もしも私に星が見えたなら
はっきり言って今日は人生最悪の日だと言えるだろう。きっかけは私の珍しい思いつきからだった。私のねぐらである「ポート赤井」の隣で工事が始まったのだがそれがうるさすぎた。金が無い大学生である私が住めるようなアパートだ、そりゃ壁が厚い訳がない。こうして騒音被害に悩まされた私は珍しく休日の昼に家を出てハンバーガーショップに行った。しかし注文の番が回ってきた時、後ろのポケットに手を伸ばした時気づいてしまった。なんと財布と間違えて定期入れを持ってきてしまったらしい。結局ハンバーガーを食べられなかったのだがいつもの私なら家にトボトボと帰るだろうが今日の私は違った。公園に寄り軽く散歩して帰ろうとする。もはや意地だったのかもしれない。すっかり春の日差しになって心地良かったためこの時は呑気に「来てよかったなぁ」と思いもしたがここで私はまたやらかしてしまった。元来昼夜逆転している私は今から寝るところだったのに工事を始められ仕方なく家を出ていたのだ。そう、つまり寝不足だった、そこにちょうどいいベンチを発見しうたた寝をしたいという欲求に従ってしまい即座にベンチに座った。それがダメだった。座った瞬間妙に生暖かった、というか人間の体温を感じた。そしてベンチにしてはかなり柔らかかったしいい匂いがした。顔を真っ青にしながら恐る恐る振り返ってみると革ジャンを着たポニーテールの女性が気まずそうに見ていた。お分かりいただけただろうか?私は寝不足から周りを一切見ておらずベンチに座ったつもりがベンチに座っている女性の膝に座ってしまったらしい。わざとじゃないと言っても信じてもらえないかもしれないが本当なんです。数秒見つめあってやっと理解した私は即座に飛び上がり額を地面にこすりつけ謝罪した。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫です。わざとじゃないですよね?」
私の全力の土下座になだめる様に優しいお言葉をかけてくださる女神様に頭が物理的に上がらなかった
「すみません!最近工事で寝不足で・・・本当に申し訳ございません」
「気にしてませんから。頭を上げてください」
その後私は逃げるようにその場を離れ家に着いた。そして私は本日三度目のやらかしをしでかしてしまった事に気づく。定期入れを落としたのだ。多分さっきのベンチでの一件でポケットから落ちたのだろう。普段なら急いで取りに行くのだが今回はためらってしまった。どうしようも無く気まずいのだ。ただ三十分ほど悩んだあげく現場に取りに行くことを決めた。これが吉と出れば良かったのだがベンチ周辺には定期はなかった。交番にも寄ってみたが届けられていなかった。本日私はいくつ選択肢を間違えたのだろうか。こうして定期までもなくした本日の大凶男こと私、藤井幸成は工事の音が鳴り響く自宅へうつむきながら帰るしかなかったのだ。
今日はとても心地よい風が吹いていた春の日だった。私、蝦名汐里は日課である公園のベンチでの日光浴を行っていた。まぁ日光浴と言うと聞こえはいいが実際はただベンチに座ってぼけぇ~っとしているだけだけど。スマホを弄るのはあまり好きじゃ無いしかといって活字は苦手だ。編み物はヘタクソだし野鳥観察は飽きるし手遊びはなんかみっともない気分になる。という訳でただぼーっとしているだけなのだがこれが結構楽しい。最近の日本人、いや地球人は忙しすぎるんだ、もっと私みたいにベンチに座ってアホっぽく「あ~今日はカレーにしようかなぁ~」と考える時間も必要だと思う。ただそれを昔からの顔なじみの嶺内に言ったら「世界を舐めるな」と一蹴されてしまった。と、前置きが長くなったが本題はここからなんです。今日もベンチで「あぁ~明日フレンチトーストにしようかなぁ~」と思考にふけっていると妙に目がしょぼしょぼしてる青年がこちらへ歩いてきた。眼光がするどいがそれでいて威圧的な雰囲気を感じる事はなくちょっと目つきが悪い好青年みたいな印象だった。同年代の異性の来訪にアホ面でいるのが恥ずかしくなってしまい少し気を張る。しかしなにやらおぼつかない足取りでこちらに向かってくる。呆気に取られていると青年はなんと私の膝に座ってしまった。膝に重さがかかる、彼の後頭部が私の視界を覆う。驚きと緊張で声が出なくなっていると青年も違和感に気づいたらしく恐る恐るこちらへ振り返ってくる。そして平謝りする。その必死さと言葉の節々から感じる誠意を見るにわざとではないと感じた私は彼を女神の心(これを嶺内に言ったら鼻で笑われたと思う)で彼を開放してあげた。急いで去る彼を見送っているとベンチに定期入れが落ちていることに気づいた。中を見ると氏名「藤井幸成」と書かれた定期ととさっきの眼光鋭い青年の家族写真らしきものが入っていた。確信した私はすぐさま振り返るもすでに誰も居なかった。途方に暮れていると先述した嶺内が私の頭を小突いた。
「どうしたのだ?そんな神妙な顔して。普段のアホ面はどこへ?」
「いつもアホ面みたいに言わないでもらえます?み、ね、う、ち、さん!」
「うわぁ気色悪い。急になんだね君は」
可愛く「さん」付けで呼んであげたのに気味悪がられた。仮にも女の子相手に「気色悪い」と一蹴するノンデリっぷりを披露する。そんなだからモテないんだよ。それから嶺内に事の顛末を話すと彼は得意げに言った。
「多分ポート赤井の住人だな」
「分かるの?」
「僕を誰だと思ってるのさ?」
「非モテノンデリ男」
即座に答えると若干顔を引きつらせて続きを話しだす。気にしたのかな。
「簡単な推理さ。君でもできると思う」
余計な文言を加えた後、町内の地図アプリを取り出しこちらに見せてくる。
「まず君の言う彼みたいな大学生なら基本実家か格安アパートに住んでるだろうね」
「そうね。でもそれくらい推理でも何でもないじゃん」
「焦るな。それで彼は言ったんだろ?工事による騒音で寝不足、つまり彼のアパート、もとい実家の近くで工事をやっている」
そういって工事があるらしい場所を赤い丸で囲う。するとそこには「ポート赤井」ただ一つしかなかった
「あそこは住宅街ではなくかなり辺鄙な場所にあるからな。つまりそこに住んでいるならポート赤井しかありえない。・・どうだろうか?」
得意げにこちらの顔を覗き込んでくる彼は妙に腹立たしかったが役に立ったのは違い無かった。彼にお礼を言って届けに向かおうとすると彼は心底不思議そうに問いかけてきた。
「なんでわざわざ届けに行くのだ?普通に交番に行けば早かっただろうに」
盲点だった。あるいは見て見ぬふりをしていたかもしれないが
私が自宅に着いたのは結果として16時過ぎだった。公園に定期を探しに行ったのが11時頃と考えるとかなりの時間がかかった。というのもこの世の終わりみたいな顔で下を向きながら歩いていると背中を思いっきり叩かれる。背中をさすりながら振り返ると大学の友達の東浜だった。級友に出会いふっきれた私は彼に半ば強引に愚痴を聞いてもらいファミレスをおごってもらった。この後余分な数万の出費が待っているんだ、ちょっとくらい奢られたって誰も文句は言うまい。その後たらふく飯を食い気分が回復した私は嬉々としてねぐらに帰る。午前の失態を忘れたかの如く鼻歌を歌いながらアパートに着くと身に覚えのない青年が微笑を浮かべながらこちらへ歩み寄ってきた。赤の花柄の開襟シャツに色あせたグレーのジーンズにいまどきアナログの腕時計とやや小洒落た服装をしていた。しかし目鼻立ちは意外と渋くどこか落ち着いた印象を持つ。ただ分かることは一切会ったことが無い赤の他人という事だけ
「あぁ~君か!蝦名君が言っていたうっかりさんは」
「え、えっと蝦名君?だ、誰の事です?」
やけに親し気な青年に戸惑っていると彼は状況を事細かに伝えてくれた。
「蝦名君ってのは君が膝に座った子だよ。分かるかい?」
「・・・・存じ上げております」
「その子が。ほら、君の定期入れを届けに来たんだよ」
神様だ。神様が舞い降りたんだ。度重なる不運がやっと報われた気がした。・・まぁトータルだと全然マイナスだけど。
「ありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか・・」
「いや言うなら蝦名君に言ってあげてくれ。私は特に何もしていないのだ」
「そうですか。・・・あれ?その蝦名さんは?・・もしかしてさっきの事怒ってたりします?」
血の気が一瞬で引いて縋るように彼を見つめると呆れたように答えてくれた。
「君は被害妄想が逞しいなぁ。さっきまで、ほんの直前まで居たんだけどね。丁度授業があると言って帰ったのだよ」
よかったぁ。・・・いや別に嫌われてもいいのか。もう会うことは無いだろうし。
「とにかくありがとうございました!あ、なんかお礼でもしましょうか?」
「いやだから私は何もしてないのだ」
「いやいや待っててくれたんですよね?この工事の音が響く中で」
謙遜する恩人に食らいつく。正直今日の私はカッコ悪すぎる。ここいらでスマートにお礼してカッコいいとこ見せとかないといけない。
「じゃあそこまで言うなら。・・少し付き合ってもらいたい所があるのだよ」
「月でも火星でも付いていきます!」
「あ、そう?じゃあ明日の13時に駅に来てくれないか?」
「イエスボス!」
・・・後から思い返すとこの時の私はもはや道化みたいな何かだったと思う。なんだよ「イエスボス!」って
約束を取り付けた後、青年が思い出したように名刺を取り出して言う。
「申し遅れたね。私は嶺内謙吾、私立探偵さ。・・・まぁ年は君とほぼ変わらないと思うから仲良くしてね」
翌日、嶺内さんと駅前で落ち合いそのまま電車に乗る。そして二駅ほど乗った後に降りる。そのまま駅前を十分ほど歩いて着いたのは美術館だった
「美術・・館ですか?」
おもわず聞いてしまったが彼は優しく答えてくれた
「そう美術館。正確に言えば今日美術館でイベントがあるらしいのだよ」
イベント・・・あぁ占いか。確か最近有名らしい占星術師の「マホール・美馬」が来るらしいと聞いた事がある。もっとも私も大学でつるむ友人もスピリチュアルに一切興味がないため詳しくは分からない。
「占いお好きなんですか?」
「まさか!あんなのもの全部インチキだと思うのだよ。そもそもだね・・・」
私の何気ない言葉でスイッチが入ってしまったのかそのまま如何に占いが胡散臭いかの講義を始めてしまった。どうやら極度の占い、もとい占い師嫌いなのだろう。それも筋金入りの。
「じゃあなんで来たんですか?」
率直な疑問だった。正直嫌いなら来なければいいのにと思ってしまう
「あぁあの蝦名・・あぁ君がセクハラした子ね」
「いちいち言わないでくださいよぉ!」
妙な所で意地が悪い人だ。思えば若干僕を弄るときにほくそ笑んでいる気がする。
「蝦名君がねぇ最近占いにお熱でね。・・ほら、彼女って愚かだろ?」
「いや知りませんけど」
「それで僕が信じないように警告したら彼女なんて言ったと思う?『食わず嫌いだ』って」
正論だと思う。なんでもやる前から否定してしまっては視野はいつまでも広がらない。新しい景色はいつまでも見えてこない。これはどっかの偉人のではなく私が今考えた名言である。
「で、僕は言ったのだよ。『じゃあインチキだって証明して見せる』とね。しかしどうも占いの館という物は一人では入りずらい。かといって蝦名君に頼むのも癪だ。そこで君の出番ってわけさ」
なるほど、大体の事情は分かった。しかしかくいう私も占いの館なんぞに入るのは初めて。男二人の初めてをささげる館、というか美術館の一角だから館扱いなのか分からないがとにかく初めてなのだ。・・冷静に考えると気持ちの悪い表現になったことに気づいたから訂正、記憶から先ほどの発言を取り消しておいてください。
美術館に来たのは小学生振りくらいだったが相変わらず人気が少ない。最近はスマホ社会、今更美術品など流行らないのかもしれない。何やら感傷的な気分になってしまった。
「ん?どうしたのだ?え~っと」
言葉に詰まる嶺内さんを見て私は再び失態に気が付いた、名前をまだ教えてなかったのである
「あぁ忘れてた!藤井幸成です!」
「分かった分かった!ここ美術館だから!」
はたから見たら完全にやばい奴らだろう。ただ私は一度失敗するとかなり我を失うタイプなのである。昨日の私の惨状を見たら大体理解できるだろう?しかも立ち直りが早い、悪く言えば懲りない。喉元過ぎれば熱さ忘れる、もはや私のための言葉なのかと勘違いするほど私を端的に表していると思う。
そうこうしていると受付についてしまう。まだ心の準備がいまいちできていないのに
「ご来場ありがとうございます。本日はどちら様がマホール様のご加護を受けに?」
「あぁこっちです。この目つきの悪い方なのだ」
さらっと気にしていることを言われてしまったがもう気にしたら負けなのだろうか。
「では受付に・・こちらに名前を書いてください。あぁご同行されるならお連れ様もどうぞ」
「あぁ親切にどうも。じゃあ私も書かせてもらうとするのだ」
こうして私は人生初の占いを受ける事になったのだった
受付に名前を書いた私達は控え室に案内される。そこには男女様々な人種の(差別ではなく表現の)人間がいる様に見えた。妙に胡散臭い糸目の男に一見陰険そうに見える女性など計五人が居た
「お、おやおや?男二人で占い?」
そのうちの一人、糸目男が真っ先に声をかけに来る。白いシャツに革靴、一見ビジネスマンに見えなくもないがスーツは着てなかった。
「別にいいではないか。君こそ男一人で占いに?」
「あっかん。このやりとり続けたら偏見野郎やと思われるわ。やめにしよや」
実際偏見野郎ではあると思う。ただ私もそうなので親近感が湧くな。最近こういうのダメだとは分かってはいるんだけどな。どうも癖というものは簡単に矯正できない物だなぁ。
糸目の男性、仮に糸目さんと名付けよう。糸目さんと話していると後ろからか細い、けれど妙に苛立った声が聞こえてくる。
「・・・うるさい。神聖なんだから黙ってなさい」
どうやらうるさくしすぎたみたいで怒らせてしまったみたいだ。暗い服装や顔つきでキュッと口を結び一生懸命に睨みつけてくる
「あぁすまんかったな。お嬢さん」
「き、気を付けます」
私や糸目さんは素直に謝り場を収めようとしたものの嶺内さんは違ったみたい
「神聖?美術館で二週間限定で開いてる占いの館が?」
場の空気が凍るのを感じた。彼女(分かりにくいから以後『陰険さん』)は絶句して目を見開いていた。周りをみると糸目さんは静かに目を逸らしていて他の三人も違いはあれど面倒なことになったという空気を醸し出している
「ご、ごめんなさい!この人占い嫌いでして!」
必死に場を取り持とうとするも元凶が再びかましてくれた。
「藤井君謝らなくて良いのだ。僕らはむしろ彼女みたいなカモを救ってあげる正義の味方なのだ」
勝手に仲間にされた。私自身どちらかと言えば占いを信じていないがここまでじゃないと思う。
「カモ・・!?貴方一体マホール様の力をどれだけ侮辱すれば気が済むの!?」
青筋を浮かべて怒る陰険さんに余裕綽綽で答える嶺内さん。
「じゃあ示してみるのだ。マホール様の力とやらを」
「マホール様はすごいんです!初対面で私の本名をずばり一文字も違わずに当てたんです!」
もうなんか可哀そうに感じるくらいの必死さに私は心が痛くなってくる。でもごめんね?私は嶺内さんの一味「占い撲滅委員会」のメンバーらしいんだ。占い撲滅委員会があるのかは知らないけど。
「・・ぷっ!聞いたかい?実に愚かだと思わないか藤井君?名前を当てたってそんなの当たり前に決まってるじゃないか」
珍しく、といえるほど一緒に過ごしている訳ではないが冷静な彼が吹き出しこちらへ手を叩きながら笑いかけていた。糸目さん含め他の人たちは僕らをひいていた。
「な、なにがおかしい!?」
「あはは。・・説明してやるのだ藤井君」
いきなりキラーパスをふられて危うくテンパりかけるも思考を巡らせる。答えはすぐそこにあった。
「え、えと普通に受付で名前を書いたからじゃ・・・ないでしょうか先生?」
「お見事!・・で?まだ反論するのだ?」
「・・・・・・~っ!」
見事陰険さんを黙らせる事に成功した私達は周りを見渡す。しかしそこには他人のフリしてる(実際ほぼ他人だが)糸目さんに涙目でこっちを睨みつける陰険さん。そしてまだ見ぬ三人のお客さん、しかし彼らも関わってはいけない奴らみたいな目で私達を見てくる。
「・・・どうやらやってしまったみたいだな。これでは完全に腫物なのだ」
私は昨日と今日累計5回目の失態、嶺内さんも初めての失態をここに刻んだのだった。
先ほどの口論のせいで完全に浮いてしまった私達。かろうじて糸目さんのみ会話を続けてくれたがそれもかなり気を使ってくれていたのだろう。
「自分らすごいなぁ~。もしかして検事とかやってるん?」
「違うのだ。私が私立探偵をやっているのだ」
そう嶺内さんが答えた瞬間、糸目さんの目に好奇心の色が宿った気がした。ただあくまでそれは表に出さずに話を進めるつもりに見える。
「そうなん。ま、自分も正直信じてない口なんで分かりますよ。自分取材で来ただけなんで」
うすら笑いを浮かべながら答える彼に不思議と私は不快感を感じなかった。こういう時爽やかって得だなとつくづく思う。私も昨日の失態の時に爽やかに「ごめんね」とウインクしたら許してもらえたのだろうか。・・まぁ普通に殴られて終わりか。
「君は話が通じるのだ。どっかの誰かさんと違って」
嶺内さんが当てつけの様に言うと背中から殺気を感じた。ただ一つ言わせて欲しい、恨むなら嶺内さんだろう。私は関係ないじゃないか。確かにとどめ刺したのは私だが指示したのは嶺内さんだし。
陰険さんからの殺気を受け流していると待合所のドアが開かれた。
「中嶋さ~ん!中嶋峰子さ~ん!準備が整いましたよ~」
雰囲気ブチ壊しな気がする呼び出しを聞いてむっくと彼女が立ち上がった。どうやら陰険さんの本名らしい。こっちを威嚇しながら部屋を出る中嶋さんを見送る。ふと横を見ると面白くなさそうな嶺内さんがいた。
「どうしたんですか?」
「実に不愉快なのだ。今すぐ改名した気分だよ」
彼の口ぶりからすぐに分かった。どうやら彼女の名前が『峰』子、自分の苗字が『嶺』内と読みが一緒な事が気に食わないのだろう。
「別にいいじゃないですか。そんな小学生みたいなイチャモンつけないでも」
「・・・・・」
どれくらい経っただろうか。さきほど部屋を出て行った中嶋さんが戻ってきた。そして入れ違いに糸目君、そしてまたその次の人と回っていきとうとう次が私たちの番らしい。
「・・ふむ。大体一人当たり15分という事だな」
執拗に腕時計を見ていた嶺内さんは満足したように呟いた。
「あぁ~とうとう自分らの番みたいやなぁ。気張りや」
「ありがとうございます。・・ほら嶺内さんも」
「心遣い感謝するのだ」
一体何を気張ればいいのか分からないがついに私達のターンである。正直胡散臭さよりももう好奇心が勝っている。そしてそれは嶺内さんも同じに見えた。
「失礼しまーす」
とドアの前で声をかけて入ってみるも返事はない。というか部屋が暗すぎる。隣の嶺内さんの顔すら一切認識できないレベルの暗さで一体これで何を見る気なのだろうか。
「・・・・藤井君、今すぐスマホでここを照らしてみてくれ」
机の下を注意深く観察していた嶺内さんが指示を出す。かくゆう私もあまり暗い所が得意ではないので助かった。こうしてスマホを取り出し机を照らしてみると
「・・・え」
そこには美しき女性の死体が詰め込まれていた
「・・・藤井君、今すぐ皆を呼んでくるのだ」
嶺内さんの声がどこか遠くに聞こえた。
私が皆を呼んでくると反応はそれぞれだった。
「マホール様!!!???」
「アカン!触っちゃダメやで!」
糸目さんが止めるのを振り払ってまで冷たくなった教祖に縋り付く中嶋さん。あとで思い返したら教祖ではないらしいが
「現場保存くらい分からないのかね君は。全く、だから占いなんぞにハマるのだよ」
「死ね!」
「笑えない冗談を言うんじゃない。ほら、そこの君らもこの馬鹿をとめろ」
あんまり驚いていないのかテキパキしている嶺内さん。やっぱり探偵だからなのかな。え?僕も冷静じゃないかって?そりゃこれは文章だからで現実では・・
「・・・・し、し、し」
「あ、あの?大丈夫ですか?」
余りの動揺に固まってしを連呼するだけのマシーンとかしてしまった。探偵の連れなのにめっちゃ動揺してる事に参加者の一人が心配そうに気遣ってくれた。申し訳ない
そのまま嶺内さんと参加者の5人と死体を囲むようにして固まっていると、派手なサイレン音がした。どうやら嶺内さんが呼んだらしい
「はいはいどいたどいた!横須賀警察署の浜野だ!」
浜野という警官は非常に情熱的な顔をしている。エネルギッシュに煌めく青い目、海苔のような大きな眉、まつげが長い濃い顔の人だった。そして何よりこのような顔や雰囲気をしているのに背格好は僕らと変わらない、いや少し小さい。さながら豆タンクとでもいう感じか
「ベイス警部、落ち着いてください」
「ベイスと言うな!」
「失礼。あ、横須賀警察署の星野です」
上司を軽くあしらうようにした後に警察手帳を掲げる星野という若い刑事。しかしこれも後から聞いたのだが階級は警部補らしい。俗にいうキャリア組というやつか
そのままどんどんと警察がなだれ込んでくる。僕らは若い刑事の案内に従い、別室に待機になった
「別室待機って言うてますけど。まぁ楽にしとってください」
猫目の警官は上司の様にエネルギッシュという訳ではなく少しメモを取る程度だった
「アンタらは第一発見者、ただ二人で同時に発見してる、さらに5人の証言だとトイレにも一度も立っていない。つまり二人が犯人なら共犯しかない。だからまぁそこまで疑われているわけやないですから。他の5人に比べてガイシャとの因縁はないらしいし」
「ガイシャ?」
「あぁ、被害者の事っす。警察用語っすね」
パイプ椅子に座ってメモに目を落としながら会話する刑事。まぁ彼の言った通り私らはあまりリソースを裂く必要性が感じられてないのかもしれない
「ま~~、一応話聞きますけど、お名前は?俺は浜野班の横谷っす」
「藤井幸成です。大学生です」
「藤井さんっすねー。おたくは?」
「嶺内謙吾、私立探偵だ」
「うひゃぁ~私立探偵さんすか。え?もしかして推理とかできるんすか?」
・・ホントに私達って警察からどうでもいい感じで扱われてんだなぁ~。もう雑談する気じゃん
「・・横谷君よ」
「なんすか?」
「・・君はHEROになりたくないか?」
急に真剣そうに実を乗り出した嶺内さん。つられて背筋が伸びる横谷さん。とりあえず分かってる風に腕を組んでおく私
「そりゃなりたいっすね。男なら誰でもそうですよ」
「・・実はだね。私は自分で言うのもなんだが頭がいい。そして探偵だから推理できる。現場や容疑者に合わせてくれたら君に推理を教えてもいいよ」
「・・・ガチっすか?」
「ガチなのだ」
「いやぁ~横谷君、君は話が分かるやつだなぁ~」
「いやいや先生、警察に大事なのは市民の意見に耳を傾ける事ですから」
「も、物は言いようですね」
横谷さんを丸め込むことに成功した私達は堂々と美術館内を歩くことができるようになった。好奇心からきょろきょろ見回していると横谷さんが咎めてきた
「あんまり邪魔をしないでくださいね?俺、班で一番下っ端なんすから」
「下っ端の癖に私達を独断で出したのか?」
「それは後で取り返せるっすよ。とりあえず今すぐ現場に行くのは流石に厳しいので一旦容疑者に話聞きましょ」
もはや僕ら以上にノリノリな横谷さんに連れられて来た部屋では中嶋さんが取り調べを受けている最中だった
「あいつだ!ダサ真っ赤がやったんだ!つり目をだましたんだ!」
「・・お、落ち着いてください」
喚いてじたばたと赤子の様に暴れる中嶋さんには女性の警察が付いていた。髪を結んでいて眼鏡をかけている地味目な女性だった。しかし大人な魅力を感じなくはない。・・こういえば女性は大体許してくれると友達の平松から聞いたことがある
「おーっす菅野さん」
「あぁ横谷く・・ん?」
助かったと振り向いた菅野と呼ばれた刑事さんは私らを見て凍り付いた
「あ、こいつだこいつ!こいつがやったんだ!捕まえろ!」
「ぎゃーぎゃー喚くなうるさい。いい年した大人がみっともないのだ、恥ずかしい」
「・・・よ・こ・や・君?ちょっと二人でお話しよっか」
「ん?何すか?あぁお二方は先に聞き込みしとってください」
青筋に笑顔を浮かべた菅野さんに何も分かってないようにホイホイついていく横谷さん。可哀そうだけど私達には何もできないんですよね。どうか生きて帰ってきてね
「・・・・」
嶺内さんと向かい合うようにパイプ椅子に座った中嶋さん。唇をキュッと噛みしめてこちらをじろじろと睨みつけていた。まるで表すなら血気盛んな小動物。私でも勝てるんじゃないかと思わせる弱さを見せていた
「中島峰子、お前の犯行の全貌を教えてくれ」
「してない!!」
「だからうるさいのだって。・・はぁ、喚いても仕方ないだろう?いいから何があったのか教えろ馬鹿」
その後は完全ににらみ合いとなっていたのだが、結局折れたように嶺内さんが席を立った。そして僕の耳に向かって作戦を伝えてきた。それは
「無理だ。もうこいつを犯人として突き出そう」
「えぇ!?」
「私だって私情を挟まないつもりだった。・・はぁ。ただこいつはもう喋べる気はない、救われるのにも条件がいるのだよ」
確かに私たちがこうやって身を寄せ合って会議をしている間にも椅子にちょこんと座って唸り声をあげそうなほどの嫌悪感を表していた。素人の私から見てもまともに話ができる状態じゃないと思った
中嶋さんの事情聴取に見切りをつけた僕らが部屋から出ると廊下で横谷さんが待っていた。しかし先ほどに比べて元気をどこかに落としてきており、廊下の隅に体育座りしてため息をついていた
「・・あぁ先生方。マル被との対話はどうでしたか?うまくいきました?」
「ん~そうだなぁ。野球で言う所の、インハイを攻めたら相手の頭部付近に球がすっぽ抜けて当たりそうになってバット投げつけられた感じ」
「ダメやったんすね」
「嶺内さん自覚あったんですか?」
分かりやすいような分かりにくいような絶妙な例えをするなぁ。野球好きなのかな?
「そりゃ私も少し攻めた発言をしたような気もしなくもないのだ」
「そっちもっすかぁー。こっちも菅野さんにこってり絞られて・・あ、そういう意味じゃないっすよ?」
「分かっとるわ」
妙に下世話な話になってきたので無理やりにでも捜査に戻そうとしてみる
「次はどこに行きます?」
「ん~そっすねぇ~。俺的には今怒られたばっかなんで菅野さんがいない方が・・あとベイス警部も居ない方がいいっすね」
「さっきからベイスベイス言ってるのはなんなんだ?ベイスターズファンなのか?」
それは私も気になってました。本人もあんまり気にいっていない様子だし、何よりベイスって確か掲示板での蔑称に近い感じだよな。ベイス☆ボールみたいに
「ベイス警部の本名っすよ。浜野ベイス、浜野班ではベイス呼びが今流行中っすね」
「警部をおちょっくって大丈夫なんですか?」
「星野さんもこう呼んでますから何かあればあの人が責任とってくれますよ」
雑談もほどほどにして次に3人で向かった場所は控室だった。そこにいたのは先ほど私達と一緒に控室にいた糸目さんだった。パイプ椅子にだらしなく腰掛けてメモをパラパラして退屈そうにしていた
「・・お、探偵さんのお出ましかいな」
「これはこれは、犯人さんの登場なのだ」
「はぁ~~~~、絶対ゆわれる思たわ!」
「冗談なのだよ。本気にしたか?」
「全然!」
軽口を叩き合っているのを見るに先ほどの中嶋さんと違い話はできそうだと感じた。しわの無いきれいな白いシャツのボタンを緩めて髪をガシガシするようにして向き合った糸目さん。彼は眠いのか?はたまた平静を装おうとしているのか?友達につり目だと称されることが多い目をギラギラと見開いてみる
「な、なんや藤井君」
「何でもないです。続けてください」
やはり私の目は人から見るとかなり威圧的に見えるのかもしれない。目以外は普通だと自負しているのだが。友達の井上に前、「お前の目ってパワプロの筒香の目にそっくりだよな」と言われた。実際そう見えるから文句が言えない
「嫌というほど話したと思うんやけど、もっかい話してもらえますか?」
「えぇ~またぁ~?まぁいいで、え~、私、西城真人は嘘を言わないことを誓います!」
どうやら糸目さんの本名は西城真人さんというらしい。イケメンな名前だなぁ。やっぱりイケメンは名前もイケメンなんだなぁ
「では、西城さん。貴方は何番目に行きましたか?」
「4番目やな。何なら全員の順を覚えてます。南波さん、東野君、中嶋さん、自分、北川さん、そしてアンタら二人」
「はいそうですね。菅野さんから聞いたのと間違いないですね」
メモを軽く探った横谷さんはここまでは予定調和だと言うように適当に言った。実際ここまでは僕らも分かってる。まぁ、名前は初めて聞いたんだけど
「では西城君、君の行動を教えるのだ」
「行動?そりゃもちろん、控室でアンタらと別れた後、真っすぐマホール様とやらのとこへ向かった、そして15分間話聞いて終了や」
「何か不審な点ありゃしませんしたか?」
「不審って言われてもなぁ~~。今回でまだ二回目やし。あ、前回と違ってずっと暗かったな」
「暗かった?どのようにっすか?」
興味なさげにメモを弄っていた横谷さんの猫目が光った。どうやら新事実らしい
「あれ?もしかしてうちら誰も言ってなかったん?ずっっっっと暗かったわ。趣味なんか知らへんけどもうマホール様の顔の輪郭すらわからへんかったわ。そんでBGMもうっさくて声をあんま聞こえへんかったわ。ほんでアロマも臭いくらい炊かれとったわ」
この事実を聞いた私達の反応は様々だった。黙って腕を組んで考え込むようにしている嶺内さん。メモに小説でも書いているのかというレベルで筆を動かしている横谷さん。明日のご飯はカレーにしよっかなぁと思ってるセルフ戦力外の私
「ところでなんでアンタら自由に動けてんの?」
「企業秘密なのだよ」
「ん~次はどうしますかねぇ~?」
「そうだなぁ。次はとりあえず南波さんとやらに話を聞いてみるのだ」
「南波さんなら北川さんと一緒に星野さんに事情聴取を受けているはずっすね」
高級そうな赤いカーペットを踏み荒らすように進む私達。横にかけられたすごい人が描いたらしいすごい絵にも目もくれない。もうここは美術館ではなく殺人現場になってしまったのだと感じた
「・・おや?横谷君、君は一体どういうつもりだい?」
横谷さんに付いて行きついた扉。そのドアノブを握って入った部屋には星野警部補がいた。そして私達を静かに見据えて制した。初めに出て行った女性、南波さんと僕らの一つ前に出て行った北川さんという女性が目をぱちくりさせていた
「星野警部補、俺、HEROになります」
「あ、うん。がんばって。で、え~っと、嶺内さんに藤井さん、貴方たちは何しているのですか?」
当然の質問がとんできた。しかし私自身今何をやっているのか把握できていない。そんな状態で話すのは無理なので嶺内さんに丸投げするつもりで振り返った
「横谷君の放送作家になったのだよ」
しかし悪戯心からか妙にとんちの効いた回答を告げた。額に冷たい汗が走る感触が脳の中を支配した気がした。恐る恐る警部補さんの目を見ると案外興味なさそうだった
「なるほど・・横谷君」
「はい」
「放送作家をつけるのは勝手だが・・署は代金を持たないと言っておく」
「・・え?金取るんすか?」
「どうだろうね。まぁ、それはまた今度話そうではないか横谷君。・・あぁ、心配しなくてもとらないって」
腕時計を付けた左腕を振るようにして笑う嶺内さん。あの余裕綽綽な態度を見るに見当がついたのだろうか。私は思い切って聞いてみることにした
「・・嶺内さん、もしかして分かったんですか?」
「・・星は見えているようでも遠い。夜空の星はつかめない。そういう事だ」
つまり分かってないってことか。妙にロマンチックな言い回しを言うが要するに見当がつきそうでつかないと言いたいってことだろう
「では私はベイス警部に報告してきますから・・止めはしませんが、菅野さんが君にどういう思いで説教したかを考えなさい」
冷たい目を向けることも、荒く説教することも、ましてや苛立ちを一切見せることも無かったが威圧的に感じた。そしてどうやら名指しされた彼も、警部補の圧や先輩からの説教が伝わってたことに目を細めて汗をにじませて力なく笑っていた
「・・はは。えっと、南波さん、北川さん。よろしければこの人らにもう一回だけ説明してくれませんか?」
しかしもう吹っ切れたのかおもむろにメモを取り出して、私らを一瞥したのちに容疑者に促した
「・・あのぉ?この人たちはなんで動き回れてるんですか?」
北川さんという初老の女性が口を開いた。白髪に抗うのをやめたと言うように銀色に見える長髪をなびかせていた。小皺の多い顔を歪めておずおずと尋ねてきた
「先生方の事は気にしなくていいすから。で、北川政子さん。貴方は?」
「えっと、何度も言いますけど、実は私、呼ばれた後に薬で眠くなっちゃって廊下の壁に寄り掛かってうたた寝してたら終わっちゃってて」
「そうっすね。スタッフからの裏も取れてます」
え~っと。確か彼女は僕らの一個前に呼ばれたはずだ。つまるところ、彼女の出番の前、南波さんから東野さん、中嶋さん、西城さんには犯行のチャンスがあった。ましてや西城さんに至ってはもう確実という所まで来ているのではないだろうか。だって実際生きているマホール様を見たのは西城さんが最後という事になるかもしれないから
「私は・・えっと、特には何も。でも私の事を疑っては・・いないですよね?」
南波さんという女性は非常に遠慮がちに言った。赤のハイライトが入った毛先をいじくりまわして平静を保とうとしているのだろう。まぁ無理もない。心酔していた人を殺されたのだから。そしてその容疑に一応は入っているのだから
「まぁ南波さん、え~っと南波真弓さんは先陣でしたね。せやから絶対とは言いませんが無理でしょうね」
「よ、良かった」
ほっと胸をなでおろす様にした彼女に形式的な質問を軽くしたのちに私たちは部屋を出た
「どうですか先生。何か見えやしたか?」
「見えないとは言わないが・・つかめないな」
今までに中嶋さん、西城さん、北川さんに南波さんとそれぞれに話を聞いてみたがどうも当たり障りのない話しか聞けてない気がする。私の灰色の脳細胞を活性化させるが役に立たない。それについては前に友人の野口から「灰色つったって君のはゾウ色じゃない?」と言われた。普段はおどおどしてんのに急に言葉の矢が飛んできたのにびっくりしたのを覚えている
「次が最後の東野桂馬ですね。ベイス警部が先ほどまで聞き込みをしてましたが菅野さんから離れたと聞いたんで行くなら今っすね」
先ほどは説教をしていたはずなのにもう後輩を助けようとしている菅野さんの甘さが今の横谷さんを創った気がする。彼の楽観的で失敗をすぐ忘れる懲りない性格の形成に少なくとも一役買ってる気がする。同じような性格の私が言うんだから間違いない
「・・あ、刑事さん・・と、探偵さんと助手さんですか?」
扉を開ける音で振り返った彼は眼鏡を整えて姿勢を正した。私達に緊張しているのだろうか
「東野さん、もしよろしければもう一度、行動を説明をしていただけないでしょうか?」
「も、もちろんです!えぇ~っと。確か南波さんという女性の次に呼ばれて、それで」
「何か変わったことはあったか?」
「・・・じ、実は僕は今回初めての参加でして」
東野さんは私にある写真を渡してきた。そこには東野さんらしき眼鏡をかけた男性と、中嶋さんのようなうつむきがちの女性が映っていた
「君は、中嶋峰子と知り合いなのか?」
「昔から交流があって、その写真は中学卒業の時に互いの両親が主導で撮ったものです」
「つまり今回は中嶋さんの勧めで参加したと?」
気恥ずかしそうに手を弄っていた彼がふと手を止めた。そして真剣な目でこちらに向き直った。その目には固い信念を感じ取れた。もっとも心理学者ではないのであまり大層な事は言えないが
「僕は、彼女をマホール美馬から自立させるために来ました」
「それは随分思い切った告白だな。これで君に明確な動機ができたわけだが」
「黙っていて好転することじゃないと思いますし。それにあなたが証明してくれるんですよね」
彼のこの告白を機にそのまま自分の見解を述べた。要約すると、初めてなので最初は疑問すら浮かばなかったが暗くてうるさくて会話が成り立たないと思ったらしい
「有益な情報をありがとうございました」
「・・彼女は、峰子は大丈夫なんでしょうか」
「口を割らん事にはどうしようもないのだが、こちらも切り札を手に入れたので」
不敵に笑った嶺内さんはそのまま東野さんに礼を述べて部屋を出た。私と横谷さんもたまらず追いかける。そして彼はさきほど、中嶋さんと話した部屋の扉を開けた
「中嶋峰子、犯人が分かったのだよ」
嶺内さんが放った第一声だった。中嶋さんは少しだけ肩を震わせてこちらを見た。教えろと言う事だろう
「・・東野桂馬だ」
「・・え」
弾かれた様にして私の顔色を伺う中嶋さん。私は目を閉じて力なく首を振る真似をした。これが嶺内さんの言っていた切り札なのだろう
「・・嘘。嘘・・・だ」
「それが嘘やないんっす。ある重要な証拠が見つかってしまって」
「・・・見逃してくれませんか」
顔を白くした彼女が縋るように探偵を見つめる。探偵は待ってましたと言わんばかりに切り出した
「ただ私自身、少し齟齬を見つけたのだが。君の証言があればまだ覆るかもしれないのだ」
中嶋峰子は少しの間、沈黙を貫いていた。そしてポツリと言葉を漏らした。声が震えていた気がする
「・・分かり・・ました」
全て探偵の筋書き通りに進んでいるようだ。私も助演としてお手伝いした甲斐があったな
「では中嶋君よ。まぁ大まかな事はきっと同じだろうから省かせてもらう。本題はここだ。どこか変わったことはあったか?」
「・・証明が暗かったです。・・あと、BGMが大きかったです」
「それは西城さんの証言通りですね」
「な、何か他に変わったことは。例えば、マホール美馬さんの話の事とか」
少し考えていた彼女は観念したように鞄からケースを取り出した
「これは・・補聴器ですか?」
私の言葉に同意するように首を小さく上下に動かした
「・・今日、補聴器の電池交換を待合室でする予定だった。なのになぜか桂馬君がいて、動揺して。それで・・」
「つまるところ、君は話があまり聞けてなかったのか?」
「・・はい」
もしかしたら彼女が突っかかってきた理由はそういう事なのだろうか。嶺内さんはかなり大きい声でわざとらしく話していたから。彼女の素の聴力でも充分聞き取れたのだろう。だからその音に過敏になってしまった
「なるほどな、ありがとう。これで充分だ」
「・・桂馬君は・・これで助かるの・・?」
まだ私たちの創りだした嘘に気づいてない彼女は不安そうに眼を動かしていた。そして嶺内さんは代表してこう告げた
「別に彼は疑われてすらないのだ。ちょっとは自分の頭で考える癖をつけた方がいい。何せ、君を導いていた人は殺されたのだから」
数秒後、理解した彼女の怒号が部屋にこだました事は言うまでもない
全ての証言を聞き終わった私たちはついに現場に向かった。少し横谷さんの額に汗がにじんでいた気がする。無理もないだろう
「・・それで?容疑者の口車に乗って、勝手に探偵の真似事をさせるのを手伝っていると?」
「真似事じゃなくて探偵なのだよ。ほら名刺」
「そういう意味じゃない!」
現場には噂のベイス警部が仁王立ちして立っていた。そしてその横にはどうにか後輩を庇おうとしてる菅野さんがいた。横谷さん、あとで菅野さんに感謝を伝えた方がいいと思います
「まぁまぁベイス君落ち着きたまえ」
「横谷、お前事件終わったら覚えておけよ。みっちり説教してやるから」
「うげぇ!?」
そしてそのまま菅野さんに首根っこを掴まれるようにして退場して要った横谷さん。賢明な判断だと思います
ただ警部も私達をぎろりと見たのちに、つかつかと音を立てる様に歩いて行った。そして死体の場所を不機嫌そうに示した。どうやら手詰まりらしく猫でも、探偵でも、大学生でも誰でもいいから手を借りたいらしい
「ガイシャは鈍器による撲殺だった。で、推定凶器はこの、置物だ」
警部が手袋をして取り上げたのは神々しい置物だった。血がべっとりついていることを見るに確かにこれが凶器なのだろう
「これは、五神というものだな」
「誤審だぁ?」
「五獣とも言うな。それぞれ、青龍、白虎、朱雀、玄武、そしてハブられることの多い黄龍だ」
そういえばあたりを見てみると凶器に使われた黄龍の置物と、棚に飾られている青龍、白虎、玄武の置物。あれ?
「朱雀が見当たりませんね」
「朱雀ってどんなのだ?俺はそういうのに詳しくない人間なもんでね」
「ざっくり言えば赤い鳥です」
「あぁ!それならガイシャが掴んでいたな。もっとも、ダイイングメッセージとやらにもなりそうにはないがな」
顎を撫でて観察していた嶺内さんもみきりをつけたように起き上がった。次に探偵の興味を引いたのはBGMを流していたCDプレイヤーだった
「このCDを流してみてもいいか?」
「勝手にしろ」
そっけないが警部の了承を得たのでスイッチを押してみる。そして流れたのはいかにもという感じのBGMだった。しかしそれは重要ではなかった
「・・・・そういう事だったのか」
CDからは独特なBGMと女性の語り掛けるような声が聞こえた。「汝迷うなかれ、決断は今。チャンスは待つものではなく創る物」そのように言っていたと思う。なにしろBGMのせいであまり聞こえなかったが。そしてCDは15分を過ぎると止まり、再び最初に戻って再生された
「・・藤井君、ここで分かるものはもう無いようだな」
CDを抜いて警部に手渡した彼は、気の抜けた声で言った
「腹が減ったな」
私は、人生で初めてパトカーに乗った。これだけ書けば誤解されるかもしれないが事情はある。嶺内さんの独り言のような要求を聞いた警部が頭を搔きむしりながら言った
「・・署でおごってやる」
真相に辿りつきそうな探偵をみすみす逃す真似はしたくなかったみたいだ。もっとも多分探偵にそのような脅しの意図はなかったのだろうが
カレーライスを人数分並べたテーブルを囲むようにして嶺内さん、私、横谷さん、菅野さんに浜野警部と星野警部補までそろっての食事になった
「あの後、職員の方にも聞き込みをしたんすけど。占いの開始直前までは生きていたそうっす。つまり犯行推定時刻は南波さんが入った時から、先生方が発見されるまでですね」
「それから、あのCDについても見覚えが無いと言っています」
横谷さんと菅野さんがカレーライスを口に運びながら言う。嶺内さんは黙々とスプーンを動かしているだけだった
「それで、嶺内さん。見当がつかれたと小耳に挟みましたが本当なのでしょうか」
「・・誰か、誰でもいいから。マホール美馬とやらの占いを受けたことはあるだろか」
警部補が切り出した質問に質問で返す探偵。しかしそれはいつもの様子とは違い重みを感じた
「お、俺はちょっとそういうのは詳しくないと言うか」
「私もです」
「占いなんぞ信用ならんな。男なら直感を信じなくては」
「私もですね。ただ、直感ではなく統計的なデータを信じるべきだと思いますが」
浜野班の人間は口をそろえて言った。私達も前述の通り詳しくない
「・・彼女を頼るか」
呆れたように電話を取った嶺内さんはそのままスピーカーホンにして机の真ん中に置いた
「もしもし嶺内?」
彼女の気の抜けた声が署内に響き渡る。気が付けば浜野班以外の警官もこちらを注目して見ているようだった
「蝦名君。君の助けが必要なのだ」
「な、なによ。改まって気持ち悪い。・・で、どうしたの?」
「君は確かマホール美馬様とやらにお熱だったな」
「まぁ確かに最近行ってみたけど」
「話が早いな。その占いではどのような事をしたか?」
「え~っと。確か美馬さんが話をするのを聞いてただけね。15分くらい」
「会話はしないのですか?」
思わず会話に割り込んでしまった。電話口の彼女も驚いたように声をあげた
「ちょっと待って誰かに聞かせてるの!?」
「藤井君だよ。私の助手で、君と一悶着あった子だ。そんなことは良いから、会話は無かったんだな?」
「無かったよ。ずっと相手のターン。で今一体なにしてるの?」
聞きたいことが分かったのか彼女の話途中だったが電話を切ってこちらを見据える嶺内さん。そして小説の探偵のような決め台詞を呟いた
「雲を全て払って星を掴んだのだ。・・あとマホール美馬とやらは本当に人気があったのだろうか。話を聞くに一方的に喋っていただけだが」
それは私も、浜野班も同意した
美術館の一室に容疑者を集めた嶺内さん。不安そうに東野さんの手を握る中嶋さん。椅子に腰かけて辺りを見渡している北川さん。腕を組んで挑発的に見てる西城さん。鞄を抱えて床に視線を落としている南波さん
全員がそろったのを確かめた探偵は菅野さんを呼び掛けてCDを流したもらった
『汝迷うなかれ、決断は今。チャンスは待つものではなく創る物』
「それや!それ確か占いん時に聞いたで!」
「僕も聞き覚えがあります」
「私も聞いた気がします」
西城さん、東野さん、南波さんが口々に漏らす
「今聞いてもらったのは現場で見つかったCDだ。BGMに隠れるようにだが微かに声が入っている」
「あら?で、でもちょっとおかしい気がします」
このCDを絶対に聞く機会が無かった北川さんが手を挙げた
「美馬様のお声と少々違っていると思います」
「その通り、だってこれは犯人が用意したものだからなのだ。そして今の反応で全てが分かった」
探偵の宣言に全員の鼓動が早くなった。数学の問題を解く教師のような口調で指摘していく
「まず、絶対に不能だったのは北川さん。彼女はまず現場に一度も行けなかったのだからな。そして私の知る限り、私と藤井君にも不可能だ」
探偵の言葉にほっと息を吐く老女。次に視線が向けられたのは東野さんだった
「そして次に東野君、彼はできなかったとは言わないが初参加の彼にマホール美馬の占いが分かったとは考えにくい。そしてこれは西城君にも言えることだが男性の彼らの声では流石に気づかれるだろう」
一番立場が危うかった西城さんは胸をなでおろして安堵した。東野さんもそうだったがはっと気づいたように隣の幼馴染の顔を見た
「さて、本題に行く前に。君たちは五神というのを知ってるか?」
「さっきも聞いたぞ。朱雀、白虎、青龍、黄龍・・え~っと玄米?」
「玄武ですよ」
頭を巡らせてる警部の横で警部補が訂正する
「そしてこれにはそれぞれ方向があるのだよ。中央に黄龍を置いて、北に玄武、西に白虎、東に青龍。そして・・」
探偵は彼女を見た
「南にはマホール美馬が持っていた朱雀。あれ?何か気づくことはないか?」
「・・あ、全員の苗字になってる!」
「自分が西城だから白虎、中嶋ちゃんが黄龍、北川さんが玄武、東野君が青龍で、南波さんが朱雀やな」
そこまで言ったのちに新聞記者は黙った。どうやら探偵のショーをじっくり見たいらしい
「南波真弓、君には犯行ができたはずなのだよ」
その場にいる全員、20の瞳が一斉に彼女を見た。だが彼女も簡単には折れなかった
「それだけですか?ダイイングメッセージが私だから私を犯人にしたいのですか?・・バカバカしい」
「無論、それだけじゃない。君はあるミスを犯したのだよ」
苛立つ彼女を探偵はいさめる。彼のその絶対的な支配力に皆固唾を飲んでいた
「・・君は、あのCDを聞いたのだな」
「そうよ。だから何なの」
「・・愚かだな。CDは犯人が用意したものだ。その前提は分かるな」
「・・・・」
「肯定とみなして話を進めるぞ。で、そのCDがセットされたのはどのタイミングだと思うか?藤井君、答えてみなさい」
「え~っと。は、マホール美馬が殺害された後じゃないですか?」
「ザッツライト。・・あとは言わなくても分かるだろう?君は、一つの場合を除いてCDを聞くことはないのだ。・・そしてその一つの場合が、君が犯人だった場合だ」
そういう事か。気づいたように顔をあげると観客たちも気づいたようだった
「マホール美馬は従業員の話によると直前までは生きていた。それすなわち、占いが始まってからじゃないといけないのだ」
「で、でもそれってかなりの賭けじゃないかしら」
「賭けだったさ。でも彼女は賭けに勝った。最初に呼ばれた彼女は、マホール美馬を殺害。そしてBGMを自作の物に差し替えた」
ここまで南波さんは無言だった。ただ無心に床を見つめ続けていた
「次に呼ばれたのは東野君だ。普通は死体があれば気づくだろが現場は暗く、輪郭すら見えなかった。そしてアロマのどぎつい匂いが血の匂いを分からなくさせていた。そのまま、次に、西城君、中嶋君と続いたのだ」
誰も口を挟まなかった。探偵の独壇場が続いていた
「北川さんには効かなかったが3人には簡単に騙せたのだよ。何せ、東野君は初参加、西城君も二回目。そして中嶋君は補聴器が使えずに聞こえが悪かった。そこまで分かっても私を悩ましていたのは『会話ができない』事だった。ただそれも彼女が生前一方的に話すだけの占いだった事が判明したらあっさり解けてしまったよ。偶然が重なったとはいえよくできたトリックだったのだ」
探偵の推理が終わると横谷さんと菅野さんは手錠を南波さんにかけた。無言だった彼女は去り際に私達に語った
「・・・占いを信じてたのに。嘘っぱちだった。私が信じた道は全て、あいつのでっちあげだった。それが許せなかった」
「う、嘘っぱち!?マホール様が!?」
「・・聞いたのよ。ちょっと気になって北川さんに内容を。そしたら私と一言一句違わぬ言葉を言ったの」
「占いとは元来誰にでも当てはまることを言う物やからな。夢から覚めた代償か、これが」
パトカーに乗り込んだ南波さんに嶺内さんは一言だけ声をかけた
「殺人に踏み切ることを、決断とは言わない」
私は初めて嶺内さんの声色が震えていた気がした
「いやぁ~先生方のおかげで事件は解決しましたっす!」
数日後、私たちはお礼と称して横谷さんに喫茶店でコーヒーを奢ってもらっていた。あの後、家に帰って寝ると先日の事件がまるで無かったように回る世界に少々戸惑ってしまった
「しかし本当にお金はいいんすか?」
「私はお金が欲しかったわけではないのだよ」
謝礼を断ってわざわざコーヒーをせがんだ嶺内さんは満足そうに微糖のコーヒーを啜っていた
「じゃあ嶺内さんはどうして探偵を始めたんですか?」
気になってしまった私は不躾かもしれないが聞いてみることにした。以外にもあっさりと答えてくれた彼の言葉はこうだった
「私は、あの遠い日の夢を見続けていたいのだ」
やっぱりよく分からない人だなぁ。星の例えといい随分ロマンチックな人だ
「ところで、君の携帯が鳴ってるぞ」
僕らの会話を笑って流していた横谷さんの携帯が鳴った。彼は面倒くさそうに出るとこちらにも分かるほどの怒号が聞こえてきた
「べ、ベイス警部!いやサボってるとかじゃなくて・・そうだ先生方!」
困り果てた横谷さんは証人を求めて私達を頼ってきた
「面倒事はごめんなのだ。藤井君、帰るぞ」
「コーヒーごちそうさまでした。・・では」
喫茶店の扉の鈴と彼の悲鳴が響き渡っていた




