商人ギルドの天才少女と経済モデルを議論したら、なぜか弟子入りされた
王都の商業区。
朝から市場は活気に溢れている。果物売り、布地商、香辛料の匂い——だが俺のスキルが弾き出す数字は、この賑わいの裏にある歪みを示していた。
【演算】
王都市場・流通分析
・同一商品の地域間価格差:最大8倍
・中間業者マージン率:平均62%(適正値の推定:15~25%)
・農村から王都への物資輸送コスト:過大(道路整備費横領により道路が崩壊)
・商人ギルド正規会員と非正規業者の税率格差:4.3倍
結論:流通システムが機能不全。農村が搾取されている構造。
こんな状態で国が持つほうが不思議だ。
「……あのう」
突然、声をかけられた。
振り向くと、赤髪ショートの少女が立っていた。年齢は俺より若い——十六歳くらいか。服は商人風だが質が良い。目が鋭く、値踏みするような視線で俺を見ている。
【鑑定】
セラフィ=ロード
商人ギルド・ロード商会次期頭首
計算力:S(天才級)
経済知識:B+(独学の限界)
現在の思惑:「さっきからずっとメモを取っているこの男は何者だ」
「あなた、さっきから何を計算してるんですか」
「市場分析だ」
「それ、私の店の前でやってますよね」
俺は初めて気づいた。確かに、足を止めたのが青果店の前だった。
「失礼。邪魔をした」
「いえ、別に邪魔じゃないんですけど……」
セラフィは俺のメモを覗き込んだ。それから、表情が変わった。
「……これ、何の数式ですか」
「流通の最適化モデルだ。需要曲線と供給曲線の交点を——」
「需要曲線? 供給曲線? そんな概念、聞いたことがない」
当然だ。この世界には近代経済学がない。
「少し時間があるか? 説明する」
――――――――――――――――――
近くの茶店に入り、二時間。
セラフィはほとんど一言も喋らなかった。ただ、俺の話を聞きながら、自分でも羊皮紙に計算を走らせていた。その速さは確かに天才的だ。俺が一つの概念を説明し終わる頃には、もう応用計算を自分でやっている。
「……需要が増えれば価格が上がり、供給が増えれば価格が下がる。当たり前のことのようだけど、こうして数式にすると……」
「価格操作の余地がどこにあるか見えてくる、だろ」
セラフィが顔を上げた。
「わかるんですか? 私がずっと思ってたこと」
「うちの市場、中間業者が多すぎる。農家から買い叩いて、消費者には高く売る。その差額が全部、特定の業者に流れている——私、ずっとそれがおかしいと思ってたけど、なぜおかしいかを説明できなかった」
「中間マージンの問題だ。競争が機能していれば自然に適正化されるはずだが——」
「ギルドが競争を妨害している」
セラフィが静かに言った。
「非正規業者には不当に高い税をかけて、参入を阻んでいる。だから既存業者が搾取し放題になってる。それって……」
「独占と腐敗の組み合わせだ。どこかで聞いたような話だろ」
セラフィが俺を見つめた。
「……あなた、何者ですか」
「ヴェイン伯爵家の三男だ」
「そんな話じゃなくて」
彼女の目は真剣だった。
「あなたの知識は、どこから来てるんですか。私はギルドの帳簿を三年かけて研究してきた。でも今日、あなたとの二時間で、三年分より多くのことがわかった気がする」
俺は少し考えた。
「独学だ。昔から、数字を見るのが好きでね」
「弟子にしてください」
唐突だった。
「え?」
「弟子にしてください。私、あなたから学びたい」
セラフィが頭を下げた。赤髪がさらりと揺れる。
「私の目標は、ギルドの腐敗を打ち壊して、この市場を正常化することです。そのための武器が欲しい。あなたの持っている知識が、まさにそれだと思う」
俺は少し間を置いた。
使える。この子は、俺の計画の経済システム改革において、最高の協力者になりうる。
「……条件がある」
「何ですか」
「俺の改革計画に協力してくれ。ギルドの内部情報と、商人ネットワークを使わせてほしい」
セラフィは一瞬だけ考えて、手を差し出した。
「取引成立です」




