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一人百物語 2

道を這うもの

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/20


知人の苅田さんの自宅の左隣には、二階建ての古いアパートが建っている。

道に沿って五部屋並んでいる一階の左端の部屋は、何故か玄関に大きな板が打ち付けられ、中に入れない様にされている。他の部屋は普通に住人が暮らしているのだが。

苅田さんが現在の住まいに越してきてから十年程になるが、その部屋の玄関は、当時から釘付けにされていた。

また、他の部屋の玄関はサッシとガラスの引き戸になっているのに、釘付けされている部屋だけは古ぼけた木とガラスの引き戸だった。

他の部屋と同じ様にサッシ戸にせず、何枚もの板で念入りに塞がれている部屋を不思議に思い、引っ越してきてしばらく後、苅田さんはアパートの住人にこの部屋だけどうしてこんな事にしているのですか、と聞いてみた。

すると住人はみな妙な顔をして、ただ、

「この部屋の中はボロボロになっていて住めないから」

と言った。

「どうしてボロボロに?」

と聞くと、住人たちはまたも揃って

「うんちょっと」

「前に住んでた人がね」

と言うばかりで、“前に住んでた人”に関しては何のこたえも返ってこなかった。

結局、苅田さんもそれ以上聞くのはやめてしまった。


引っ越して来てからしばらく経ったある夜遅く、苅田さんが自宅2階の窓から外をぼんやり眺めていると

自宅前の、二車線の道路と歩道を挟んだ向かいにあるマンションの駐車場の方から、何か大きな黒いものが地面を這ってこちらへとやって来ていた。

それは長さ4~5メートル程、幅2メートル弱程の黒い影で、太短い大蛇の様にも見えた。

その大きな影が

地面のアスファルトの表面をゆっくりとくねり泳ぐ様に、こちらへと向かって来ていた。

「……」

まさかうちの方に、と苅田さんは思った。

苅田さんが見ているなか、影は隣のアパートの釘付けされた玄関の前へとやってくると、そのまま玄関に入って行……

苅田さんはそっと窓から退いた。こちらがその様子を見ていた、と気づかれない様に。

あの部屋がどうして釘付けされる様になったのか、わかった様な気がした。


翌朝。外が騒がしいので出てみると、件の部屋の前に人が集まっていた。

どうしたのだろうと行ってみると

部屋の玄関の引き戸が二枚とも、釘付けしていた何枚もの板ごと外れて外側に向かって倒れていた。

引き戸にはめ込まれていたガラスが何枚か割れ、あたりに散らばっていた。

どうしたんですか、と苅田さんが周りにいたアパートの住人たちに聞くと

「いや、まぁ……時々こうなるんですよ」

「古い家だからね」

などと、住人たちは困った様な顔をして言った。

戸が無くなった玄関から部屋の中を見てみると

薄暗いなか、部屋の天井板はあちこちで剥がれてべらんと大きく垂れ下がり、傷んだ畳がめくれてあちこちに投げ出され、その上には古びた家財や生活用品などが散らばって、荒らされたゴミ捨て場の様になっていた。

「……」

「前よりボロボロになってるな」

「大屋がまた修理しにくるから」

そう言うと、アパートの住人たちはそれぞれの部屋の中へと引っ込んでしまった。

しばらくして、アパートの大屋が呼んだらしい工務店がやって来て、再び玄関の戸を釘付けしてしまった。


以後、その部屋に道を這って影が入って行ったり、玄関の戸が外れて倒れている事は再度あったが、苅田さんはもう関わらないようにしている。





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