江戸島編
氷牙はフゥとため息をついた。理由はただ一つ、島についたのはいいが、他のみんなとはぐれたのである。氷牙は辺りを見回してみた。何度見てもおかしい。どう考えても、こんな時代に、城下町があったり、人々がまげゆってたり刀同士の争いを浪人達がやってたりとありえないことが起こっていた。氷牙はなんとか、仲間と連絡をとろうとさまよい歩いていたが、いつの間にか森に迷い込んでいた。そして、雨まで降ってきた。氷牙は一件の家を見つけた。普通に氷牙が見たことあるような近代的な家だった。外観もそうだが、何よりインターホンがついていることも近代的な印象をうける。氷牙はインターホンを押した。すると、見覚えのある少年に出迎えられた。氷牙はその少年を烈火隊の隊員名簿で見たのだ。その少年の名は切十千次郎。その家の中には、氷牙のよく知る人物がいた。その人物は氷牙にこう聞いてきた。
「あれ氷牙?よくここわかったな?安心しろよ千次郎の家だぜここ。みかんもいる。」
その人物はセイバだった。氷牙はびしょびしょになった服を絞ろうとしたら、千次郎に「風呂行け!」と言われしぶしぶ風呂に入った。まあ、当然だが。
風呂から上がると買い物に行っていたらしい雪が帰ってきた。後は、氷牙を探しに行ったらしい千奈が帰ってくれば帰れるはずだったのだが、十分、二十分と時は過ぎて行った。
氷牙が風呂から上がって三十分がたった。いい加減帰ってこないかなと皆が思った時、ガチャとドアの開く音がした。
千次郎は玄関まで行くと、「遅かったな。」と言いかけたところで愕然とした。千奈は千次郎とおなじ黒装束を身にまとっていたが、その背は赤が滲み出ていた。そう、血だ。千奈が倒れかけたところを、寸前で千次郎が抱きとめる。
「千奈っ!千奈っ!」
千次郎が悲痛な叫び声を上げた。それを心配するかのように千奈が目を細めた。
「やめてよ。そんな顔。『炎竜』には攻撃して来ないと思ってたら…まったく殿様の考える事なんてわかんないよね。」
「チッ!例の忍者狩りか…とにかくみかん!治療!」
千次郎の声にみかんが「ラジャー!」と答え千奈を抱えて二階の千奈の部屋へと駆け出した。千奈はけっこう軽いらしい。千次郎はすくっと立ち上がると、玄関で靴を履きながら「行って来ます。」といって走りはじめた。
そこは天守閣の上。そこからは繁華街のライトがよく見える。今、こんな所に侵入者がいるなんて思わないだろうな、と千次郎は思った。千次郎は天守閣から城に侵入しようとしていた。しかし、緊張感がまったくない。なぜなら氷牙と雪がおなじ天守閣でパンを食べているからだ。
「おーいお前ら何食ってんだよ。馬鹿か?あほか?どっちでもいいけど緊張感持てよ。」
「潜入にはクリームパンはつきものだろ。」
「それは張り込みだろうが!だいたいアンパンだしな!張り込みのパンは!」
ボケをかましまくってる氷牙のとなりで雪が侵入経路を発見し、氷牙達は、千次郎を先頭に潜入を開始した。
その頃、治療を受けていた千奈は、みかんと話した時、千次郎が江戸島城に千奈のために戦いに行ったことを知った。
「まったく…あのバカ…この子置いて城に乗り込むとか…あいつが一番傍にいてやるべきなのに…」
みかんが千次郎への愚痴をこぼすと、千奈は首を振りこう言った。
「あのバカは昔からそういうやつだよ。こっちが心配するのもお構いなしに、いつも勝手に行って勝手に帰ってくる。そういえば、あたしが欲しがった花を千次郎が山の中まで探しに行ったこともあったんだ。あの時、千次郎を探すの大変だったんだよなぁ…」
そう語る千奈の目は女の目だった。優しいような懐かしいような、そんな目で。みかんは彼女が千次郎にどんな感情を持っているかを知っている。だから、その顔を見てニヤニヤしてしまう。みかんの表情に気がついたのか、千奈の顔が真っ赤になる。
「せっ千次郎には言わないでね。お願いだから…」
「わかってるって!」
「それで〜?みかんはセイバとうまくやってるの〜?」
千奈は仕返しとでも言うようにみかんに聞き返す。みかんは顔を真っ赤にして「そっそれは…」とうつむいた。
「えっとその…」
「いいよ。無理に言わなくても。」
「どうせ進展してないだろうし。」と小声で千奈は付け加えた。みかんは、「あんたもでしょ。」と反論するように言った。そして、みかんは、不貞腐れた感じで部屋を出て行った。こう捨て台詞を言って。
「絶対千奈より早く…何でもない!」
「性格と真逆で恋愛には奥手のクセに。」
千奈はそう言うと静かに寝息を立てはじめた。
一方その頃、氷牙達は潜入した直後、見廻りの兵に見つかって、敵に囲まれてしまった。馬鹿みたいに突っ込んで行った俺が悪いかな、と氷牙は思った。
「戦うしかねえか…まったく、氷牙の馬鹿もほどほどにして欲しいよな…ったく。」
千次郎がやれやれといった感じで戦いの構えをとる。「殺せぇーーーーー!」と言う、敵の声で百対三の一見リンチのような戦いが始まった。だが、氷牙達にとっては別にリンチされる側ではなく、リンチする感覚だった。雪が印と呼ばれる、術を発動する時に使うもので魔法でいう、魔法陣のようなものを容易く、そして、素早く結び、高等術の『地獄炎火』という広範囲に当たる術を使って敵を数十人倒したかと思えば、千次郎が『忍法・雷陣』という陣をつくりその範囲に雷を打ち込む技を繰り出す。此等の技で半数は戦闘不能になった。
「そろそろ、俺も行くか…」
今まで敵の攻撃を避けていただけだった氷牙は十人ほどを高台へとおびき寄せていた。そこで一気にそいつらを一蹴する。そして高台から敵のみを狙って『雪崩・氷山崩し』を放つ。そして、敵は倒れるか、氷漬けになっていた。しかし、千次郎に語りかける影がまだ一つあった。
その頃、千次郎の家でセイバ(置いて行かれた)も敵に囲まれていた。まあ、こちらは、剣(峰打ち)の一振りで雑魚の半数を倒したのだが。そしてその隊の隊長と思わしき人物と一対一で戦っていた。
「なかなかやるなお前。うちの隊に欲しいくらいだ。」
「忍者ばっかなんて息が詰まるわ。だいたいそんな悠長なこと言ってらんねえだろ?」
セイバは体をうまくひねらせ斬撃を叩き込んだ。隊長は膝をついた。「く…」彼のうなり声があがった。
「私を倒すとは…だが、裏にも突撃部隊が…」
彼の声はみかんの「おーい。こっちも片付いたよー。」という声に遮られた。隊長は苦悶に顔をゆがめ、兵士に退避命令を出した。
兵士が一人残らず消えた千次郎邸では、セイバとみかんが家に入ろうとした。
「足元気ぃ付けろよ。」
「あたしだって子供じゃないから平気…ってうわっ!」
セイバの注意に答えると共に転んだみかんだったが、寸前のところでセイバに抱き留められた、が
「どこさわってんのよーーーーーーーーっ!」
顔を真っ赤にしたみかんの鉄拳がセイバの顔を捉えた。「うごっ!」というセイバの声。「まったく…ってきゃっ!」二回目のみかんの転びもセイバが助けた。二度もセイバに助けられセイバもやれやれといった顔で「しょうがねえな。」といい、みかんを担ぐ。
「ちょっ、降ろしてよ!」
「また転ばれたら面倒くせーし。」
「…」
みかんはセイバの顔を直視しなかった。正確には、できなかったのだが。
ドアを開けて家の中に入ったあともみかんはリビングまで担がれていた。二人は、ふと視線を階段へと向けた。そこには、千奈がいた。そして真顔でこう言った。
「大丈夫。誰にも言わないから。」
セイバとみかんは階段を上がる千奈の後姿を黙って見つめることしかできなかった。
千次郎はやっぱり来たかと思った。殿さまに使える忍者の中で最強の男「苦隆 葬夜」。かつて千次郎の親友だった男。
「おいおい千次郎馬鹿にでもなったか?俺はいいから先に行け。なんていつ言えるようになったんだ?」
「いいからとっとと始めよう。」
先制は千次郎だった。わずかにながらパンチを当てる。一方葬夜も反撃を加える。そして戦いには急に終わりが来た。葬夜がコンクリートをも砕きそうな威力のパンチを放つと千次郎はそれをガードできないわけでもないのにわざとくらった。腹にあたったそのパンチは千次郎の肋骨を何本か折った。千次郎はそのパンチを打った後の葬夜の腕を掴み投げ飛ばす。葬夜の体は宙を舞い、床に叩きつけられ、葬夜は気を失った。千次郎はそれを見届けると走り出した。
氷牙らは殿さまの部屋にいた。思いっきり蹴とばした部屋の戸からはまだ土煙が出ている。殿さまは慌てていた。
「やっぱりか。殿さまは指名手配犯だったんだな。千次郎から日本列島から殿さまを江戸島に作るために派遣されたみたいなことを言ってたらしいって聞いて、日本は江戸島と正確な条約を結んでねーし、なんかから逃げてきたんじゃないかと思ってよ。指名手配犯だったら全員覚えていたからお前もその一人だったって今気付いたんだ。…ゴミはゴミ箱へ行ってもらおうか。」
氷牙にすべて言い当てられた殿さまは、逃げ出そうとしたが、氷牙の技で氷漬けにされた。
港で指名手配犯を送った時にはもう朝日が出始めていた。氷牙らが千次郎の家に戻るとみかんとセイバが皆の荷物を持って出てきた。「千奈は?」と聞こうとした千次郎に二階の千奈の部屋から飛び降りてきた千奈のドロップキックが炸裂する。
「いてーじゃねーか!」
「…うるさい。」
千奈は千次郎に近づくと抱きついて大声で泣き始めた。氷牙は「先に港に行ってる。」といって雪とセイバそしてずっと見ていたそうなみかんを引っ張って、港へ向かった。
数分後泣き疲れて寝てしまった千奈を担いで千次郎は港へ向かった。
「千次郎…ありがとう。」
千次郎の耳にはそう聞こえた。