」
もう一度だけ呼ぶ。その瞬間式場のドアが開かれ…
「呼んだか?」
私の愛する人が笑顔で助けに来てくれた。
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千次郎がドアを開けたとき、千奈が自分を呼んでいるような気がして、返事をした。そこには椅子に座る二人の少女が居た。
「まってました。千次郎様。」
「黒竜美水菜…?これはどういう…」
「千次郎ぉ…」
千奈は嬉しさからか笑いながら泣いている。そしてそのまま千次郎に抱きついてきた。
「来てくれないかと思ってた…!」
「千奈…?いったいどういう…?」
「それは私が答えます。」
美水菜が答える。美水菜はそのまま説明しだした。
「婿選び…炎竜家のしきたりで婿になるものは三つの試練をクリアしなければなりません。一つは暗号の解除、二つは一人でも何人でも炎竜家に突撃し、婿になる者が先代…つまり荒夜様を倒す事だったというわけです。」
「何で俺が?」
「もちろん千奈様が選ばれたからですよ。」
「…」
千奈が真っ赤になる。千次郎は千奈の頭を撫でてやりつつ美水菜に聞く
「三つ目は?」
「今から挑戦してもらいます…千奈様。」
「…うん。」
千奈は千次郎から離れると深く息を吸い言った。
「私と…結婚してくれますか?」
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千次郎は荒夜に言った約束を思い出した。
「俺はっ!婿選びをクリアして、千奈を守るって、十二年前に約束したんだっ!」
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千次郎は笑顔で返事をした。
「もちろん。」
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翌日、炎竜家と烈火隊を招待し、千次郎と千奈の結婚式をした。ブーケトスで雪とみかんが同時に手に入れたり、氷牙がふざけてスピーチしたりなどさまざまなことが起こった。
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その次の日、炎竜家から出た長い通路を通る一行。
「千奈~。」
「何?みかん。」
「昨日はお楽しみでしたなぁ。」
「にゃっ!」
そんな声を横目に氷牙は炎竜家の屋根の上を見つめていた。
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「荒夜~何負けてんのよぉ~。」
「紗九か…千坊、なかなか強かったぞ。」
炎竜紗九。千奈の母親である。
「屋上にまで上がってきて言うことはそれだけか?」
「いんや。うちの四人衆を倒した奴らはどんなんかとね。」
「たぶん…女子二人は千奈並の力は持っているな。片目は千坊並だ。」
「あの銀髪は?」
「あいつは…計り知れんな。」
荒夜は烈火隊の一行の一人…氷牙が、こちらを向いていることに気が付いた。氷牙は腕を振り下ろす。その瞬間クナイが飛んできて屋根に刺さった。
「クナイ…?素人があんなに正確に…?」
「あの投げ方は凍ってた弘と同じだ。投げるしぐさを真似たんだろう。」
「氷のクナイ…ん?手紙?」
「『気配はもうちょっとしっかり消した方がいいっすよ。』…?なめてんなあいつ…」
「何者なのだ…あの少年…」
荒夜は苦笑いしながら氷牙を見つめた。