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ー参ー

慈は夕日のさす赤く染まった部屋で、二段ベッドの下の段でしゃがみこんでいた。たくさんの子どもたちが寝泊まりする共同部屋だが、他の子どもたちは広間で遊んでおり、この部屋は慈一人だけである。ふと慈は首にぶら下げたお守りを取り出す。お守りには、"慈"と刺繍がされていた。母がくれたものだ。母は信心深い人だった。兄と妹と自分に、ご利益があると評判の他府県の神社に自転車でお守りを買ってくるという無茶ぶりも平気でするほど元気な人だった。いつでも身につけられるようにとお守りに紐をつけてくれた。紐をほどくと中には折りたたまれた写真が入っていた。モノクロの家族写真だ。今年の春、写真屋さんで撮ってもらったものだった。写真の住人たちは、みんな幸せそうな顔をして笑っている。今と正反対の自分がいる。

「おとうさん…おかあさん…、おにいちゃん…ゆき…」

誰にも気づかれないように、一人泣いていた。


「おばあちゃん、どうすれば慈ちゃんに心を開いてもらえるのかな…?」

子どもたちが寝静まったあとの一息に紅茶を飲みながら、澄子はため息をつく。向かいで編み物をしていた院長は一旦手を止めて紅茶をすする。

「無理にしないことね。澄子ちゃんはあの時、どうして欲しかったの?」

「わ、私は…」


澄子がこの孤児院に来たのは、ちょうど慈と同い年の頃だった。貧しい家に父親と娘を置いて、母親は出て行ってしまった。それまで育児を妻に任せきりだった夫は、我が子への接し方が分からず、眠っている澄子を遠くの地のミラハウスに置いていった。


「もしおばあちゃんがいなかったら私は今みたいに笑えなかったわ、きっと…」

澄子は、誰にも心を開くことができなかった。院長に出会ったあの日まで…

「人と関わるのが怖かったんです。捨てられた時、辛いから…。だけど、あなたに声をかけてもらうえることが本当は嬉しかったんです…。」

だれも澄子に近づかなかった。澄子も遠ざけてきた。だけど院長だけは、澄子の心の闇を包み込んでくれた。どんなに辛くあたっても…。

澄子は、はっとした。

(あの子も、私と同じ?失うのことを恐れているの…?)


翌日、速足で逃げるように歩く慈と、それを追いかける澄子の姿があった。

「…ついてこないでっ!!」

慈は近くに転がっていた小さな石ころを、澄子に投げる。澄子はそんなことを何でもない様子で、慈の目と自分の目が同じ高さになるようにしゃがむ。

「慈ちゃんが私を嫌いでもそうでなくてもね、私はあなたの先生だしお姉ちゃんなのよ!」

困った顔の慈をひょいっと抱きあげる。

「澄子先生は、絶対に慈ちゃんの前から消えないから。だって慈ちゃんのもう一つの家族だもん。」

驚いた顔で澄子を見つめる小さな瞳。にっこり笑う澄子。夏はまだまだ続くであろう。

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