ー陸ー
翠玉色の瞳に赤く燃える炎が映る。
(燃えてるっ!!…!?)
その時、鋭い痛みが慈を襲う。
「…うっ」
昔もみた気がする…。かすかに脳内に蘇る…。家が燃えている景色…。
「はっ…」
痛みはすぐに治まった。
(助けなくっちゃ!!)
慈はその中に飛び込もうとした。
ガシッ。
「!?」
振り返ると、前にミラハウスに来ていた瑠璃色の瞳を持った少年が慈の腕をつかんでいた。
「は、離してっ!中に家族がいるの!」
振りほどこうとしている慈に、少年は悲しげな瞳をしながら首を横に振った。
「いっちゃダメだ!この炎は消せない…。みんなもう…死んでる…」
慈は目を見開き睨みつけ片方の手で少年の頬を思いっきりグーで殴った。
「…っ!」
少年の力が弱くなった瞬間に振りほどき燃え盛る屋敷に駆けていく。
(まだ死んでるかなんてわからない…その前に私が助けなきゃ…!!)
慈はすでに冷静な判断が出来なくなっていた。
「ゴホッ…みんなーっ!どこ!!?」
なんとか建物に入ったものの、辺りは炎に包まれ、なかなか進めそうになかった。炎の中はなんて苦しいんだろう、まともに息も出来ない。みんながこの中でずっと苦しんでいるのだと思うとぞっとする。その時、うっすらと倒れた人影が見えた。
「澄子先生っ!!」
「め…ぐみ…ちゃん…?」
「もう少しの辛抱です!今助けに行きますから!」
慈は炎の上からでも澄子のもとに向かおうとする。普通に考えれば危険なことだが、冷静な思考判断ができなくなった慈にはできるような気がしていた。
「…ダメ…!」
澄子の声に慈の動きはピタリと止まる。その声で正気に戻れたのだろう。二人の間には炎が立ちはだかっていた。到底人が通れるような余裕など無い。澄子は最後の力を振り絞り叫んだ。
「お願い!!皇を信じないで!!」
「えっ…?皇…?」
その瞬間、目の前で天井が崩れた。それ以来澄子の姿は見えなくなってしまった。
「…っ!!せんせい?先生ってばー!!」
返事はない。
「先生っ!!返事して!!」
何度呼びかけても返事はない。瓦礫のしたじきになったことが信じたくなくても分かってしまう。
「い…いやぁぁぁぁ!!!」
目の前が霞んでいく。やがて真っ暗になった。
目を開けると、慈は家の前に立っていた。見覚えのある家…。ミラハウス、いや、違う。この家はミラハウスに行く前に住んでた家…、私が生まれた家!思い出した直後、扉が開いて中から女の子が飛び出してきた。
「おほしさまーっ!!いっぱいでてるかなーっ!!」
栗色の髪、自分と同じ瞳の色…紛れも無く幼い頃の慈だった。
「慈、そんなにはしゃいだら転けてしまうよ。」
慈に駆け寄る亜麻色の髪の少年。蒼玉のような綺麗な瞳が優しく微笑む。
「だいじょうぶだよ、おにいちゃんっ!!めぐみはもう5さいになったんだもんねっ!おねえさんだもん!!」
(悠…お兄ちゃん…!)
「二人とも、こっちに星がたくさん見えるよ。おいで。あの丘で天体観測しよう。」
悠とよく似た男性と赤子を抱え微笑む女性。黎一とこころだ。首に下げた巾着の中の写真と同じ顔ぶれだった。
(お父さん…お母さん…志…!!)
だが、声は出なかった。5人のもとへ駆け寄ってもその身体はすり抜けてしまう…。
(あっ…そっか、夢だから…)
彼らがこちらに気づくことはないらしい。
「おほしさま、キレー!!」
慈の瞳は輝く。満面の笑み。こんな笑顔を自分ができていたことが不思議に思える。
「慈は、本当に星が好きねぇ。」
こころは目を細めクスクス笑う。
「慈は、お母さんにそっくりだな。よく、お母さんを連れて深夜に家を抜けて星を見にきたんだよ。懐かしいなぁ。」
黎一は照れ臭そうに笑う。
「父さんと母さんって駆け落ち結婚だったんだよね。」
黎一はとある名家の御曹司で、こころはその家のメイドだった。悠の言葉に黎一の顔は赤くなる。
「母さんを愛していたからな!縁を切ってもいいと考えられるほどに。お前たちには、貧しい家に生んでしまったことと、他に親戚がいないことが申し訳ないが…。」
黎一のすまなさそうな顔に対して、悠はにっこり笑う。
「父さん、僕は親戚がいなくてもお金なんか無くても、たくさん勉強して立派な大人になるよ。そして父さんと母さんに親孝行するからね。」
「ありがとう、悠。あなたは優しい子ね。」
黎一とこころが泣きそうになりながら微笑む。
「わたしは、おかあさんになってもね、だんなさんとこどもと、ほしをみにいくの!!」
慈は満面の笑みを浮かべる。
「そうね。この先、どんなに辛いことがあってもその笑顔を忘れないでいてね。」
「うん!!」
こころは、もう片方の手で慈の頭を優しく撫でる。
「ふぁ…だっこしてーっ。」
帰り道、慈は眠たそうな目をこすりながら小さな手を黎一に向かって伸ばす。
「おや、慈はお姉さんになったんじゃなかったのかい?」
黎一は笑う。
「いまは、ゆきのおねえちゃん、おやすみしてるのーっ。」
「はははっ、そうかー、お休みかぁ。なら、仕方が無い!だっこして差し上げましょう。」
屈む黎一。飛びつく慈。それを見つめる悠。
「なんだ、慈が羨ましいのか?なんなら肩車してやろうか?」
その言葉に悠は必死に手を振る。
「えっ…!いいよ、僕はもう子どもじゃないんだから。」
「そんなこというなって。お前は父さんからしたら、まだまだ子どもだ。父さんは力持ちなんだからなー。ほぉら、たかいたかーい!!」
ヒョイっと慈を抱えながら悠を軽く持ち上げる黎一。恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑う悠。こころも笑う。みんなが笑う。
幸せで戻れない家族の影…。
(私…憶えてるよ…、この記憶…。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、志…!!)
慈は顔を手で覆い、しゃがみ込んだ。そして誰にも気づかれることも無く一人で涙を流した。