ー肆ー
"皇党"。最近、最も国民からの支持率の高い政党である。あくまで都市伝説だが、なんでもその政党は超能力を持っているらしい。難病を患った人たちを無償で完治させ、環境破壊の進んだ土地を一晩のうちに緑で溢れさせた。そのことで別名"慈善政党"とも呼ばれている。マスメディアによると、次の国の"長"は皇党だとの噂である。
春の風が心地よく吹き渡る。長い髪の少女がミラハウスの門をたたく。
「こんにちは。今日は仕事が休みなのでお手伝いにきました。」
「あら、慈ちゃん。いつも悪いわね…。今、澄子がお迎えに行くから。」
はい、と慈は笑った。自分が育った場所を見渡す。初めて来た時に比べて、ミラハウスはずいぶんと老朽化したように見える。あれから10年もたつのか…。
「慈ちゃんっ!悪いわね、いつもお手伝いに来てもらっちゃって。」
ミラハウスとは対称的に、澄子はいつまでも若々しいく、10年前と美しさは変わらない。
「そんなっ。大切な実家ですから!」
慈は少しずつだったが、院長や澄子のおかげで感情を取り戻していった。いまでは笑うことができるようになった。慈は販売員の仕事に働きに出てからも、休みの日や仕事が早く終わったあとは、手伝いに来たり子どもたちと遊んだりした。今、ミラハウスは経済的に厳しく、子どもたちのお世話をする大人はとうとう院長と澄子の二人になってしまったのだった。
「子どもたちの数、だいぶ減りましたね…。里親にでも?」
庭で遊ぶ子どもたちを見守りながら、ふと慈は思った。隣で澄子は首を振る。
「こんな経済難だからね…。ほとんどが他の孤児院に行ってしまったわ。」
「…そうですか。」
「あっ、だけど嬉しいこともあったのよ。今、国民から高い支持を得ている皇党ってあるでしょう?そこが、恵まれない子どもたちに教育を受けるチャンスをあげたいって言ってくださってね。」
澄子はにっこり笑う。一部の子どもだけでも、確かな将来を与えられたことが嬉しいのだろう。この国では12歳までが教育を受け、それを終えると働く子どもがほとんどだった。慈もその一人である。貧富の差が激しいこの時代、お金持ちの家の子どもたちは更に高い教育を受けることもできたが、ほとんどの貧しい子どもたちはお金がなければ学校に行けなかった。それでも勉強したい者は自ら独学で学ぶしかない。弟や妹のような子どもたちが教育を受けられることを嬉しく思った。
「さぁ、次は洗濯物干すわね。物干し竿持ってくるから待ってて。」
「分かりました。」
やっと洗濯物が乾きやすい季節になってきたというのに、干すものが少ないことに寂しさを感じる。
「…早く、ここを離れろ。」
「えっ?」
視線を上げたその先には見たこともない少年が立っていた。髪の色は夜空のようで、半袖のパーカージャケットに春だというのにネックウォーマーで首を覆っていた。背丈は慈より十センチ以上高く、顔つきは大人びていたが瑠璃色の瞳は子どものように澄んでいて綺麗だった。不思議だった。どこかで会ったことがあるかもしれない。だけど思い出せなかった。きっとここにいるのだから、思っているよりずっと子どもなのだろう。
「あなた、新しくミラハウスに来たの?」
「違う。様子が気になっただけだ。」
「えっ、様子…?じゃあ、一緒に子どもたちと遊んでくれたら嬉しいんだけど…。」
「…やだ」
プイっと顔を背ける少年。じゃあ何しに来たんだろう、変な子。と思っているうちに向こうから澄子が物干し竿を持って走ってきた。
「お待たせ、ごめんねっ。新しいの、何処にしまったか忘れちゃって。」
「いえ、大丈夫です。それより澄子先生、この子誰ですか?」
慈は少年の方を指さす。
「えっ?何言っているの、慈ちゃん…。誰もいないじゃない…。」
「えっ…」
振り返るとそこには誰もいなかった。生暖かく冷たい嫌な風が新緑の木々を揺らす…。