第34話:火のそばで交わされるもの
夜は深く、静かに降りていた
頭上に広がる空は雲ひとつなく澄み切っていて、無数の星が凍りついたように瞬きながら広がるその下で、焚き火の炎だけがこの場に残された唯一の温度としてゆらゆらと揺れており、乾いた枝がはぜるたびに小さな火の粉が弾けては闇の中に溶けていく
風は冷たい
だが、火の近くにいる限りはその冷たさもどこか柔らかく感じられ、頬に触れては抜けていくその流れが、昼間とはまるで違う“夜の時間”をゆっくりと身体に馴染ませていく
見張りは交代制
最初はアルト
その次がカイル
ミミ、そして最後がニナ
三人はすでに眠りについている
静かに重なる呼吸
布の擦れるわずかな音
そのすべてが、この場の穏やかさを壊すことなく、ただ静かにそこにある
アルトは一人、焚き火の前に座っていた
炎を見ている
揺れる光が瞳に映る
だが、その視線の奥では別のものが浮かんでは消えていく
(……ニナ)
戦闘のときの動き
無駄のない判断
わずかに触れた距離
思い出そうとしなくても浮かんでくる
そのとき、背後で空気がわずかに動く
カイルが起きる
布が擦れる音がほんの少しだけ鳴り、そのまま自然な動作で立ち上がると、迷いなくアルトの隣へと歩いてきて腰を下ろす
「交代だ」
低く落ちる声
アルトは頷く
だが、すぐには立たない
カイルも何も言わず、同じように火を見る
ぱち、と枝がはぜる
その音が、二人の間にある沈黙を埋めるように響く
やがてカイルが口を開く
「……さっきの」
アルトはわずかに視線を向ける
「何?」
「防御」
短く言い切る
「受けても崩れてなかった」
火の光がカイルの横顔を照らす
その表情は変わらない
だが、声はわずかに低くなる
「いつもより前に立てるな」
その言葉には、確かな評価が込められていた
アルトは小さく息を吐く
火の熱が指先に伝わる
「前より、受けて動けるようになった」
視線は炎のまま
「止めるんじゃなくて、流せる感じ」
「だから、そのまま繋げられる」
カイルはわずかに頷く
その動きは小さい
だが、確実だった
「いいな、それ」
低く言う
「完全に前線張れるやつだ」
その評価は真っ直ぐだった
だが――
そのあと、ほんの一瞬だけ言葉が途切れる
火が大きく弾ける
その音に重なるように、カイルが続ける
「……少し、楽になるな」
軽く言ったようで
軽くはない
アルトはその言葉に、ほんのわずかに視線を横へと向ける
カイルは炎を見たまま
それ以上は言わない
だが分かる
任せられる
その安心と――
自分が担っていた位置が少し変わることへの、わずかな寂しさ
その両方が混ざっている
アルトは肩を軽くすくめる
「みんなが合わせてくれるからだよ」
「一人じゃ無理」
カイルが小さく笑う
「そういうとこだな、アルトは」
それ以上は言わない
だが、その言葉の中にはしっかりとした信頼があった
少しの沈黙
風が通る
火が揺れる
やがてカイルがぽつりと口を開く
「……で」
アルトの鼓動がわずかに早くなる
「何?」
「ニナ」
それだけ
逃げ場はない
アルトの喉がわずかに乾く
火の熱とは別の熱が、胸の奥でじわりと広がる
「……どう思ってる?」
視線を落とす
考える
だが、逃げる理由はない
「……好きだよ」
短く
だが、はっきりと
誤魔化しのない言葉だった
カイルが小さく笑う
「知ってる」
間を置く
「どこがいい」
アルトは少しだけ考える
火を見つめる
揺れる光の中に、記憶が重なる
「……ちゃんと仲間を守ろうとするところ」
ゆっくりと言う
「戦いも、周りも」
「その場で何が起きてるか、全部見てる」
一拍
「それで、自分がどう動くか決めてる」
視線を上げる
「……すごいと思う」
カイルは何も言わず頷く
アルトは少しだけ苦笑する
「最初はさ」
「たぶん見た目だった」
「一目惚れってやつ」
カイルが鼻で笑う
「だろうな」
アルトは小さく息を吐く
「でも今は違う」
はっきり言う
「ちゃんと見て、好きだと思ってる」
その言葉は静かだが、揺らぎはない
カイルはしばらく何も言わない
炎だけを見ている
そして、ぽつりと
「……いいな、それ」
小さく言う
その声には、ほんのわずかな寂しさと、どこか遠くを見るような感情が混じっていた
何かを含んでいるようで――
だが、それを掘り下げる前に思考は途切れる
カイルが立ち上がる
「寝ろ」
それで終わりだった
アルトは小さく息を吐く
「……ありがと」
返事はない
だが、確かに届いている
そのまま横になる
火の音が遠くなる
――
しばらくして、ミミが動く
身体を起こすと、夜の冷たい空気が頬に触れる
焚き火の光が揺れている
そのまま視線を動かし、ニナへと近づく
「……ニナ」
小さく呼ぶ
ニナがゆっくりと目を開ける
眠りから覚めたばかりの、わずかにぼやけた視線
「交代」
短く言う
だがミミはその場に座り込む
火の暖かさに手をかざしながら
「ちょっとだけ話していい?」
ニナは何も言わない
だが、その場に留まる
それだけで十分だった
ミミは火を見つめる
揺れる光が瞳に映る
「……ミミさ」
少しだけ間を置く
「今回、ちょっと怖かった」
ニナの視線が向く
ミミは自分の手を見る
指先に残る、さっきの感覚を確かめるように
「ずっと後ろだったから」
「サポートばっかりで」
「前に出るってなったときに、ちゃんとできるか分かんなくて」
声は小さい
だが、はっきりしている
「外したらどうしようとか」
「当たらなかったら危ないかもとか」
少しだけ笑う
「めっちゃ考えてた」
火がぱち、と鳴る
その音が、言葉の余白を埋める
ミミは顔を上げる
「でもさ」
「当たったとき、ちゃんと効いたじゃん」
一拍
「……あれで、やっと思えた」
「ミミも戦えるって」
ニナはすぐに答える
「……ミミには、前から助けられてた」
短い
だが、言葉の重みは強い
ミミは一瞬だけ目を見開く
それから、ゆっくりと息を吐く
「……そっか」
小さく笑う
安心したように
そのまま表情が少し崩れる
そして、ふっと顔を寄せる
「それよりさ」
声が少し軽くなる
「アルトのことは?」
ニナの視線がわずかに揺れる
火の光がその瞳に反射する
「いい人だよね」
ミミがさらに距離を詰める
「最初変人だったよね!」
ニナがほんの少しだけ口元を緩める
「……すごくね」
小さく返す
ミミが笑う
「でしょ!」
続ける
「一緒にダンジョン潜るとは思わなかったなー」
一拍
「ね、最初から印象変わった?」
ニナは火を見る
揺れる光
その中で、少しだけ考える
「……いい人になった」
短い答え
ミミがすぐに反応する
「それだけ?」
少し詰め寄る
「もっとあるでしょ!」
ニナの視線が逸れる
ほんのわずかに
「ミミ……もう寝ないと」
少しだけ早口
打ち切るように
その反応を見て、ミミは満足そうに笑う
「はいはい」
そのまま毛布に潜る
身体を丸める
「じゃあ寝るね」
「見張りお願い」
「……任せて」
ニナは頷く
ミミの呼吸がすぐに整う
静かな寝息
夜に溶ける
ニナは一人、火の前に残る
風が吹く
火が揺れる
視線が、ゆっくりと動く
アルトを見る
眠っている
その姿を、少しだけ長く見つめる
それから――
静かに前へ戻す
火が揺れる
夜は続いている
だが、その静けさの中で
確かに、関係も力も変わっていく
女子トークの方が私的には好きです
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!
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